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story:19

唐突な告白を聞き、美愛は呆然とした。そして、佐々井の声は、傍目から見ていた純哉と陽菜の耳にも届く。各々は体感的に、辺り一帯の時間が止まったような感覚に襲われた。


硬直した時が流れる中、純哉の胸中には重々しくも歯痒い感情が歪に渦を巻いている。自分以外の男子が、美愛に対して好意を向けているのは面白くないような。このような気持ちになったのは、決して初めてではない気がする。


嫉妬心。いわばやきもちともいうそれだった。しかし、現に美愛の彼氏は純哉だ。付き合っているのにこんな気持ちになるのは、まるで自分が束縛系彼氏の予備軍みたいではないか。


純哉は自分が知らずのうちに危険思想に憑りつかれ始めていると感じ、すぐさま己の中の邪念を打ち払った。


改めて思えば、美愛のように可愛らしくてルックスも抜群な女子を、周囲の男子が一目置かないはずがない。はっきり言えば、美愛は自分には勿体無いぐらいの娘だと純哉は今になって思う。


現状を呑み込み、ふっと軽く一息吐いて口を噤む美愛。次いで、彼女は言葉を選びつつ、向けられた好意に対する返事を伝える。


「………ごめん。気持ちは嬉しいんだけど、私も好きな人が居るんだ。佐々井くんが良い人なのは知ってるけど、今の私には佐々井くんの気持ちには応えられないかな」


告白を断るには、これほどまでに気力を遣うとは。だが、可能な限り丁寧に断ったつもりだ。どう響いたかは窺い知れないが、佐々井は漠然と立ち尽くしている。


美愛の言葉には、純哉も心を抉られた。下手をすれば、佐々井よりも精神的なダメージが大きいかも知れない。


今の佐々井に、かつての自分が重なったからだ。


自分の好きな人が、誰かも分からない他の男子のものになっている。当時の悔しさが、純哉の脳裏でフラッシュバックした。だからこそ、佐々井に対して申し訳ない気持ちも抱いてしまう。


(きっと、あいつも……)


間接的に佐々井のことを傷付けてしまった。かといって美愛のことを譲るのは絶対に違うし、こちらから佐々井に歩み寄るのも違う。まるで自分の幸せは、他者の不幸で成り立っているような感じがして、とても複雑な心境に駆られた。


しかし、ここで佐々井から予想外な答えが返される。


「だろうな、知ってたよ」


「………えっ」


知っていたとはどういうことか。美愛はもちろんのこと、傍観していた純哉と陽菜も驚きのあまり目を見張った。


「学校から帰る時さ、いっつも一緒に居るよな。あれって多分、2年か3年の先輩だろ?」


当たりだ。というか下校時に今まで見られていたのか。同じ野球部の面々と帰る際に、美愛と純哉が繋がっていることを知った。そのこともあってか、佐々井はふられたことにあまりショックを受けていない。


「う、うん……」


そして私の彼氏だと、美愛は心の中でそう付け足す。純哉も自分のことが話題に上がっていると認識し、唖然とした。隣の陽菜も、たじたじ気味に純哉に注目している。


「やっぱりな、凄い落ち着いた感じで優しそうな人じゃん」


そう言って、佐々井は話したこともない恋敵のことを称賛した。まさか、憎らしいと思われてもオカしくないはずなのに、逆に肯定的な評価を貰えるとは。


純哉はまた1人でへりくだって背中を丸める。


「多分、いや絶対に、あの先輩は赤星のことを幸せにしてくれると思うぞ? だって、先輩と居る時の赤星って、決まって良い顔してたからさ」


先程陽菜が言っていた、純哉と居る時の美愛は女の子の顔をしていたと通ずるものがあった。当の美愛は、自分の相方が褒められていることで自身も嬉しくなっている。


「………ありがとう、佐々井くん」


相変わらず目元は動いていないが、美愛は薄く笑って礼を言う。ただ、別で気になるのは何故このタイミングで告白してきたかだ。その理由も、次に佐々井の発言から触れられる。


「でも、今まで言いたかったことを言えて良かったわ。ここでたまたま会えたのは奇跡だったな」


つまり、言えそうな機会があればもうその時に言ってしまうつもりだったらしい。どうにしても、いかなる返事がきても良かったのだ。これでようやく、美愛への想いを断ち切れると、至って前向きな態度だった。


