冒険者ギルド
「何やってるのよ貴方達……」
彩音嬢によって無理やりリンゴを食べさせられたエリカ嬢は深く溜息をついて、小言を言っている、おかしい何故私まで。
「止めなかった全員同罪です、わたしが助けてと言っても見て見ぬふりをしましたよね、とくにセバス!」
エリカ嬢は、わたし怒っていますよと言う態度でセバスさんに睨みつける。
だが睨まれたセバスさんは飄々とした態度で
「お嬢様と彩音様があの様に戯れるのはいつもの事ではないですか、あのような事があるたびに仲介に入っていては私は仕事ができなくなってしまいます」
そう言って頭を下げるセバスと、それを見て確かにと笑う彩音嬢。
そんな二人の態度に腹を立てたエリカ嬢は、私の方へと早足に近づいてくると
「もういいです、行きましょう太郎さん次はネズミ相手に解体の実験です」
エリカ嬢は一人でずんずんと進んでいく、私はそれを追いかけるが、私以外誰も追いかけてこないので不思議に思い振りかえると、私の後ろにいた雄兄が肩を竦めて
「あのお嬢ちゃんも太郎と同じレベル10だからネズミ位一人で倒せるから急いで追いかける必要とかはないぞ」
私達がゆっくりとエリカ嬢に追いつくと、エリカ嬢は胸の下で腕を組んで私達を待っていた。
「遅いですよまったく、さぁ太郎さん!ネズミに解体を使ってみてもらっていいですか?」
エリカ嬢はそう言って自分で倒したのであろうネズミを私に手渡してくる、私は思わず雄兄の方を見るが、雄兄も私の方を見ていた。
「どうしました、もしかして、太郎さんが倒したモンスターにしか解体が使えないのですか?」
エリカ嬢は不安そうにこちらを見てくるが、どうしたものかと思っていると雄兄が咳払いをする。
私の代わりに事情を説明してくれるようだ。
「太郎の解体の効果が及ぶのはモンスターを倒してから一定時間が経つまでなんですよ、多分モンスターを倒した後も残留魔力のようなものがあり、それが残っている間しか解体は効果を発揮しないんです」
雄兄の言葉を聞いたエリカ嬢は彩音嬢の方を高速で振り返ると、彩音嬢は、手をぽんと叩いて、てへっと笑う。
「どういうこと、私はそんな情報もらってないんですけど?」
「いやー、総理が、エリカに全部の情報を与えるのも面白くないからって言ってねー」
二人がそんな風にじゃれあっているのを私達は3人で見守っていたら、セバスさんが私に話しかけてくる。
「佐久間様は何故解体のスキルを取得する事を決めたのですかな?」
「えっと、どうしてそのようなことを?」
「いえ、佐久間様もご存知の通り、政府は解体スキルについて隠しております、それを取得する事で受ける不利益は説明を受けておりますよね?その上で選んだスキルの取得を決めた理由をお聞きしたくて」
確かに私は解体のスキルを取得する際に色々と口止め等をされている。
何故そこまで解体スキルを隠すのか尋ねた私に、総理は冒険者を不用意に増やさないためだと説明した。
現在日本政府は冒険者ギルドの設立を考えている、それを運用するのが明智嬢の実家であり、その運営に国は助力をしないということで話がついているらしい。
解体スキルがなければ、モンスターを倒したことで得られるのは、魔石一つだけである、魔石の買取価格利益を出すことを考えると、一つ100円程度になると考えているとのことだ。
ネズミ1匹を倒して魔石1つを手に入れる、5人パーティーを組んでいるならネズミ1匹当たり20円である。
5人組のパーティーが月100万稼ぐためには、月に1万匹のネズミを倒す必要があり、さらに戦う事で消耗する武器や衣服等の消耗品の経費もかかる。
しかもこの魔石100円というのは、最初だけだ、ギルドは民間企業の為、利益を出す必要がある、1人当たり2000個の魔石を算出し続け、ギルドに在庫があふれるようになれば更に魔石の価値は下がる。
冒険者になりたいと叫ぶ者のほとんどは失業して1次産業に無理やり就かされた人達だ。
彼等は冒険者になり、ダンジョンに潜る事で大量の収入を得る事が出来ると考えているためにダンジョンに潜りたがっている。
だが、ダンジョンに潜ってもお金にならないとなればどうだろうか?レベルを上げることだけを目的にダンジョンに潜る人間は少ないだろうと考えられる。
