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手紙  作者: ひいらぎ 梢
3/11

ファンタジー保険 !?

 妻が会わせたかった訪問者は保険の外交員だった。彼女の訪問はとある保険のサービスによるものだった。その保険の珍妙な名前を聞いて喜八郎は亡き娘とのやり取りを思い出した。

大地生命(わたくしども)では5年ほど前に、今までの保険と全く違った新商品の販売を開始いたしました。」


 市子はこう切り出した。


「それが『異世界転位者及び転生者対象保険』、通称『ファンタジー保険』です。」

「……ファンタジー保険」


 その珍妙な名前に喜八郎は聞き覚えがあった。


 異世界への転位、転生と言われる現象の存在をこの国の政府が公式に認めると発表したのは8年前だった。近年この国では公式記録上、年間8万人超が行方不明となっている。けして多くはないだろうが、その一部が別の世界に召還されたということを公に認めることは、国内外の反響を考えれば、なまなかな決断ではなかった。実際他の複数の先進国から、そのような事象は存在しないとの否定的声明が出され、国際的な論争になったりもした。それでも国が公式見解の発表に踏み切った理由は、やはりフロンティアとしての異世界の魅力だったのだろう。


 そんな生臭い政府や各省庁の思惑はさておくとしても、異世界転位、転生という異常な事象が邦人保護の観点から国会でも喫緊(きつきん)の課題となるのは無理からぬ事だった。


 同年超党派の議員連盟が発足、彼らが提出した「異世界転位者及び転生者に関する特別措置法」通称「異世界法」はこの国にしては珍しいスピードでその年の通常国会において可決成立。それに基づき、総務省と金融庁を中心に政府の働きかけのもと、大地生命を含むいわゆる四大保険大手で作られたのがこの「ファンタジー保険」という破天荒な保険(しろもの)だった。


 そんな経緯や珍妙な名の保険が出来た事を当時の喜八郎もおぼろげな知識としては知ってはいたが、正直自らの人生とは縁遠いもの、何か別世界の出来事としてしか認識してはいなかった。


 だが、お茶うけに出ていた百万石饅頭がふと目に入った瞬間、彼はその名前を急に近しいものとして感じた記憶を思い出した。


「もしかして……」

「はい、お嬢様はファンタジー保険にご加入いただいておりました。こちらがお預かりしていた保険証書になります」


 そうだ、あれは風香が中学3年の修学旅行の時……学校の薦めで生徒用の生命保険に加入したのだ。その時の特約の中に確かこのおかしな名前の保険が入っていた。


「ねぇ、お父さん、このファンタジー保険って面白くない?」

「え、何保険だって?うーん、何か怪しげだなぁ。だいたい海外じゃ異世界はないっていう国も未だにあるくらいだし、契約しても意味ないんじゃないか」

「え~、ロマンがないなぁ。男の人の方がこういうの好きなんじゃないの?」

「中学生ならそうかも知れんが、お父さんは大人だからな(笑)」

「だって、面白そうだから直実も藍も入るって言ってるよ。ねぇ、いいでしょう?修学旅行の記念に。お願い!」


 契約条項を読んでみると一回かければ保証は一生有効で、しかも掛け金はたったの100円だった。この頃は保険会社も経営が大変なのだろう。少しでも契約口数を増やしたくて必死なのだ。まぁ、娘の学校の手前もあるし、これくらいの金額ならと思い、結局特約として追加契約をしたのだった。


「いや、思い出しました。娘にせがまれて特約として追加契約したのを」

「はい、その節はありがとうございました」

「しかし娘の手紙とはどういう関係が」

「はい、被保険者様からのお手紙をお届けするのも、ファンタジー保険のサービスの一つなんです」

「そうでしたか。いや不覚にもサービス条項にちゃんと目を通してなかったようだ。娘が生前にそんな手紙を書いてたとは知りませんでした」


 その答えにうら若き女性外交員はちょっとイタズラっぽい笑顔をうかべ、妻と顔を見合わせる。「やれやれ」という表情で肩をすくめたみどりが口を開く。


「違うのよ、お父さん。その手紙は今の風香が書いたものなの」

「え? 今の風香? どういう事だ? ま、まさか君、おかしくなったんじゃないよな」

「もうっ、失礼なひとね!大丈夫ですよっ!風香はね、別の世界で新しい人生を送ってるのよ」

「いや、だって、保険の手紙っていわばタイムカプセルだろ?年寄りの被保険者向けサービスで、亡くなる前に家族宛の手紙を書くってのがあるって聞いたぞ」


 戸惑う喜八郎に市子が助け船を出した。


「五十嵐様、奥様のおっしゃった事は本当なんです。お嬢様は異世界転生されたんです。」

「い、異世界転生……!?」

「はい、百聞は一見にしかずと申しますので、まずはお手紙に目を通して下さい」


 喜八郎は渡された封筒の口をハサミで切り、中の手紙を取り出した。


(続)

 手紙 第三話お届けしました。いかがでしたでしょうか。

 異世界転位、転生を政府が公式に認めた世界などというトンデモ設定、人によってはお叱りもあるかと思いますが、所詮はお話し、広い心でお許しいただければと思います。


 ちなみに転生者が邦人保護の範疇になぜ入るのかと思われる向きもあるかと思います。基本的な理屈付けとしては現世の記憶がある事をもって、邦人に準ずる保護の対象たりえるという事にしております。勿論その分保護の範囲自体は転位者に比べて小さくなっていると言うことで。


 次回もお付き合いいただければ幸いです。ではっ!

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