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story:18

日差しの強さも夕方にかけて控えめになり始め、今年度の文化祭も終わりの時間が近付いてきた。時刻が15時を過ぎた頃には、校内の客足は徐々に減っていき、出店を出していたクラスも少しずつ片付けを進めている。


午前中ほどの賑やかな雰囲気は鳴りを潜め、周囲を支配する空気はまるで祭りの後のように物悲しくなってゆく。


3年6組の出店である高級くじ引き屋も、景品が全てなくなって完全に店仕舞いをする流れになっている。受付に使用した机や、品物を置いていた棚は、効率も考えて段取り良く校舎内に運ばれていく。後々の手間っぽくはなったが、陽菜が当てたソファもだ。


言うまでもなく規格外な景品だが、陽菜は午後から来場した両親に相談し、結果的に引き取ることになったらしい。よって今日中に、業者が陽菜の自宅までソファを届けてくれるそうだ。しかし置きっぱなしではいけないので、一旦中に下げる。


特等を当ててソファをもらったことは、当然の如く陽菜の両親も驚いていた。まさかよりによって、文字通りあんなにも大きなものを当てようとは。置く場所にも困り、陽菜の両親共々は頭を悩ませた。


だが、模様替えを上手いことすればちょうどよく入るかも知れないと思い直し、たちまちもらうことにする。


後で振り返った気付きとして、景品の内容には限度を考えるべきだったかも知れない。朝山家はギリギリ許されたようだが、家庭によっては引き取れないところもあっただろう。3年6組の反省点は、主にそこだった。


ひとけが無くなった食堂前にて、美愛と陽菜は付近の石段に腰を降ろし、他愛もない会話を交わす。


「いやぁ、今日はよく歩いたねぇ」


閉店直前の屋台で買ったフライドポテトをつまみながら、陽菜が言った。朝から歩きっぱなしだったので、重りのような疲れがまとわりついているのを感じる。


「だねー、疲れたよね。でもどうする? 今から片付けが終わった後に部活あるよーとか言われたら?」


「んー、仮病使って休むかな?」


美愛からの冗談に、陽菜は開き直ったような答えを返した。ただでさえ全校生徒と全教職員が忙しい文化祭の直後に部活があるのはしんどい以外何物でもないが、あったらあったで参加するつもりではいる。


本音を言えば帰りたいが、あれば行くしかあるまい。それは意識として、義務的なものを感じるからである。


文化祭の出しもので準備が必要だったクラスは現在片付けをしているが、1年4組は動画の放映だけだったので、終了時刻が過ぎたら教室に集合して解散する予定だ。


今は今で、美愛と陽菜以外の生徒も学校の敷地内をふらふらと歩いて散策している。かといってゾンビが徘徊するような生気のない空気感ではなく、午前中からの余韻を引きずったムードだ。


「陽菜、飲み物買ってくるけど何かいる?」


ふとした時に喉の渇きを覚え、美愛が立ち上がって訊く。すぐ近くに自動販売機があるので、さっと買って戻ってくる。


「えぇー? じゃあ、プレミアムピーチで!」


陽菜は最近新しく入荷したジュースを頼み、美愛へ小銭を渡す。それを受け取り、美愛は短く返事をして歩き出した。


(さて)


炭酸や缶コーヒーなど、様々な飲み物が並ぶ機器の前に立って財布を出す美愛。友人に対して買うものは決まっているが、自分は何を買おうか。漠然と商品を眺めていたところで、急に背後から声を掛けられる。


「あれ、赤星じゃん」


美愛は振り返り、相手の姿を確認した。すると、そこに立っていたのは自分と同じ学年でクラスは別の男子生徒だった。坊主頭が特徴で、長身の活発そうな雰囲気の彼はやや堅めの笑みを貼り付けて、美愛を見詰めている。


「あっ、佐々井くん?」


美愛に声を掛けてきた男子生徒、佐々井は自分たちが高校に入学してから1週間後に実施された一泊研修で、少しだけ喋る機会があった顔見知りだ。それからは何度か廊下ですれ違うたびに挨拶を交わす程度だったが、たまたまここで居合わせた今はまともに話せそうな状況である。


「赤星んところの動画観たよ、メッチャ面白かった」


「そっか、それはありがと。こっちの文化祭委員の子にも伝えとくね?」


「あぁ、よろしく頼むよ……」


少しずつ距離を詰めていくように会話を展開する佐々井。意味ありげな沈黙を挟むと、彼は気恥ずかしそうにただたどしく再度口を開いた。


「で、急ではあるんだけど、ずっと言っておきたかったことがあってさ、少しだけ、時間をもらっていいか?」


「……えっ?」


佐々井に言われ、美愛は顔に警戒の色を浮かべて対峙する。いきなりかしこまって何を言いたいのだろうか。相手の緊張が伝わり、美愛も身構える。


「……なに? 言っておきたかったことって?」




(やっぱり、プレミアムマスカットにすればよかったかなぁ?)


頼んだあとに気が変わったのか、陽菜は希望を思い直す。今ならまだ間に合うはずだ。そう思い、陽菜は美愛の後を追おうと小走りで駆け出す。


その直後、前方から歩み寄ってくる上級生と目が合う。片付け途中に何かしらの理由でここに来た純哉だ。


「お、朝山さん。また会ったねぇ」


「冬田先輩! さっき振りですねぇ!」


「だね。今は1人? 美愛は一緒じゃなかったん?」


「うーんと、一緒だったんですけど飲み物を買いに行ってもらってて、それで僕は飲みたいものが変わったのでそのことを伝えようかとぉ」


「あぁ、そういうことね。俺もちょうど飲み物買いにこっちまで来たんよ」


作業中の水分補給は必須であろう。自分だけのではなく、糸井や尼川の分も買っていくつもりである。そうして陽菜と合流し、自動販売機の方へ視線を向けると、2人は気掛かりな場面を目撃した。


緊張した面持ちで立ち竦んでいる美愛と、背の高い坊主頭の男子生徒が対面している。周りには他に生徒は居らず、完全に一対一の状況だ。絵面だけ見ると、まさに告白の直前のような雰囲気である。


美愛と佐々井の様子を遠目に見ながら、純哉が眉をひそめて問う。


「あの子は、君らと同じクラスの奴かい?」


対する陽菜は、不思議そうな表情をして佐々井に注目しつつ答える。


「いいえ、同じクラスではないですねぇ……。あの人は違うクラスの野球部の人です」


「ははぁ、確かにそれっぽい雰囲気はあるね」


言われてみればそんな風貌に見えるし、体育会系の印象も見受けられた。普段はもっと勇ましいぐらいの立ち振る舞いで周囲をまとめている姿もなんとなく想像できる。


未だに美愛と相対している佐々井は、何か大事なことを言いたげに口をぱくつかせていた。続く言葉を待っていると、たちまちその想いは告げられる。


「……俺さ、一泊研の時から赤星が気になってて、気付けば赤星のことが好きになってた。だから、俺と付き合って欲しい」

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