21話「歩み止められぬ者達1」
餓鬼の魔石が完全に消滅した瞬間ダンジョンが動いた。
餓鬼の屍を吸い始めたのだ。
「ッ!、おい!何でだ!?吸うな!止めろォ!」
レイジは咄嗟に餓鬼をつかみ、ダンジョンの吸収に逆らった。
だが、その努力もむなしくダンジョンは餓鬼の屍だけを吸収した。
「........クソ!」
ガッ!、と強い音が鳴った。
レイジは晴らせない怒りを、沸き立つ悔しさを拳に乗せ地面を殴った。
自分を罰するかのように何度も、何度も拳を打ち付けた。
次第に拳は腫れ上がり、血が滲み始めた。
「...が...き.....」
「.....(フルフル)」
「もう...もう...やめて下さい....」
レイスの呟きも、ファントムの沈黙も、パンドラの嘆きもレイジには聞こえなかった。
ただ、ただ自分の無力を何かにぶつけ続けた。
「もうやめて下さい!」
見かねたパンドラがレイジの拳を両手で包んだ。
「お願いです...もうやめて下さい...。これ以上...ご自分を責めるのは...やめて下さい...」
「でも...ッ!」
パンドラの必死の嘆願にレイジは振り返った。
「ひぐっ....」
振り向いた先には涙をこぼさないよう必死に我慢し、顔を歪めたパンドラがいた。
周りを見れば顔を覆うレイス、俯いて微動だにしないファントムが見える。
「私だって...私だって悲しいんです...。私は貴方様達ほど彼の方と接した時間は長くはないです....」
パンドラは涙ををこぼさないよう語り始めた。
「でも...でも!彼の方の勇姿に、忠誠に、幸福に...私は...私は憧れたんです!」
パンドラの頬に一粒の涙が伝った。
「貴方様の隣で戦っていた姿が! 貴方様の盾になり活躍した姿が! 最後に送られた貴方様の言葉が!...私は...私は...とても憧れ...羨ましいのです!」
一粒...また一粒と溜まっていた涙は流れ始めた。
「...だから...これ以上、貴方様を責めないで下さい...。彼の方を辱めないで下さい...!
ぐすっ...お願い...です...!」
レイジにはパンドラの、魔物の価値観がわからなかった。
でも...それでも、レイジには自分の行動が餓鬼を侮辱しているのかもしれない、それだけは伝わった。
だからーー
「....わかった」
ーーレイジは立ち上がった。
「...帰るぞ」
「...はい」
「う...ん」
「(コクリ)」
レイジ達は広場を後にした。
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最下層、レイジが目覚めた場所にたどり着くとゼーレがレイジ達に気づいた。
「...!お帰り!」
ゼーレは小走りでレイジの元へ駆け寄った。
「ッ!ファ、ファントムちゃん!」
ゼーレはファントムが右半身を失っていることに気づいた。
「大丈夫!?」
「(コクリ)」
「そ、そう?でも、後ですぐに傷治すんだよ?」
「(コクリ)」
そして、パンドラを見ると満面の笑みを見せた。
「...で、お兄ちゃん、その女...だれ?」
それはどことなく鬼を彷彿させるような、そんな笑ってない、乾いた、冷たい笑みだった。
「あ、ああ...こいつはパンドラだよ。階層主にいただろ?」
「え!?本当!?」
「私はパンドラと申します。種族名ではなく実名です。以後、よろしくお願いしますわ」
驚くゼーレに、パンドラは少々硬いが笑顔を作り、ドレスの端を摘んでお辞儀した。
「ふーん、そっかぁ。まさか女だったか...ま、お兄ちゃんが約束守ってくれたんだしいっか」
ゼーレは1人小さい声で納得の結論を出した。
しかし、その呟きは誰にも聞こえなかった。
そして、ゼーレは再度周りを見渡した。
「...あれ?....餓鬼は?」
そして、行きとの違いに気づいてしまった。
「「「「ッ!」」」」
その一言に、全員が身を強張らせた。
「....」
「お兄ちゃんどうしたの?...わかった!重くて帰り大変だから置いてきちゃったとか?
もう!ダメだよ、餓鬼もかわいそうだからすぐ迎えに行こ?ね?」
「....すまん」
「え?...何で急に謝るの?ちょっとビックリなんだけど」
「...本当にすまん...餓鬼は...」
そう言ってレイジはこれまでの顛末を話し始めた。
パンドラとの戦いを、マルコシアスとの激闘を、最後に見せた餓鬼の姿を、全て話した。




