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手紙  作者: ひいらぎ 梢
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届けられた手紙

 保険外交員、沢野井市子が届けに来たのは亡き娘風香からの手紙だった。百聞は一見にしかずと言われて封を開ける喜八郎。そこに書かれていた内容は……

 喜八郎が受け取った封筒は保険会社の社用のもの。そして中に入っていたのも何の変哲もない現代風の便箋だった。


「あ、申し遅れましたが、今回封筒と便箋、筆記具は弊社で用意させていただきました。異世界では紙類はじめ筆記具は貴重品なんだそうです。」


 慌てて市子が事情を補足説明する。どうやら別世界からの手紙らしくないと思ったのが、あからさまに顔に出ていたらしい。


 恐る恐る便箋を広げてみると、そこにあったのは癖のある丸文字。それは片時も忘れることのない、亡くなった娘の筆跡だった。


「ホントか……信じられん」


 思わず独り言が口をついてでた。隣で手紙を覗き込んでいたみどりが一言。


「でも、これ、間違いなくあの子の字よ」

「ああ、そうだな」


 目を見合わせて二人は確信した。これは(まご)うかたなき我が子からの手紙であると。少なくとも今の二人にとってそれが真実だった。二人の目は食い入るように手紙の文字を追い始めた。


『お父さんお母さんへ


 久しぶり元気だった?突然こんな手紙ビックリしたと思うけど、詳しくは保険やさんにきいてね。

 私はクルマに跳ねられて死んだと思ったら、赤ちゃんになっていて驚いたよ。』


 うーん、なんだかさっぱり分からん。もう少しちゃんと書けないのか風香(あいつ)は……


 異世界転生の顛末が余りにもあっさり書かれているのに喜八郎は拍子抜けした。しかし良くある物語のように、転生してしまった当事者に、何者かから詳しい説明がある訳でもないだろう。そう考えれば、存外こんなものなのかも知れない。


『こっちはまんまファンタジーな世界で、魔法はあるし竜はいるし。』


 魔法?竜?娘の身は大丈夫なのか?どうしても心配が先に立つのは親の性なのだろう。


「あ、あの……竜がいるって書いてますけど、大丈夫なのかしら?」


 みどりも同じ思いだったらしい。心配げに市子に言葉を投げる。


「聞くところではお嬢様の住んでる地域は竜の棲息域からは離れてるようですから、危険にさらされるような事は滅多にないかと」


 カバンから取り出した厚手のファイルをめくりながら女性外交員は答えた。どうやらこれは現地の調査資料らしい。ならばと喜八郎も頭に浮かんだ疑問を口に出してみた。


「澤野井さん、風香の今の名前はなんて言うんです?」

「はい、 リディア ホワイト リースリングとおっしゃるそうです」

「まぁ、何だか物語のお姫様みたい!」

「いや、ホントにお姫様らしいぞ……」


 そう言いながら喜八郎は妻に手紙の文面を差し示した。


『なんか家は貴族みたいで、領地はおっきい湖があって、山からは岩塩が採れるから、すっごい豊なんだって』


 貴族。しかも領地に大きな湖。スケールの大きさに圧倒される。多分住んでいる家もお屋敷なのだろう。庭付き一戸建ての我が家ではあるが、狭小な日本の住宅では比べるのもおこがましいに違いない。


「あら、本当。スゴいわ!いいお家に産まれたのね。良かった」

「リースリング家はバロミノという王国の子爵位の貴族だそうです。領地には複数の川が流れ込む大きな湖があって水産業は勿論、湖水による灌漑農業も盛んだそうですよ。北側の山岳地帯特産の岩塩は同家の専売で、国内でも良質な塩として高額で流通しているそうです。」


