八十四話 苛斂誅求
「あらかた、全員倒したか」
デヒダイト隊副隊長 クロテオードが刀を鞘に納めながら振り返る。
床には魂の抜けた無数の人造人間が無造作に倒れている。
腹部には刀傷があり、全て核を一突きで貫かれていた。
「こっちも大丈夫ンゴ」
カルーノが額の汗をぬぐいながら、人造人間の抜け殻を投げ捨てた。
見渡す限り人造人間の機体が床に敷き詰められている。
さながら人型の模様を刻んだ絨毯のようだ。
二人合わせて、百体のドセロイン帝国兵を屠ったことは間違いないだろう。
クロテオードはざっとその光景を見渡し
「確かにこの人数と遭遇していれば、お前とアスシランだけでは厳しかっただろうな」
「そうンゴねぇ……。さすが第六感、頼りになるンゴ」
「やる時はやる男だ。今もルナとシオンとランプを上手く逃がしているだろう」
踵を返して、統括管制室に向けて再び足を進める。
カルーノもそれに続くように、後ろから追いかける。
「カルーノ、ガルネゼーアに連絡をしておけ。『あと数分もすれば、クラッキングは完了する。お前たちは外に出て本部隊の援護をしろ』と」
「りょ!」
☆
外はまだ昼過ぎだというのに、この暗さは何だ。
走る息遣い、急ぐ足音、全てが闇に呑まれていく。
窓が無いというわけではない。
しっかりと雲間からの薄明が差し込み、城内を照らしている。
だが、それでも暗い。
これが感覚的なものなのか、それとも実際にそうなのか、俺には分からない。
こんなことはいつ以来だろう。
母さんとドセロイン帝国に避難しようとした時ぐらいか。
ああ、なるほど。
そうか。
今俺は、気が動転しているのか。
それもそうだ。
現在のアイネとノイアの状況が全く分からないんだ。
通信もつながらない。返信もない。
最後に聞こえた言葉は『バーキロン』という、悪魔のような人名。
最強最悪の敵。
理想を求めるあまり、盲目になり、およそ人が択ばないような手段を平然とやってのけるような男だ。
かつて父さんが俺を鍛え上げるために、母さんを殺そうとしたように。
奴もまた理想のためなら、どんな無垢な人間であっても、その時の“最適”と判断したなら、手段として殺すこともいとわないだろう。
そういう人間は危険すぎる。
まるで自らが神になったかのように、命を天秤にかけ、都合のいいように選択する。
そんなものは人間のやることではない。
そうやって理想のために動けば動く程、自らの首を絞めていく。
息が出来なくなる程、苦しくなっていく。
そして───理想が成せなかった時。
喉に手を当てているのは、一体だれの手なのか分からないまま、きっと奴は崩壊していくだろう。
父さんも同じ人種だったから、そうに違いない。
だが、それはまだ先の話。
今、奴は理想の道半ばだ。
その道が現在、俺たちサセッタによって絶たれようとしているのなら、間違いなく手段を選ばず邪魔をしてくるだろう。
そして奴は二人の元にいる。
俺が考えうる限り、最悪のシチュエーションだ。
「……急がねえと」
息の合間に口から洩れた言葉は、泡沫のように闇へと溶けていく。
その時、
『シオン、二人の正確な位置が割り出せました』
左耳に付けていたインカムから、ファントムの声が聞こえてきた。
そう言えばさっき、頼んでおいたんだっけか。
「出来たら、部屋の様子も見せてくれ」
『承知いたしました。アイネとノイア、二人の付けているPhantom-ereaMと同期して、座標と共に周囲の静止画像も展開します』
たまに心底腹立たしく煽ってくるときもあるが、こういう緊迫した場面では中々どうして優秀である。
機械の癖に空気を読む。
下手な人間よりもうまいかもしれない。
と言っても、インカムから常に心拍数や脳波を分析しているのだから、空気というよりは俺のデータを読み込んでいると言った方が正しいのか。
そんなことを頭の片隅で考えていると、その数秒後
『同期、完了』
というファントムの機械音が聞こえ、目の前に光化学映像が浮き出る。
足を止めて見る。
それは一見して薄暗い部屋であった。
研究室らしき器具がちらほらとあることを確認しながら、目を滑らせていく。
そして────。
見た。
アイネの前に立ちはだかる人影を。
その風貌を。
その青年は、太陽のような明るい髪の毛をしていた。
蒼い瞳を宝石のように輝かせ、飽くなき理想を抱いている。
ドセロイン帝国のグレー調の軍服に身を包み、その手には人造人間の象徴である電子剣が握られていた。
「…………」
一目でわかった。
かつて、サーモルシティーで瓦礫の下にアイネと共に居た男なのだと。
その時、俺は顔を見ることさえなかった。
その時、俺は言葉を交わすことさえなかった。
だが、それでも今、確信している。
最強最悪の人造人間。
俺が最も関わりたくない人物。
そして、俺たちとは究極に相容れない存在。
画面越しでも伝わってくる。
そうか。
この青年こそ
「───バーキロン」
俺は、そう直感した。
やはり聞き間違いなどではなかった。
奴は今、アイネとノイアの元にいる。
一刻の猶予もないことに焦りを覚え、さらに暗くなった廊下を走りだそうとした時だった。
「まて……。なぜノイアとブロガントさんが戦っている」
画面の右端。
アイネとバーキロンから離れた場所で、二人が拳を交えている。
『≪人類の叡智≫です、シオン。金髪の青年がブロガントさんをマインドコントロールしているようです』
