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◇
それから少し間が空いて部屋のドアをノックされた。軽いノック音だったが微睡んでいた私を驚かすには十分だった。
返事をしながら口元の涎を拭う。
するとドアを開けて相部屋の相手が入ってきた。とは言え、結果は火を見るよりも明らかだが。それでも私は白々しく言った。
「よかった。リリィと同じ部屋で」
「またまたぁ。アヤコ様が同じ部屋になるように細工してくれたんじゃないですか」
「まあね」
「あの挑戦状も効果覿面でしたよ。一人だけ面白半分でアヤコ様が箱に掛けた魔法に抵抗しようとして医務室送りになってました」
「え? 一人だけ? 案外みんな対抗はしないんだね」
「そりゃ腕が溶けて、髪が燃えるのを見せられたら誰も反抗しませんよぅ」
「あれ? 加減の仕方間違えた? 静電気が走るくらいにしてたつもりなんだけど」
…ま、いっか。挑戦した代償なんだから向こうも納得済みだろう。腕と頭が損傷したならもう会う事はないかもしれないし。
それよりも今は計画通りに相部屋になったリリィと喜びを分かち合えればそれでいい。
「とにかくよろしくお願いしますね、アヤコ様」
「うん。よろしく」
とにかく、ここまでで一段落がついたと感じた。
今にして思えばリリィが従者の契約を申し出てくれて助かった。いきなり全くの面識もないような人と相部屋になるよりも、保身とは言えこっちの意を介してくれる人と一緒の方が便利なのは事実だ。
だからもう、気を張る必要はない。私は再びベットに飛び込むようにして横になった。
「あー疲れた。どうなるかって時もあったけど、ひとまずは合格できてよかった。リリィも楽な格好になったら?」
「え? でも…」
「私の事は明日からでいいから」
「でしたら私も着替えて寛がせてもらいますね」
リリィは恥ずかしげもなく黒のレザージャケットを脱ぎ始めた。その下は赤いボディシャツを着ており、あらゆるラインが強調されている。女から見ても煽情的な気分にさせられた。
その時、私は嫌な予感を感じ取った。
「そう言えばさ…」
「はい?」
「リリィって何の悪魔なの? 今更だけどもしも蜘蛛だったら…殺すかも」
「それなら大丈夫ですよ。私はこれです」
半分本気で言った脅しにリリィはクスリと笑い、余裕を見せながら正体を明かしてくれた。途端に頭から白く長い耳が、お尻にはまるくてフワフワとした尻尾が現れる。
「…ウサギ?」
「はい! 兎の悪魔です♡」
「…」
「アヤコ様?」
私は立ち上がり、ノロノロと亀が歩くようにリリィへと近づく。彼女は見る見る青い顔になり、キュッと身を縮めた。
「…ひょっとしてウサギもダメでした? 私、殺されちゃいます?」
「かわいい…」
「へ?」
私は我慢の限界を迎える。欲望の赴くままに叫び、顔を蕩けさせた。ジュルリと唾液を啜る音が部屋にこだました。
「かわいいぃぃぃ! 私はウサギは大好きなの。ね、ねえ。耳とか尻尾触っていい? モフモフしていい? 匂い嗅いでもいい?」
「え、あ、はい。どうぞ」
「やったぁ。じゃあ服脱いで」
「え?」
「匂い嗅ぐのに邪魔。だから脱いで」
リリィは仕方がないと悟った様な、諦めたような顔を見せたかと思えばすぐに私の命令通りに服を脱いだ。背丈は同じくらいだから抱き着くようにして頭の耳に触り、揉み、匂いを嗅いだりして堪能した。
実家にいる時も動物系の妖怪たちを呼び出して服を脱がせては、耳や尻尾や肉球をいじりまくっていたことを思い出す。私は基本的には動物好きで、蜘蛛以外であれば、虫だろうが節足動物だろうが平気なのだ。
「これでいいですかぁ?」
「もぅ、さいっこう」
「き、気に入って頂けたなら良かったです」