『こっちの私は白銀のふわふわな髪で藍色の瞳。美少女確定、やったね、勝ち組って容姿なの!あと六歳上と四歳上のお兄ちゃんがいるんだ』


「白銀ってプラチナブロンドってことかしら。お兄ちゃんが二人も出来たのね」

「えーと、風香さんの髪色はどうもこの世界にない色みたいですね。この世界の色で例えるとピンクがかった真珠みたいな色らしいです。」


 ピンクがかった真珠色の髪?いや、想像もつかない。色は(からす)の濡れ羽色、(みどり)の黒髪も捨てたもんじゃないと思う。うーん、派手さでは負けてるか……


『パパもママも若くて美形だし、おじいちゃんもおおおじいちゃんも優しいよ。皆、すっごい溺愛してくれてるよ。』


 若くて美形のパパ……やっぱり銀色の髪なのだろうか?だとしてそれは白髪とどう違うんだ?負け惜しみとは分かっていても、つい心の中で悪態をついてしまう。同年代の中では若く見える方だとは思うが、お世辞にも美形とは言い難い我が身を思って、喜八郎はちょっと複雑な気分になる自分を自覚せずにはいられなかった。


 今までささやかながらも自分たちは全力で娘に愛情を注ぎ込んで来た。その思いはいまも変わらないし、胸を張って誇っても良いレベルだという、自負さえある。が、風香の新しい家族の持つスペックはあらゆる面でそれをはるかに上回っていた。


 彼女の新しい人生が愛情的にも経済的にも恵まれており、あれこれ気を揉まずにすむことは有難い。反面、ついつい比較して、嫉妬にも似た屈折した感情が首をもたげてしまう。勝ち負けとかそういう事ではないのは分かってはいるのだが、その辺り男性脳の悲しい性なのかも知れない。そんな彼の思いを知ってか知らずか、市子は娘の新しい家族の事を話し出した。


「リースリング家は代々男系で、女の子が産まれるのは珍しいんだそうです。数十年ぶりの女の子のなのでご家族の愛情を一身に受けられているようですね。その上、美しくて愛嬌のあるお姫様と、領内の人たちにも風香さん大人気らしいです!」


 うん、そうだろ、そうだろ。親バカの謗りはまぬがれないだろうが、それでも思わず口許がほころぶ。


「現在のご当主はビクトル様。風香さんのお祖父様に当たります。」

「文面では曽祖父の方もご健在なようだが、長命の家系なのかな?幾つぐらいなんだろう」

「あちらでは成人するのが15歳。20歳前に結婚するのが普通みたいです。確かご両親は20代後半、ご当主は50歳前後で、先代は70歳位かと」

 

 向こうの爺さんがほぼ同い年か。まぁ高校の同級生で孫のいる奴もいるし……


『もう少ししたら私の五歳の御披露目があるからって、この頃はダンスの練習ばっかりでもう大変。運動会のダンスとかじゃなくてくるくる回るやつだよー』


「御披露目?七五三みたいなもんか?」

「いやだ、ダンスの練習してるんですから舞踏会でしょ!女の子の夢よね。それにしてもあの娘が舞踏会の主役だなんて!ちゃんと踊れるかしら、心配だわ」

「あいつ、いざという時の度胸だけはあるから大丈夫だろう」


 小学校の学芸会の舞台でセリフを忘れたのを見事なアドリブで切り抜けていた娘の姿を思い出して、彼は妻の心配を打ち消した。


『この御披露目が終わると魔法の練習が出来るようになるんだ。すっごい楽しみ。属性とかもわかるんだって!もう何となくわかってはいるんだけどね』


 なんだ、魔法の練習?あいつ、そんなこと出来るのか?属性ってのは、ゲームで良くある火魔法とか水魔法とかそういうのか?


「魔法の練習を始めると書いてますが、魔法なんてもの、あちらでは誰でも出来るんですか?」

「えっと、貴族の方たちは能力の差はありますけどだいたい魔法が使えるみたいです。どうやら魔法の才能は遺伝的なものらしくて、平民の場合は使える人は少ないみたいですね。それから属性というのは本人と相性の良い魔法の傾向と言えばいいでしょうか。これもやはり遺伝的なものがあるようです」


