冒険者ギルド
護衛代わりに少女と共に町に向かうこと数十分。
ようやく見えてきた城壁に、少女は安堵のため息をついた。
俺としても、そう離れていなくて助かった。
この世界の風景や生き物を適度に観察することもできたし、神様マジGJ。
「そういえば、名乗っていませんでしたね。私はイズミ。黒猫族と人間のクォーターです」
ということは人間の血の方が強いのか。
確かにどんくさかったもんな。
その分魔力的素養はかなり高くなるかもしれない。
「まあ、カイとでも呼んでくれ」
ちなみに口調は普通に戻っている。
紳士的な感じで行こうとしたが失敗したので仕方がない。
「本名じゃないんですか?」
「あだ名みたいなもん。その方が落ち着くんだ」
ここでは俺の本名を知るやつはいない。
墓場まで持っていこう。
俺はそう固く決意した。
門の目の前にできた行列に並ぶ。
王都に入るのは比較的簡単だ。
なぜなら、犯罪歴や危険思想などを持つ人物を判定する魔法があるからだ。
俺は神知識から正当防衛がかなり幅を効かせているのを知っていたが、若干ビクビクしながら検査を受け、検問官から不審な目を向けられたが、特に問題なく町に入ることができた。
「あの……ありがとうございました! 本当に助かりました」
イズミが黒の猫耳をしゅんと萎ませ、礼儀正しくお辞儀をした。
なかなか……いや、とてもかわいい。
このままちょっとお持ち帰りしたい気持ちになるものの、さすがにそれは異世界でも共通して犯罪だ。
「いや、目的地は一緒だったからね。それに盗賊は俺が呼び込んだみたいなもんだし」
「それでも、です。途中本当に心細かったので、話相手になってもらえて嬉しかったです」
あまり護衛としては機能してなかったようだ。
それでも、気の利いた話など全くできずほとんど彼女が話しているだけだったが、そう言ってもらえるのはありがたい。
良い子やよなぁ。
今度は悪い人に目を付けられないようにするんだよ。
あーもふもふしたい、もふもふ。
それくらいなら頼めばヤらせてくれるかな?
「ところで、イズミは王都のどこへ行くんだ? 俺は冒険者ギルドに行こうと思っているんだが」
「え、奇遇ですね! 私もなんですよ!」
「へえ。何か依頼でもするの?」
「いえ、私、冒険者を目指しているんです!」
「へえ」
へえ、そうなんだ。
ボウケンシャヲメザシテイル、ね。
うんうん、なるほど。
ええええ……。
俺は予想外の言葉に、隣で慎ましやかな胸の前に両手のこぶしを握り締め、ふんすと息を荒くした少女を見た。
数十分前、あの程度の獣人に腰を抜かしていた人物の発言だとはとても思えない。
だが、確かに少女の身に着けた服装は冒険者用の、戦闘に耐えられる丈夫なものだった。
「まあ、その……がんばってね」
「はい! がんばります! とりあえずギルドまでは一緒に行きましょう!」
「そうだね」
ふんすふんす。
いまだに鼻息の荒い少女を連れて、俺たちは冒険者ギルドに向かったのであった。
†
「冒険者ギルドへようこそ!」
ドアを開け放った瞬間、明るい歓迎の声が聞こえてきた。
もう声だけ美人さんだとわかる。
俺、声フェチなんだよね。
声の聞こえてきた方に視線を向けると――完璧だ。
美人で愛想が良くてまさに受付してますって感じの完璧な受付嬢がそこにいた。
もしかしてこのあと、例のイベントが起きてしまうのではないかと、そう予感させる。
俺は足早にその受付嬢の前に移動し、爽やかな笑みを浮かべた。
それを見た受付嬢は若干顔を引く。
あ、死のう。
俺は後ろから心配そうにイズミが声をかけてくれるまでフリーズしてしまった。
もうお家に帰りたかったが、帰る家もなかった。
さすがに無一文のまま帰る訳にはいかないので、登録手続きを進めてもらう。
「あの、冒険者として登録したいのですが」
