第12話:推しキャラと高熱
「すごい熱じゃんか……!」
一瞬で目が覚めた俺は、ルリのおでこに手のひらをあてると、
「とりあえず入ってくれ」
と、霜田とルリを家に迎え入れる。
ひとまずルリをベッドに寝かせて、床に敷いてあった布団を畳む。なんか気まずいので。
「それで、病院には?」
「ううん、行ってない」
霜田は首を横に振る。
「まだ朝早くて病院やってないし、よく考えたらルリちゃんって保険証とかないかもだしって思って……。阿久津にしか助けを求められないのに、あんた連絡取れないし……」
スマホを見ると、霜田からラインの着信やらメッセージやらが一時間くらい前からたくさん来ているみたいだった。
「ごめん、ずっと寝てたわ……」
「ううん、こっちこそ朝っぱらからごめん……」
保険に入ってなくとも病院にかかることは出来るだろうけど、疑いの目を向けられることはたしかだろう。
親の連絡先とかを聞かれて困るルリが目に浮かぶ。
「だとしても、こんな状態のルリを引きずってまでここにこなくても……」
「あたしだってそう思うよ? でも、ルリちゃんに頼まれたから……」
「頼まれた? なんて?」
「『マネージャー、さん……の、とこに……連れて行ってください……』って」
「うおお、ご本人……」
中の人・霜田茜が小鳥遊ルリの口調を真似たら、もうそれは本人じゃないですか。と感動してると、ジト目を向けられる。
「ふざけてる場合?」
「すみませんです……」
謝ってから、ベッドで横になるルリを見る。
ブランケットと共に上下する胸に、彼女が呼吸をしているのを感じて、少し不思議な気持ちになった。
……などと眺めていると。
「……やっぱり、回復です」
ぱちり、と目を開いて、ルリが起き上がる。
「ルリちゃん……? 起きて大丈夫なの?」
「ええ。びっくりするほど回復してしまいました」
「え、ほんと?」
「はい、本当ですよ」
ルリは床におりてきて、
「ほら」
自分のおでこを霜田のおでこに、ぴとっとつけた。
「ちょ、ちょっと……!?」
「うおお……」
二次元の中でしかみたことがない、おでこ同士を合わせて熱を計るやつだ……! さすが二次元の住人……!
霜田すら驚いたみたいで、顔を赤くする。
「えへへ、熱、なくなっちゃいました」
対照的に、ずいぶんと顔色がよくなったルリがえへへ、と笑顔を浮かべる。
「どういうこと……?」
「自分でも分からないのですが、本能的にというか、直感的に悟ったんです。マネージャーさんの近くに行けば治りそう、って」
首をかしげる霜田に、ルリが説明する。
「まじか……」
「困ったことになったわ……」
霜田がため息をつく。
「そうだな?」
「……そのニヤニヤ顔のせいで先が思いやられるんだけど?」
「笑ってないけど?」
嘘だ。にやけている。
霜田には悪いと思いつつ、俺は上がる口角をおさえられない。
どうやら、ルリは俺から離れて一定時間経つと、具合を悪くしてしまうらしい。
それが、だんだんHPが減っていくような感じなのか、一定時間が経つと禁断症状みたい具合が悪くなるのかはよく分からないが。
「やっぱり、ルリちゃんは、あんたと暮らすしかないってこと……? この小鳥遊ルリのストーカーと?」
「ストーカー!? 俺は健全なファンで健全なマネージャーだぞ?」
「この部屋の中でよくそんなことが言えるわね?」
頭痛でもするのか、こめかみを押さえながら、霜田は壁中に貼られたポスターやら、そこらじゅうに飾ってあるフィギュアを指さす。
「いつだって視界のどこかに『推し』を感じていたいっていう一般的なファン心理だろうが」
「はいはい、分かったっての……」
「茜さん、わたしは嬉しいので……」
大天使・ルリエルが俺をフォローしてくれる。
いや、ていうか。
「『茜さん』? 昨日まで霜田さんって言ってなかったか?」
「あ、気付いちゃった?」
突如ニヤリとする霜田。
「霜田さんって言われると寂しいから、昨日の帰り道で『茜って呼んで』って言ったの。そしたら、その時のルリちゃん、『茜……さんでもいいですか?』ってはにかんで! その顔の可愛さと言ったら、もう……」
「へー……」
「興味持てし」
「嫌だし」
俺なんかマネージャーさんっていう役職呼びから脱することができてないのに……。
「まあ、そんなのは一旦いいの。問題は、ルリちゃんの体調の話でしょ?」
霜田はルリの方に向き直る。
「ねえ、ルリちゃん。本当にこいつの近くにいないと体調崩しちゃうの?」
「そうみたいです。やっぱりわたしをこっちの世界に呼んだのがマネージャーさんだからでしょうか……」
ふーむ、と思案顔をするルリは、すっかり顔色も元通りだ。
「どれくらいまでなら離れられるんだろう?」
霜田が首をかしげる。
「どれくらいって、時間が、か? 距離?」
「距離の方。時間は多分12時間くらい。今朝の5時くらいに突然一緒に寝てたルリちゃんの息が激しくなったから」
「なるほど、昨日別れたのは夕方の5時くらいだもんな。……一緒に寝たの?」
「あ、気付いちゃった?」
二回目!
