story:17
「これって、まさか特等とかじゃないですよねぇ?」
半笑いを浮かべながら、陽菜は尼川に訊く。対する尼川も、陽菜に同調して答える。
「そのまさかよ、それは……! よう当てたねぇ、君!」
「………えええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
一瞬の間を置き、陽菜ははっとして絶叫した。いや、絶叫を超えて悲鳴のようだ。しかしながら、こんなにも早く特等が出ても良かったのか。陽菜の周りに居た美愛と糸井たちも騒然とする。
「えっ? 特等!? ヤバっ、陽菜! アンタどんだけ運が良いん!?」
「特等出るの早過ぎん!? 朝山さん、流れがキテるわ! 今から宝くじ買いに行ってみんさいや!」
「いや、すげぇ……。ほんまに展開が早過ぎな……」
当然ながら、担当中の3年6組の生徒たちも束の間の絶句を挟んで我に返った。
「……ぅぅぅうおめでとうございまぁぁす! なんと! なんと! なんと! 特等が出ましたぁぁぁ!」
ハンドベルの甲高い音と受付生徒の声が盛大に響き渡り、文化祭の序盤に相応しくないほどのお祝いムードと盛り上がりを見せる。始めからこんな飛び級したような雰囲気になってもいいものか。
「うわぁ……。僕、1年分の運をここで使っちゃったかも……。こんなことってあるんですねぇ、尼川先輩ぃ?」
「あるんでしょう! ………僕?」
一人称に違和感を覚え、思わずオウム返ししてしまう尼川。彼女の呟きに相槌を打って、調子を合わせた。
果たして、特等の景品とは何か。はっとして何とも言えない苦笑を浮かべた純哉、糸井、尼川が、その全貌を物語る。次に受付の生徒が発した言葉が、陽菜の思考を硬直させた。
「特等の賞品はこちら! 最高級の素材を使用した3人掛けのソファとなりまーす!」
「………んん?」
反応に困り、陽菜は笑顔のままその場で立ち尽くす。先刻からまさかが続いているが、あのソファが特等の品だとは。
(俺と糸井が腰を痛めながら運んできたソファね)
当たったのは良いが、あんなデカい賞品をどう取り扱おうか。自宅のソファは事足りているし、第一両親が何と言うか予想もつかない。
「…………………………」
とりあえず、そのソファは取り置きしてもらうことにして陽菜は屋台を後にし、改めて美愛や純哉たちと校内を練り歩く。
「まさかあのままずっと置いとってもらって無かったことにしようとか考えてないよね?」
2年生校舎3階の廊下を歩きながら、陽菜の左隣に並列する美愛が指摘した。それに対し陽菜は、先刻からの堅い笑みを貼り付けたまま受け答える。
「そりゃあないよぉ、ちゃんと親と話してからどうするか決めますぅ!」
そこまでいったところで、一同は廊下の中腹に位置する2年4組の前を通りかかった。高校の文化祭では定番ともいえるお化け屋敷だ。教室の前後の出入り口を境に端から端まで暗幕が掛けられており、暗めの雰囲気を演出している。
入口に立つ案内役の生徒は特殊メイクでゾンビの格好をしており、その完成度の高さから相当のクオリティだと期待出来た。
「お化け屋敷か」
「入ってみようや、純哉! 私、こういうの入ったことないんよ!」
何気無く呟く純哉に続き、美愛がまたしても乗り気な態度を見せる。先程のくじ引きといい、美愛はすでに文化祭を楽しんでいるようだ。様々なものに興味を示す彼女の振る舞いは、まるで無邪気な少女を彷彿とさせる。
「ええよ、俺も気になるし」
美愛と純哉の意見が一致したことにより、陽菜たちは気兼ねなく2人を送り出す。彼女たちの距離を更に縮めるチャンスにもなり得るだろう。
「行ってきなよぉ、僕たちはここで待ってるからさ」
「ありがと! じゃあ、次は陽菜が1人で入るんだね!」
美愛がそう言うと、その発言を聞きつけた案内役の生徒はすぐさま補足を入れる。
「あ、すいません。こちらは2人か3人での入場となります」
ならばどちらにしても1人では入れないのか。ついでなので自分も入ってみたいと思った陽菜は、糸井と尼川に向き直る。
「そっかぁ、なら糸井先輩と尼川先輩、僕と一緒に来てくれませんか? 苦手とかでしたら無理は言いませんけどぉ?」
「んー? 俺が襲われた時に朝山さんが守ってくれるならいいよ?」
「逆だろ、普通。でもまぁ、ぶっちゃけ3人で入ったらそんな怖いもんなんて無いんじゃないん?」
冗談を言いつつも、糸井は陽菜からの依頼を快く受けた。尼川は高校生の文化祭で行われるお化け屋敷ということで、余裕をかましているようだが。実際に去年一昨年の文化祭でも当時のクラスメートとお化け屋敷に入ったが、あまり怖くなかった記憶である。
だが、その余裕が数分後に崩されることを、この時の尼川は知る由もなかった。
「………………………………」
顔面蒼白で、無言を貫いて陽菜や糸井と出てきた尼川。彼は先に出てきて待っていた純哉のもとに歩み寄り、虚ろな目をして重い口を開いた。
「……ど、どしたん、今年は。去年とかとは比べものにならんぐらいヤバかったんじゃけど……」
まるで地獄から生還した亡者のように、生気のこもらない顔をして感想を述べる。以前と同じ意識で臨んだら、痛い目を見たようだ。見事なフラグ回収だといえよう。
