第7話:推しキャラとサイン会
「緊張します……」
「だな……」
翌日。
俺とルリは、2人で、霜田茜のイベントに参加して、そしてその後のサイン会の列に並んでいた。
(イベント自体は、番組収録の延長線上で、視聴者からの質問に答えたり、箱の中身はなんだろな?したり、クイズしたりして、大盛況だった)
ちなみに、買ったグッズは、今日のイベントのA4ポスター。
CAさんをイメージしたような衣装に身を包んだ霜田茜がCAさんぽいポーズをとっている写真とイベントのロゴが大きくプリントされている。
一番サインが書きやすそうという理由だけで選んだものだ。
今日のルリは、元の世界から着てきた制服を着用してきたが、やはり二次元から出てきた彼女が二次元の服を着て声優のイベントに来たものだから、かなり目立っている。
列の折り返し地点など、周りで、
「あの子、可愛すぎないか……? なんのコスプレだ……?」
「もしかしたらだけど、昨日あかねごんが描いてた夢に出たキャラのコスじゃない?」
「ええ、ごんちゃんガチ勢美少女、やば……!」
という会話も聞こえたくらいだ。カンの良い人もいるな。
ちなみに、『あかねごん』というのは霜田茜のファンが霜田茜を呼ぶときのあだ名である。
より簡略化してちゃん付けして『ごんちゃん』となる時もある。
なお、霜田茜のファン自体の呼称はシモディーという。
……重ね重ねいうが、俺は別に霜田茜のファンではない。
並ぶこと数十分。やっと、ルリの番が来た。
ルリの一つ前のシモディーが興奮気味に去ったあと、列の先頭に立つルリを見た霜田茜の動きがフリーズする。
「……ルリ、ちゃん……?」
……名前まで知ってるなら、話が早い。
俺は心底ほっとするような、そんな気持ちに包まれた。
「ま、マネージャーさん……」
ルリが、「どうしましょう……?」と、俺を見るので、
「行っておいで」
と背中を優しく押してやる。
少し離れている場所からで、二人の会話はうまく聞き取れない。
だが、ものの十数秒で、剥がしの人にルリは剥がされて、会場をあとにした。
さて、次は俺の番だ。
「こ、こんにちは! えっと、どこから来てくれたのー?」
自分のペースを取り戻さなきゃ、というように、霜田茜がきさくに声をかけてくれる。
生で見る霜田茜は画面越しで見るよりも魅力的で、別にファンじゃない俺でもちょっと緊張するが、今はそんなこと考えている場合じゃない。
「小鳥遊ルリと一緒に来ました」
俺がそれだけを伝えると、
「……へー、そっか! さっきの子と!」
そう言いながら、ポスターの下の方に、霜田茜はささっと今日の日付を書いていく。
「絶対にまた会おうねー!」
そして、リップサービスとも取れる本心を言いながら俺に手を振った。
出たところでは、ルリが待っていた。
「誰かに声をかけられたりしなかったか?」
「へ? かけられてませんけど……?」
「そっか」
誰かに絡まれたりナンパされたりしてるかな、などと思ったりもしたが、そんなことはなかったらしい。
遠巻きに見てるシモディーの姿は見える。
まあ、知らない人に声をかけられる男ってそんなに多くはないよな。
なお、『ルリが声をかけるほどは魅力的じゃないから』という可能性はゼロなので検討しておりません。
「霜田茜とは、何か話せたか?」
「ああ、いえ、ちゃんとお話するには時間が足りませんでした……! けど、」
ルリはそっと目を伏せてはにかむ。
「わたしの名前を、わたしが名乗る前に、呼んでくれました」
「……だったな」
俺も、それはかなり安心した。
「ちょっと、サイン入りのポスター見せてもらっていいか?」
「いいですけど……やっぱり霜田さんのサインが気になるんですか?」
「まあ、そうだな」
「あ、やっぱりお好きなんじゃないですかあ……!」
頬を膨らませるルリが可愛いからそのままにして、A4ポスターを広げる。
「……やっぱりそうか」
「どうしたんですか?」
俺はそこに書かれたサイン的なものを指差しながら言う。
「これ、霜田茜のサインじゃないよ」
「ええっ!?」
「ほら」
驚くルリに、俺は『霜田茜 サイン』と画像検索した結果を見せる。
ルリは俺からスマホを受け取ると、画面に映ったものとポスターを見比べて、
「本当ですね、筆記体っぽく書かれてるだけで、全然違いますね……!」
と感嘆の息を吐く。
「ここに書かれてるのは……えっと、『音無カフェ』? なんだそれ?」
「音無カフェ!」
嬉しそうにルリが声をあげる。
「知ってるのか?」
「わたし、場所分かります! わたしの世界の、音無プロの近くにあるカフェです!」
「まじか……!」
つまり、それは、裏設定だかなんだか知らないが、とにかくまだ世に出ていない情報で、小鳥遊ルリが本物だった場合にのみ分かる場所ということになる。
おそらく、ボイス録音は終わっているであろう、『UR小鳥遊ルリ』の限定エピソードの中に出てくる場所かなんかなのだろう。
「で、俺の方に時間を書いた、と……」
「時間、ですか?」
俺が自分の方のポスターを取り出すと、ルリがポスターを覗き込む。
それにしても、この距離感は人を勘違いさせるな……。
アイドル向きとも言えるかもしれないけど……。まあいい。
「ほら、今日の日付と、18時って時刻がサインみたいに書かれてる。周りから、メッセージ書いてるとバレたらまずいからな。これが霜田茜のサインじゃないから、もしかしたらルリの方にも場所とかが書いてあるかもって思ったんだ」
「すごい推理ですっ……! 当たってそうです!」
「多分、ルリの方に場所だけ書いたあと、いつ来ればいいかが分からないだろうって思い直して、俺の方に時間を書いたんだろう」
「なるほど……!」
つまり、今日の18時に音無カフェにて待ち合わせ、ということか。
いや、待て。その時間はバイトの時間だな……。
とはいえ、ルリ一人で行かせるわけにもいかないし、日時変更の申し出はもはや不可能だ。
「甘利に連絡してバイトを代わってもらおう……。当日でもいけるかなあ……」
俺が甘利にラインを打ち込んでいると、
「むむ、でも……」
と、隣から少し複雑そうで不満げな声が聞こえる。
「ん? どうした?」
「どうしてマネージャーさんは、霜田さんのサインじゃないってすぐに分かったんですか? こんなの、知らなかったら、ぱっと見普通のサインに見えますよね?」
「…………別に?」
「答えになってませんよっ!?」
重ね重ねいうが、俺は別に霜田茜のファンではない。