4-9
私達は昨日、部屋を決めるためのクジ引きをした集会所に集まっていた。20時までに集合するようにと命令を受けていたのにもかかわらず、五名ほどが遅刻して部屋に入ってくる。
詫びの一つでも入れれば、五、六分の遅れなどは気にしないつもりだったが、当然の様な態度をされるとそれはそれでイラッとくる。私はその五人に歩み寄り、笑顔で穏便にもう遅刻はしないでねと、可愛く伝えた。
顔面が蒼白になりながら、二度としないと誓ってくれたので私は満足だ。可愛らしくお願いしてみて正解だった。
その様子を逐一見ていたレオツルフだったが、一応は先輩への礼儀として私は全員が揃ったことを伝えた…いや、正確には全員が揃ったわけではない。校内放送で呼ばれた波路と、風の噂で聞いた共だっているという女子生徒の二人が未だに現れていない。しかし、呼び出しを食らっているという事はつまりそういうことだろう。無視してスケジュールを進行しても何ら問題はないはずだ。
「全員揃ったね。じゃあ行くよ」
昨日と同じようにレオツルフを先頭に私とリリィのペアがその一歩後ろを歩き、残りが追従する形で寮を出た。そして道すがら、これから会いに行く使い魔についてのプチ情報を教えてくれた。
「知っての通り我らが『傲慢の寮』が使役する使い魔はグリフォンと蛇。どちらも礼儀正しくしている限りは命の保証をしてくれるけど、隙を見せると耳くらいは食い千切られるから気を抜かないようにね」
てっきり結構な距離を歩かされるのかと勝手に思い込んでいたが、目的地へはすぐに到着した。人工的に作られたかのようなヘンテコな丘だった。人気のない雑木林に囲まれた中に、ぽっかりと上にスペースがある。中央には供犠台のような汚らしいシミにまみれた石の台が置かれているだけで、何となく生臭かった。
「はい、ストップ」
レオツルフの制止で私達は歩みを止める。話は通っているはずだから、グリフォンと蛇のヌシが来るまで待とう」
場の陰気さにざわつき、ひそひそと話し始めてはその雰囲気に飲み込まれないようにする生徒が大半だった。
それから数分が経ったとき。
不意に何かの気配が濃くなったのを肌で感じた。どこか見えない所から飛び道具で狙われているような、そんな気配だった。気が付いているのは私だけじゃない。その場の全員が得も言われぬ不安感につつかれているようだ。
その気配はどんどんと近づいてくる。ここまで来ればアホでも居場所が分かるというモノ。私達は全員が同じ方を見た。つまりは…上だ。
月夜の中にあって、濃いキャラメル色の羽と銀色に輝く爪が映えていた。それは勢いよく私達の前に土煙を上げながら着地する。車一台分はあろうかと言う大きさのグリフォンと電信柱くらいの太さのある巨大な蛇とが現れたのだった。
高慢の寮生たちは揃いも揃ってすくみ上っている。それは急な登場に驚いたのもあるが、それ以上に二匹の獣が惜しみなく怒気をまき散らしていたからだ。
「ロサス、ダン・シングスト…?」
唯一、顔なじみであろうレオツルフが不安そうな声を上げながら、その二匹にコンタクトを取った。それに反応したグリフォンと蛇はこちらを一瞥し、低く脅すような声を出してきた。
「傲慢の寮生か…」
「どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもねえ! 昨日の晩、ごちゃごちゃとこの当たりで暴れまわった馬鹿野郎がいたんだよ」
「バカな…ヌシの縄張りで騒ぐ奴なんて」
「テメエら上級生ならそんなバカはやらねえだろうが、新入したてのモノ知らずならやりかねねぇ。実際にダームとスナッフォは死に掛けたんだ」
「そんな…上級生だってヌシとまともに戦えば死ぬかもしれないんだぞ。一年生がヌシに致命的なダメージを与えられるはずが…」
レオツルフは冷や汗をかきながら、理論的に二匹を宥めようと画策している。その甲斐があってか、一瞬だけ二匹の感情に平静の色が見えた気がした。
「…まあ、なんにせよそれはダームとスナッフォの責任。死にかける方が悪い」
「…え? じゃあ」
「こっちが腹立たしいのは…」
