知らない天井
魔力の使い過ぎで入院している。
王立魔法病院の病棟で点滴のような何かを打たれながら、俺は小さくため息をついた。
悪魔の遣いとの死闘の後、無事王都にイズミを送り届けた直後に俺は気絶したらしい。
原因は多少の出血と、魔力切れである。
ヒューマン以外の種族が慣れない魔法を使い過ぎて魔力切れに陥ることは多いらしいが。
「どんだけ無茶な魔法の使い方したの。ヒューマンで魔力切れ起こして入院した人なんて初めて見たよ」
とは、この病院の院長の言である。
ロリロリしい見た目とは裏腹に治療方法は手慣れたものだった。
身の丈ほどの巨大な注射器をぶっ刺された時は死ぬかと思ったが。
それ以降、ほとんど体調は戻ってきている。
今日の午後に再検査をして問題なければ、無事退院できるとのことだった。
ちなみにイズミは高位の治癒術師による治療で一瞬で全快した。
俺のヒール連発もそこそこ効いたらしい。
魔力切れで寝込んだ甲斐があった。
が、この身体的性能差は軽くショックだ。
明らかにイズミの方が重傷だったじゃんね。
無事治ってくれてほっとするのもつかの間、逆に心配されて困惑した。
入院して以降、イズミはもちろん、いろいろな人がお見舞いに来てくれた。
かの有名な冒険者、疾風のレインさんはその一人だ。
「やあ。無事に生きて再会できて嬉しいよ」
「レインさん! 来てくれたんですか!」
レインさんはすごいんだ。
十数年前からなんか変な教団の足跡を追っていて、ついこの前大きな事件を解決したのだ。
それまでは誰も変な教団の存在を信じてくれず、たった一人で世界平和のために動いていたレインさん。
まさに王国のヒーローと言ってもいいだろう……。
そしてなんか知らない間に事件解決の糸口を切り開いたという俺に色々な情報を提供してくれている。
「でも、まだ王都にいたんですね。てっきりもう王都を出ているかと」
「出発しようと思った直前に、君が倒れたって聞いてね」
他の国にも巣食っているらしい変な教団を根絶やしにするため、レインさんは忙しかったはずだ。
それを俺の体調を心配してまだ留まってくれているなんて……。
嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちの両方で俺の胸は一杯になった。
「ははは。そう気にすることはない。王都の教団は君のおかげでほぼ壊滅に追い込んだとはいえ、まだ残党は残っている。それに……」
レインさんはそこで一度言葉を区切る。
「教団の壊滅直後に現れた悪魔の遣い……どうもきな臭い。私はアレをただの不吉の象徴とは捉えていない。アレはこの王都近郊で自然発生するものではないのだ。さらに言えば、魔素の濃くなった北の方で見かけることもない」
「そう、ですよね……」
多分、俺の最低ランクの幸運値が厄介事を引き寄せているのだろう。
この異世界にきてから……いや、元の世界にいた頃だって厄介事は絶えなかった。
俺の表情が沈んだことに気付いたのだろう。
レインさんがからっとした爽やかな笑みを浮かべて言う。
「そんな顔をするな。私が十年かけてできなかったことをたった一日でやり遂げたのだ。もう少し自信を持ってもらわないと私の立つ瀬がないだろう?」
はっはっは、と。
美形な顔をわざと崩して、豪快に笑うレインさん。
その笑顔を見ていると、イズミのとはまた違った安心感を覚える。
「大丈夫さ。私ももうしばらくは王都に残る。何か力になれることがあればいつでも教えてくれ」
そう言ってレインさんはお見舞い品のリンゴ(ウサギさんカットに華麗に切ってくれた)と最近王都で人気の娯楽小説に漫画をいくつか置いて去っていった。
神かな?
