夢路
私とキアスは茅ヶ紫原の家に戻った。
背の高い茅に埋もれた小さな穴蔵が、現実世界での私の住処である。
採光のための穴をいくつか空けているので、日がある内は意外と明るい。
キアスは私を家まで送り届けると、自分の食事をしに出掛けて行った。
満腹になったら帰ってくるだろう。
キアスの狼の毛並みは暖かいのでベッドとして重宝しているけれど、今日は戻ってくるまで待てそうになかった。
なにせ、お昼寝をたたき起こされて、食事し損ねたのだ。はらぺこである。
干し草のベッドをいい具合に整えて、ごろり、と横になる。
目を閉じる。
そして、もう一度目を開けると、そこは小さな穴蔵の中ではなく、緑の大樹の根本だった。
「んう~~~~~っっと!」
目が覚めたように伸びをして、空気をおなか一杯に吸い込む。
足元はふかふかの緑の苔で覆われ、所々に小さな花が咲いている。
頭上には綺麗な果実をつけた見上げるような立派な巨木。
綺麗な場所だなぁ、と思う。
『夢路』というのが、この空間の通称。
夢魔がそれぞれ持っている空間で、夢が集まってくる場所。
私の夢路では、大樹になる果実の形で夢が集まっている。
だから、夢の木とかでいいじゃん、って言ったら、みんながみんな果実のような形で夢を見るわけじゃないって聞いてびっくりした。
この世界は、私の精神世界のようなものらしい。もしくは私そのものかもしれない。
現実離れした美しさにも頷ける。これは私の内面を表しているといっても過言ではないはずなのだ。うんうん。
長老の夢路は、本がたくさん詰まった大きな家みたいな所だったもんね。
「夢を読むだけでおなか一杯って、長老も偏食だとか人のこと言えないと思うんだけどなぁ。」
私はそんなことをつぶやきながら、どの夢が美味しそうか、果実を見て回る。
私の好物は、そこはかとなく『しょっぱい』のとピリリと『辛い』のである。
そんな味覚を持っている私はかなり異端らしく、なぜ『甘い』夢や『うまい』夢を食べないのかと言われるけど、好みはどうしようもない。
「お、これはかなり『辛い』ね。」
仲間を殺されて怒りに震える夢を食べた。
「こっちは『しょっぱい』」
戦火に追われ、親とはぐれた亜人の子の夢を食べた。
パクパクと、目につく夢を食べていく。
私が夢を食べれば、その後には、真っ暗な静寂だけが訪れるらしい。
本当に疲れているときに必要なのは、そういう場所のはずだ。
だから、私は「料理」もせずに、夢をただ食べている。
夢の中でくらい、楽しく、優しい気持ちになれればいいのにな。
そんな風に考える自分は、やっぱり変わってるのかな。
こんなに辛くてしょっぱい夢を見ているなら、現実はどれほど過酷なのだろう。
そう思うと、自然と「辛くてしょっぱい」夢を食べ続けてしまうのだ。
たくさんの夢を招き寄せて、叶うはずのないような成功を見せたり、結ばれない想いを成就させたりして生気を奪うようなことや、欲望をぶくぶくに太らせて堕落させた方が、喜んでくれるような主が多そうな気がするけれど、そんな風に夢を「料理」するのは好きじゃないんだよね。
うん。
やっぱり私は自分の道を生きよう!
ご主人様のご要望でも、甘い夢ばっかり食べるのは勘弁だ!
私の味覚を理解してくれるような主なら、考えないこともないけど……
「て、あっ……!」
考え事をしながら果実をもいだら、手元が狂ってしまった。
こぼれた果実は大地に向かって落下していく。
焦らずに背中に羽をイメージしながら果実を追いかける。
空中で果実をキャッチしてから、ふわりと速度を落とし、着地。
「……これは、ちょっと苦かったなぁ。」
幼馴染の聡明さに嫉妬する若者の夢だ。
苦いのも嫌いじゃないんだけどね。
「?……あれ?」
複雑な形を描く大樹の根の上に、一つの果実が落ちていた。