澄み切った佐々井のはにかんだ表情は、清々しいぐらいだ。


佐々井は美愛の後ろにある自販機に小銭を入れ、500ミリリットルのペットボトルに入った炭酸飲料を買って取り出し口から出す。そして校舎前の方に踵を返そうとし、去り際に美愛へ言い添えた。


「赤星、聞いてくれてありがとな。幸せになれよ?」


するとそこで、佐々井が正面を振り返ると純哉や陽菜と目線が合う。佐々井を目で追っていると、美愛も彼等の存在に気が付いた。


(あっ………)


今度は美愛の方が気まずくなった。まさか、今までのやり取りを見られていたのか。心なしか、罪悪感を孕んだような緊張が走る。


そして佐々井は、純哉には何も言わずにその場を後にした。代わりに、彼女のことを託すような、覚悟と力強さを感じさせる視線を送る。


(なん……で……)


好きな人を取られて悔しくないのか。純哉は佐々井の前向きさが理解出来なかった。はっきりとしたことは分からないが、自分と彼とでは恋愛観が違うのだろう。少なくとも、今はそう考えるしかなかった。




文化祭の片付けと下校前のホームルームを終え、全校生徒は一斉に帰路へつく。清涼感のある秋空には夕闇が迫り、この時間帯の通学路は薄暗く映える。


これから冬に向けて、日が短くなり始めているのをありありと認知出来た。


今日は丸1日学校行事だったため、ある意味イレギュラーな日程だった。重い荷物を搬入したり、受付業務で保護者や他校の生徒の対応に当たったり。純哉や糸井、尼川たちの場合は忙しかったが有意義な日になったという。


それでも、やはり身体的な疲労は溜まるので、純哉は重たい身体にムチを打ちながら家路を辿る。


「文化祭、楽しかった?」


美愛にとっては、高校生活の中で初めてだった文化祭。終わり頃に思わぬ出来事もあったが、午前中からのことを思い返してみればどうか。


「うん、楽しかったよ。ありがとね、陽菜もご一緒させてもらって」


「それを言うたら糸井と尼川も同じよ。今度は普通に遊ぶ時も5人で何処か行けたらいいね」


「だね」


新しい人脈も増え、コミュニケーションの幅も広がった。せっかくなので連絡先を交換しても良かったかも知れないが、距離間的にもそれはもう少し先か。


会話が一段落したことで生まれた少しの間を挟み、純哉はさり気なく先刻の佐々井の件について触れてみる。


「……美愛って、モテるんだな。やっぱ」


「え? なんのこと?」


口をとがらせてわざとらしくそっぽを向く純哉に、美愛はたじろいてとぼけた反応を取った。大なり小なり、純哉は美愛が告白されたことを気にしていたようだ。


「今更とぼけても無駄よね、朝山さんとばっちり見えとったわ」


「うへへへ……、まさか純哉まで居るとは思ってなかったよ」


美愛からの言葉を黙殺し、純哉は軽く笑って振り返る。今でこそ美愛は純哉の相方だが、彼女に好意を寄せる男子は沢山居るだろう。


失恋の辛さや苦しさは、よく分かっているつもりだ。身体的にも精神的にもボロボロになって、しばらく寝たきりになるぐらい病んだからこそ、今ある幸せを全力で噛み締めていこうと思える。


そして、今の自分のようにその時の想い人以上に素敵な人と巡り会える。よって佐々井にも、純哉は心中で多幸を願う。


「まー、良いタイミングだったね。飲み物買いにいったらそこで朝山さんと会って、美愛が告られとんじゃもん」


「ここだから言えるけど、私も驚いたな。って、近くに佐々井くん居らんよね?」


部活から帰る時も知らぬ間にすれ違ったような感じだったのだ。居ても不思議ではない。とりあえず周囲をキョロキョロ見回したが、佐々井は見当たらなかった。


次いで美愛は、そのままの流れで純哉へ告げる。


「でもまぁ、私の最後の恋は純哉って決めたから、それだけよ」


「はは、それはどうも」


過去を知り、真実を知った。いつ消えるか分からない命の灯火と静かに蠢く影を宿し、最後の恋は時間とともに熟されてゆく。


はたまた、純哉の目下の課題も間近に迫っていた。

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