知らない顔
時を止めたいと思ったのはただ一度だけ。拒絶したのも一度だけ。
唯一のものが朽ちる…それだけは耐えきれなかった。唯一のものは自分の芯になっていたから。
だから彼女はそれだけは後悔しなかった。
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白がどこまでも続いてく。
「っはぁはぁ」
ルベリオンが食べ物を口にしたのは両親と妹が眠る家の中だ。止まれる場所もなく眠らずに歩き通しで、口に何も入れていない。
飲み物を口にしようとしてもこの寒さだと口に入る前に凍ってしまうし、氷を口にすると今度は舌が張り付いて傷つき、体温が奪われてしまう。干し肉を口にしようとしても水を口にしていないから唾液も出てこない。顎を動かすことすら疲れて出来やしないだろう。
「火、よ」
誤魔化しの火を灯し微かな火を受けてからまた歩く。こういう時ルベリオンに火の適性があったなら良かっただろう。けれど彼は火に選ばれることは無かった。
もう、寒いという感覚さえもない。ほぼ本能で動いていた。
ぼんやりと進む白の中。ルベリオンは目の前に鳥を見た。美しい赤い鳥。澄んだ赤い瞳を持つ赤い羽根の鳥はルベリオンを一瞥し高く鳴き声をあげる。それはまるで歌のようにも聞こえた。
「歌…?」
その歌は懐かしいような気持ちがする歌で。聞いたことがある気がして、でも聞いた事のないような気もする。
不思議な感覚を覚えさせる歌。その歌が酷く心地よい。
その鳥に誘われるようにたどり着いた場所は──── 一人の青年が氷の中で眠っている広場だった。
木がなかったのかその広場の周りには白がそれほど積もっておらず、眠る褐色の肌の青年がやけに目立つ。
そして青年の腹には大きな穴が空いていて、氷の中に閉じ込められる前に亡くなっていたのだろうと分かってしまう。
「誰だ…? 僕の村にはいなかった顔だ、見覚えの無い顔つきだし…というか」
「魔物も住めないキュラスでなんでこんな大怪我を?」
唖然と氷の中で眠る青年を見るルベリオンを赤い鳥は血のように赤い目で見つめた。
白が降る。
ゆっくりと静かに。
全てを拒絶するかのような白が。時を止めるように。色を隠すように。全てを無かったことにするかのように。
白が、降り続ける。