俺の中で神と言えば気が利く人の代名詞みたくなってる。
俺はせっかくなので大変見事な造形のウサギさんカットリンゴをシャリシャリと食した。
ほどよい甘さが落ち着くぜ。
やっぱり病気の時はリンゴだよな。
昔はアップルパイとかの火を通したリンゴしか食べられなかったんだが。
味覚って変わるもんだなぁ。
そんな風に物思いにふけっていると、とんとんと病室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼しまーす……」
そこにいたのは、いつになく控えめな感じでドア越しにそーっと水色の髪を覗かせる少女。
スイだった。
「えっと、その……大丈夫だった?」
「ああ。心配してくれてありがとな」
俺は素直に礼を言う。
するとスイは少し照れた様子で、ぷいっとそっぽを向いた。
「別にあんたの心配なんて……。してたわよもう悪魔の遣いってなんなの良く生き残ったわねとりあえず無事そうで良かったわ」
「普段からそれくらい素直ならいいのに」
「うっさい。私のことはいいの。怪我はもう大丈夫?」
「そこは治癒魔法は優秀だし。どっちかって言うと魔力使い過ぎたのがつらい」
しかし俺にはツンデレする必要もないからか、突然素に戻る。
まあ確かに、ツンデレてるスイは多少かわいく見えなくもないと思う。
そう考えると素直過ぎるのはここぞという時まで取っておくべきだ。
俺は前言を撤回した。
「やっぱりスイはちゃんとツンツンしてた方が良いな。奴の前ではそうしてた方が可愛い」
「な、ななななんであいつの話が出てくるのよ!?」
「で、ちゃんとデレる時はデレるんだぞ? 二人きりになった時なんかオススメだ。今度4人で食事行く約束でもして俺らだけ直前でバックレよっか?」
「むむむ。魅力的な提案だけど今はいいの。てかあんたイズミちゃんと二人きりになりたいだけでしょ。普段から一緒にいるくせに。約束破った罪悪感と私たち二人を応援しようって意識させることでいつもとちょっと違う雰囲気のデートに持ち込むつもりね」
「スイは話が早くていいよね。そういうとこ好き」
「あんたそのうち刺されるわよ。はい、とりあえずこれお土産のリンゴ……」
そこでようやくスイはテーブルの上にあったウサギさんカットのリンゴに気付いた。
「って、何その芸術品!? どうやって切ったらそんな風になるの!?」
「レインさんが蒼燕迅流でパパっと切ってくれたんだ」
「へえ。あの高レベル冒険者のレインさんと。どこで知り合ったの?」
「まあちょっとね」
説明するのが面倒だった俺は適当にお茶を濁した。
そこまで興味がなかったのか、スイがそれ以上追及することはなかった。
こいつは自分のパーティリーダー以外は基本興味ないからなぁ。
代わりに持っていた手提げ袋を困ったようにかかげる。
「でもこんなに立派なのがあると、これも渡しづらいわね……。皮剥いて切ってあげようと思ったんだけど」
「気にせず剥いてくれてもいいよ? 女の子にリンゴ剥いてもらえるのは普通に嬉しいし」
「へえ。イズミに言いつけとこうか?」
「やめてください後生ですから」
俺はベッドの上で体を捻り華麗に土下座をキメた。
「冗談よ。私も友達に刺されて死にたくないし」
「やだなあ。イズミがそんなことするはずないじゃないか」
「あははははは」
「……なんか答えてくれよ」
するとスイは死んだ魚のようなどんよりとした目で言った。
「……この前あんたと一緒にご飯食べに行った件でからかった時のね、イズミの目がね、笑ってなかったの」
「ご飯って……ラーメン屋行っただけじゃないか」
「それ言っちゃ面白くなくない?」
「刺されても知らないからな」
「先に刺されるのはカイ君かもよ?」
「イズミに刺されるならそれはそれで」
スイが一歩俺から距離を取る。
ちょっぴり傷付いたぜ。
「……隣にミリアさんがいたからよかったけど、一瞬『ヤられる!?』って思って死を覚悟したからね」
「ミリアさんの抑止力すごいね」
「でもね、そんなからかいにも……命をかける価値があると私は思うの」
