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手紙  作者: ひいらぎ 梢
6/11

CM発表会(1)

 大手保険会社の肝いりの新商品「ファンタジー保険」


 それは異世界転移(転生)者に様々なサービスを提供するという破天荒な保険だった。


主人公の五十嵐夫妻はたまたま加入していたその保険のお陰で、不慮の事故で亡くなって異世界へ転生した愛娘からの手紙を受け取ることになった。


 そして暫くの時が過ぎ、彼らはその保険の新作CMの発表会に招かれていた。そこで見たものは…

―あの()が死んで5年―


 あっという間にそれだけの時間が経ってしまった…


 いつも笑顔で「行ってきまーす!」と学校にいく娘。あの日も普通に出掛けていったのに、「ただいま」と帰ってくる事のなかった我が子


 その娘からふいに届いた1通の手紙


 事故で死んでから、違う世界の町娘として生まれ変わったという。新しい家族と幸せに暮らしているから心配しないで…と書いてある


 けして忘れることのない癖のある丸文字…


 友達も入っているからと娘にせがまれて入った保険。そこから届けられてきた手紙


 例え二度と会うことが出来なくても、違う人間として生きているとしても、また笑ってくれているのならそれでいい…


 我が子の五歳の頃の笑顔を思い出しながら、その手紙を大切に仏壇にしまった


「異世界転生をした時には弊社自慢の支店ネットワークによる手厚いフォローを…

 そして現世に残した大切な方にはお手紙で貴方の想いをお届けいたします


ー大地生命のファンタジー保険ですー


 暗かった場内が一転して明るくなる。視野の一部がぼおっと白くなるが、1分とたたず彼の視界は元の状態に戻った。


 ここは都内某所にあるイベントホール。今日は大手保険会社の新作コマーシャルの制作発表会が行われていた。先ほどまで話題のCMが映し出されていた舞台には、下手から現れたキャストたちが並び、様々なメディアのインタビューが始まろうとしていた。


 それにしても自分たちがコマーシャルのモデルにされるとは…会場の後ろの方にセッティングされた関係者席の片隅に座った喜八郎は尻の辺りがムズムズするような居心地の悪い面映ゆさを感じていた。


ちなみにプライバシー保護のため座っているのは会場の一番後ろ側、大地生命のスタッフ用の座席だ。夫婦は二人とも保険外交員よろしく固めのスーツ姿で素っ気ない折り畳み椅子に腰掛けていた。ご丁寧に胸には偽名の社員用ネームプレートまでつけて。


 落ち着かない喜八郎を尻目に隣のみどりは舞台に並んだタレントたちの姿に目を奪われている様子。引率者としてこれも同じようにスタッフ席に陣どった市子と二人、女学生よろしく小さな矯声をあげている。女性の本質というものは幾つになっても変わらないもののようだ。


と、みどりが小声で話しかけてきた。


「お父さん、あの()ちょっとふうちゃんに似てるわね」

「そ、そうか…?」


折しも舞台では風香役の若手女優がインタビューを受けていた。子役時代にアニメの主題歌で人気をはくし国営放送の年末の歌番組に出演した彼女の顔はそっち方面には疎い喜八郎にも朧気ながら見覚えがあった。


言われてみれば大舞台でも物怖じせずニコニコと喋る姿は明るくて元気が取り柄だった娘と重なる所があるような気がする。彼は舞台をじっと見つめた。


「小原さん、今回の役ですが、演じられてどうでした?」

「はい、実は最初このお話聞いたとき私、なーんて素敵なんだろって感動して泣いちゃったんです。

女の子のご両親への思いも、手紙を受け取ったお父さんお母さんの気持ちもスッゴク愛おしくて。

で、その最初に感じた想いを大切にして演じようって、かなり頑張ってみました、エヘヘ」


うん、笑うと余計に似ている気がする。


と、さっきの会話を聞いていた市子が茶々を入れてきた。


「頂いたお写真のイメージを壊さないようキャスティングしたみたいですよ。そっかぁ風花さんあんな感じなんですね。私とってもいい友達になれそう」

「あら、じゃあ他の役者さんもモデルのイメージを意識してるのかしら。」

「おいおい、それじゃ俺ってあんな感じなのか?」


聞き捨てならないとばかりに喜八郎は異議申し立てをはじめた。


父親の役をあてたのは近年サウナブームを巻き起こしたドラマで主人公の友人役を演じていた中年俳優だった。


「俺はあんなに小さくないし、あんなにボケッとしてないぞ」


175センチとこの年代では長身の部類に入る喜八郎とその役者とでは確かに身長に10センチ程の開きがあった。


「そお?確かに背丈は違うけど実直な雰囲気は良く出てたんじゃない?」

「いや、納得できん。俺は断じてあんなんじゃない!」


なにやら怪しい雲行きを方向転換すべく市子が話題の舵を切る。


「そういえば奥様の役は阿波真穂さんでしたね。本当ぴったり!」

「やだ、私あんなに綺麗じゃないわ…もぅ、何だか申し訳なくなっちゃう」


両頬に手をあてて謙遜しながらも満更でもない様子のみどり。細身で控えめだが芯のある佇まいの女優は確かに妻に似ていなくもない。


喜八郎は口惜しさに思わず

「ま、当社費30パーセント増しってとこだな」

と憎まれ口を叩きかけたが直前で踏みとどまった。

女二人の十字砲火を受けて無事でいられる訳がないと悟ったからだ。


折しも舞台では当の中年俳優が話し始めたところだった。二人はいい役者があててるのに何でオレはこいつなんだ…そう思いながらも喜八郎は生来の生真面目さから彼の舞台挨拶に耳を傾けることにした。


〈続〉

 手紙 第6話 やっとお届けできました。


 実はこのCMを思い付いたことが今回の作品の発想の根っこになっております。ビジュアルのイメージ的には昔テレビで流れていたとあるお線香のCMを思い浮かべて頂ければと。


 このお話ここで終るはずだったのですが、何の間違いかまだ続きます。もう少しお付き合い頂ければ幸いです。


 ではっ!

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