表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/89

八十六話 真実




「ちょっとは強くなったみたいすね、ノイア」


両手に特大の鎌を顕現させながら、ブロガントは言った。

正面にはノイア。

幾多もの生々しい切り傷が、先程までの戦いの壮絶さを物語っている。


「はぁ……、はぁ……。っ、ガルネゼーアさんに、鍛えてもらってますから」


ノイアは汗をぬぐいながら、キッと鋭い眼差しを向ける。

それに対し、ブロガントは涼し気な表情を浮かべ


「そうみたいすねー、いろいろ話にはきいてるすよ。新人三人の中だったら、一番の努力家らしいじゃないっすか。どんどん力をつけてるって、ガルネゼーアも言ってたぐらいすからね」


鎌を研ぎながら、そう言った。


「ただ、俺らを裏切るためにその力をつけたって考えると、悲しい気持ちにはなるんすけどね」


「ブロガントさん……」


ノイアは悲し気な表情を浮かべる。

ブロガントは今現在、バーキロンの≪人類の叡智(カルタシス)≫によって、催眠支配されている状況下にある。

バーキロンのかけた催眠は、言うまでもなく“ノイアとアイネの組織の裏切り”。

そして“裏切り者には死”という、徹底して二人を抹殺することに重きを置いたものだった。


「まあ、実力をつけたとは言っても、今のこの状況を見ればどっちが強いのかなんてのは、一目瞭然なんすけどね。……最も、ノイアが本気でやっていればの話っすけど」


ブロガントは首を鳴らしながら、にやりと笑った。


ノイアは生唾を呑み込む。


──確かにブロガントさんの言う通りだ……。


先程までの戦いで、ノイアは一度たりとも本気で───すなわち“殺す気”でブロガンドに立ち向かっていたわけではなかった。

あくまでも気絶させるだけ。

錯乱状態にある先輩隊員を、無傷の状態のままで戦いから離脱させようと考えていたのだ。


しかし


──ただでさえ僕の方が弱いのに、その上手加減して気絶させて終わらせようなんて……。そんな都合のいい展開、ガルネゼーアさんならまだしも、今の僕の力じゃ、とてもじゃないけど無理だよ。


改めて師匠との力の差、自身の無力さを痛感せざるを得なかった。

だが、無力さを再認識しても、もうノイアは足を止めるようなことも、泣きそうになることもない。


そんなことは十分理解している。

何度となくそんな自分を呪ってきた。

だからこそ、その壁はもはや彼にとって乗り越えるべき、当たり前のモノとなっていた。

ガルネゼーアとの修行で身に付けたのは、身体的な強さだけではなかったという事だ。


「……ブロガントさん。確かにこの状況を見れば、誰だって僕が負けていると思います。このままの気持ちで戦っていたら、ふとした瞬間にアナタに殺されちゃいます。……なので、僕は今からアナタと“殺す気”で戦います。だから、どうか────」


ノイアは重心を低くし、承十陽拳の型を構える。

纏った空気が冷たくなったことに、ブロガントは眉をピクリと動かす。


「────死なないでください」


動き出しやすい位置を探るようにして足を動かし、腰を据える。

息を深く吐き出した次の瞬間、ノイアが繰り出したのは。

足裏の筋肉のみを使い、滑るようにして移動する独特の歩法───。



承十陽拳 三陽・独歩。



地面に足がメリ込み、刹那に爆発的な推進力が生まれる。

予備動作は一切ない。

そのままの体勢、そのままの姿勢で、地面を滑るようにして一気にブロガントとの距離を詰める。


──速い……!!


ブロガントは眼鏡の奥で驚きの色を浮かべる。

気が付けばノイアの攻撃射程圏内に収まっていた。

すでに掌底を繰り出そうとしている。


しかし


「こんなんでやられるほど、ヤワじゃないっすよ!」


ブロガントも負けじと、すさまじい勢いで右下から突き上げるように、鎌を振り上げる。

そしてほぼ同時に、左上からも大鎌を振り下ろし、迫ってきたノイアを挟むようにして対応する。


攻撃は最大の防御とはまさにこのこと。

これを無視すれば間違いなくノイアの掌底は、ブロガンドに届くだろう。

しかし、その代償として自身の体が三つに切り裂かれることは必至。


──さあ、どうするんすか。ノイア!!


