6-1
『揃いましたね?』
演習場に不思議な声がこだました。どうやら声を魔法で拡散しているらしい。その声の主はもしかしなくても演習場の真ん中にいる先生のものだろう。箒を擬人化したような、なんとも線の細い人で、またしても見たことのない先生だ。まあここにきて一週間も経っていないのだから当然と言えば当然だ。
「新入生の皆さん、ご苦労様でした。少し事情が変わり、本年度の『新入生の祭り』は開催場所とルールを変更することが決まりました。おっと、その前に自己紹介しておきますと、僕はトルグイーと言いまして飛行術の教員をしております。授業が始まったらよろしくお願いしますね」
何とも気の抜ける挨拶だった。せっかく整えたやる気や緊張が微妙に解かれてしまいむずむずする。さっさと始まってほしいのに…。
…ん?
今、開催場所とルールを変更すると言わなかったか?
「では早速ですが、『七つの大罪』に該当する生徒はここに集まってください」
待て待て待て。
Steal the Baconをするんじゃなかったのか。何のために半日かけて作戦を練ったと思ってるんだ。
そうはいっても駄々をこねるわけにも、ボイコットするわけにもいかない。私は心配そうに見つめるリリィに見送られながら、言われた通りトルグイー先生の傍に歩いていった。抜け抜けと「こちらに並んでください」というクソ野郎に向かって、私は殺気を込めた視線を送ってやる。短く「ひぃっ」と悲鳴を上げたが、知ったこっちゃない。
「で、では急遽変更した『新入生の祭り』のルールを発表しますが…要するにPaint warをしてもらいます。なので説明は不要かと思いますが…」
などと馬鹿な事言うトルグイー先生に向かって、私はさっきよりも殺気を込めた声を飛ばした。
「先生」
「ひゃい」
「申し訳ありませんが、私を含めアメリカ国外からの入学者も少数ながらおりますので、説明は念入りにお願いします。念入りに」
「そ、そうですね。失礼しました」
私の圧に気圧されたトルグイー先生は改めて競技の内容を事細かく説明しだした。
Paint War とやらのルールは極めて単純だ。赤と青の二チームに分かれて、魔法のインクを飛ばし合うというモノ。相手チームのインクが身体や衣服のいずれかに付着した時点で失格となり、最終的に残っていた人数の多いチームの勝利となる。
「と、ここまでは一般的なPaint Warのルールですが、ここから特別な変更点をお伝えします」
そう言って続けた追加のルールとはこうだった。
・七つの大罪は赤チーム、それ以外の生徒が青となり数は平等ではなくなる。
・更に七つの大罪は行動エリアを設置し、移動制限を課す。
・殺傷の禁止。命を奪うのはもとより、傷つけることも失格事由となる。
・時間制限を設けるので、七つの大罪はそれまで生存できれば自動的に勝利。
・大罪の従者に属している生徒は、この時点で参加資格を失い別場所に待機。
ルール説明が終わる頃には、私達七人も含めて全員にざわめきが起こっていた。いくらなんでも高校生が、それも魔法を学ぶつもりで入学した悪魔や魔術師志望の人間がやるには平和的すぎる気がする。
「何だか拍子抜けするルールですね。本当にお遊び…」
私はつい本音を包み隠さずに漏らしていた。誰に向かって言ったわけではないが、すぐにウェンズデイが返事をしてくれたおかげで、各々の感想が連鎖的につながっていく。
「体育館で何かあったんでしょうね。まあ、確かに本当に余興というか……まさか高校生にもなってペイントで遊ぶとは思いもしませんでしたわ」
「そ、それにここでもSteal the Baconはできるのでは?」
「手っ取り早く『七つの大罪』の実力を知らしめるにはもってこいじゃん。あのレースじゃほとんど分からなかったし」
「テメエは繰り上げじゃねえか」
そんな愚痴に似たような会話が続いていく。すると急に私達の立っている場所が窪みだし、最終的には大きなすり鉢状になってしまった。次いで私達の周りに教室一つ分くらいの広さのあるサークルが現れた。これがルールにあった私達の行動範囲という事だろう。
思ったよりも狭い…見知った間柄ならいざ知らず、昨日今日あった様な七人で連携は難しい。むしろそれさえもハンデとしてカウントされているのかも知れない。
トルグイー先生は箒で飛びながら寮生たちに分散するように指示を出している。多勢に無勢の上、全方位からの攻撃、高所を取られる不利などなどこれでもかと寮生たちに下駄を履かせているのが分かる。
その事実に私は内心ほくそ笑んでいた。不利になればなるほど、それを覆した時の評価が跳ね上がるというものだ。
私は少しでも顔触れと微妙な地形の起伏などを覚えようとすり鉢の底からキョロキョロと視線を泳がせた。するとリリィたち従者の面々がトルグイー先生に導かれて石段の上に集められているのが目に入った。そこにはしれっとした面持ちで波路がいるのがムカついたが、この場合あのアホがゲームに参加しないことを喜ぶべきか。
それよりも波路の後ろに腰巾着のようにぴったりとついて歩いている女子の方が気になった。
あれが件の女子生徒だろうか。私ほどじゃないが結構可愛らしい顔をしている。だが波路の態度を見る限り、あの子に執心している訳じゃなさそうだけど…。
ま、今は考えなくてもいいか。今はゲームに、私の沽券を復活させることに集中しよう。
読んで頂きありがとうございます。
感想、レビュー、評価、ブックマークなどしてもらえると嬉しいです!




