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神さまの殺し方  作者: 雪永
第一章 ヒルデ島の手紙
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与えられた指輪

大陸から西へ遠く離れたヒルデ島へ訪れる人間は少ない。宿屋はないため、島主であるアントンさんが旅人のために部屋を貸していた。だからミートパイを手土産にアントンさんのもとへ訪れたのだが。




「テセウスさんなら今朝大陸へ戻ったよ」


「え!?」


「なんだ、聞いてなかったのか」




 アントンさんは嬉しそうにミートパイを受け取りながらそう言った。私は予想外のことに驚いて何も言えなかった。




 先に口を開いたのはリタだった。彼女は今にも泣きだしそうな顔をしている。




「あたしなんにも聞いてない!」


「まあ急いでいたようだったし、しょうがないんじゃないかね」


「うそ! ひどいわ!」




 リタは大きなブラウンの瞳に涙を溜めて、どこかへ駆け出して行ってしまった。後を追いかけたかったが、アントンさんはそれを制止した。




「あの人から渡されたものがあんのさ」




 そう言って手を出すよう促した。不思議に思いながらもその通りにすると、彼は自分のポケットから何かを取り出して私の中指にそれを嵌めたのだ。




「指輪?」


「うん、あとはよろしくって言ってたな」


「え? なにを?」


「だから、あの化け物。退治すんだろう?」


「へ?」




 アントンさんが何食わぬ顔でそう言うので思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


 この人は何を言っているのだろう。指輪で化け物退治? なにを馬鹿な。一体どうしろっていうんだ。というか、なぜ私に?




 疑問が頭の中でぐるぐると回っている。アントンさんはそんな様子を見て笑っていた。




「そういうことらしいから頑張れよ」


「いやいや、よくわかんないよ。返すからこれ」




 ぐいぐいと指輪を引っ張るがうんともすんとも言わない。おかしい。嵌められたときは何の引っ掛かりもなかったくせに今はまるで離れてやらないとばかりだ。


 こんなの普通の指輪じゃない。きっと呪い付きのなにかだ。青ざめていく私にアントンさんはまた笑っていた。




「そいつは持ち主を決めたら外れないぞ。忘れちまったのか?」


「忘れたも何も、こんなの知らないよ!」


「まあいい。大事なことは心が覚えている」




 顔を上げるとそこに彼の姿はなかった。眼前には島主の家はなく、湖が広がっている。昔よく遊んでいた場所だ。呆然としている赤茶色の紙をした女の顔が水面に映った。




 今、私はアントンさんと話していたはずなのに、いったいどうしてこんなところにいるのだろう。瞬間移動したとでも言うのだろうか。そうでなければ夢遊病? どっちにしたって普通じゃない。


それに、あのとき最後に聞こえた声は彼のものではなかった。




 あまりに現実離れした一連の流れに頭はパンク寸前だ。ふらふらとその場へへたり込んでしまう。その拍子に指輪が視界に入った。




「……どうしよう、これ」




 真っ黒なリングに赤くギラギラと輝く宝石が嵌められたそれは、お世辞にも趣味がいいとは言えなかった。禍々しいオーラすら感じる。




 けれど、何故かしっくりとくる。こんなのはじめて見るのに。




 アントンさんは、正確には彼ではないかもしれないが、私がこの指輪を知っていると言っていた。忘れているのか、と。




 たしかに、あの怪物を前にしてからずっと混乱している。というより、居心地がなんだか悪いのだ。テセウスに会えば何かわかるのかもしれないと思ったが、それも無駄足だった。




 これからどうするべきだろう。まさか本当に怪物退治なんてさせるつもりだろうか。わからない。なにもわからないが、とにかく一度家へ戻ろう。リタのことも気になる。ちゃんと帰れていたらいいのだが。最近は日が沈むのが早いのだ。




 暗くなると怪物が現れる、そう言っていたおばあちゃんの言葉を思い出して、私は足を速めた。






******






「ただいま」




 ぼんやりとしたまま家の中へ入る。帰宅した姿を確認したおばあちゃんはおかえり、と言って怪訝そうな顔をした。




「リタはどうしたんだい」


「帰ってきてないの?」


「まだだよ」




 その返答を受けて窓の外に張り付くと、日が暮れかけている。先ほどまでうわの空で気が付いていなかった。横へやってきたおばあちゃんは焦りが混じった声で「大変だ」と呟いた。




「もうすぐ夜になる」


「探しに行かなきゃ」


「あんたはここで待ってな。一応怪我人なんだから」




 おばあちゃんはばたばたと家の中を歩き回って上着を羽織り、ドアノブを回した。隙間から身がすくむほど冷たい風が入り込む。




「一人で行くつもりなの?」


「島の大人たちを使うよ。心配しなくていいから家から出んじゃないよ」




 念を押すようにそう言って、外へ出て行ってしまった。窓から様子を伺うが、すぐにその姿は見えなくなってしまう。一番近所のマルケの家に向かったのだろうが、ここからでは坂で死角になっていてちょうど見えなかった。


 窓ががたがたと音を立てた。風が激しくなってきたようだ。見上げると雲行きもなんだか怪しい。雨が降るのかもしれない。もしかしたら、雷も鳴るだろうか。


 リタは雷が嫌いだ。こんな時にひとりは心細いだろう。


 狭い島の中で迷子になっているとは考えられにくい。どこか人気のない場所で怪我をしてしまって動けないのかもしれない。




「、よし」




 足の痛みは既に引いている。問題なく歩けるし、少しなら走ることもできる。


 それに、今の島で怪物に対抗できるのはおそらく、この指輪だけだ。未だに用途もはっきりとしないが、ないよりはマシだろう。


 私は小雨が降り始めた外へ飛び出していった。

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