大ネズミが現れた
「なんだか、思っていたよりも歩きやすいですね」
ダンジョンと言うと洞窟タイプでぼこぼことした道をイメージしていたのだけど、周りはともかく通路に関しては舗装された道路のように平らで歩きやすかった。
「意外だろう?だがなダンジョンっていうのはどういう訳かこういう風に人が活動しやすいようになっているんだ。道は歩きやすいし、ダンジョンに出てくる敵は上にいる敵は弱く、階層を下るほどに強くなる、更に上の階層では敵は1種類しか現れず毒等の特殊な能力も持っていない」
「まるで人間に使ってほしいかのような至れり尽くせりだね」
私の言葉に雄兄は頷くと
「実際に使ってほしいのかもしれないぞ」
と言うと、ついてきてくれと言って歩き出す。
5分ほど歩くと開けた場所に出て、真っ赤な石を載せた石の柱ときれいな水を蓄えた池と、柔らかそうな草の生えた広場があった。
「雄兄これって?」
その場所はダンジョン内にあるには随分と違和感のあるところだった、少なくとも過疎化の進んだ地元の公園よりはしっかりと手入れがされていて綺麗に思える場所だったし。
「ゲーム的に言うならセーブポイントだとか回復の泉と言ったところなのかね、そこにある赤い石に触れると青くなり、この広場の中にモンスターを寄せ付けなくなるんだよ、池の水は水道水よりも安全で旨いぞ」
飲むか?と言って自分用のコップに水を汲むと私に渡してくるので、それを受けとり僅かに口に含む。
よく冷えたその水はほのかに甘みがあり、それでいて後味はすっきりとしていてくどさがなく、どれだけでも飲んでいたくなるような旨さを持っていた。
「確かにおいしいです、でもこんなおいしい水をなんでダンジョンの外に持ち出さないんですか?」
私がコップを雄兄に返すと、北原君に飲むか?と聞いて断られていた。
「それについてはモンスターを倒してから説明しよう、言葉で言っても理解しがたい現象だからな、それじゃあ、改めてダンジョン探索を始めようか」
雄兄の言葉に私は自分の疑問を一度胸に収めて雄兄に近づく、答える気がないわけではないようだし、モンスターを倒せば答えてくれるというならすぐにその答えを聞くことが出来るだろうしね。
それから5分程度歩くと雄兄が足を止めるとそれに遅れて、グルルという獣の唸り声が耳に届く。
「あれがこのダンジョンの1階に生息するモンスター、俺達は大ネズミと呼んでいるな」
そう言う雄兄の視線の先には、中型犬くらいの大きさのネズミが唸り声をあげていた。
「ネズミって唸り声上げるんだ……」
「いや、おっさん気にする所はそこじゃないだろ」
私が思わず声を上げると、北原君が突っ込んでくる、ぎりぎりとは言え10台から見れば20台後半の私はおっさんになるらしい。
「まぁ、見た目はネズミだけどモンスターだからな、その辺もまた違うんだろうよ」
雄兄は私達の会話を聞いてわずかに笑みを浮かべるが、すぐに顔を引き締めて。
「それじゃあ、俺があのネズミを押さえるからまずは太郎がとどめを刺すんだいいな?」そう言って、ネズミに向かって走りだす。
自分に向けて走ってくる雄兄に勢いよくネズミが飛びかかる、飛びかかられたのが私なら対処が難しいであろう速度だが、さすがは自衛隊のダンジョンアタックチームというべきか、飛びかかってきたネズミの尻尾を雄兄は掴み、そのまま地面に押し付けるとその背中を踏みつけて動きを封じた。
「流れるような動き、びっくりだね」
「とはいえ思ったほど速くはなかったな、正直自衛隊のダンジョンアタッカーっていうくらいだからもっと目に見えない速さで敵に飛びかかるかと思ったのに」
北原君の言葉に後ろにいたキララ嬢もうんうんと頷き、三橋さんも態度には出さないが同じことを思っていそうな気配がある。
「別にレベルが上がったからと言ってゲームみたいに二人、三人と分身したり、そいつは残像だみたいな事できるようになるわけじゃねえよ」
三人の言葉が聞こえたのか雄兄が苦笑し私達の方を見る。
「いいか、身体能力が高くなったからってどれを万全に使いこなせるもんじゃないんだよ、仮に俺のレベルで得たステータスでそういう事が出来るとしてもな、現状の俺は運転が不慣れな人間にスポーツカーを渡したような状態で、そのスペックを完全に使いこなせてないんだよ」と雄兄が説明する。
現在単距離走の記録は人間がレベルを得てからも劇的に記録が更新されてはいない、踏み込む力と踏み切る力を強くするだけとわかっていても、長い間人間として生きていた常識が邪魔をしてそれを行うのは難しいらしい。
言うは易し行うは何とかっていうあれである。
逆に中距離や長距離はペース配分を考えずに全力で走るだけでいいので記録更新はハイペースである。
その為、レベルを上げた人間の記録を公式記録として扱うか扱わないかで議論が起きたりもしたらしい。
「ま、それはともかくさっさとこのネズミを倒してやってくれ、いくらモンスターとは言ってもいつまでも死の恐怖を味わわせるのは可哀そうだろ?まぁ、こいつらに感情があるのかわからないけどな」
雄兄に言われ足元でじたばたともがいているネズミの事を思い出す。
そういえばネズミを捕まえてくれていたんだったな、と思い出し剣を構えて雄兄の方に向かう。
最初捕まえた時はうつぶせで押しつぶされていたネズミだったが今は右側を地面に押し付けて拘束されていた。
「この方が首を斬りやすいだろう?」
私はゆっくりと剣を振り上げるとモンスターの首へと振り下ろす、素人の振り下ろしなので一発でうまく首に決まらないかとも思ったが偶然にもきれいに首筋に当たり、そのままモンスターの首を切り離した。
コロコロと転がったモンスターの首を見ても私は特に何も思うことなく、転がっていくネズミの首を眺めていた、生き物を殺したにしては薄い罪悪感に私が戸惑っていると。
「モンスターを殺した事に罪悪感を覚えないことに困惑しているのか?」
雄兄の言葉に私が頷いていると
「どうもこのダンジョンの中だとモンスターを殺すことに罪悪感を覚えなくなるようだ」
雄兄の言葉に私以外の人間も嫌悪感を覚えていなかったのだろう。疑問が解けたという顔をしている、多分皆も罪悪感は覚えていないのだろう。
「なんか寝る前に飛んでいる蚊をつぶす程度の罪悪感しかなかったからなぁ」
私が異常なわけはなくダンジョンのせいでいいのかなぁ……
「さっきの休憩所のところでも言ったけどどうもダンジョンを作った存在は俺達にダンジョンを攻略させたがっている、その時にモンスターを殺す事に対して罪悪感を抱くようではいつまでも先へと進めない、だからその罪悪感を薄くした、そう考えるとつじつまが合うと思わないか?」
「地球のサブカルや日本人の事をよく知った人間が作ったみたいにかゆい所に手が届く設定だね」
「案外作ったのは日本人なのかもしれねえっすね」
北原君が冗談めかしてそう言うと、キララ嬢は馬鹿にしたような目で北原君を見つめているが私は意外にその考えは馬鹿にできないんじゃないかと思ってしまった。
それくらいこのダンジョンは、私達に都合がいいのだから……