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「……………えっ」


予想もしていなかった返答に、純哉は竦み上がった。表情こそ笑顔だが、言葉には確かな怒気が含まれている。


「この期に及んで赤星さんと過ごしてきた時間を否定するようなことを言いんさんなや。そんなことを言いよったら本人に失礼だし、今頃向こうもブチギレとるじゃろうよ」


続いて、尼川も純哉へ意見を言う。


「前に俺も言ったじゃん。冬田と赤星さんは、会うべきだったんだって。他の誰でもなく、冬田じゃけんよかったんよ」


振り返ってみれば、美愛は自身の母親へ相方の評価を伝えていた。これまでの縁の巡り合わせもあるが、いつもどんな時でも心の拠り所になっていた純哉だからこそ、美愛はずっと純哉に惹かれ続けていたのだという。


「じゃけんね、冬田さん。あんたはまず自分の恋を誇りんさい。例えどんなに離れても、姿が見えんようになっても、赤星さんはちゃんとあんたのことを保障してくれとるけん」


「そうよ、1人でそうやってくよくよしとったら赤星さんも面白くはないと思うで?」


友人たちの厳しくも温かい指摘に、純哉は目に涙を溜める。自分が情けなくなった。答えはもう、とっくに出ていたではないか。


「美愛に……失礼……。そうだな、俺が悪かった」


「まぁ、昨日から色々あって思いもせんことを言ってしまうのも分かるよ。それだけ赤星さんのことが大切で、大好きだったんよね?」


うんうんと頷きながら、糸井が純哉の背中を軽く叩きながら同調する。先刻の言葉は、失言だったかも知れない。自らの反省と、仲間たちの優しさが痛かったのもあって、純哉の心に負荷が掛かる。


「……ごめん。糸井、尼川、俺さ、泣いていい?」


「ええよ、泣いてすっきりしんさい? ただ人目につかんとこがええよね」


「あっ、あの橋の下とかいいんじゃないん? てか俺等も休も? 歩き疲れたわ」


場所が土手沿いなだけにちょうどよかった。一行は河川敷に降りて、斜面になっているアスファルトの上に座り込む。それ以前に堪え切れなくなった純哉は、破裂するように号泣した。


「うあぁっ………! うぐっ………!」


涙が、止まらない。どうしてだろうか、分かり切っていたはずなのに、結果は変わらなかったはずなのに、覚悟を決めていたはずなのに。大切な人を失った悲しみが、後から後から押し寄せてくる。


事実を受け入れる時間が必要なのは自分もそうだった。陽菜やそのクラスメートたちだけに言えたことではない。


立ち直るには、相応の期間が要されるのだ。


そして、その日を境に赤星美愛と関わっていた者たち全員の見る景色が変わった。いわゆる心の目とでもいうのだろうか、妙に達観したような感覚を覚える。


それは変革といっても差し支えない。明らかに世界が変わったように見える。


主に純哉に関しては、波長の合うかけがえのない友人や、これまでずっと育ててくれた両親、美愛が繋いでくれた縁、自分のこれからなど、ありとあらゆる当たり前に感謝するようになった。


美愛が残してくれたものは思い出だけではない。己の人生を、まるっきり変えてしまうほどのターニングポイントになったのだった。




「それじゃ、陽菜さん。そっちから拭いてってもらっていい?」


赤星美愛がこの世を去ってから3ヶ月後、純哉は陽菜を連れて市内某所の霊苑まで来ていた。真新しく彫られた故人の名前がある石碑の横の墓石を、上から清潔なタオルで綺麗に拭いていく。


いわば、美愛の墓参り。純哉は高校卒業直前の自由登校の期間中であり、時間はいつでも空いているのだが、陽菜の都合に合わせて日曜日に訪れた。


「冬田先輩、終わったよぉ?」


一通り墓の周りの掃除を終え、陽菜は純哉へ声を掛ける。向こうもちょうど片付いたようだ。


「おし。それじゃあ、手を合わそうか」


赤星家の墓石の前にしゃがみ込み、両手を合わせて目を閉じる純哉と陽菜。きちんと心の中で、近況報告でもしておかなければ。精神論を踏まえての考え方かも知れないが、ここが唯一、美愛に対して思いを伝えられる場だと思う。


あの日から今日まで、美愛が居ない日々を過ごしてきたが、やはり相応の物足りなさを感じていた。自分たちが置かれている環境がまだ変わったわけではないが、まるでジグソーパズルのピースが1つだけ欠けたようにしっくりこない毎日だったといえる。


それほどまでに、美愛の大きさを再認識した。


他に変わったことといえば、糸井や尼川の進路が決まったことや、純哉自身は自動車学校に通い始めたことか。


時期が合えば、それこそ車に乗ってドライブにでも行きたかったものだ。色んなところへ行って、様々な場所を知り、ともに見る景色と時間を共有する。


また、彼女が生前行きたいと言っていたカフェに行けなかったことは惜しい。そこだけは、本人も心残りなのではなかろうか。


しばらくして目を開けると2人は立ち上がり、純哉が促す。


「陽菜さん、もういいかい? 帰る?」


「うん、大丈夫だよ」


言いたいことはそれぞれで、その全ては胸中から報告を済ませた。次に来るのはいつか分からないが、どのみち土産話は持ってくるつもりだ。


しかし、どうしたことか。美愛は、この世界の何処かで生きている気が微かにする。いや、そんなことは絶対にない。有り得ないはずなのに、何故かそう考えてしまう。


無意識のうちに思い込みに駆られているのだろうか。いずれにしても、またここへ来るつもりではいる。


だからこそ、純哉はこの場においても再会を約束した。


「またな、美愛」

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