 市子の簡単な魔法の説明を聞き終えた喜八郎の目にとある刺激的な一節が飛び込んできた。


『それからね、御披露目がすむと婚約者を決めるんだって!おじいちゃんがいいお婿さんを探してやるって大張り切りなの。何か照れるな~』


「なにっ!?お、お婿さん!け、け、結婚か?ま、まだ早すぎるだろっ!俺はゆ、許さんぞ!」

「お父さん、落ち着いて!風ちゃんはもうあちらの娘さんなのよ。それがしきたりなら仕方ないじゃないの」

「いやっ、し、しかし五歳とか早すぎ……」

「昔の日本でも許嫁(いいなずけ)とかあるじゃありませんか。それに結婚するのは二十歳前ってさっき市子さんも言ってたでしょ」

「う、うむ……いや、つい取り乱してしまった。面目ない」


 らしくもなく激昂(げきこう)してしまって反省しきりの彼に女性外交員はさりげなくフォローを入れる。


「いえいえ、お気になさらないで下さい。こちらとは違う慣習が異世界には色々ありますから。お手紙お届けした時にこういう反応は良くあるんですよ」


 いつもはどちらかと言えば感情を抑制している感のある夫のビビッドな反応を面白がるようにみどりも一言付け加える。


「でも向こうのお祖父さんもお父さん以上に風ちゃんにご執心みたいね」

「なんでだ?」

「だって『いいお婿さん』を探すんでしょ?お嫁に出す気はさらさらないんじゃない?」


 そうか……その気持ち良くわかる。何だかはじめて向こうの家族にシンパシーを感じられた気がした。


『こないだ御披露目用のドレス作って貰ったんだよ。私の髪の色に合わせた真っ白なドレス。腰に大きなリボンがついててかわいいんだ!

 そういえばもうすぐ成人式だよね。藍ちゃんや直実どうしてるかな?お着物着たかったな』


 文末の一言に胸がつまる。そうなのだ、彼女の若すぎる死は冷厳たる事実なのだ。本当は色々心残りもあるだろう。それを思うともっと何かしてやりたかったと臍を噛まざるを得ない。


『あーん、もう紙がなーい!! じゃ、最後に。

 お父さん、お母さん、短い人生だったけど、私は二人の娘で幸せでした。ありがとう』


 しかし、この一言で喜八郎の心にわだかまっていた様々なモヤモヤは一気に氷解した。不慮の事故で離れ離れになってしまったが、自分たちの思いはちゃんと娘に伝わっている。今はそれだけで十分なのだと。


『こっちの世界でも幸せだから、心配しないで。そしてお父さんお母さんも幸せになってね』


 ふと視線を感じると隣に座っているみどりが涙目になって文面を見つめていた。思わず彼女の膝に置かれた手に右手を重ね、そのまま目は文字の上をすべってゆく。


『弟か妹が出来てたらうれしいな』


 な、なにを言ってるんだあいつは!急に頬が上気する。思わず妻と顔を見合せ、重ねていた手をパッと放した。


「あ、あらっ、お茶冷めちゃったわね!入れ直してきますね」


 やはり顔を赤らめたみどりは急須を右手にそそくさと席をたって台所にむかった。向かいのソファから投げられたあたたかな視線がいたたまれなくて、喜八郎は思わず冷めたお茶をがぶ飲みした。


 一応これで文面は終わっていた。しかし彼は便箋の一番下の余白に小さな字で書かれたこんな走り書きを見つけた。


『お母さんのカレー食べたい。あと百万石饅頭も!こっちには甘味があまりないんだ。おコメもないし~』


 やれやれ、三つ子の魂百までだ。色気より食い気な娘の心の叫びに苦笑いしながら、彼は温かい気持ちで異世界からの手紙を静かにたたんだ。


(続)

 手紙 第四話をお届けしました。今回は異世界転生した娘からの手紙に主人公が突っ込むという全体の山場(?)的パートになります。


 当初は「泣ける話」的方向性になるかなと思ったのですが、風香ちゃんの新しい家族や生活環境を知って揺れ動く喜八郎さんの気持ちにフォーカスする内容になった感じです。


 このお話、あと二回ほど続く予定です。もう少しお付き合いいただければ幸いてす。ではっ!

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