右に避けるか。

左に避けるか。

はたまた、後ろに跳んで躱すか。

どれをとっても、一旦攻撃を仕切りなおす選択肢を迫られる。


戦いの中で掴んだ流れを一度離すと、再び取り戻すのは倍以上の労力が伴う。

ノイアとしてはここで勝負を決めたいところだろう。


その時。

刹那の中でブロガントはノイアと目が合う。


──なんすか、この強気の眼は。絶対に退かない強い意志を感じる。


右でも左でも後ろでもない。

そもそもノイアからは、避けようとする意志を感じない。

その証拠に、鎌の切っ先が数ミリにまで体に差し迫っているというのに、その類の動作を一切見せない。

ブロガントは嫌な雰囲気を直感する。


──なんだ、何か見落としてる……? いや、大丈夫! このまま振り抜けば、俺の勝ちっすよ。


その意思を刃に乗せて、ブロガントは渾身の力を籠めて腕を振り抜く。


「はぁああッ!!」


その大鎌は確かにノイアを───引き裂いたはずだった

ブロガントの眼にも確かにそう映った。

鋭く光る大鎌が、間違いなくノイアの体を切り裂いた。


だというのに。

血は出ず、身体はバラけず、ノイアという存在は傷ひとつ無いまま、そこにいた。

困惑と動揺がブロガントを襲う。


「いきますよ、ブロガントさん!!」


ノイアが叫ぶ。

そして次の瞬間、目の前から少年が陽炎のように消えていき、その(もや)の中から“真”のノイアが姿を現す。


ブロガントは目を見開く。


──くそッ、そういうことすか! カメレオンのセリアンスロープで……!! 


まさしくブロガントの予想通り、ノイアはカメレオンの能力で光を操り、自身の位置をほんの少し前に映し出していたのだ。


そして。

今度こそ本当にブロガントの懐に入り込んだノイアは、再び掌底を繰り出す体勢を取る。


だが、ブロガントもただ黙って見ているだけではなかった。

腐っても先兵特化部隊の一員。

こと戦闘力に置いては、他の隊の隊員よりも勝っているという、それなりの自負がある。

それにノイアの先輩であるという立場でもある。


「ウォオオオオオ!!」


ブロガントの両腕は、先程の攻撃で振り抜いてクロスしている状態。

それを雄たけびを上げながら強引に引き戻し、刃の裏側でノイアを打ち落とそうとする。


だが。

それこそノイアの狙っていたものだった。


「───五陽・衝痺!!」


ノイアの掌底とブロガントの大鎌の峰の部分がぶつかり合う。

骨の髄まで響き渡るような衝撃が、ブロガントの体全体を襲う。

だが痛みがあるわけではない。


対するノイアは、僅かだが体勢を崩している。

ブロガントは勝機を見出した。


「終わりだ、裏切者!!」


しかし───


──…………!? 体が、動かない!?


まるで金縛りにでもあったかのように、首より下が微動だにしない。

さながら借り物の体に魂が迷い込んだがごとく、意識と(うつつ)が乖離していた。


その起因となったは言うまでもなく、ノイアが繰り出した承十陽拳の『五陽・衝痺』。

自身の打撃で生じた衝撃を、接触部分から相手の体内に強制的に送り込み、生体内電気信号を一時的に相殺し、麻痺状態に陥れる業だ。


すなわち、それを受けたブロガントは身動き一つ取れず。

そして次の攻撃を出すことは叶わず。


その隙にノイアは崩した体勢を立て直し。

右腕を後ろに引き、すばやく掌底を繰り出した。




「一陽・絶波!!」




果たしてその業は、寸分の狂いなくブロガントの胸めがけて、吸い込まれるように放たれる。

ミシミシという胸骨が軋む鈍い感触が、手のひらを通して伝わってきた。


「ぐッ……そ……!!」


ブロガントは目を血走らせながら、きりもみ状に吹き飛んでいく。

バンッ! と激しい音を立て、そのまま壁に打ち付けられると、糸の切れた人形のように力なく地面に崩れ落ちていった。


「ブロガントさん……!」


ノイアは慌てて地面に横たわるブロガントに駆け寄る。

右手の甲を口元に近づけ、左手で首の脈を取る。


──……よかった、死んでない。でも、肋骨は折れてるかも。目が覚めたら、謝らないと。


ホッとノイアが胸をなでおろした時だった。

背後の少し離れた場所から、聞いたこともないような獣の雄たけびが上がり、研究室全体を揺らした。

背筋にゾッと悪寒が走る。


──後ろには確かアイネが……!


ノイアは立ち上がって振り返る。


そこには────


全身が黒に覆われた、異形の姿をした怪物が居た。

瘴気を纏い、口と思われる場所からは、夥しいほどの紅色の液体が流れ落ちている。

胸には大きくぽっかりと孔が開いており、心臓が動いているのか、一定の間隔で血らしきモノが溢れ出していた。


「な……なんだよ、あれ……。いつの間にあんな奴が入り込んだんだ」


ノイアは狼狽する。

慌ててアイネの姿を探すが、見当たらない。

代わりに見つけたのは、アイネと戦っていた人造人間(レプリオン)───バーキロンが、その怪物と対峙している姿だ。


頭の整理が追い付かなかった。

だが、限りなく嫌な予感がノイアにはあった。


──馬鹿げてる!! そんなのあるわけがない!!


