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神さまの殺し方  作者: 雪永
第一章 ヒルデ島の手紙
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剥がれ落ちた記憶

「あっ、起きた。起きたよぉ、おばあちゃーん」




 目が覚めると、見覚えのある部屋にいた。嗅ぎなれた古い木の匂いに安心する。多分祖父母の家だ。高い声を上げて祖母を呼んでいるのは誰だろう。分からないわけではないが、頭がぼんやりとして考えられない。そういえば、体もうまく動かせない。瞼を持ち上げるので精いっぱいだ。




「起きたね、イザベラ」


「……おばあちゃん?」




 年の割に若く見える祖母が部屋の奥から姿を出した。その横には小さい女の子がいる。そうだ、従妹のリタだ。クセのある長い赤毛がかわいらしい。どうして忘れてしまっていたのだろう。




「おばあちゃん、ねぇ、私……」


「あんたって子は、心配ばっかりかけて! 今の島で夜中出歩くなんてどうかしてるんじゃないのかい」


 おばあちゃんはずんずんとベットの近くまで歩いてくると、私の頭を軽く叩いた。それから、呆れたように眉を寄せて短いため息を吐いた。


「あの人がいなかったら今頃どうなってたことか」


「私、なんで生きてるの?」


「助けてもらったんだよ、あとでお礼言いに行きな」


「誰に?」




 記憶をいくらたどっても、あの怪物を前にした時から場面が進まない。誰かを見かけたり、声を聞いたりなんてしていないはずだ。

 私の問いかけにおばあちゃんは首を傾げる。




「さあ、名前はなんて言ったかな」


「テセウスよ!」




 リタが頬を染めながら嬉しそうに言った。




「あたしあの人と結婚するの!」


「なに言ってんの。あんたみたいなガキ相手にされないよ」


「するもん! テセウスも約束してくれたもーん!」




 テセウス。


 その名前を聞いても心当たりはない。知り合いにそんな名前の人はいないはずだ。最近島にやってきた旅人だろうか。それにしてはいやにリタが懐いているように見える。この子は人見知りなところがあるので、一度や二度会っただけの人と打ち解けることはないはずだ。




「あんたはテセウスって人に会ってるはずだけど」




 おばあちゃんは不思議そうに言った。




「やっぱり、喰われかけたショックで頭がおかしくなってるのかね」


「テセウスに会えば思い出すんじゃない!」




 リタがぴょんぴょんと跳ねながら私の腕を掴んだ。会いに行かせるついでに自分も遊んでもらいたいのだろう。はやく、はやく! と急かしてくる。けれど私はそんな気分にはなれなくて、すがってくるリタの手を引き剥がした。




「ちょっと混乱してるだけ。休んだら大丈夫よ」


「やだぁ! 行こうよぉ! もう行く準備しちゃった!」


「うるさいよ、静かにしてな!」




 おばあちゃんが駄々をこねるリタを抱き上げた。リタは小さな体を懸命によじらせて地面に降りようとするが、簡単にいなされる。さすがはおばあちゃんだ。何人ものわがままな子どもを育てただけあって慣れている。




「結局、テセウスってどんな人なの?」


「国軍の人よ。一週間前から島に来てるじゃないか」


「へぇ……」


「まあ、あんたはそのテセウスより、もう一人の方と仲がよさそうだったけど」


「もう一人?」




 ここ最近、家族以外の誰かと仲良くしたどころか、会話した覚えもない。それなのにどうしてそんなことを言うんだろう。


 おばあちゃんは私の疑問に答えるつもりはないらしく、リタを抱えたまま部屋の奥へ引っ込んでいってしまった。どうやら昼食を作っている途中らしい。好物のミートパイの匂いがする。




「ミートパイ、大目に焼いてるから、あとでリタと届けに行きな」

「……うん」




 覚えがないとはいえ命の恩人だ。お礼を伝えないわけにもいかないだろう。ひとまず焼きあがるまでもう少し休もうとして、私は布団を被りなおした。

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