後から聞いた話では、今年のお化け屋敷を担当した2年生のクラスに達人級にメイクが上手い女子生徒と、演出の構成力に長けた男子生徒が居たらしい。
去年までのを素人レベルだとすれば、今年はプロレベルだ。まるでゲームの難易度が急に引き上げられたようだった。
「お前さぁ、なんちゅー顔しとるん?」
純哉が苦笑いで突っ込む。ちなみに純哉、美愛、糸井、陽菜の4人は、お化け屋敷の中で各々思い思いのリアクションを取って絶叫したりしていたので、脱出した時は寧ろ晴れやかな表情を浮かべていた。
「あれあれ? 怖いもんないんじゃなかったん、尼川さん?」
「いやぁ、もう、あれは誤算よ……」
ニヤニヤしながら煽ってくる糸井に、尼川はげっそりして言い返す。男子3人が固まって駄弁っているところで、美愛はスマホで時間を確認して一同に呼び掛ける。
「すいません、先輩方!」
純哉たちは同時に、美愛へ視線を向けた。
「んー? 純哉は違う気がするんだけどなぁ」
「なんでよ。君も言うようになったねぇ、ほんまに」
「もぉ、夫婦喧嘩は帰ってからしてぇや」
不意打ちなタイミングで挟まれた純哉と美愛の痴話喧嘩を仲裁し、糸井は話の続きを促した。改めて、美愛は告げる。
「今から10分後に、体育館で私たちのクラスの動画が流れるので観に来ていただけますか?」
「あー、赤星さんらのクラスの出しものね! だってよ、冬田さん?」
「うん、そだね。最初から観に行くつもりだったよ」
ピンポイントに話を振ってくる糸井へ、純哉は適当に相槌を打っておく。いずれにしても、美愛と陽菜のクラスの出しものは観ておきたいところだ。ここから一同は、校舎外に踵を返して体育館へ向かった。
体育館の中はそこまで客足は密集しておらず、どちらかといえばまばらといった感じだ。例え別々に行動したとしても、はぐれる心配は無いだろう。一通り見回してみたところ、今の時間帯は1年4組の生徒の保護者がちらほら見受けられる印象である。
「陽菜のところは親来てるの?」
「ううん、でも遅れて来るんだってさぁ」
美愛からの質問に、陽菜は自然に答えた。遅れて来るということは、これから上映される動画は観てもらえないのか。
やがて予定されていた時間に差し掛かると、体育館の前方のステージ越しに見えるスクリーンにて、1年4組の生徒が編集した動画が流れ始める。
最初に1年4組の文化祭実行委員2人がハイテンションな調子で挨拶をし、続いて動画内のプログラムを説明する演出がなされていた。効果音やBGMも上手い具合に入れられ、凝った編集でよく仕上がっている。
文化祭実行委員たちが出演しているオープニング動画から始まり、学校生活におけるあるあるや特技の披露や漫才など、色んなジャンルに富んだ映像が次々に上映された。
「あー、これは確かにあるあるじゃね」
「すごっ、唄ってみたとかやった奴が居るんじゃ。しかもメッチャ上手いぞ?」
糸井が、次いで尼川が感想を呟き漏らす。動画に映る1年4組の生徒たちは皆楽しそうで、クラスメート同士の仲の良さもしっかりと伝わってくる。
(いいなぁ)
きっと今回の文化祭の準備も、和気藹々と進めていたのだろう。スクリーンに注目している純哉は、思わず表情を緩める。彼女はこんなにも温和な環境の中で過ごしていたのか。いや、美愛の話でクラスの様子を聞いたり、こうして動画で断片的に見ているだけなので、隣の芝生は青いだけかも知れないが。
終わりに、文化祭実行委員が再び登場しているエンディング動画で締める。ありはしないが、流行に乗ってチャンネル登録と高評価の催促をしていた。
12時前になり、純哉と糸井と尼川の3人は自分等が出した屋台まで戻る。店番を交代する時間がきた。よってここからは、美愛と陽菜の2人行動になる。
「じゃ、俺らは店番に入るから、こっからは2人で楽しんできんさい!」
糸井はそう言って、2人の後輩を見送った。後でもう一度合流すればまた一緒に動くかも知れないが、男子同士で文化祭を散策する時間も必要であろう。
たくさんの屋台が建ち並ぶ通りを歩きながら、陽菜と美愛は先刻までともに行動した先輩たちについての話題を交わし合う。
「糸井先輩も尼川先輩も良い人たちだったねぇ。ほんと、美愛は先輩に恵まれたよねぇ」
「っていっても私も糸井先輩、尼川先輩とは初めて喋ったような感じだったけどね。純哉もそうだけど、純哉の友達も優しいよ」
「そうだねぇ。てか冬田先輩と居る時の美愛、メッチャ女の子の顔してたねー」
「どういうこと?」
つまりは、美愛はそれだけ純哉に心を許しているように見えたということだ。5人で居たとしても、美愛と純哉の間から流れる雰囲気だけは明らかに違っていた。
彼等の関係性が、分かりやすいぐらい空気中に含まれていたような。
「僕は、ちょっとだけ羨ましく思ったよ」
「……よく分かんないけど、そうなのかな?」
命ある限り、高校生である今を惜しみなく過ごす美愛。相方と文化祭を楽しむということも、やがては輝かしい思い出として残り続けるだろう。
想いを寄せ合う相手と幸せを噛み締める美愛が、陽菜の中ではとても眩しく映った。