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妖怪屋敷のご令嬢が魔術アカデミーに入学します  作者: 音喜多子平
妖怪屋敷のご令嬢が…
36/51

6-4

 私の展開していた土の障壁が突然、砂になってさらさらと崩れ落ち始めた。そして同時に、その向こう側から寮生たちの叫び声も聞こえてくる。一瞬、自棄になった突撃でもしてくるのかと思ったが、崩れた壁の向こうには予想とは違う光景が広がっていた。


 まだ生き残っている寮生も、インクを付けて既に縛られている生徒たちも一人残らず金色に輝く光の鎖で地面に打ち付けられている。締め付けが苦しいのか、叫び声やうめき声はそれのせいで発せられているものだった。


「どう、いうこと?」


 こんな仕掛けは聞いていない。私は焦りを隠す余裕もなく、みんなを見た。しかし怪訝な表情を浮かべているのは私だけじゃない。いつだって微笑みを崩さなかったフィフスドルさえもこの異様な雰囲気に飲まれ、眉間に皺を寄せて状況を分析しているようだった。


 すると私が言った言葉をそのままオウム返しにしてイガムールが呟く


「どういうことだ? 何がおこ―――」


 けれど彼は最後まで言い切ることができなかった。突如としてオラツォリスがイガムールの脇腹に体躯からは想像もできない程強力な蹴りを入れて、吹き飛ばしたからだ。


「ぐぅ」


 という短い悲鳴を残し、イガムールは数メートル転がると例の金色の鎖に瞬く間に捉えられてしまった。


 誰しもが信じられないという瞳でオラツォリスを見た。そして、その瞳に映った彼の姿に再び自分の目を疑った。


 オラツォリスは正気を失って尋常ではない程に赤く染まった瞳をこちらに向けてきている。しかもそれだけはなく、顔面のパーツが上下逆さまになっている。つまり口が額に、両目が顎に、鼻も鼻孔が上を向いていて異形そのものだった。


「クコケココココカカ」


 そしてそんな笑い声とも思えない笑い声を上げた。


 今まで色々な妖怪や幽霊を見てきたが、ここまで気味の悪いものを見たのは初めてだ。


 そして、そのオラツォリスだった何かはあり得ない速度で動き出した。最初のターゲットになったのは――ウェンズデイだ。私達はおろか、狙われているウェンズデイ本人もあまりの事に気が動転して、反応が鈍い。何とか六本の脚を動かせた頃には、もう何かの魔法が決まった後だった。


 四本の手足と、烏賊の六本足が金色の鎖で封じられウェンズデイはへたり込んでしまった。恐怖に慄き、カチカチと歯の鳴る音がバカに周囲に響いていた。


 何かはその動きを衰えることなく、今度は手を地面につき四つん這いのままヒドゥンに向かって突進する。ヒドゥンは拳銃で応戦こそできたものの、中身は銃弾でも対悪魔用の武器でもない。インクの拘束術は発動こそするがいとも簡単に引きちぎられてしまい、怯ませることすらできていない。


 彼は得体の知れない何かの体当たりをまともにくらい、トゥザンドナイルを巻き込む形でよろめいた。するとその隙をついて、二人は黄金の鎖によって封じられてしまった。


 私はそこまで見終わったところで、初めて息を吸った。


 箒を握る手に力が入っているのを感じるのに、腕も足も動かない。反撃を試みろと脳が命令しているのに、首から下に何も伝わっていかないのがとても悔しかった。


 すると何かは羽のように軽やかに宙へ跳び上がった。右腕がボコボコと音を立てながら形を変える。やがて槍のように指先の尖った手に変貌すると、それは矢のように伸びて私を狙った。


 動けない私には世界が止まって見える。むしろ世界が止まっているから、私も動けないんだと思った。


 しかし、私の視界の中で唯一動くものがあった。


 フィフスドルだ。


 フィフスドルは襲い来る右腕から私を庇うようにして前に立った。しかし牙よりも鋭い右腕は彼の胸を容易く貫いて、なお勢いを落とすことなく私を襲う。


 そこでようやく体が動いた。とは言っても私に許されたのは左腕で視界を遮り、目を堅くつぶるという実に情けない防御反応だけだ。


「アヤコ様ぁっ」


 直撃する瞬間、リリィの叫び声が聞こえた。


 ―――。


 ―――しかし。いくら待っても、想像した衝撃や痛みが私を蝕むことはない。やがて重力にすら逆らう力がなくなった私の腕は、ずるりと落ちて一体何が起こったのかという答えを見せてくれた。


 何かの伸ばした右腕は、私を貫く直前で青鈍色の光を放つ一枚の金属によって止められていた。


 私はこれを知っている。これは…刀だ。


 その刀で私を守ってくれたであろう人間の背中に向かって、そいつの名前を反射的に呟いた。


「ナ、ミチ?」


 返事はない。振り返ることもない。けど私の目の前にいるのは波路…波路勝利以外の何者でもない。そう信じたかった。


 背中から放たれるオーラは私の知っている波路のそれではない。その変わり様と言えば、オラツォリスの変貌ぶりに勝るとも劣らない。別人と言っても差し支えない程だった。


「テメエ…亜夜子さん何してんだ?」

「…」


 何かは返事をしない。だから波路は二度言った。


「アヤコザンニバニジベンバッテキイ゛デヌダボラァァァァッッ(亜夜子さんに何してんだって聞いてんだコラァァァァッッ)!」


 怒りすぎて呂律が回ってない言葉を叩き付けると、波路は何かに切りかかっていった。


 ◇


 それからの数分間を私は―――私達、その年の新入生はみんな生涯忘れることはないだろう。


 堕落させるべきはずの人間に命を救われたことを。


 あまつさえ、その戦いに見惚れてしまったことを。


 波路勝利いう男に安寧を与えられたことを。

読んで頂きありがとうございます。


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