第9話:推しキャラと自己肯定感
「多分、ルリがいない世界線に来たっていうのとはちょっと違うんだと思うんだよな」
「「どういうこと?」ですか?」
同じ声をした二人から、文字通り異口同音に尋ねられて、俺は説明を始める。
「ルリの誕生日が始まる瞬間……つまり、昨日の0時0分まで、ルリがアイプロの中にいたのはいたんだと思うんだ」
「当たり前のことじゃない?」
眉間にしわを寄せる霜田茜。
「まあ、そうなんだけど……つまり、過去まで遡って、ルリの存在が消されたわけじゃないってこと」
「よく分かりません、マネージャーさん……?」
同じく眉間にしわを寄せるルリ。うーん、性格もちょっと似てる?
「昨日の0時0分に突然ルリはみんなの認識からいなくなって、だけど、ルリの影響で起こった色んなことはそのまま残っている。霜田のフォロワー数も減っていないんだろ?」
「まあ、それは、そうだね」
「つまり、昨日の0時0分までにルリの影響で起こった色んなことは、他のものの影響に置き換わってるんだと思う。俺もルリの誕生日を祝うためにバイトを早退した時の言い訳が、見たいテレビがあるから、って向こうの中で置き換わってたり」
「ふーん、分かるような分からないような……。うちに置いてあったルリちゃんのフィギュアが、コーヒー娘のモカ・マタリちゃんになってたんけど、そういうことがみんなの家でも起こってるってこと?」
「多分な」
ていうか、そうなってるのか。
「なるほど。直接的に小鳥遊ルリの存在を示すものは、なくなったり他のものに代わったりしてるってことか……」
俺も話しながら整理していく。
「あれ、でも、マネージャーさんの家のポスターはそのままでしたよね?」
「たしかに。なんでだろう? 俺の部屋は特別扱いってことか?」
「なにそれ、ずるい……! 絶対あたしの方がルリちゃんへの愛があるのに」
霜田がむっとする。
「まあ、愛は俺の方が強いけど、それはさておき」
「さておくな」
ていうか霜田さん、なんか高校のクラスメイトかなんかみたいなテンションで話してくるな。
「まとめると、『不思議現象すぎて、理屈が通るようなものでもない』ってことだな」
「なにそのまとめ! 仮説って言った時はなんかすごいこと言うのかと思ったのに」
「しょうがないだろ。俺は理工学部でもないし」
「理工学部とか関係ないでしょ、こんなの」
ルリが笑ってから、「すみません」と、手を挙げる。
「ちょっとお手洗いに行ってきますね」
「あ、うん。あっちの隅っこのドアだよ」
「はい、音無カフェと同じ間取りなので大丈夫ですっ」
ルリがいなくなると、数秒、沈黙が流れる。
実際、俺と霜田の間にはなんの縁もなく、ある意味友達の友達みたいな感じで会っているだけだから、当然とも言えるだろう。
「あ、そういえば」
それでも気まずい雰囲気をよしとしないのか、霜田が話を切り出してくれた。
「阿久津、今、さっき買ってくれたポスター持ってる?」
「いや、スマホで暗号の写真だけ撮って現物は家に置いてきた。どうして?」
「あ、そうなの? なんだ、サイン書いてあげようと思ったのに。結局暗号だけで本物のサイン書いてないでしょ?」
「ああ、大丈夫。なくていい」
「大丈夫!? なんでよ!?」
俺の回答に仰天する霜田。
「え、別に要らないから……」
「はー……。阿久津ってあたしのファンじゃないんだねー……?」
「なんだその発言……」
「あ、いや、ごめん。そうだよね、調子乗ってる発言だよね。あたしごときが……ごめん……」
「逆にへこみすぎだろ……」
ネガティブホロウでも食らったのか。
「ごめん、ちょっと自己肯定感低めでして……」
霜田は頬をかいてから、
「阿久津があたしのファンじゃないかもって、今日のサイン会の時も思ったんだよね。なんていうか、他のサイン会に来るような人とは、なんか違うっていうか。熱に浮かされた感じがないっていうか」
その言葉を受けて、俺は素直な自己表明をする。
「俺は、キャラと中の人は分離して考えてる派なんだ。アイプロのファンでもなく、霜田茜のファンでもなく、小鳥遊ルリのファンなんだよ」
「へえ、何きっかけで?」
霜田が身を乗り出す。
「まあ、小鳥遊ルリに人生を救われたっていうか、な」
「人生を……?」
「うん」
