はじめてのクエスト
初クエストは無難に簡単なものにしておいた。
というより、簡単なものしかないと言った方が良いのか。
余程特別な実績でもない限り、冒険者に登録するとまずはEランクとなる。
Eランクが受けられるクエストはシンプルにEランクのみだ。
それ以降、ランクがあがるごとに同じランクか、一つ下のランクのクエストまでしか受けられなくなる。
そして今日受けたクエストは薬草採取だ。
Eランクの中でも一番簡単……というわけでもないが。
というのも、クエストの中では街中で行われる、本当に『はじめてのおつかい』レベルのものもあるのだ。
『はじめてのくえすと』とするならこれが一番いいだろう。
「うにゃあ……全然見つからないです」
ここではじめてイズミから黒猫族っぽい台詞が聞けた。
俺は興奮したので、欲望に忠実に生きることにした。
「イズミ、もっかい今の言って」
「? 全然見つからないです?」
「そこじゃなくてさ、うにゃあってやつ」
「い、言いませんよそんなの!」
それきりイズミは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
かわいいなぁ。
尻尾がフリフリしてるのが特にキュート。
あれ、触ったらどうなるんだろう。
思わず手を伸ばしかけるが、さすがにそれは怒られるだけじゃすまないと思うのでとりあえず自重しておいた。
しかし、イズミは薬草採取に苦労しているようだった。
ただの雑草と薬草を見比べながら頭に「?」を浮かべるイズミ。
それを後目に、俺はほいほいとかごの中に薬草を入れていく。
「す、すごいですねカイさん。どうやって見分けているんですか?」
「俺も詳しいことは分からん」
「ええ!?」
神知識があるおかげで低レベルまでのクエストはイージーモードだ。
地面をぼーっと眺めるだけでなんか光ってるのが見えて、どれが薬草なのか瞬時に判断がつく。
「まあ、こういう低レベルなところ限定だけどね。高レベルになってくると図鑑に載ってない薬草まで出てくるし、そうなったら俺には判別不可能だから」
だから、判別がつかなくなるまではこうやって楽させてもらおうと思います。
薬草採取ばっかりやっててもつまらないから仕方ないね。
「なるほど……ようは慣れってことですね」
イズミは勝手に納得したのか、再び薬草と雑草を見比べてうんうんうなり始めた。
後ろからいたずらしたいなぁ。
なんてとりとめのないことを思いながらぱっぱと薬草を採取していく。
数十分後。
「あ、わかりました!」
元気の良いイズミの声が聞こえてきた。
イズミの声はあれだな、綺麗ってわけでもないけどかわいらしい。
落ち着く声で俺は好きだった。
「こことここが微妙に違う、感じがしなくもなくないですか?」
「うん?」
イズミが指差した部分を見ると、それはちょうど薬草の光って見える部分だった。
全く見えない。
俺は曖昧に言葉を濁した。
「まあ確かに、そういう側面もなくはないよね」
「ですよね! これで次からは一人でも薬草採取できますよ」
苦労して見分けた薬草を胸に抱え、嬉しそうにその場でくるくると回る。
尻尾と耳がひくひく動いている。
誘ってるのかな?
俺は鋼の自制心で誘惑を振り切り、荷物をまとめた。
「じゃ、帰りますかー」
その時にはとっくに目的の分の薬草は採取し終わっていたためだ。
「本当にすみません……なんか私ばっかり楽しちゃったみたいで」
「いいけど、その分戦闘では期待しているからね」
嘘である。
俺は歯列を強調し、爽やかな笑みを浮かべた。
イズミが一歩俺から距離を取る。
うっかり死にたくなったが、誤魔化すことには成功したようだ。
最初から薬草クエストなんて本当はやりたくはなかった。
なかったが、イズミの戦闘経験を考慮するといきなりモンスターと戦うことはためらわれたのだ。
今日の目的は、薬草ではなくサブクエストだ。
クエストには大抵、サブクエストと呼ばれる受けても受けなくても良い条件が存在する。
そのクエストを受けるならついでに作業しておくと報酬が上がりますよ、といった制度だ。
薬草採取の目的地から王都への帰り道、少し寄り道をするだけで……。
「――」
ぴょーんぴょーん。
体全体を使ってジャンプしている謎の生き物の群生地にたどり着いた。
その正体を一言でいうなら、某国民的RPGでお馴染み、スライムである。
強さはそちらの方に準拠していて、強酸吐いたり物理耐性がやけに高かったりはしない。
不定形ではあるが、触手を伸ばしたりすることもできない。
この世界でも、かわいそうなことに雑魚の代名詞として扱われていた。
「す、スライムですか……」
イズミが若干引いた表情でスライムを見る。
オーソドックスな青色で、特に警戒するところはないと思うが。
割と女子には人気がないようだ。
狩りやすくて良いと思うんだけどなぁ。
「サブクエストもやっておくと報酬があがるからね」
「わかりましたぁ……ポケット」
イズミが唱えたのは、種族人間がLv5で覚える『ポケット』という魔法だ。
アイテム袋のように荷物をしまうことができる。
レベルによって内容量は増大していく、冒険には不可欠な魔法と言っていいだろう。
種族人間、便利だよなぁ。
ハーフはハーフで特殊な制限がかかったりするが、基本的に血が混ざっている方が有利と言えるだろう。
……ちなみに転移直後に奴隷になっていた場合、繁殖用であひぃ! な展開になっていた可能性もあった。
捕まる気なんて全然、まったく、これっぽっちもなかったけどね!