「んふふ、女子同士の特権だからね。阿久津とルリちゃんじゃ、いくらなんでも、同じベッドでは寝られないもんねー?」
「そうだな」
先程の仕返しとばかりにドヤ顔で胸を張る霜田に対し、内心バクバクながらも冷静に対処する俺の横で、
「そ、そそそそ、そうですよっ!? わ、わたしとマネージャーさんが、同じ、お、お布団で眠るなんてありえませんっ!」
と、わざわざベッドを布団と言い換えて自爆しまくるルリ氏。泳いだ視線がほど近くにある布団をばっちり捕らえている。
「……布団? まさか……」
「んなわけないだろ。ルリは純真無垢なんだから。そういう話しただけでこうなっちゃうんだよ」
「そういうこと……?」
「も、もちろんですよっ!」
ルリも、右手を頬にあててフォロー(?)する。
「ふーん……、まあ、いいけど……」
よし、ナイス俺。どんな時でも冷静なふりができてよかった。
このタイミングで同衾のことが霜田に知れたら、どうなるか分からん。
……と、思ったと同時。
「だなんて、騙されてあげると思った?」
「え?」
「罠カード発動、【担当声優だけが知ってる裏設定】!」
「と、とらっぷ……?」
ふざけてるのか怒ってるのか、霜田が決闘を始めて、ルリが目をぱちくりさせる。
「ルリちゃんは、嘘をつく時とか誤魔化すときに、右のほっぺがひくひくするっていう癖があるの。だから、無意識に右のほっぺを押さえちゃうってわけ」
「な、なんだと……!?」
俺はショックに慄き、架空の手札をパラパラと床に落とす。
「で、でも、おかしいだろ! そんな、文章に反映されていない設定が存在してたとして、声優がなんでそれを知ってるんだ……!?」
「……ルリちゃんが嘘をつくセリフは、右のほっぺを押さえながら演技してるの」
「はぁッ……!」
俺はふと思い当たる。
「だから、キャラ個別のバレンタイン限定シナリオ『チョコレート怖いです』で、衣装のスカートが吐けなくなったことを理由に減量を言い渡されたルリが、ファンの女の子(7歳)が一生懸命ルリのために作ってくれたチョコを食べちゃった時、マネージャーに『ダイエットの調子はどうだ?』と聞かれて『は、はい! 順調ですっ!』って答えたあのボイスは、ほんの少しだけモゴモゴした感じになっていたのか!」
「あ、あの時のことはもう謝ったじゃないですかあ……!」
「うわあ、すごい、気持ち悪いけどそこまで分かってもらえて嬉しい……悔しい……!」
ルリ的には実際に起こった出来事なので「蒸し返さないでくださいよう……」と赤面し、霜田は凌辱される女騎士みたいなこと言ってる。
「くそ、『アイドル・プロミス』の設定がここまで練られていたとは……! さすが、俺の愛した課金式電脳遊戯……!」
「もういいっての」
ツッコミと共に手刀を食らう。
「それにしても、さすがに看過できないなあ、それは……」
霜田は、下唇を噛んでから、そっと宣言する。
「決めた。あたし、このアパートに引っ越す」