「安いなお前の命。もっと大切にしろよ」
そこで俺は自分の立場をイズミに置き換えて考えてみて、ふと気づいた。
「でもたしかに、イズミがレインさんと食事に行ったって聞かされたらうっかり○○してしまうかもしれない」
ずざーっと。
スイが勢いよく椅子を引いて俺とさらに距離を取った。
傷付くなぁ。
何もそんな反応しなくていいじゃないか。
「その目やめて……イズミとおんなじ目してたわよ」
「え? そう? うれしいなぁ」
「褒めてないから」
こんな感じで他愛のない会話を続ける俺ら。
だいたいこんなのが俺たちの平常運転だった。
異性間に友情はなかなか成り立たないんじゃないかと思っていたが、お互いがお互い100%別の人間にしか興味がないと意外と馬が合うな。
イズミとも引き続き仲良くしてほしいと思う……たまに余計な知識を植え付けるのだけはやめてほしいが。
「ま、でも元気そうで安心したわ。あとはそう……イズミのことね」
ここからが本題、といった感じにスイの身にまとう雰囲気が変わる。
「イズミ、あんたが倒れてから相当落ち込んでいたわよ。私がもっとあのときああしてればーなんて。それこそあんたは完全に守るべき対象になってたわね」
そこまで一気に言い切ったスイ。
その声は感情を込めないように意識しているのかと思うほど、無機質だ。
「女の子に心配されてそこまで言われちゃうなんて情けないね?」
「うぐっ」
「すごく悔しいね。理不尽さも感じてる。辛いよね。でも一番許せないのは……そんな言葉を否定できない自分自身かな?」
ここ数日、ずっと気にしていたことを言い当てられて、胸の奥を杭で突きさされたような感覚になる。
馬が合い過ぎるのも考えものだな。
「ああ……」
「でもね、私はそれでいいと思うんだ」
スイはそこで大きく伸びをして、全力で気を緩めた。
言いたいことは言ったとばかりに、やる気のなさそうな声を出す。
「パーティ組んでたらどうしても実力差が見えてくる。それでも自分の得意な分野や、負けたくない分野でがんばるんだ。がんばりが身につかないうちは辛くても仕方がないでしょ」
「そういうもんかな……」
「そ。ま、私だったらあいつに面と向かって『守ってやる』なんて真顔で言われたらキンタマ蹴り飛ばしてやるけどね」
「今下ネタ挟む感じじゃないよね」
「え? ナニを挟むって?」
「こいつはひでえや」
こいつはひでえや。
大事なことなので二回言いました。
「冗談はこれくらいにして。私とあいつは対等な関係なの。パーティリーダーかメンバーかの差はあるけど、同じ冒険者。一方的に守られるだけなんてことはない。危険が迫った時はまず第一に自分の身を守る。そうした方が生き残る確率は高いからね。ある意味で信頼っていうのかな? そういうのがある」
うんうんと、スイは自分で言ったことに満足して頷いている。
態度は不真面目だが、言っていることは特におかしくなかった。
「なのでそんなこと言っちゃうイズミはちょっとズレてる」
「そうかな……」
「そしてカイ。もしあなたがそう思ってるなら、キンタマ蹴られても仕方ないからね」
「……」
言ってることはちょっとアレなのに、口調が真剣過ぎて俺は何も言えなくなってしまう。
俺が何も答えられず、黙ったままでいると、
「ま、あんたがどうするのかはわっかんないけどさ。それでも私は……二人が楽しそうに冒険してるとこ、また見たいなって思うよ」
そう言ってスイはじっと俺の瞳を見る。
薄い黄色の瞳は彼女の水色の髪によく合う。
性格をよく知ってるので性欲が湧くことはないが、美少女と言って差し支えないスイに真剣に見つめられると少し居心地が悪い。
何より、俺の中でまだ答えは出ていないのだ。
「スイがそう思ってくれているのは、わかった。今の俺にはこれくらいしか言えない、と思う」
「そっか」
スイはそれ以上何も言わなかった。
そして出ていくタイミングを逃したらしい。
しばらくもじもじしている彼女に、俺はパーティ(リーダー)の話題を振った。
「そ、そうそう! 聞いてよあいつったらひどいんだよ!」