頭を振って、その悪夢のような予感を必死にかき消そうとする。



ノイアの鼓動が不穏に高鳴り始めだした時、不意に怪物が動き出し、バーキロンに襲い掛かる。

背中から飛び出した八本の触手が、風を切り裂いて迫りくる。

バーキロンは躱しながら電子剣(エターナルサーベル)でその触手を切り落としていくが、その切断面から一秒も経たずして、新しい組織が再生していき、元に戻っていく。


「くッ……!!」


バーキロンの表情に焦りが見え始める。

カルジェストエンジンは既に完全停止している。

再び起動しようものなら、接続している演算装置ごとオーバーヒートして、機体そのものが強制終了しかねない。

だが、どう考えても、カルジェストエンジンを使わねば捌切れぬほどの攻撃数だ。


──これは……、まずいッ!


弾丸のように押し寄せる怪物の攻撃を、いよいよ防ぎきれなくなってくる。

漆黒の触手が、左肩を貫通する。

右の太ももを貫通する。


バーキロンはたまらず後方に跳んで、距離を取る。

その時、すぐ近くに人の気配を感じた。

目だけを動かすと、ノイアが困惑の面持ちを残しつつ、警戒しながら怪物とバーキロンを交互に見ていた。


「チィ……、倒したのか」


少し離れたところで、地面に伸びているブロガントを視界の端に捉えながら、忌々しそうに呟く。

二対一となっては分が悪い。

だが、バーキロンはここで逃げ出すわけにはいかなかった。


コバルトの研究室にわざわざ侵入してきたサセッタが、何を目的として何を盗んだか。

それを把握し奪還するまで、おめおめと引き下がれないのだ。



──1人ずつ倒していくしかないか。



そもそもあの怪物は、一対一でも勝てるか怪しいところだ。

であれば、バーキロンがまず狙う獲物は必然的に絞られる。


「ハッ!!」


振り向きざまに、バーキロンは電子剣(エターナルサーベル)をノイアに向けて横薙ぎに振り抜く。

不意をつかれた出来事にノイアの反応が遅れるが、紙一重のところで上半身を倒して、攻撃を躱す。


よろめくようにしてバーキロンから距離を取ると、頬から生暖かい血が流れだすのが分かった。


ノイアはキッとバーキロンを睨みつける。


「アイネはどこだ!!」


「どこ? おかしなことを聞くな。君の目の前にいるだろ!」


バーキロンは叫ぶと、ノイアから離れるように跳ぶ。

そのすぐ直後に、ズシンと黒い物体がその場所に飛び込んでくる。

地面が大きく揺れ、床に大きくひびが入る。


そこには。

未知の生命体──異形の怪物が小さく唸り声を上げながら、邪悪な存在感を放ち鎮座していた。

体中から放電現象を巻き起こし、尻尾を激しく周囲の物に打ち付ける。


「ど、どういうこと!?」


なおも理解を拒むノイアに、バーキロンはいら立ちを隠さず、静かに言葉を荒げる。


「言葉通りの意味だ。お前の目の前にいるあの怪物こそが、君の求めている人間だと言っている」


「だって……、そんな……」


ノイアの呼吸が荒くなる。

そんなはずはない。

これは夢だ。悪夢を見ているんだ。


あの可憐な少女が、こんな化け物みたいな風貌になりえるはずがない。

第一、人間ですらないではないか。

本能のままに動く獣だ。

言葉という、人間のみが操る高度な意思疎通の概念が、かの化け物にはありはしないのだ。



だというのに。

そう思い込もうとすればするほど、目の前の怪物にアイネの影が重なる。

この戦いが起こる前に見た、アイネの異常な姿。

黒い影からのぞくサセッタのコート。

右腕に巻きついた紅い布。

そして、化け物が対峙していた相手は、アイネと同じ金髪の人造人間(レプリオン)


なにより、この閉鎖された空間でこれほどの異物が入り込めば、戦闘中であっても、いくらなんでも気づくものだ。


そうなってくると、あらゆる可能性、あらゆる希望が限りなくゼロへと近づき、最悪のそして最低の真実のみが浮上してくる。


どれだけ考えても。

どれだけ現実から目を背けたくても。

ノイアがたどり着く答えは一つだった。


それはこの世で最も認めたくないものであり、しかし、それが純然たる事実であるということを、理解しなくてはならないほどに証拠の揃った残酷な現実だった。



「ア……イネ……」



ノイアの瞳に大粒の涙が溢れる。


だが、そんな感傷に浸ることも許されることなく、目の前の怪物の背中から伸びる触手が、ノイアとバーキロン──両者に弾けるように勢いよく襲い掛かった。



すみません

少し筆を休めます

生存報告はツイッターにて!

@mikaduki_house

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