首を傾げる霜田に、頷きを返す。
「色々あって、人生に絶望してた時があって。そんな時に、渋谷スクランブル交差点のところの大型ディスプレイに小鳥遊ルリが現れて」
「『才能とか環境とかで諦められないことを、"夢"って呼ぶんじゃないんですか!?』」
「……!」
突如霜田が読んだその言葉に声を失っていると、
「あたしが一番最初に吹き込んだルリちゃんのセリフだよ。そっか……あれで、救われてくれた人がいたんだ……」
そう言って、彼女は優しく微笑む。
「あたし、あの時嬉しくて、あの広告が流れてた一週間、毎日空いてる時間はずーっとあそこにいたよ。ハチ公と友達になれそうなくらい。もしかしたらすれ違ってたかもね?」
「お、おう……」
いまだに、彼女の口から出たその声の衝撃から離れられなかった。
……本当に、霜田が、ルリの『声』なんだと、実感するには大きすぎる一行だ。
「それにしても、なるほどねえ。まあ、キャラを本当に人物として見てたら、そうなるか」
「どういう意味だ?」
「いや、あたしがいうのもなんだけど、例えば、その……現実のアイドルを推す時に、その子の声って要素としては優先順位がそんなに高くないじゃん? 顔とか、スタイルとか、性格とか、そういうものに声がくっついてるっていうか。元も子もないこと言うと、あたしがCVじゃなくたって、阿久津はきっとルリちゃんを推してたよねって話」
困り眉で笑う霜田に、
「それはない」
と、俺は言い切る。
「へ?」
「俺は、あのセリフを、あの声で俺に言ってくれた小鳥遊ルリが好きなんだ。あの声じゃなくなったら、ルリはルリじゃないし、きっと俺にはその言葉も届かなかった」
「あ……そう?」
俺の言葉に、霜田は呆けたようにキョトンとしている。
「なんだよ……?」
「あ、いや。なんてーか、素直に嬉しいって言うか……」
「言っとくけど、霜田はルリじゃないからな……? 俺はあくまでもルリの綺麗な声を褒めてるんであって、霜田の声とルリの声は違うからな……?」
「な、なにそれ!? 今褒めてたじゃん!?」
霜田はまた仰天で顔をしかめる。
「言っただろ。俺は、キャラと中の人は分離して考える派なんだ」
「徹底してるんだねー……!」
「まあでも、なんというか……」
呆れ顔の霜田に、一応一言だけ付け加えておくことにした。
「小鳥遊ルリのCVが霜田茜で本当に良かったとは、思うよ」
「……!」
「あの、お二人?」
「「……!」」
気づくと、ルリが戻ってきて、ジト目で見ていた。
「わたしがいない間にいい雰囲気にならないで欲しいです」
「い、良い雰囲気とかじゃなくて……」
娘に叱られる母親みたいになっている霜田が面白い。
「マネージャーさんにも言ってるんですよ? 何笑ってるんですか?」
「で、今はルリちゃんは阿久津の家に住んでるんだよね?」
ルリが戻ってきたので、会話もルリの話に戻る。
「ルリちゃん、大丈夫? 何かされてない……?」
「ああ、いいえ、なにも……」
「本当に? この人、ルリちゃんのためならいくらでも課金する廃人だよ?」
「ああ、そういうことなら、色々……」
「なにしてんの?」
ギロッと睨まれる。怖いなあ……。
「いや、この制服だけだと色々支障あるだろ? だから、服とか……買ってやっただけで」
「服とか? とかってなに? ……まさか、下着とか?」
「…………別に?」
「答えになってないんだけど!?」
立ち上がらんばかりの勢いで詰め寄ってくる霜田を、ルリがなだめる。
「わ、わたしがお願いしたんです! 下着がないと困るので」
「ほんと? じゃあいいけど、なんか自分の身体が汚されたように感じるんだけど……」
知らんがな。
「でもさ、実際問題、こうして阿久津の家に住み続けるわけにもいかないよね」
「「え?」」
今度は俺とルリの声が重なる。
「なんで二人でその反応? 別に阿久津のこと信用してないとかじゃないんだけどさ。いや、信用もしてないけど」
一言余計ですよ。
「それにしても、男子と二人で住んでるっていうのは、これから色々支障は出てくるんじゃないかなって」
「まあ、たしかに……」
「で、でも、わたし、他に行くあてなんて……」
戸惑うルリに、
「それなら、」
霜田が、ある意味当然の提案をした。
「あたしの家に来るのはどう?」