CM発表会(2)
大地生命の珍商品「ファンタジー保険」の新作CMのモデルになった主人公夫妻はそのCM発表会の会場にいた。
キャスティングに不平を鳴らす喜八郎の目の前で壇上に上がった父親役の俳優が語ったこととは。
司会者に促されて壇上のマイクの前に進み出た中年男は客席を一度ぐるりと見回してからおもむろに口を開いた。
「えー、今回ファンタジー保険のCMで父親役をやらせていただいた御嶽です。うちの優菜ちゃんも言ってましたが、私もね、この話、いい話だなーと思ったんです」
パッと見風采の上がらないどこにでもいそうな中年男。しかしもともと舞台出身の役者らしく、その立ち振舞いには何やら人を惹き付ける存在感があった。
「災害、火災、事故、病気、そして死…時代が変わり、文明や科学技術が進んでも、この世の中不幸せの種には事欠かない。いや、場合によっては、世界の進歩が新しい不幸せの種を産み出してしまうことすらあります。ま、ここで文明批判とかをする積りはないんですが」
彼はやや眉根をよせ、まずは世の中の不幸と保険の関係性について語り始めた。
「皆さまご存知の通り、保険ってのは人の不幸せをリカバリーするものです。ここにいる関係者の方たちはそのリカバリーの為に日夜汗を流してらっしゃる訳ですね。だけどそれは言い換えると不幸せの存在を前提として成り立つものということでもあります。良きにつけ悪しきにつけそれが保険というものの宿命だと思うんです」.
彼は淡々と言葉を続けた。
「そして一般にリカバリーという事になると、何を置いても、まぁコレの出番ということになりますわね(笑)」
と、これまでの真面目な話し方から一転くだけた口調になる。話しながら客席に向けて右手の親指と人差し指で輪をつくってみせ、ニヤリと笑いかけると場内からやや控えめな笑いがもれる。
「確かにお金という奴があれば世の中大抵の事はなんとかなる。人間の発明としてはいろんな局面で応用がきく大変な優れものです。僕なんかはいつも足りなくて困る事が多いんですが…」
ここでまた会場からクスリと笑いがもれる。その反応に目元では笑いながらも、しかめ面に咳払いで演者は話を戻しにかかる。
「ん、ん…まぁ、僕のことは置いといて…でもそのお金も残念ながら万能じゃありません。例えばお金でリカバリー出来ないもの…そう、一番に考えられるのは人の生命でしょう。保険金貰ったからって亡くなられた方が生き返る訳じゃないですよね。復活の呪文じゃないんだから」
最後の『復活の呪文』で堅くなりがちな話題を少しだけほぐしていよいよ話のオチに入ってゆく。
「でもね、このファンタジー保険はお金でリカバリー出来ないものを取り戻せる保険なんですね」
ここで一息ついてためを作るとまたおもむろに話し出す。
「今回のCMでは死別でしたけど、他に行方不明とかの場合もあるかも知れません……ま、どちらにせよあなたの目の前から大切な家族がいなくなってしまった。ところがある日、その家族から自分は別の世界で元気にやってる。新しい人生を送っている。そんな手紙が来たら皆さんどうです?」
ゆっくりと会場を見渡しながら一人一人に話しかけるように問いかける。
「確かに離れ離れかもしれない……でもそれでも人として家族としてそれがどんなに嬉しいことか……ね、愛しい人たちのことを考えてみればお分かりになるでしょ。一度失った家族、一度失った絆を取り戻せる幸せ。これはそんな幸せを手紙にのせて運ぶ保険なんだと思ったんです」
そして壇上の中年男は最後にニッコリ笑ってこう締めくくった。
「だから僕はそんな『幸せを運ぶ保険』にこうして関われた事を誇りに思います」
話し終わるやピョコっと一礼した彼に向けて、会場から大きな拍手がわいた。その中にはさっきまでキャスティングで不平を鳴らしていた喜八郎の姿もあった。
一見風采の上がらない中年男が衆人環視が注目する壇上でまっすぐ熱い思いを語る様をみて喜八郎は感心し、また驚きを隠せなかった。それは先ほどの画面の中のボーッと頼りない印象から想像できない姿だった。
(何だ、こいつ中々骨のある奴じゃないか…見直した。うん、さすが『オレ』)
拍手しながら思わず知らず口元に笑みを浮かべている彼の横顔をみどりは見逃さない。
「ほら、やっぱり似てるでしょ(笑)」
したり顔で目配せをされたのはしゃくだが悪い気分ではなかった。
「ん、ん…ま、なかなか良いことは言ってるよな」
口の端に苦笑いを浮かべながらも満更でもない気分でいる彼の背中に緊張気味に声をかける者がいた。
〈続〉
さてさて手紙 第7話でございます。
キャスティングに拗ねてた喜八郎さん、年の割に意外と大人気ないです。まぁ世の女性たちから言わせれば男なんて大なり小なりこんなもんよと思われてるかも知れませんが……我が身を振り返りつつ書いてみた次第です(笑)
そしてこの話まだ続きます。またお付き合い頂ければ幸いです。
ではっ!