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妖怪屋敷のご令嬢が魔術アカデミーに入学します  作者: 音喜多子平
ご令嬢のストーカーが因縁を吹っ掛けられます
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8-2

 それから二人は飛んでくる嘲笑や侮蔑的な視線を受け流しながら食事を済ませた。帰り道は外を出歩く人数が少なかったので、好奇の眼差しを向けられることも少なくなったが、それもあくまで相対的な話だ。


 部屋に戻った後、デキマはシャワーで汗を流すよう波路に提案をした。この寮の二人部屋にはバスルームが備え付けられている。波路は一瞬だけ気が引けたが、デキマと結んだ主従の関係が頭に過ぎる。彼女…いや彼には彼なりの矜持がある。自分だって亜夜子に対して並々ならぬ思いを持っているのだ。自分の体裁や感覚だけで我を通し過ぎてはいけないと思い、デキマのいう事を素直に聞いた。


 もっともカラスの行水と呼ぶにふさわしいような時間だったのだが。


「ふう。湯船に浸かれないのが残念だが仕方ないな」

「そうですね。バスタブに浸かれるような場所があるかどうか、後程調べておきます」

「そこまでしなくてもいいけど、物のついでにな」


 するとデキマはタオルで洗い髪を拭く波路の背中に声を掛けた。彼の入浴中に、一つ気になる事があったのだ。


「それと…」

「ん?」

「カツトシ君宛に一通、お手紙が届きました」

「手紙? 誰から?」

「恐らくは…アヤコ・サンモトです」


!?


 デキマの淡々とした報告とは反比例するように、波路は全身で驚きを表現して振り返った。帰ってきた主人に駆け寄る犬の様な速さで近づいてそれを受け取ると、マジマジと手紙を見た。


 白地に赤い線で幾何学模様のような装飾が施されている。裏を見れば確かに『高慢の寮 一年寮長より』と記されている。この寮の一年の寮長とは、即ちアヤコ・サンモトに他ならない。


 波路は愛しそうに封を開けると、二つ折りの手紙を愛でるように優しく開いて内容を音読した。


『夜明けの一時間前。伝えたいことがあるので、使い魔の丘の麓に一人で来られたし。一年寮長より』


 そして一瞬だけ体を小刻みに震わしたかと思えば、


「うおおおおおお!!」


 と、喜びをデキマにも見せつけたのだった。


 しかし。やはり波路とは対照的にデキマは冷静にこの状況を分析した一言を発した。


「お喜びのところすみませんが、おかしくはありませんか?」

「ああ。絶対おかしい」

「え」


 デキマは少しだけ目を見開いて驚いた。こうもあっさり否定するとは思っていなかった。てっきり妄信的になって、「何がおかしいの?」などと聞いてくるとばかり思っていた。


ところが、波路はニヤニヤとしながら手紙を何度も読んでいる。表情と言葉が一致しておらず流石のデキマも戸惑ってしまった。


「亜夜子さんが俺に伝えたい事を直接いう訳がない」

「…では、きっと悪戯ですね。手紙は私が破棄いたします」

「いや、行こう。使い魔の丘ってどこだろ?」

「え、行くんですか?」

「おう」


 お前、バカか? と出かかった言葉をデキマは辛うじて飲み込む。そしてあくまで理知的に言った。


「悪戯ですよ」

「そうじゃない可能性もある。亜夜子さんの事を匂わされたら行かない訳にはいかない」

「…」

「デキマさん。使い魔の丘ってどこか調べるの手伝ってくれ」

「承知しました」


 デキマはさっき食堂で日本作法に慣れなければと思っていたが、それは間違いであったと思い知った。何よりも先にこの波路勝利という男の自由奔放でつかみどころのない性格に慣れなければならないと思った。そうでなければ従者として身も持たないし、正攻法で彼を堕落させることも難しくなるからだ。