「はいはい、今度はどうしたの」
そうして傍からみれば惚気話にしか聞こえない話をひとしきりしたあと、スイは満足そうに帰っていった。
もう付き合っちゃえばいいのに。
相手だってまんざらでもなさそうじゃんね。
じれったいなぁ。
俺は若干呆れつつスイを見送って、律義に剥いてくれた少し歪な形のリンゴをシャリシャリと食す。
皮なしもまた乙よね。
さほど時間が経たないうちに、病室のドアが控えめにノックされる。
今日は千客万来だな。
「失礼します」
病室に入ってきたのはミリアさんだ。
今日もピンと背筋の伸びた姿勢が美しいぜ。
ミリアさんはリンゴの入ったバスケットを抱え、目の前にある大量のリンゴを見て目を丸くした。
「このリンゴの山は……」
「レインさんとスイからです」
「くっ……一流の受付嬢であるこの私としたことが」
ミリアさんの中で受付嬢ってどんな存在になっているのだろうか。
「まあまあ。お見舞いは気持ちですよ。俺リンゴ好きですし。一週間以内には全部食べちゃいます。ぜひ置いてってください」
「それならいいんですが……」
そう言ってミリアさんはベッドの横に置かれた椅子に腰を下ろす。
そして残念そうに言った。
「せっかく剥いてあげようと思ったのにな」
ちょっと子供っぽい口調で拗ねるミリアさんも魅力的である。
イズミがいなければ秒速で告ってコンマ二秒で振られていることだろう。
俺はおなかの調子を確認した。
うん、まあ、あと一個くらい食べられるだろう。
俺は歯列を隠したままにっこりと笑みだけを浮かべて言う。
「是非」
するとミリアさんは引きつった笑みでリンゴの入ったバスケットを棚に置いた。
なんなの。
「そこまで全力で拒否しなくても、無理に食べてほしいとは言いませんから……」
「俺拒否してたの!? 全力でウェルカムだったよ?!」
「まあ冗談はこのくらいにして」
「ねえ、ほんとに冗談だよね? 最近意識して笑顔になるとみんなに引かれるんだけど。俺の笑顔ってそんなにアレ?」
「今日来たのは他でもありません。イズミさんとのことです」
「……まあ、俺もそれ話したかったからいいんだけどさあ」
結局ミリアさんは俺の笑顔について触れてくれなかった。
今度鏡を見て笑顔の練習をしよう。
ミリアさんが気になるのは悪魔の遣いとの戦闘内容のようだった。
俺は促されるままに、戦闘時の感覚などを含め、事細かに伝えていく。
「なるほど、大体イズミさんから聞いた話と一致しますね」
「はい。俺も眠りそうになってたとはいえ、イズミと物理的に離れた時以外の記憶は鮮明に残ってます」
特に悪魔の遣いに腕を千切られそうになった時の痛みは今でも鮮明に思い起こせる。
軽くトラウマものだが、イズミが負った傷を思うとそうも言っていられない。
するとミリアさんはその部分こそ気になるのだという。
「やはりそこが異常です。極限状態であったとはいえ、低レベルの冒険者が一人で相手取れるほど悪魔の遣いは容易い敵ではありません」
確かに言われてみればその通りだ。
イズミと別れてからの1分と少し。
その間、ほとんどダメージを与えられなかったとはいえ、高レベルのモンスターを相手取り無事生き残ってみせた。
最後に起死回生の一撃を狙わなければ、もう少し粘れたはずだ。
「イズミさんの戦闘センスとステータスは、Lv7にして最早中堅冒険者レベルと言っても過言ではないでしょう。正直、私の予想より数倍早く"英雄の片鱗"が見え始めました」
俺は頷く。
近くにいた俺は、ミリアさんよりずっと早く感じ取っていた。
単純な才能とは違う、どこか異質な成長速度。
イズミが成長するたびに、うれしく思うと同時に、拭い切れない恐怖を感じていた。
「ここで質問です。カイさんがもしバーサーカーだったら、イズミさんと同じことができましたか?」
「……」
できるかできないかで言えば、できる。
確実にあれが有効な手段だとわかっているからだ。
しかし、あの時のイズミと同じように、敵に効くのかどうかすらわからない時だったらどうだろうか?
