目が覚めると
悲しくて、悔しくて、涙が溢れた。
こんなに苦しい気持ちは知らない。
今までたくさんの夢を見てきたし、人々の悲しい、苦しい夢をたくさん食べてきた。
でも…これは夢じゃない。
夢の果実に詰まっていたのは、残酷で血にまみれた、私の―――
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ふわふわとした振動に心地よく身を任せていたけれど、大地を揺るがすような雄叫びと、轟音、剣戟の音にぼんやりと意識が浮上してくる。
気が付いたのは、相棒の背の上だった。どうやら、昼寝中だった私を担いで避難してくれていたようだ。
「ルフィア、起きたの?一度下ろしていい?」
私は掴まれていた腕をひき、ふわりとキアスの背中から降りた。
この相棒がいなければ戦地で悠長に眠りこけていたかもしれない。
「相変わらず、ルフィアの神経の太さと肝の据わりかたは見事だよね。」
「ぅええ?もう少し別のところを褒めてよ。」
「……褒めてないし。…そうゆうところだよ。」
キアスがちょっと驚いたように苦笑いをする。
戦場で悠長にお話していることを咎められてるのかな?でも、キアスが下ろしてくれたってことは、敵との間にある程度の距離は稼げたってことだよね?
耳を澄ましてみると、争う声は先程よりずいぶん遠ざかっている。
「もう少し離れようよ。一気に駆け抜けるから背中に乗る?」
「ううん。ちょっと待って。」
獣形になろうとするキアスをやんわりと止める。
「ここまで離れてたらそんなに急がなくても大丈夫でしょ?少し様子を見ようよ。」
「…ルフィアが悠長に寝ているから、急ぐ羽目になったんだからね。」
キアスが不機嫌にじとっとした目でにらんでくる。
確かに、キアスがいるっていう安心感で、ちょっと眠りが深かったかもしれないな~。こんな戦場で居眠りするなんて、正気の沙汰じゃないもんね。
でも、そう思ったことは黙っておく。
機嫌は治るかもしれないけど、過保護が加速しても困る。
この古狼種の相棒は、私がちょっと手助けしたことを恩だと言い張って、それから度々後をついてくるのだ。
曖昧に笑って誤魔化し、近くの比較的背の高い木に飛び上がる。
木の合間に銀色の甲冑に身を包んだ兵士達が見える。
兵士達は向かってくる魔獣を殺し、その毛皮や魔石を回収しているようだ。この侵攻は恐らく、魔の森の豊かな資源を狙ってのものだろう。領土拡大の為の侵攻ならばもっと規模が大きくなるはずだ。
それでも、私は悔しくて唇を噛んだ。
魔の森は文字通り魔素のある土地で、人間の住む土地とは別の生き物が暮らす場所だ。
魔力の強い土地でなければ魔獣や魔族は生まれず、死ねば魔石や魔素はまたその土地を魔力で満たす。その自然の流れを変えようとする侵略者たちはどうしたって歓迎されるわけがない。
ここ最近人間達の侵攻の頻度が上がっている。
魔の森との境界である灰色渓谷付近では魔族と人間の衝突が絶えないのだ。
こんな時は、自分の力のなさが歯がゆい。
「落ちこぼれとか変わり者って言われても、夢が食べられたらいいって思ってたけど、これじゃあ落ち着いてごはんも食べられないじゃない。」
魔族の領域を守るためには人間を追いかえさなければならないが、武力に秀でていない私は、戦闘からは逃走一択と決めていた。
まだ主を決めていない自分には戦闘命令も出ていない。
出来れば戦闘命令など下さない主がいればいいのだが。
その時、不意に聞こえてきていた戦闘音が止まった。
何?と思うと同時に途轍もない重圧感が降り注いでくる。
前方の侵攻軍の上方、今まで何もなかった空間に裂け目があり、そこから人型の影が現れていた。圧倒的な魔力と存在感で周りの動植物すべてが息を止めているような錯覚に陥る。
いや、自分が正に息をするのを忘れていた。
よろしくお願いします。