白の中
彼女は中身の減らない凍った水桶を運びよいせよいせと井戸の横に置いた。そして水を汲むことの出来ない井戸に紐をつけて水桶を落とし、何も入っていないそれを回収すると凍ったままの水瓶に水桶を傾け中身を入れる動作をする。
「洗濯して、畑に水を…ああ、それからきっと帰ってきた時に疲れているだろうから布団の用意も」
しんしんと白の降る中、なんでもない様子で彼女は動いている。ボロボロの布切れを凍った水桶の中で擦り合わせ水を絞る仕草をする。
何枚かそれを終わらせると乾ききったボロ布を家と家の間に引っ掛けてある棒にシワを伸ばしながら干していく。
そうしてまた畑に水をやる仕草をし、今度は家の中に入っていく。埃のない家はよく手入れされており、誰も使った形跡のない綺麗に整ったベッドを彼女はまた一から綺麗にし直していく。
「また起きたままにして、いくら言っても直らないんだから」
丁寧に直されていくベッド。
使われることの無いそれを彼女は丁寧に掃除して、部屋の中にある椅子に腰掛け。
「まだかしら、キール」
物憂げに窓の外を見る。
白が降り続ける窓の外を眩しそうに。
「いい天気だわ、きっとすぐに洗濯物も乾くし、お日様のいい匂いがするわね…ふふ」
彼女は楽しそうに笑う。まるで彼女だけは違う世界をみているかのように。まるで、目の前全てを否定するように。
「あら、歌が聞こえるわ…どこから聞こえるのかしら」
同じ日を繰り返している彼女はまた家を出ていく。それを止める者はおらず、それを見るものも居ない。
彼女の世界は止まっている。
ずっと、ずっと、拒絶したあの日から。
願ったあの日から。
全てを奪われたあの日から。