多分俺は魔法の発動を躊躇していただろう。
「正直、敵を倒せると絶対の自信を持っていなければ難しいですね」
「なるほど。そこはイズミさんに残る獣人の血が後押ししたのかもしれませんね。ただ、絶対の自信を持っていたとしても、並大抵の覚悟でできることではありませんよ」
それは、わかる。
イズミのあのとき見せた瞳に秘められた覚悟は……できればもう二度と見たくない。
「では、もしも一緒にいたのがイズミさんではなく、誰が相手でも同じことができますか?」
「……」
俺は言葉に詰まった。
この世界に来てから、俺の隣で戦うのは常にイズミ一人だった。
E級の簡単なクエストしかできないため、パーティをこれ以上増やす意味がなかったからだ。
だから、その質問に対する答えは未知数だ。
スイなら同じようにしただろうか?
ミリアさんは……どうだろう。
レインさんなら確実に悪魔の遣いを倒せるだけの実力がある。
「そこで少し迷ってくれるのは嬉しいですが、即答できないのが答えですね」
「イズミを守るためならできると、そういう話ですか?」
「いえ、違いますよ?」
俺は混乱した。
イズミを守るという意識がない?
いや、それは確実にあるはずだ。
しかしミリアさんはそうではないとばかりに首を振る。
「相手が弱いかどうかは関係ないんです。イズミさんは……獣人の勘によって有効な一手であること確信したのでしょう。ただ、こういう時に発動する勘が大きく外れることはないですよね?」
そもそも勘は発動しにくいが、発動した時は正確ということか。
イズミは敵の耐久を見誤ったと思っていたが……。
「また、そんな勘などなくとも、実際に悪魔の遣いと戦ったイズミさんは分かっていたと思います……自分一人では決して悪魔の遣いを倒しきれないことを。それでも賭けに出たのは――」
ミリアさんはニッコリと笑った。
「ここまでやればあとはなんとかしてくれるだろう……そんな、当てにするのが馬鹿らしい程の予測があったんだと思います」
そんなバカな。
俺は信じ切れなかった。
しかし、イズミの立場を自分に置き換えたとき、すんなりとその考えが頭に落ちる。
「悪魔の遣いに勝てたのは、カイさん。あなたへの信頼があったからですよ」
「俺への、しん、らい……?」
「そうです。そして、イズミさんが悩んでかけた言葉は、全て自分を高めるためのものです。まだまだカイさんに頼り切っているから、せめて私ももうちょっと強くなろう。そんな意味しかないんですよ」
「そ、んな……」
悪魔の遣いはイズミが負わせたダメージがなければ100%倒すことはできなかったと断言できる。
自分だけなら20秒と持たずに殺されていただろう。
それなのにそんな風に考えるなんて……イズミならあり得るのか?
