聖女様は逃亡されたきご様子
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……いや、面識はないけど、お気の毒だと思ってるのよ。主に、個性の強いお体と、こう、搾取されそう系なお名前がね……。
……さぞかし養親もそれなりの親なんだろうなぁ……とは思ったし。
まあ体は周知の事実とは言え、実際見せないもの。それより名前……。マジでヤバ……凄いとしか言いようがないものね。
普通、聖女が見付かると、あやかって赤ん坊の名前がそればっかになるって、お祖母ちゃんが言ってたけど……。当代聖女様のお名前は、ねえ。
因みにお祖母ちゃんの名前のヒローナは、前前前聖女様……えーと4代前? の名前由来だそうよ。由緒正しき新聞紙の召喚転生魔法? とやらでお生まれになった『人形のように愛らしい族』らしいわ。
何だそれ。何処から突っ込むべきなのよ。
まあ、聖女様って種族からしてよく分からんのよね。流石人体に文字が浮かび上がる方だわ。昔の聖女様はきっと何かこう……きっと多分美人だったんでしょうね。
お祖母ちゃん曰く、他国からもイケメン求婚者が来て壁ドンで頭ぽんぽんで、跪かれまくりでモテモテだったらしいし。羨ましいなあ。
でも……壁ドンはちょっと……知り合いレベルでも嫌よね。もし、されたら……頭突きを喰らわせなきゃって町娘達の噂の的よ。
犯罪は撲滅すべしよね。
まあ兎に角よ。今代の聖女様由来の名前は……私の知る限り、全く居ないの。ニアピンもオマージュもパクリも無いわ。一切ね。
……だろうな、としか言えないのが申し訳無いけど。
私だって金蔓……いえ、キャネズルとかその派生で名付けられたら……!?
大っぴらには言えないけど、グレて家出するかも知れない! とその辺の奥様方の間でも、もちきりだしなぁ。
「フー、フー。……っ……す……! こんな世界をぶっ潰す……」
そんな聖女様を……関係ないけど、よく見るんだよなあ。前見たのは10日前だったかな? この頃、結構短い間隔で見るなあ。分かるけど。
いや、お顔立ちはクールビューティーでお美しい……筈よ。赤いメロンみたいな髪の色に、メロンみたいな目の色だし!
それに、相変わらず眉間とオデコに浮き出た血管もメロンの網目の様よね……。メロン美味しいわよね。
じゃなかった。激怒顔がデフォルトなもんだから、美醜がどうとかの世界でもないのよ。シンプルに怖いわ。
だから今日も……何時チラ見しても……キレ過ぎで目が血走っているな。美しいらしい顔が恐ろしいわ。
まあ、一般庶民である私如きでは、遠巻きにあのキレ顔以外見たことないけどね。近寄るなんてそんな畏れ多い度胸のある野次馬は無理よ。それに、私ったら地味に顔が広いから、要らん事して目立てないのよ。
「聖女様! さあ、帰りましょう!」
「許さん……許さんぞ世界め……」
何時も見事に聖女様は目が濁り据わられて、漏れる言葉は物騒。今日もそんなお顔だから、美醜がどうのとコメントしづらいのよね。
科白も何時もなあ。かーなーり、世界を呪ってる系で怖いしさ。
とまあ、見事にグレてしまわれてお育ちになられたなと評判な、聖女キャネズル様。
特に何か……暗黒な魔物? を呼び寄せるとか、暴力行為をされる訳ではないのよ。ないんだけど、ああだから近寄りがたいの何のって。
町の住人はお姿を見る度、気まずい事この上ないのよね。
しかも、毎度太鼓持ちな取り巻きはアタフタしているしなあ。捕まえ方がバリエーションに欠けるのよね。もっと、聖女様を気の利いた感じで気遣えないのかしら。遠巻きな野次馬の立場ながらお気の毒よ。
例えばそうね。神殿って『聖女様脱走対策委員会』とか作らないのかしら。町内会ですらポイ捨て撲滅委員会とか作ってるのに……。もっと聖女様のご機嫌を損じず、スマートに回収出来ないのかしら。
婚約者で犬猿の仲で、実は難からぬ仲の長身イケメンが横抱きで連れ去るとか。
その後紆余曲折有って、ドカンドカン! ビッシャン!バーン! なド派手な恋に落ちるとか! キャー!
……なーんて、田舎の神殿に高身長イケメンが訪れた例がないわね。現実は無情だな。
ああ! 聖女様を争う低身長イケメンでもいいから、無闇矢鱈にわんさか訪れて欲しいわ! 田舎の町娘の目にも潤いが欲しい!! 観賞用イケメン、存在して! 寧ろ、召喚されて! 湧き出て!
「ほら、町の方も見てますよ!」
おい。
『ほら坊や、騒ぐと余所のおばちゃんに怒られますよぉー?』的な無責任な保護者の責任転嫁は何なのよ!
要らん事言うから、噂の聖女様と目が合ってしまったでないの! 近距離で!
うわやべ、顔に出てたかな。聖女様のお顔が更にガチ怖いような……?
カニ歩きで然りげ無く移動して……噴水の水越しに眺めとこ。……怖。
「……神殿って、清らか祈りの光装束を改造しても良かったんだねー」
菓子パン屋台のおばちゃん、心の声が漏れちゃってるわよ。
でも、しかし、いやー? 今回も凄いなあの服。『清らか祈りの光装束』って名前もダサ……大概古風だけど。
えーと、禁欲的な古代のエレガンス様式……らしいけど、冬以外暑苦しくてモッサいとも言えなくもない衣装が……見る影もないのね。
えーと、裾と袖は鈎裂きで、黒とか銀の金具が沢山付いてるわ。
あれ?今日は襟にカモみたいな茶色の羽付いてるな。あの新規衣装ったら、くすぐったくないのかしら。
でも、何か見た事が。
あっ! カモの羽以外はまるで、この前に入り口広場で見た、掠れ声でシャウトする異国の吟遊詩人集団みたいね。いや、預言者だったかしら?
まあ細かい事はいいわ。よく解んない単語だらけのリサイタル? だったし。アレ、無許可だったらしくて警備騎士にしょっ引かれてたもんね。
しかし、手をブン回していらっしゃる聖女様は意外と骨ばっておいでなのね。アクセサリーのせいかしら?
「呑まれよ……騒がしき風……全てを祓え闇よ集え……」
また聖女様が怖い事言ってる。うん、無風で良かったわー。
それにしても……毎度毎度聖女様は、何で階段下の売店の裏から出てこられるのかしらね。
あれ、どう見ても扉なんてなくて、石よね? あっ、まさか秘密の入り口……!?
ヤバいわ、要らん秘密を知ってしまった?
絶対不滅の揺蕩う闇に葬られたらどうしましょう。知らんふりしよう。家帰ろう。
私は広場から3つ目の通りを入って直ぐの雑貨屋ザッカリーの娘ニノン、17歳。
この町のことなら裏通りから表通りまで網羅してるけど……そんな秘密は知りたくなかったわ。
「って、早く帰ろ……!」
未だあっちはモメてるみたいだし、広場の屋台の肉巻き芋はお預けね。
暫く無理かな……。罵声が聞こ……いえ、聖女様の光を弑した嘆きが止むまでは。
基本的にニノンは野次馬気質のようですね。