「はい。門で発行した犯罪歴表はありますか?」
「これですよね」
王都にいる間はこれが身分証代わりになる。
ちなみに何か犯罪を犯すと自動的に犯罪歴に記載されてしまうことになる。
軽微な犯罪であればきちんと償えば消去することもできるらしいが、神様が言う以上に悪いことのできなさそうな世界だ。
もちろん、するつもりはないが。
「確認しました。冒険者ギルドでは、登録する前に、この【才能の水晶】で潜在能力を計らせていただいております。詳しい説明は必要ですか?」
「一応お願いします」
神知識により理由は知っていたが、お願いする。
地の文で説明するのもなかなか疲れるのだ。
「承りました。この【才能の水晶】はその名の通り才能……これから皆さんが冒険者になってからどれほど能力値が上昇するかを簡単に計るものです」
「その人が限界まで魔素を吸収した時に強化されるであろう能力値をE~Sの6段階で暫定します。この才能値は生涯においてほとんど変わることがありません」
「つまり、ギルドとしてはある程度の才能値を持たず、将来性の見込めない人には登録をお断りすることもある訳です」
そう、才能値は基本的に変わらない。
人の死……生涯が決まっているということを聞いた今は納得できる話だった。
この才能値と犯罪歴表があるため、どこの馬の骨ともわからない冒険者を積極的に受け入れ、サポートすることができるのだ。
「ですが、安心してください! ヒューマンは基本的に魔術的な才能値が高く、クラスに依存しない種族スキルが非常に豊富なんですよ! 滅多なことでは審査が弾かれることはありません!」
フラグかな?
でもまあ、先程軽く魔法を使ってみた限りでは問題はなさそうだった。
「大丈夫です。審査を進めてもらってもいいですか?」
「はい。それでは水晶に手をかざしてください」
俺は促されるまま利き手を水晶にかざした。
すると透明だった水晶が淡く光り、それが文字を形作っていく。
「おお……」
光の色は水色に近く、彩度の高い綺麗な色だった。
魔法を使う時以上の幻想的な光景に、改めて異世界にきたのだなぁと感動する。
そうしているうちに光は収まっていた。
「こ、これは……!」
はじまってしまうのか?
チートも特にもらえなかった俺が潜在能力で無双する物語が!
ステータス鑑定で受付嬢が驚くあのイベントが!
「運が最低評価のEですね……初めて見ましたよ」
「あ、それは分かってるのでもういいです……」
現実は非情だった。
俺の運のなさがステータスからも証明されてしまったようだ。
「で、でもそれ以外はヒューマンの標準的な数値ですね」
受付嬢が教えてくれた数値は、それぞれこんな感じだ。
力B
守B
魔A
器A
素B
運E
「若干、ヒューマンにしては力が強いですね……魔法剣士という道もありますが……」
受付嬢が言葉を濁した。
その態度で恐らく不遇なのだろうなと察することができた。
スキルツリーを見る限りそこまで不遇には見えないが……。
古来より複合職というのは器用貧乏になりがちである。
「普通に魔法職で行きます。まずは黒魔法使いが良いですかね」
「無難ですね」
黒魔法使いは強力な攻撃魔法をいくつも覚えるクラスだ。
ついでに言えばヒューマンの種族スキルにある豊富な攻撃魔法も著しく強化される。
火力は大正義なのであった。
「ところで、そこの後ろにいる獣人の子はどうしますか?」
「あ、はい。イズミといいます。私も冒険者として登録しに来ました……」
「ヒューマンとのハーフですか?」
「クォーターです」
「わかりました。ではこの水晶に手をかざしてください」
「はい」
イズミは水晶に手をかざした。
すると水晶は俺がかざした時とは段違いの光量で輝いた。
「こ、これは……!」
はじまってしまうのか?
ステータス鑑定で受付嬢が驚くあのイベントが!