 ◇


 使い魔の丘とやらの場所はすぐに分かった。食堂の場所を確かめたのと同じように集会所の脇にある地図に赤い文字で記されていたからだ。


 そうして手紙に指定をされていた場所を確認すると、波路はすぐに窓を開けて部屋を出た。一人で来るように言及されていたのでなるたけ人目につかない方が吉と出ると踏んだ。


 ところが寮を出てしばらくしてから、デキマが後を追いかけてきていることに気が付いた。


「デキマさんは待ってていいのに」

「こればかりは譲れません。どうしても待てと言うなら、こっそりと後をつけます」

「それ言ったらダメじゃん」

「私の事を考えて頂けるときは、アヤコ・サンモトさんの事を思って頂けると幸いです」

「うん?」

「アヤコ・サンモトが怪しげな手紙に呼び出されたとして、部屋で待っていますか?」


 その問いかけに、波路は笑った。


「いや、絶対についていく」

「ふふ」


 そしてデキマも笑顔を答えとして返した。


「一人でって書いてるけど…ま、いっか。本当に亜夜子さんだったら紹介しておきたいし」

「恐れ入ります」

「じゃあ、行くか」


 道すがらデキマはあの手紙の内容を吟味していた。夜明け前とはこの学校の生徒たちが寝静まる時間帯。闇に生きる悪魔たちは夜に活動する者が多いので、この学校のスケジュールも人間社会とは昼夜逆転している。とは言っても学園の敷地内には太陽の光を遮断する魔法が掛かっているので、昼間でも黄昏時の様に薄暗い。


 そんな時間に呼び出すということは波路の予想通り、他の生徒には見られたくない事情があるというのは間違いないと思っている。一人で来いという指定も大きく矛盾はしない。


 問題は…場所だ。


 今回入学して、初めて校内の敷地を踏んだデキマが詳細を知る由もない。寮生にはその寮の司る使い魔を与えられるとどこかで聞きかじった事はあるが、それだけでは何を考えても憶測の域を出ることはない。場所の名前からその使い魔に関係する何かがある、と予想するのが関の山だ。悪魔であるデキマが情報不足なのだから、海を渡ってやってきた異国出身の波路はそれ以上に現状を把握できていない。


 しかも亜夜子の性格上、手紙を使って呼び出すことはまずありえないと波路もデキマも確信しているし、波路が亜夜子に執心しているのは高慢の寮の一年生全員が知るところ。更に今日の食堂での様子を鑑みると、いくらでも悪い展開は予想できる。


 悪戯かも知れないと言ったが、むしろ悪戯ですめばマシな状況なのではないだろうか。


 デキマは野性的な勘で、あの手紙に込められた悪戯などと言う言葉では済まされない悪意を感じ取っていた。


 …。


 そこまで考えた時。デキマは一つ重大な事柄を考慮していなかった事に気が付く。並みの生徒であれば戦々恐々としてしまうかも知れないけれども、今自分が共だって歩いているのは並みとは大きく外れた人間だ。仮に予想通りの悪意ある何かが起こったとしても、むしろ後悔するのは手紙の仕掛け人の方だろう。


 だからこそ、デキマはいつの間にか自分の予想が当たってその悪意に満ちた何かが起こることを期待するようになっていた。


 やがて件の使い魔の丘とやらにつく手前、波路は突然に口を開いた。


「あ、誰かいる」

「え?」


 指さす方角をデキマは注して見てみたが、いかんせん距離と暗闇とに阻まれて波路が言う誰かというのが杳として知れなかった。いや、それよりも…


「見えるんですか?」

「おう…けど、何人かいるな」


 波路のいう事がもしも当たっているのだとしたら、猫の悪魔である自分よりも夜目が利くという事になる。デキマは唖然とした。何故ならそれがすぐに本当だと分かったからだ。


 距離が縮まるにつれ、デキマにも何人かが目的地周辺に集まっていることが分かった。それでも十二分に離れていたのだが、それよりも先に感づいた隣の男に恐怖と驚愕を足したような感情を悟られまいと振る舞っていた。


 二人がその集団に近づくと、挨拶よりも先に敵意を乗せた声を浴びせられた。


読んで頂きありがとうございます。


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