「傲慢の寮生が暴れたって事にされて、オレ達にも責があったんだよ!」
男子生徒の情けない悲鳴と女子生徒の甲高い悲鳴とがこだました。グリフォンのロサスが翼を使って乱暴に風を起こし、蛇のダン・シングストが巨大な尾を地面に叩き付けて私達を盛大に威嚇したのだ。
「ふざけやがって…どこの誰だぁぁっ!」
そんな叫びを皮切りに二匹は好き勝手に声を荒げ、暴れまわり始めた。こちらに被害があっても構わないという暴れ方だ。これはもうただの八つ当たりでしかない。
私は拳を握りしめた。そして避難を促すリリィを躱し、短く呪文を唱えた。すぐに右手に箒が現れる。私はそれを庭掃除でもするかのようにそれを振るった。
箒の先からグリフィンが巻き起こす風が児戯に思えるような大風が発せられた。お手本のように私の攻撃は当たり、紙よりも軽く二匹は吹っ飛んだ。普段から空を飛んで空中での感覚に優れたロサスの方はまだしも、ダン・シングストの方は何の抵抗もなく二、三本の木をなぎ倒すほどだった。
そんな様を目の当たりにしても尚、一切の同情の念を抱かずに私は不機嫌な顔で不機嫌な声を出した。
「いい加減にしろよ。こっちは礼を尽くしてわざわざ挨拶に来たってのに、言い掛かりで暴力とか何考えてんの?」
さっきまで使い魔二匹の暴行に怯えていた寮生たちの関心は簡単に私へと移った。背後から口々に囁き、驚愕し、感嘆するような声が聞こえてくる。
「今の魔法って…『春の大掃除』?」
「まさか。それは魔女がただの掃除に使う魔法だぞ」
「いや、バカみたいな威力だけど春の大掃除だった」
「嘘だろ…掃除用の魔法で使い魔二匹を吹っ飛ばしたのか…?」
「さっすがです、アヤコ様!」
はるか後方に吹っ飛んだ蛇のダン・シングストのところまで足を運ぶのは面倒くさかったので、よろよろと生まれたての小鹿のように立ち上がろうとしていたグリフォンのロサスの元へと歩み寄った。
ロサスは鷲の頭が放つ威厳を全てこそぎ落とされたかのような、茫然とした顔をこちらに向けた。
「あ…ぐう…」
喉の奥に詰まっていた空気を何とか押し出したみたいな声でロサスは応じてきた。ひょっとしたら今の衝撃で肺でもおかしくなったのかもしれない。知ったこっちゃないけど。
「初めまして。ロサスとダン・シングストでしたっけ? この度【七つの大罪】の高慢の名を賜り、この寮に来たアヤコ・サンモトです。卒業までの間、後ろにいる寮生共々よろしくお願いいたします」
「よろしく…」
ロサスの言葉を背中で受け止めながら、私はスタスタと未だに固まっている寮生たちの集まりに戻った。すぐさまリリィだけがニコニコしながら労いの言葉を言い、箒を収納魔法でしまってくれた。
私はレオツルフにニコリと微笑みながら言った。
「はい、先輩。使い魔への挨拶が終わりましたよ。帰りましょう」
「あ…うん。そうだね」
何度か心配そうにロサスとダン・シングストを見ていたレオツルフだったが、私をさっさとこの場から引き離した方が反って二匹のためになると判断したのか、そそくさと新入生たちを連れて立ち去った。
私は私で未だに怒りが収まらず、手当たり次第に愚痴をこぼしている。その間、ほとんどが引きつった笑顔で相槌を打ってきた。
昨日と今日とで、私の存在感はかなりアピールできたようだ。ここにいる寮生たちは畏怖と畏敬の念を私に抱いている。もう何をしたわけではないが、隷属的な関係になってしまった。今更対等に友達に慣れたりはしないだろうが、それでいい。
友人ならやはり【七つの大罪】に選ばれるくらいの実力がないと、難しいだろう。何をしなくても向こうが勝手に恐れをなしてしまうから。
そもそも妖怪も悪魔も私が支配してやると思うくらいの気概がないと、この先やっていけないだろう。そうでなければ日本までついてきてくれる仲間を得ることはできないかもしれない。
私は他のキョウダイ達の顔を思い浮かべた。
ふつふつとあいつ等にだけは負けたくないという暗い情念を沸き立たせると、もう一度このアカデミーでやるべきことを見据えたのだった。
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