しかし現実は非情で――。
「なんですかこの才能値は! 獣人にしてここまで高くまとまっている人は歴史を紐解いても獣人の英雄グラファムくらいではないでしょうか!」
えぇ……。
「力A、守B、魔S、器D、素S、運EX……!? EXってどういうことですか! こんなの初めてみましたよ! 獣人なのに魔力がSっていうのも信じられないです……」
「え、え……そんなにすごいんですか? 私けっこう落ちこぼれだなんだって言われ続けてきたんですけど……」
「とんでもない! しかるべき教育と適切な魔素吸収を行っていけば英雄にだってなれる潜在能力です!」
「うぇえええええ、英雄ですか!?」
「確かに、まだレベルは低く才能の片鱗、その欠片も見えないかもしれません! ですが【才能の水晶】は嘘をつきませんよ!」
……へえ。
これで俺の運値Eが実はXが隠れていてEXという説はなくなったのか。
まあいいけどね、所詮運だし。
……なんか流れ弾当たってそのうち死にそうだから力も鍛えて魔法剣士目指そうかな。
「やっぱ俺、魔法剣士目指します……」
「え、いいんですか?」
「合わなかったらクラスチェンジすればいいだけですし」
興奮していた受付嬢が、俺の台詞に目を丸くして反応した。
「クラス……チェンジ?」
ん?
神様は常識に限定して知識を付与したんじゃなかったのか?
「ほら、クラスを変えることですよ」
「いえ、それは分かっていますが……そんなに簡単にできることではないですよね?」
「まあ、それはそうですが」
「クラスを変えたなんて記録、先程話に出た英雄グラファムや、一部の勇者だけにしかないですよ……普通の人はクラスチェンジなんてできません」
確かに、転職条件を神知識で思い出そうとしたが、すっぽりと抜けている感覚だけがあり無理だった。
神様め。
転職条件は自分で冒険しながら見つけろということか。
毎度のことながらなかなか粋なところをついてきやがる。
ぐう有能。
「例外として突発的にクラスを失った人達はいますけどね。どれも真似できるような状況じゃないですし、前に習得していたクラスのスキルは全て失っていたので意味はないかと……」
ということは、逆に言えば過去の英雄たちは複数のクラスを同時に習得できていたということか。
それを神様がおとぎ話の中の知識でなく、こうして常識の一部としてインプットしたということは、狙っていく意味があるのだろう。
全く無理だと思っているのと、実は抜け道がどこかにあると知っているのでは天と地ほどの差がある。
クラスチェンジできる、そのヒントがどこかにあると常に頭に入れて行動するべきだ。
こうして俺はスキルツリーを見て少し興味のあった魔法剣士を選択し、適当なクエストを選んでさっそく冒険に出ようとするのだが……。
「あのぉ……」
声をかけてきたのはイズミだった。
まあ、予想通りではあるが……。
「どうしたの?」
そう、先程のステータス鑑定で受付嬢が驚くイベントで今やイズミは引く手あまただ。
割と容姿も整っているし、若干どんくさそうなところも庇護欲をそそられる。
この町では高名なパーティからも、すでにいくつかから声がかかっているのだ。
そしてそんな有名な方々から、若干とげとげしい視線が突き刺さっている。
「あ、あのっ。私と一緒にPTを組んでもらえませんか!?」
うん、この世界の住人は大体期待を裏切らなくていいね。
俺としてはありがたい提案だが、それが彼女にとって最善だとは思わない。
すでに他PTからの誘いは蹴ってしまっていた。
なんてもったいないことを。
今の彼女は盗賊から救ってもらった俺に対してあこがれのようなものを抱いている。
願わくば一緒に冒険して、少しでも恩返ししたいと考えているようだ。
そして冒険を続ければ、彼女は気付くだろう。
獣人の盗賊を撃退したあのちょっとした事件について。
ヒューマンの冒険者であれば誰でも比較的簡単に解決できることだと。
彼女のように才能のある人間ではないのだと。
それまで、わずかな時間でも付き合うのも悪くないかもしれない。
「もちろんオッケーだよ。仮PTを組んで初心者用のクエストを一緒に攻略して、まずはランクをあげよう。そのうえで気が合うようならPTを正式に組めるといいな」
「はい、ありがとうございます! えへへぇ……」
それに、ここで断ったら断ったで、周囲から向けられた視線の主から何されるかわかんないし。
隣でほっとしたように、そして楽しそうに笑うイズミを見ながら、俺は早くも寂寥感を覚えてしまうのであった。