ダンジョン29話
主人公は(ちょっとだけ特殊な趣味を持った)普通の人です
私達5人は現在ダンジョンの1階層にある休憩地点に来ていた。
1階層の休憩地点にあるのは、柔らかく茂った芝生と、綺麗な水をたたえた池、そしてそこから少し離れて奥まった所に2メートル程の高さの果樹が生えている。
「それでは佐久間さん、まずは【鑑定Ⅰ】の効果が及ぶものを教えてください」
長く伸ばした前髪で目元を隠した彩音嬢が、私の方を向く。
私は頷き、【鑑定Ⅰ】のジョブスキルを使って周囲を見渡す、すると私の視界の中にいくつかの〇が現れる。
この〇であるものが私の【鑑定Ⅰ】の効果が及ぶものだ、私はまず、池を鑑定上に浮かんだ〇を選ぶことを意識すると、私が持っているノートパソコンで立ち上がっていた鑑定アプリによって画面上に池の水のデータが表示される。
分類・水
飲食・可能
毒 ・無
魔力・ 2
効果・なし
必要・調理
これが私が鑑定した事によって表示された池の水のデータだ、私の手元のノートパソコンをのぞき込んでいた彩音嬢は、ふむふむと頷くと
「やっぱり多少だけどデータが違うんだね……調理師が【鑑定Ⅱ】のジョブスキルで鑑定した時は、もっと違うデータが出たっていう報告があるし」
そう言って表示されているデータをより詳しく確認する為に体を密着させてくる。
彩音嬢に渡せばいいと思うかもしれないが、それができないからこんなことになっているのだ、残念ながら、【鑑定】系のジョブスキルを使う時、データが表示されるのは、スキル使用者が持っているものだけなのだ。
今回で言えば、今私がデータを出力しているパソコンを彩音嬢に渡して、私が【鑑定Ⅰ】を使っても、出力先に使えるのは、私のスマホか、MP3プレイヤーなのだ。
「ありがとう佐久間さん、次は果樹になってる実に【鑑定Ⅰ】を使ってもらえる?」
水のデータを眺めていた彩音嬢だが、水に関しては満足したようで次に果実を頼まれた。
私は彩音嬢の言う通りに、リンゴの様な果実を眺めて【鑑定Ⅰ】を発動させる、表示されたデータはこんな感じだ。
分類・果実
飲食・可能
毒 ・無
魔力・70
効果・なし
必要・調理
並んでいるデータの種類は先ほどと同じだ、ただ水と違ってリンゴは魔力が70もある。
先ほどと同じように彩音嬢がデータを見て、ふむふむと頷き
「ここまでは、もらったデータでも確認できている事、大事なのはここからね、まずはセバスそのリンゴを樹からもいでくれる?」
セバスさん(ここまでの道中で瀬戸さんから、セバスと呼んでくださいと頼まれた)は、言われた通りにリンゴをもぎ、それを彩音嬢に渡す、彩音嬢は礼を言うと、そのリンゴを私に向けると
「さっきと同じリンゴだけど、【鑑定Ⅰ】を使ってもらってもいいかしら?」
そう言って私に渡されたのは先ほどまで【鑑定Ⅰ】を使っていたリンゴだ、私はリンゴに【鑑定Ⅰ】を使うそうすると先ほどと同じデータが表示される。
ただ一つだけ違うのは魔力の数値で、70あった数字が0になっていた。
彩音嬢は表示された数字に対して驚いたりはしていない事からここまでは予想通りだったのだろう、次は私に【鑑定Ⅰ】を使った後に〈解体〉を使って果実を取ってきてほしいという。
私は【鑑定Ⅰ】の結果が先ほどのリンゴと同じになるものを探し、魔力が70のリンゴを見つけたので、そのリンゴの生えた木の枝に触れて〈解体〉を使い、リンゴを選択する。
果たして結果はというと、魔力の数値は67だった。
「やっぱり、〈解体〉のスキルを使ってダンジョン内の物を手に入れた時、本来減るはずの魔力が大幅に残る、だからダンジョン外にアイテムを持ち出せるのかしら?」
