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…ボロい。
それが『高慢の寮』に入って最初に抱いた感想だ。
石造りの外装に騙されてちょっとした期待感を持ってみれば、どういう訳か内装は内壁に木を使っていたせいで想像の三倍はぼろく見える。壁ばかりではなく、家具や申し訳程度に置かれた装飾品までもがみすぼらしさを纏っている。この分だと部屋には期待できないかもしれない。
ふと後ろを見てみればほとんどが私と同じように期待外れの顔をしている。
そんな私たちを尻目にレオツルフはツカツカト歩き出し、玄関から見て真正面のドアの前に立った。
「ここが学年集会室だ。疲れているだろうけど、もう少しだけ付き合ってくれ。明日からのスケジュールを説明する。その後は部屋で寛ごうが、食堂に行こうが自由だからね」
ひとまず今日の予定はこれで最後と聞いて少しは元気が出た。
私が動かない事には始まらないので、仕方なく集会室に入ると残りの寮生が従った。中は思ったよりも狭く、私が通っていた中学校の教室二つ分くらいの大きさしかない。つまりは新入生が入るだけで手狭になってしまう。どうやら全学年が集まって使う部屋ではないようだった。
全員がぞろぞろと席に着いたのを見計らって、レオツルフは教鞭を振るうかのような態度で黒板の前を陣取る。
「まずは改めて『高慢の寮』へようこそ! 四年の高校生活のうちここが君たちの家になり、寮生は家族ともいえる存在になる。だから過干渉はほどほどに。血生臭いは嫌いじゃないが、悪魔の品位を忘れないようにね。これからするのは部屋決めと制服の受け渡しがあって、明日は一番に使い魔への挨拶をするからそのつもりで」
そういうとレオツルフは空間収納術を駆使して箱を一つ取り出した。誰がどう見たってクジで部屋を決める気であることはわかる。だから私は呆れた意味のため息を一つ吐いた。
「クジが好きなのか、悪魔は」
「そりゃそうですよ。公平に見せかけておいて実際は色々と仕込めるじゃないですか」
隣に座っているリリィが耳打ちしながら教えてくれた。それと同時にいつかコルドロン先生から習った言葉も思い出す。
先生曰く、悪魔は運命と言うワードを巧みに使うのだそうだ。
敬虔な者にとって人間のあらゆる巡り合わせとは神の御心によるものであり、いわゆる運命という言葉でそれを胡乱で不確定なものに落とし込むのは、神への冒涜となる。
なので神に反抗する存在である悪魔たちは運命というモノを実に甘美で尊く、儚くも蠱惑的にコーティングして人間たちに見せつけてくる。それがまるで神の意志によって決まっていたかのように…それを思えばクジや抽選を好むのは納得だ。リリィの言う通り、色々細工はできるしね。
「明日は使い魔への挨拶をしたあとに校内を案内するオリエンテーションがある。その時に簡単な各授業の説明もあるから、カリキュラムを組むときの参考にしてほしい。まあ、それよりも校内案内の方が関心は強いだろうけど」
レオルツフがそういうと寮生たちがにわかに騒めきだした。何があるんだ?
「「新入生の祭り」があるからですよ」
「新入生の祭り?」
「その通り。入学が決まった生徒の大抵は入学した時の自分の順位に不満を持っているもの。入学試験の成績が本当にそいつ自信の実力かどうかを確認する…という名目で自分より上位の生徒に対しての憂さ晴らしをするんだ」
「…へえ」
目に思わず火が灯り、口角が上がってしまう。こういう時、好戦的な人間なんだと自覚する。暴力的な響きが好きだったりするのだ。
当然上位に位置している『七つの大罪』が狙われるのだろう。いや、報復を恐れて関わり合いにならないかも。まあ、そうなったらそうなったらこっちから仕掛ければいいか…など、ルールや条件も知らぬ今のうちから盛り上がっても仕方がないと自分で自分を笑った。
「勿論、相応の結果を出せば今当てはめられている序列も変動する可能性はある。尤も我が寮にくる主席はこの学校のルール上、最も優れた成績で入学してくる猛者だ。そう簡単に順位が落ちることはないだろう。要するに下位の奴らにこそチャンスのあるお祭りだ。頑張って盛り上げてもらいたい。上級生はこの祭りでトトカルチョを買うのが通例だから是非儲けさせてくれ」
本命はそっちか。ま、裏でこそこそやられるよりはこうやって欲望をむき出しにしれくれた方が清々してていい。小賢しく裏で手を回すのは好きだが、他人にやられるとムカつく。
そして大方の話が終わると、いよいよ部屋決めのクジ引きとなった。部屋は二人が相部屋として使うことになるらしいが、驚いたのは男女の組み合わせにもなり得るという事だった。高校生の男女が相部屋になるなんて普通はあり得ない。けどここは普通の高校じゃない。
悪魔と魔術師のための学校と考えれば不純異性交遊は校則違反どころか表彰ものかも。
レオルツフは一枚の紙を取り出して、引く順番が成績順になると教えてくれた。つまりは一番最初に私がクジを引くことになり、真っ先にクジの入った箱に仕掛けを施せるという訳だ。
見たところ、それは何の変哲もないただの木の箱だった。これはもう魔法を掛けてくださいと言ってるも同然だ。
何もしなければリリィと相部屋になる確率は限りなく低くなる。それだけならまだしも波路と相部屋になる可能性だって捨てきれないのだ、何としてもそんな地獄だけは回避しなければ。
「はい。どうぞ」
そう言ってレオツルフが木箱を差し向けてくる。わざわざ言うまでもなく、私が一位の成績を収めているとは分かっているのだから当然か。
秘密裏に魔法を仕掛けてもよかったが、そんな事をする必要もないことにすぐ気が付いた。だからこれからイカサマを仕掛けるつもりだった奴らに挑戦状を叩き付けてやることにした。
目の前で、惜し気もなく、堂々と木箱に魔法を掛ける。
「『相争う婦と屋根同じくおらん』」
他の誰かが木箱に術を掛けることを封じつつ、リリィと私だけは同じ部屋になる魔法。私はズルをするけれど、他の奴らにはそれは許さない。
そうして引いたクジを取ると、一足先に当選した部屋へ向かった。部屋は案の定ボロかったが問題ない。私が魔法の習得に執着したのはこういった不便さ解消するためでもある。ボロくて汚い部屋なんてのは実家だけで十分だ。
私はリリィが来る前に、大急ぎで部屋を魔法でリフォームする。一先ずは納得がいくくらいに小奇麗した後、私は部屋着に着替えた。そして、ようやく念願叶ってふかふかのベットに横になることができたのだった。
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