この小動物の毛皮から漂う何とも言い難い匂いがたまらなく好き。毛並みも艶やかだから更に気持ちがいい。特にウサギはヤバい。見た目の可愛さも相まって興奮が抑えられない。家出するときも、兎の妖怪である『籠抜け』だけは、拉致してでも連れてこようかと本気で悩むくらいだった。結局、足が付いたら全てが終わると思って断念したのだけれど…。
一通り堪能させてもらってから、私はリリィを解放した。これからは毎晩頼もう。私は主人であっちは従者なんだから問題なし。
するとようやく着替えられたリリィが質問をし返してきた。
「私も今更なんですけど」
「何?」
「アヤコ様って魔術師の家系でなくても、いいところのお嬢様だったりします?」
「な、何で?」
その質問で家の事が頭を過ぎり、あれこれと言い訳を考えてしまう。日本にいた頃は、まさか周囲の人間に本当の事をいう訳もいかず、誤魔化すことだけに専念してきたからその癖が抜けていない。
「だって上流でもない普通の人間がいきなりできた従者に服を脱げなんて命令できませんよ。元々従者なり奴隷がいる上の立場の人間でもないと」
「それも…そうなのかな」
けれど、ここはもう魔術アカデミーで今話している相手は悪魔だ。隠す必要もない。むしろ私の目的のために力を貸してもらうのならば全てを正直に打ち明けた方がいいまである。
私は様子を伺いつつ、リリィには教えてしまおうと結論付けた。
「リリィは「妖怪」って知ってる?」
「YO-KAI?」
うーん、と可愛らしく考えている。こういう何気ない動作の中ででも相手を誘惑せんための罠を張っているのが実に悪魔らしいと思った。自覚してるかどうかは知らないけど。
「…確か『東洋の妖精』の事でしたか?」
「フェアリーって、おい…」
そんなファンシーなものか? オリエンタルはまだ分かるが…。
「どっちかっているとモンスターだけどね」
「それで、そのヨウカイが関係しているんですか?」
私は妖怪についての情報に補足を入れつつ、自分の出自とこれまでの経緯。そして肝心のこの学園を受験した一番の理由を言って聞かせた。すると話が進むにつれて、リリィの顔は邪な笑みに変わっていった。
「なるほど。やっぱり由緒ある家のご令嬢さまだったんですね!」
「ご令嬢…ご令嬢ねえ」
「つまり話をまとめると、優秀な悪魔と魔術師を引き連れて実家を滅ぼすと!」
「まあ、そんなところね」
「いいですねぇ。主の欲にまみれた願望の話は最高です。しかも血で血を洗う死の匂いがしてますし」
リリィは、うひひといやらしく笑っている。
「ま、あいつらが跪いて命乞いするっていうなら、召使いとかで使ってやらない事もないけどね」
「他にはないんですか? アヤコ様のやりたい事は」
何気ないリリィの問いかけだったが、私の頭の中に浮かび上がった男が一人いた。ここまでざっくばらんに打ち明けたせいか、勢いは止められず心情を吐露してしまう。
「…実はもう一つだけあるかな。」
「お、何ですか何ですか」
「殺すんじゃなくて、むしろ生かしたまま首輪を繋いで、四つん這いにさせて私の足を舐めさせてやりたい男がいる」
「それって…」
…。
それは…私の兄だった。
そう伝えようとした時、リリィは尤も忌むべき男の話題を出した。
「あのストーカーですか?」
「違う! なんでそうなるの」
「え? むしろ違うんですか? 話の流れ的にそうなのかと」
「あいつは本っ当にただのストーカー野郎だから」
「うーん。そうですかぁ」
何かおかしな勘ぐりをしているリリィに私は目的を語った時の倍の時間をかけて、如何に波路勝利という人間が危険極まりないかを滾々と説いた。そのうち、アイツの話題で話が盛り上がっている事に気が付くと、滅茶苦茶に腹が立ってきた。
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