そんな彩音嬢の独り言にエリカ嬢は乗っかる。
「なら、〈解体〉で取得できた食べ物がおいしく感じるのは、失われるはずだった魔力が食べ物の内部に残っているからかしら?わたし達人間は魔力を美味しいと感じるのかしらね?」
その言葉に、彩音嬢ははっと息を飲むと、私が取ってきた魔力のこもったリンゴを一口かじり
「確かにおいしいわ、セバスその果実をボクに頂戴、齧ってみるから!」
彩音嬢がそう言ってセバスさんからリンゴを奪う彩音嬢、エリカ嬢は彩音嬢からリンゴを奪おうとするが、一足遅く、彩音嬢は小さく口を開けてリンゴを齧り
そのまま私達から距離を取って、口の中のリンゴを齧った形のまま吐き出した。
幸い、ゲ〇インになる事は避けられたようだが、戻ってきたが、いまだに口の中に何とも言えない味が残っているようで、池から水を掬って何度も口をゆすいでいた。
「……すごいまずいわ、少し舞い上がっていたのが冷静になれたわ……それじゃあ佐久間さん、次はその魔力のこもったリンゴをナイフで切ってもらえますか?あ、切るときに、ナイフとリンゴ両方に【鑑定Ⅰ】をかけて、魔力の動きを見たいのですが」
彩音嬢のお願いに私は少し眉をひそめる、今まで二つの物に同時に【鑑定Ⅰ】を使ったことがないからだ、そしてもう一つ問題がある。
「ナイフに【鑑定Ⅰ】使えないんだよね……」
私が申し訳なさそうに彩音嬢に言うと、大丈夫ですと言い
「私の予想なんですが、多分リンゴを切ったら少しの間だけナイフに【鑑定Ⅰ】が使えるはずです、恐らくですが【鑑定】系のスキルは、物質に宿っている魔力に反応するスキルなんだと思います」
そこまで言って一度言葉を切り、私の方を見る、それに対して私は続けてくれと頷く。
「なので、リンゴを切る事でリンゴの魔力がナイフに移れば【鑑定Ⅰ】のスキルが反応するはずです」
私は頷くと、リンゴをナイフで半分に割り、すぐにそれぞれに【鑑定Ⅰ】を使う。
パソコンの画面上に表示されたのは彩音嬢の予想通り、リンゴ魔力30、ナイフ魔力30という文字だった。
彩音嬢の考えた通り、リンゴを切った事で魔力が付着したのか、ナイフに対して【鑑定Ⅰ】を使う事ができた、その事に彩音嬢と、エリカ嬢が喜び抱き合っているが、そんな二人にセバスさんが呼びかける。
「お嬢様、彩音様、ナイフとリンゴの魔力の数字がどんどん下がっていますね」
セバスさんが言う通り、リンゴとナイフの魔力のところに表示されている数字が、25、20、13……と下がっていき、0になると同時にパソコンの画面に表示されたウィンドウが消える。
「ふむふむ、やっぱり【鑑定】系のスキルは魔力を持った物にしか使えないと、なるほどなるほど」
そう言ってメモを取りながら長い前髪で隠した視線をちらちらとこちらに向けてくる彩音嬢、私は目を合わせることなく、雄兄の方を見るが、彼は私達から離れてタバコを吸っていた。
次に私はセバスさんの方を見るが、セバスさんは、エリカ嬢と何か話しており、エリカ嬢も決してこちらに視線を向けない。
「それでー、佐久間さんにー、試してほしい事があるんですけどー」
彩音嬢がわざとらしく語尾を伸ばしながら私に話しかけてくる、私はもう一度周りを見渡して、生贄を探すが、誰も私と視線を合わせてくれない……
「な、なにかな?」
しかたなく私は彩音嬢の事を見て返事をする、だが私には既に分かっているのだ、この後に言われる事を。
「その魔力を失ったリンゴを食べてみてほしいんですよねー」
そう言われると思っていたよ!