「私からしてみれば、カイさんだって十分異常なレベルに達しています。それはカイさんの持っている知識に関してではないですよ」
ミリアさんは指を一つ折りたたんで言う。
「まず、知識を正確に実践する力。剣技の鍛錬を一度だけ見させてもらったことがありますけど、はっきりいって異常なレベルです。常に最適解を求めているかのような……そんな息の詰まるような緻密性があります。それでいて二人とも平気な顔をして鍛錬をこなすんですから、先輩冒険者としてちょっと自信を失うレベルですね」
ミリアさんは続けてもう一つ指を折り込んで、説明していく。
「そしてカイさんの持つ戦闘センス。イズミさんがその戦闘能力が高い能力値に依存しがちなのに対して、カイさんは自身のステータスを完璧に把握しているように思えます。時に自分ができる限界ギリギリを狙って魔法を使い、時に最小限の魔力で敵をあしらったりしていますね。普通の冒険者なら当然のように行う技能ですが、カイさんの動きはその中でも飛び抜けています。そしてそんなカイさんと一緒に修練することにより、イズミさんの動きも段々と変わっていきました。これはカイさんが一番よくわかっていますよね?」
たしかにそういう側面はあるかもしれない。
そこに関してはイズミの、教えなくても見ただけで覚えるセンスに感嘆するばかりだったが。
「少し長くなりましたが、私が言いたいことは単純です。イズミさんは異常なまでの成長速度を見せています」
まるでおとぎ話に出てくる英雄のように。
ミリアさんは小さくそう呟いた。
その瞳には、憧れや羨ましさがあるような気がして。
「ですが、それはカイさんも同じです」
そんな感情が込められた瞳で見つめられ、俺は動揺した。
「私はお二方のどちらも"英雄"となるだけの素質を持っていると思いますよ」
買い被りだ。
たしかにイズミに関してはその通りだ。
確実に英雄になれるだけの才能値がある。
しかし、成長速度が一緒でも、いずれ才能値により能力は頭打ちになる。
それは避けられない運命だ。
「それでも、です」
ミリアさんは俺の内心を見透かしたかのように、言った。
「所詮才能値は才能値です。水晶玉一つで簡素に見ることしかできません。カイさんはそんな才能値では計れない力を持っていると私は思っています。一流の受付嬢の私が太鼓判を押します。ですから――」
――英雄を目指せ、と。
この私が太鼓判を押したのだからやり遂げてみせろと。
ミリアさんの瞳には、そんな強い意志が込められている気がした。
ミリアさんはそれからすぐにギルドに戻っていった。
そろそろ仕事に戻らなくてはならないそうだ。
……以前聞いた話では、こうして冒険者に会いにいくことも仕事の一つであったはずだ。
ミリアさん、いつ休んでるんだろうなぁ。
俺は聞きたかったが、聞いたら闇に触れて二度と戻ってくれなくなりそうなのでやめておいた。
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ……。
俺は覗かれたくないからスルーするぞ。
「ふぅ……」
俺は今しがたミリアさんに言われたことと、スイから伝えられた思いについて考えこんでいく。
そんなこんなでミリアさんが病室を出てから数分後、少し慌てたような、どこか調子の外れたノックの音がした。
このノックの仕方はイズミである。
そもそも病室にくるまでの足音でイズミだとは分かっていたが。
イズミは最早見慣れたリンゴをバスケットに入れたまま、目を丸くしている。
うん、まあ、これは分かってた。
俺がリンゴ食べたいなんてリクエストしたせいだからだ。
いつも間が悪くてごめんね。
「イズミも食べる? これはかの有名な高ランク冒険者、疾風のレインさんが颯爽と現れカットしてくれたリンゴ。こっちはスイが剥いてくれたリンゴだよ」
「あ、じゃあそっちの残りは全部ください」
「お、おう……」
そういってイズミが指さしたのはスイが剥いた方である。
てっきりウサギさんの方を欲しがると思ったが。
イズミは満足そうにシャリシャリとリンゴを食していく。
そんなリンゴを食べる姿すらキュートなイズミを見つつ、俺は話を切り出した。
「イズミ、今日は大切な話があるんだ」
その言葉をかけた瞬間、イズミの背筋がピンと伸びた。
恐らく、イズミも俺から何を言われるかわからなくて緊張しているのだろう。
しかし、俺自身も何を言うべきなのかわかっていなかった。
声をかけなくては、という想いだけが先行してしまったようだ。
「……」
先程、スイやミリアさんから背中を押されたのも影響しているのだろう。
俺の中で熱い想いが渦巻いている。
一週間、ずっと言えなかった言葉の数々が。
だから、ちゃんと伝えなくては。
俺自身の気持ちを。
大丈夫。
スイやミリアさんから期待されているのはただ一つだ。
彼女たちの話を聞いて、これから言うべきことは決まっているだろう?
俺は脳内に浮かんだ言葉をそのまま発する。
「イズミ、俺とパーティを解消してくれないか」
長くなったので分割。
3/9中(早ければ0時)に次話投稿します。
また、ネット上の知り合いから支援絵をいただきました。
イズミのイメージ画像(神)です。
詳しくは活動報告をご覧ください。