レベルを上げるものが少なくなればレベル持ちの人間による被害は少なくなる、だから解体のスキルの詳細を公表する事はしない、そう説明を受けた。
もちろん海外から流れてくる情報を完全に排除することはできない、だからこそ総理の小尾さんは特別に与えられたスキルを使い、解体の取得可能人数を私一人に制御したらしい。
余談だが、総理の特別なスキルは支持率によってできる事が変わる為に現在出来る事は少なくなっていると説明を受けた。
何故私かについては、私が独り身だからという点が1つと、私が雄兄を尊敬しているからだと、雄兄からドヤ顔で説明を受けた。
総理を含めて、政府の上層部は人間の心を信じていないらしい。
仮にスキルを持っていない時は品行方正でも、力を得れば変わる人間はいくらでもいるからだ。
その為に、心変わりを起こした時に殺しても問題になりにくい独り身の人間であり、またもし自分が解体スキルの情報を不用意に公開した時、推薦者が処分されるということが心理的なストッパーになる人間ということで私が選ばれたらしい。
「政府はなぜそれほどに冒険者が増えることを恐れているのでしょうか?」
「そりゃあれだ、一度レベルを上げたら下げることができねえからだな」
「そうですね、今後冒険者が問題を起こしたとき、世間の世論がどうなるのか、予想ができないんです」
雄兄の言葉にセバスさんが続ける、世論?
「例えば、殺人事件を起こした犯人が暴力的なゲームを多くプレイしていたら、ゲームが悪いという論調が出るだろう?それと同じで冒険者が凶悪な事件を起こしたときに他の冒険者まで犯罪者予備軍のように見られる可能性がある」
「そうなった時にレベルを一度上げてしまった人間は冒険者をやめたいと言ってもやめることができないんです、ですが、今この時にそんなことを言ってもほとんどの人はそんなことを想像しません、ですから想像できる立場の人間が抑制する必要があります」
たしかに、一度レベルをあげて冒険者になってしまえば、たとえレベルが1だろうと同じ冒険者扱いを受ける可能性は高い。
だからこそ、安易に冒険者を増やさないようにしているのだ。
「だから、ダンジョン探索が金にならないのは政府としては望むところなのさ、金にならないならダンジョンに潜らないっていう人間は一定以上いるはずだからな」
雄兄の言葉にセバスさんも頷き、僕の方を見て
「ですが解体のスキルがあると魔石以外にもお金になる物を持ち帰る事が出来るようになります、そうすると、冒険者の数が増える可能性があるんです」
セバスさんの言葉に違和感を覚える、可能性?私が悩んでいるとセバスさんは言葉を続ける。
「そうです、もし、佐久間さんが冒険者から、「ダンジョンで取れた肉だキロ1000円でいいぜ?」と言って商談を持ちかけられたら買うでしょうか?」
私は少し考えて、多分買わないと首を横に振る。
安全面等いろいろと考えると多少安くてもダンジョン産のモンスターの肉はちょっと私はお断りである。
「佐久間さんはそう考えるかもしれませんが、買う人間というのは一定数いるものです、そういう人達相手に解体スキルでお金を稼げる…かもしれないので解体は一般には公開しないスキルのようですね」
「ちなみに解体だけじゃなくて、演説だとかのスキルも禁止対象みたいだな、こっちは完全に禁止スキル扱いで誰も取得できなくなっているらしい」
主に人の精神に強く働きかけるスキルは基本的に禁止されているらしい。
「こほん、話が反れてしまいましたが、どうして佐久間様はそのようなことを知りながら解体のスキルの取得を行ったのですか?」
セバスさんが改めて私に問いかけてくる、そういえば最初はそういう質問だったっけ。
「簡単ですよ、自衛隊の支援付きでダンジョンの奥に侵入させてもらえるのが私には魅力だったんです、ここで断れば私がダンジョンの奥に入る機会は2度と巡ってこないでしょうから、と言っても決心できたのは最近なんですけどね、若い子二人にいい影響を受けまして」
私の言葉にセバスさんは困ったような笑みを浮かべて、お嬢様と同類ですかと呟いた。
感想で良く聞かれるどうして冒険者を増やさないのか?についての作者なりの考えです。