そして俺はイズミが取り出した武器を見て、絶句した。
ちなみに俺の武器は登録時の支度金で簡素なロングソードを買ったのだが、武器屋に寄ったときにはイズミは一切武器に興味を持たなかった。
理由を聞くと『すでに持ってますから。あ、戦闘の時まで秘密ですよ?』なんて余裕の表情で言うのだ。
いきなりの討伐クエストを断念するには十分な理由だった。
「いっきまっすよー!」
イズミが構えるのは、自身の身の丈と同じくらいの巨大な武器。
大剣だった。
禍々しい刀身を宙に掲げ、ブンブンと振り回している。
危なっかしいこと、この上ない。
「……怪我だけはしないでね」
「はーい!」
ちなみにイズミが選んだクラスはバーサーカーだ。
狂戦士と呼ばれるそのクラスは、その名の通りちょっと狂った戦い方をする。
防御を捨て、攻撃でダメージを与えることしか考えない。
そのスキルのほとんどは捨て身の一撃を狙うためにあり、ひどいときには反動で自身にダメージが蓄積する。
イズミは天賦の才を持っている。
特に魔法に関しては、獣人の血があってなお、Sランクだ。
受付嬢は過去の英雄に匹敵すると言っていたが、きちんとした魔法の修練を積めば英雄すら超える素質がある。
だがその才能を全て捨て去るがごとく、魔法はほとんど使えないバーサーカーを選んでいた。
大量の魔力を使う魔法もあることはあるが、例のごとく捨て身性能をさらにあげるものなのでできるだけ使ってほしくなかったりする。
なんでそれを選んだんだって小一時間問い詰めたい。
問い詰めたかったが、冒険者に登録した直後迷うことなくバーサーカーを選択し、ギルドカードをご満悦な表情で眺める彼女を見たら何も言う気がなくなってしまった。
……とりあえず、クラスチェンジ条件を見つけなければならない理由が増えた。
それも割と切実に、できるだけ迅速にだ。
バーサーカーなんてクラスについていたら、せっかくの綺麗な肌に艶やかな毛並みが傷ついてしまうかもしれない。
回復魔法は優秀なのでそこまで気にすることはないかもしれないが……。
閑話休題。
嫌そうな顔をしつつも、イズミは大剣を携えスライムに向かっていく。
「えいっ」
「ほぅ……」
思わず感嘆の声をあげてしまうほど、イズミの動きは様になっていた。
恐らく、誘拐事件の時は人間の悪意というものに慣れていなかったのだろう。
小さなスライムに巨大な大剣をきれいに当てていく。
完全にオーバーキルで、斬られた直後からスライムは爆散していった。
討伐証明部位のコアごと粉々だ……液体のはずなのに。
俺はスライムさんのご冥福をお祈りした。
「どおですか! なかなかのものでしょう?」
「落ちこぼれとか言っていたが……」
「黒猫族は魔法も使えないと一人前扱いされないのです……」
魔の才能値がSでうまく使えないのか……。
確かに才能値は、ステータスの成長しやすさを表しただけのものなので、才能値が高いからと言って即強くなるわけでもないが。
それにしたって落ちこぼれ扱いとは、限度というものがあるだろうに。
そんなこんなで、あっという間にスライムを討伐し終えた俺たちは、コアだけ回収して王都に戻った。
ギルドにつくと、出発した時と同じ受付嬢さんがクエストを処理してくれるようだ。
しばらく薬草と、スライムのコアの確認をしていく。
ちなみに受付嬢さんの名前はミリアというらしい。
素敵な名前だ。
それとなく話を聞こうとすると『ちょっと今鑑定中ですので静かにしててください』とにっこり笑顔で窘められた。
しにたい。
しばらくして、鑑定が終わったようだ。
魔法で動くらしいパソコンのような何かに数値を入力し、信じられないといった表情を見せる。
「すごいですね。新人の薬草採取となると少しくらいは粗悪品や雑草が混じるものですが、全て良品です」
「そうですよね! カイさんがほとんど全て見つけたんですよ!」
イズミがなぜか誇らしげにそう言った。
まあかわいいので良しとする。
「そうなのですか? カイさん、もしかして他のギルドで働いたことあったりします?」
「まあ、そんなところです。でも低レベルのところでしか通用しませんよ」
褒められるのは悪い気はしないが、薬草採取で有名になっても困る。
俺は戦闘がしたいのだ。
イズミの戦い方も予想以上に様になっていたし、明日からはきちんとした討伐クエストを受けてもいいだろう。
