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story:3

冷え切った心を温められたような、昂揚感の中に緊張を包含したそれは、とても独特な感覚だった。その心情は、恋を失った純哉にとって長らく忘れていた気持ちであり、かなり久し振りなもののように思う。


赤星美愛。ただ、何らかの理由で倒れていたところを介抱しただけだというのに、何故彼女は自分に対して好意的に接してきたのか。


恋愛小説や漫画でよくありがちな展開が自分の身に起こったのは事実でも、純哉は期待なんてしていない。ここは現実なのだ。仮に彼女がそれで好意を持っているにしても、幻想を疑う。


ましてや自分は、大前提として異性への興味や情を完全にシャットアウトしている。だからこそ、彼女に声を掛けられて少しでも嬉しく思ってしまったことに苛立っていた。


美愛に対してではなく、自分自身にだ。


何度でも胸中で言い聞かせ、純哉は自らを戒める。恋愛感情や憧れなんてものは、自分の身を滅ぼす余計な要素でしかないと。


帰宅する前に連絡先の交換に応じたのも、単なる社交辞令でしかない。彼女に向けた言葉も、表情も、全て。


逆にいえば、女性に対する免疫があるように思われがちだが、さすがにここまで自制するからこそ糸井にも勿体無いなどと言われる。


様々な考えが頭に浮かんでは消えていくのを実感しながら、冬田純哉は自宅のリビングのソファに寝転がって、物思いにふけっていた。室内には垂れ流しになっているテレビの音声が響き、照明をつけていないため薄闇が降りている。


先刻のように美愛に対して無難に受け答えしていた中でも、純哉は心中で否定的な物言いを繰り返していたことは、自分以外誰も知る由はないだろう。


自分と話したいなどとは変わっている。単に目の前で倒れていたので救急車を呼んだだけなのに、それで英雄扱いとは。人として常識的だと思えることをしただけではないか。自分のような恋の敗北者に、一体何の価値を見出したのだろう。


たちまち考えるのが面倒臭くなってきたので、純哉は美愛に関する事柄を一旦脳内から打ち消した。そして、だんだん瞼も重くなってきたので、純哉はそのまま眠りに落ちる。




およそ40分ほど経ってからか、純哉はテーブルの上に置いていたスマホの通知音で目を覚ました。ライン特有の、軽快な音が鳴った。


「………?」


眉間にしわを寄せ、純哉は半ば無意識にスマホへ手を伸ばす。そのまま、画面を確認した。


(あ……)


『おつかれさまです、冬田せんぱい』 『らいん教えていただきありがとうございました』 『笑』


美愛からのファーストラインだ。挨拶から始まり、改めて礼を言っている。タイミング的に、ちょうど部活が終わって帰宅しているところだろう。


純哉は寝起きの頭で、それとなしに返信を打ち込む。


『はーい、』 『全然いいよー』 『あかほしさんはちょうど今部活終わったの?』 『あ、ごめんね、名前の漢字わかんないから』


そういえば、赤星美愛の漢字を教えてもらってなかった。先程散々心の中で愚痴ったが、自分なりの常識を重んじて話は広げてやる。


『すいません! それは言ってなかったですね!笑』 『しかもラインの名前もひらがなですし笑』 『赤星美愛です!笑』


『ありがと笑』


中々目立つ名前の漢字だ。それこそ漫画や小説の主人公みたいだと思った。相手のことを1つ知ったところで、純哉は質問を続ける。


『赤星さん、何部入ってるの?』


『なにぶだと思いますー?笑』


茶目っ気ある返信で、純哉に聞き返す美愛。対する純哉は、画面を凝視しながら苦笑交じりに噴き出した。


『えー?』 『文科系じゃあるよね?笑』 『美術?笑』


『おしいです! 美術部は中学のときでした!笑』 『ただしくは文芸部です笑』


『文芸部かー、じゃあ文章書いたりするんかね?』


そこから、純哉と美愛のラインは続く。互いにやり取りを重ねているうちに、美愛の地元や学校でのことなど色々と聞いた。反対に純哉も話が進み、自身のことも語る。


『そうなんですね!』 『ふゆた先輩は卒業したら就職されるんですね!』 『え? てことは、さっきまでその勉強をしてました?』


『いや、』 『寝てた(笑)』


『笑笑』


話にオチがついた気がして、純哉はスマホから目を外す。画面の向こうの美愛は、恐らく拍子抜けして笑っているだろう。


現在時刻は18時10分。今からおよそ1時間後に仕事から帰ってくる両親のために、夕食の支度をしなければならない。純哉は彼女とのラインを区切るため、その旨を打ち込んで送信する。


『あ、ごめんね、赤星さん』 『夕飯作らんといけんから、ちょっと離れる』


メッセージに既読がついたのを見た後、純哉はブラウザバックしてホームに戻り、画面を切った。


スマホを再びテーブルの上に置き、純哉はのっそりと立ち上がる。同時に通知音も聞こえたが、ラインは見ない。両腕を左右にそらして伸びをし、純哉は台所へ向かった。


メリハリをつけて、あとはやることをやろう。純哉は気持ちを切り替えようと意識したが、美愛のことだけはどうしても頭から離れなかった。彼女の存在を頭の片隅に追いやろうとしても、磁石のように引き戻されてフラッシュバックする。


(……俺と居っても無価値だぞ?)


キリのない自虐は、純哉の後ろ向きな心情を更に助長させた。

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