7-1
◇
時間は『高慢の寮』でくじ引きにて部屋決めをしていた頃まで戻る。
◆
「ああ…亜夜子さん…」
波路は心底消沈していた。
亜夜子と同じ魔法の師にこの学校の事を聞き、亜夜子の長年の世話役から出立の日を教えてもらってまで追いかけてきたのにこれでもかと拒絶されたからだ。しかも日本にいた時よりも拒絶反応が強くなっている気さえする。
尤も亜夜子の立場を思えば当然の反応なのだが。
実を言えば波路も自分の行為が褒められたものではないとは承知している。ただ、これ以外に自分の誠意を伝える方法を思いつかないだけだ。
むしろ波路は最初こそは、至極一般的な伝え方をしていた。亜夜子が本来持つ豪快さゆえに、ここまでのアプローチをしないと相手にしてもらえなかったことも起因の一つではある。
まあ、それでも波路が引くほど諦めが悪いという事実に変わりはない。
どちらにしても亜夜子の先制攻撃は見事に決まり、『高慢の寮』の一年生たちは波路のことを質の悪いストーカーだと認識してしまっていた。恋路が叶わない男など、悪魔にとっては娯楽以外の何者でもない。しかも波路が射止めんとしているのは、学年主席のアヤコ・サンモトだ。余計なちょっかいや手出しをして彼女の反感を買う事だけは絶対に避けたい。
つまりは波路を孤立させて、遠巻きに静観するのが最も賢い楽しみ方となっているのだ。
「お隣よろしいですか?」
「どうぞ…」
波路は思わず返事をしたが、こんな状況の自分に声をかけてくるのは一体誰だろうかと。
隣には黒を基調としたヨークフリルワンピースを着た可愛らしい女子生徒が座っていた。好奇心か興味本位で話しかけてきたとも思えたが、波路とこの女子生徒は初対面ではなかった。
「あれ? あんたは確か」
「はい。先ほどはありがとうございました。改めてお礼とご挨拶、それにお願いがあって伺いました」
「はあ」
それは入学試験の会場に向かう森の中の出来事だ。あの森には四方八方に食人植物が生育されており、波路は道中でその植物から彼女を助けたのである。互いに合格し、偶然にも同じ寮になったからお礼にきたらしい。随分と律義な人だと波路は思った。
そして、礼には及ばないと言おうとしたところで彼女の利いていなかった事に気が付いたのだ。
「次は、デキマさんの番だよ」
レオツルフが彼女のもとにやってきて部屋割のクジが入った箱を差し出してきた。
「申し訳ありませんが、飛ばしていただけますか。この方とお話していたいので」
「どうぞ」
そう言って順番を飛ばしたレオルツフの目は好奇に満ち満ちていた。
「改めましてデキマと申します。」
「カツトシ・ナミチだ。今ここにいるって事は同じ寮ってことだな。よろしく」
「はい。よろしくお願いしますね。それに先ほどは助けていただき、ありがとうございます」
デキマと名乗った女子生徒に礼を言われ、波路は押し黙った。そして改めて彼女のことを上から下まで一瞥し、再確認した。あの程度の魔法植物に遅れを取るほど弱い奴じゃないと。
「何か?」
「あの時は咄嗟の事だったからつい助けちまったけど、必要なかっただろ? デキマさんの実力じゃ、あのくらいの相手は軽くいなせただろうし」
「気が付いていたのですね」
「そりゃ底は知らないけど、強いか弱いかくらいはわかる。だから別にお礼なんていらないさ」
「分かりました。お礼は取り下げましょう」
話の本題はそこにはないようで、デキマはあっさりと波路の意見を飲み込んで話題を変えた。
「それでは改めてお願いがございます」
「何か?」
ポーカーフェイスの熱い眼差しに、波路は並々ならぬ何かを感じた。こんな自分に一体何を期待しているというのか。そうでなくても同年代の女の子のお願いを叶えられる自信など彼は持っていない。
だが、デキマの言うお願いとやらは波路の足りない頭で予想したもののいずれでもなかった。
「私を従者にしてください」
「…はい?」
波路が自分のお願いに当惑するのは予想済みだったようで、デキマは波路に向かって自分を従者にすべき理由を滾々と解説しだした。
「お生まれになった国とこことでは文化がかなり違ってお困りの事も増えるかもしれません。それに悪魔の事もあまり深くご存じではないでしょう。ですから私を手元において頂けないかとお願いしています」
「…いや、確かに俺は助かるかもしれないけど…アンタに旨味がないだろう」
「あら? ボランティアの精神はお嫌いですか?」
「人間のボランティアは素敵だと思うけど、悪魔がボランティアをやる訳がない」
コルドロン先生の下では魔法は最後の最後まで一片たりとも習得することができなかったが、それでも魔法そのものや悪魔の知識は最低限学んできた。悪魔が無償で動くことなどありえない。
波路は彼女への警戒度を一段階上げた。
しかし、デキマは引くような素振りは見せず、ポーカーフェイスを崩さずに自分の考えを打ち明けた。
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