「サブクエストもきちんと消化していますね。ギルドとしてはこういった案件にも手を抜かずこなしてくれる人材は貴重です。報酬には色をつけておきますね?」
「いいんですか?」
「冗談です。規定通りに計算したら色つけたみたいに高額になったので、言ってみただけですよぉ」
「なるほど」
いたずらっぽく笑うミリアさんから報酬金を受け取る。
薬草採取は、低レベル冒険者のために難易度の割には高額な報酬が用意されている。
それにサブクエストをきちんとこなし、メインの薬草も全て状態が良いためか、はじめてのクエストとは思えない額をもらえた。
「今日は彼女さんを良いところに連れて行ってあげるんですよ?」
「かっ」
「もちろんです」
瞬時に顔を真っ赤にして慌てるイズミがかわいかったので、思いっきり肯定しておいた。
†
さっそくデートである。
神知識により、王都のグルメスポット及びデートスポットは大体網羅されている。
ホント良い仕事しますわ。
さす神。
俺はそのラインナップから、王都の名物料理が食べられる洋食屋さんをチョイスした。
味もさることながら、あまり気取っていないナイスなお店だ。
「わ、あったかくて、おいしい……。こんなにおいしい料理、はじめて食べました……」
「でしょ。料理もすっごくおいしいし、何より店員さんの感じが良くて居心地良いんだよね」
気取った感じの店はどうにも苦手だ。
せっかく神様がまとめてくれたものだが、たぶんそんなに行く機会はないだろう。
「あの、ところで、ですね。さ、さっきの、か、かかか彼女さんって、その……」
料理を堪能し、食後のお茶を飲んでいるところで、イズミがおずおずと切り出してきた。
「否定した方が良かった?」
「え、え? そ、それはその」
「でもみんなそう思ってるよ? 高名なPTからの誘いを断ってまでPTを組んでいるからね」
「にゃ!?」
イズミは驚いているが、当たり前のことである。
『私、この人って決めた人がいますので!』
『ごめんなさい、私、ある人に恩返しをしなくちゃならないんです』
『え? 違いますよぅ。ただ、一方的に私が……。あ、いえ、なんでもないですよ!?』
なーんて台詞で断っているのだ。
今頃、ギルド内は大型新人の登場と、その男の話で持ち切りだろう。
……夜道には気をつけなくちゃなぁ。
イズミには、もうちょっと自分の行動がどういった意味を持つのか自覚してもらいたいところだ。
明日はすぐにクエストには向かわず、ギルドホール内で情報収集という名の冷やかしを受けてもらおうか。
「そういえば今夜の宿屋だけどさ。一緒のところにする?」
「うぇええええ!?」
大げさに驚くイズミ。
ほほん、なるほど。
同じ宿屋に泊まろうか提案したつもりだったが、一緒の部屋に泊まろうと言われたと勘違いしてるのか。
面白そうだしちょっとからかってみよう。
「別に変なことではないでしょ? 冒険者同士、暗いダンジョンの中で寝泊まりすることもある訳だし。ましてや一緒にPTを組むって言うんなら、さ。普通は一緒に寝泊まりするもんだよ」
「そ、そうなのですか?」
「そうそう。あ、もしかしてイズミの住んでいたところだとそういう風習はなかったかな? でも王都では常識だよ?」
「じょ、常識……。冒険者として……?」
「うんうん」
「え、えっと。その。あれ? でも……。そんな、まだ私、こういうのはもっと、こう、挨拶とか? しなくちゃ」
いい感じに混乱しているようだ。
このまま押し切れば普通にいけそうだな。
さすがに信頼関係に関わってくるから、しないけど。
「冗談だよ」
「ええええ! ひ、ひどいですよ!」
イズミはまた別の意味で顔を真っ赤にして怒り出した。
ぷりぷりと、私不機嫌ですよとアピールしている。
かわいさしか感じないので、逆効果になっているが。
「ごめんね。お詫びに今度、他のおいしい店紹介するからさ」
なにせ王都にあるすべての飲食店の知識が俺には備わっている。
この店を紹介したのが余程効いたのか、そのひと言でイズミの態度は一瞬で軟化した。
チョロい。
ちょっと……いや、かなり心配になってくるほどチョロかった。
ホント、悪い人に引っかからないようにしてね……?
俺はこの子の自衛力を高めることを当面の目標にしようと固く誓った。
結局その日は同じ宿屋の別の部屋に泊まり、初日の冒険の疲れを癒したのだった。