「だがね、彩音嬢、君は知っているのだろう?【調理】スキルを持たない人間が切ったリンゴはまずい、すごくまずい、わかっているのにわざわざ食べる必要はないだろう?」
「確かにそうなんですけど、それはあくまで佐久間さんがダンジョン内で手に入れた物をダンジョン外で切った場合なんですよね、佐久間さんがダンジョン内で切った場合、また違う反応が起きるかもしれないじゃないですか、だからね?」
ね?じゃないが、私は手元のリンゴと、私に頼み込んでくる彩音嬢、確かに食べられないわけではない、ないが……
「ええい、わかった食べてあげようじゃないか!その代わり半分は彩音嬢、君が食べるんだ!」
私は手元の半分になったリンゴの片方を彩音嬢に渡す、彩音嬢は嫌そうな顔をするが、諦めたのかしぶしぶ受け取る。
「せーので食べましょう、いいですか、せーのを言い終わってからですよ、絶対食べてくださいね、食べた振りとかしたら呪いますからね」
私は彩音嬢の言葉に頷き、彩音嬢にも裏切りは許さないと視線で訴える。
「それじゃあいきますよ、せーの!」
私はリンゴに小さく齧り付く、歯ぐきから血が出そうなくらいの硬さのリンゴは、ぱりっという音をたてて割れ、小さな塊が口の中に転がってくる。
瑞々しい果実からは大量の果汁があふれ、口の中を潤わせ、口の中に転がり込んだ果実は舌の上を転がり、その味が舌の上に広げていく。
「うおぇ……まっず!」
横で彩音嬢がリンゴの塊を口から勢いよく吐き出し、池の水をコップで掬い口をゆすぐ。
そうまずいのだ、瑞々しい果汁も、新鮮なリンゴの果実も、舌の上に広がる味も、全てが絶望的なまずさなのだ、一つ一つもまずいが合わさる事で、そのまずさを増幅させるのだ。
彩音嬢は、口をゆすいだ後、壊れたようにまずいまずいと言いながら、何かをノートにメモしていた、その様子をみて、満足した私は、口からリンゴの果実を吐き出し、口の中に広がる味が無くなるまで水を飲み続けるのだった……
「ああ、不味かった、やっぱり不味かったじゃないか、彩音嬢」
私の言葉に彩音嬢も笑いながら
「いや、やっぱり不味かったですねー、実は不味いだろうとは思ってたんですけどね」
そう言って笑う。
そんな笑い合う私達を見て、雄兄は呆れたような顔を浮かべ
「なんで笑ってるんだ太郎、不味いってわかっててわざわざ食う事なかっただろ?」
「いやー、でも雄兄、実際に食べてみないと分からないじゃないですか、そして実際に食べてみたら予想以上に不味かった、これが笑わずにはいられないじゃないですか、無駄な苦痛を味わったんですよ?」
私がそう言って笑うと理解できないと言った顔をする雄兄、たいして、彩音嬢は、私に対して何度も頷き
「そうですよねー、いやー、私も一縷の望みにかけたんですけどねー、それでも駄目でしたよー」
笑いながらエリカ嬢に近づいていく彩音嬢、危険を感じて逃げるエリカ嬢、そんな私達を理解できない物と雄兄は見ている。
だから私は雄兄に言うのだ
「話に聞いていたまずい果物を自分で食べる事が出来た、話に聞いていて想像していたものを実際に経験できたんだよ?私の知りたいという欲求は満たされた、しかも一人で食べていたなら何とも言えない悲しい感情を覚えたかもしれないけど、それを共感してくれる人間がいる、悪くないじゃん?」
私がそういうと、雄兄は苦笑し
「そういや、お前も俺達一般人からすれば理解しがたい性癖の持ち主だったな」
そう言って肩を竦める、そんな雄兄に、理解されがたいのは事実だが、性癖ではないと訂正を求めるのだった。