「馬鹿な……! なんで奴が≪人類の叡智≫を……!!」
くそっ、情報量が多すぎる。
落ち着け、冷静になれ。
徹底的に不必要な情報を切り捨てろ。
そうだ。
どういう因果が巡って、奴に≪人類の叡智≫が行き渡ったか推測しても、そんなものは今この場でなんの利益にもならない。
最悪の人間に、最悪の武器が渡ったという、最悪の結果だけを知っていればそれでいい。
その事実だけで、十分だ。
ここから先は、時間だけの問題を考えろ。
小型ボンベの中身はまだ半分以上残っている上、三重加速をしても、一瞬であれば意識を失うようなことはない。
なら──
「二重加速!」
──これは悪い賭けじゃねえ。
戦いの中で繰り返し行った加速で、徐々に体が適応してきている。
インターバルを挟めば、かなりの時間短縮ができるはずだ。
「頼む、二人とも。俺が行くまで何とか────」
肺の機能低下により息切れなのか、それともまた別の原因なのか。
そこから先の言葉は、やはり闇の中に呑まれていった。
俺はふと、置き去りにした二人のことを思い出していた。
☆
「ルナ! シオンが居ないの!!」
ランプは目の前の人造人間を屠りながら叫ぶ。
額には大粒の汗がいくつも玉となって浮かび、動くごとに雫となって宙に散る。
そろそろ体力的に限界なのだろう。
いつにもなく、肩で息をし、冷静さを欠いているように見えた。
『え……、なんで……』
上空で旋回し、攻撃を躱し続けているルナの動揺した声が、インカムを通して聞こえてくる。
彼女も同じくして、息継ぎの合間に声を絞り出したようだった。
「知らないの!! 三人でもギリギリなのに、信じられないの!!」
『通信は……』
「繋がらない!」
ランプは怒るようにして言い放った。
シオンの姿が見えない。
戦況が逼迫している今、その事実は二人の心にズンと重くのしかかった。
たった一人欠けただけ、と思うかもしれない。
しかし、三人で百人近くの人造人間と戦い続け、何とか均衡を保ってきていた局面で、その事実は形勢を一気に傾けるには充分すぎた。
もはや退路はない。
その上、津波のように襲い掛かるレーザー。
倒しても倒しても後から湧いてくる人造人間。
それが体感で五倍にもなったかのような、地獄のような状況である。
当然手も足も出ない。
反撃どころか、身を護ることすらままならないのだ。
気を抜けばたちどころに体と魂を分離させられる。
偶然と幸運が立て続けに起こっていなければ、確実に死んでいた場面だって幾度となく在った。
そうやって何とかここまで耐えてきた。
誰かが助けに来てくれることを信じて───。
しかし
「……ッ! 結構やばいの……!」
ランプは血相を変えて周囲を見渡す。
完全に囲まれた。
地上にいる以上、どうしても上空のルナと比べ人造人間から標的にされやすくなる。
機動力の劣るランプを、数の力で集中的に狙い、排除しようとする流れになるのは避けられないことだった。
『ランプちゃん……、後ろ……!』
その声にランプは振り返る。
電子剣を持った人造人間が、目と鼻の先まで迫っていた。
振り下ろされた電子剣をランプはかろうじて躱すが、その切っ先はサセッタのコートを引き裂く。
だが、胸をなでおろす暇もない。
続けて左右から複数の人造人間が迫る。
「あー、もう!! なんでどんどん来るの!」
ランプが穴を掘って地中に逃れ、体勢を立て直そうとしたようとしたその時。
一閃。
腹部に生暖かい感覚がジワリと広がる。
見ると、紅蓮の華がつぼみを広げるかのように、血のりがコートに染み込んできていた。
「……ぅ……ぐ」
ランプは呻く。
反射的に傷口を触れると、べっとりとした液体が手に着く。
どうやら背後の人造人間らが放ったレーザーの一つが、脇腹を貫通したらしかった。
『ラ……ランプちゃん……!!』
ルナの声でハッとする。
両サイドから迫ってきていた人造人間が、すでに攻撃範囲内にランプを捉えていた。
「死ね!」
「おらァ!」
両方から横薙ぎに、挟まれるようにして電子剣が迫りくる。
ジャンプで躱す余裕もない。
かといって横に逃れるスペースもない。
「……ッ!!」
ランプは脱力するようにして勢いよく地面に伏せる。
電子剣が頭上をかすめるのが分かった。
その拍子に宙に残った髪の毛が焼き切られる。
ランプはそのままモグラのセリアンスロープらしく、鋭い爪を地面に突き立て、穴を掘って地中に逃げていく。
数ある選択肢の中で、間違いなく最も生存率の高い手段だった。
だが、それはどうしようもなく悪手で、最も高い生存確率であるがゆえに、もはや彼女が“その”運命に行きつくのは避けられない結末であった。
「今だ! 投げ入れろ!!」
ランプが穴に姿を消した瞬間、人造人間兵が叫ぶ。
数十人もの兵士が手榴弾のピンを抜き、一気に放り投げる。
1つや2つの手榴弾であれば、地中で方向転換するだけで難なく回避することができただろう。
だが、地面の中に入ってきた手榴弾の総数は22個。
地中という、しかもランプの体一つ分しかない極細のスペースで、その攻撃は必中の一撃必殺となり、人間の肉などいともたやすく焼き剥がす破壊力を秘めている。
「あっ─────」
言葉が漏れる。
ランプがその事実を認識したのかどうかは、誰も知る由が無い。
神と本人のみぞ知ることだ。
事実としてあるのはランプが潜った穴を中心に、半径10mの巨大な間欠泉とも見間違う大穴が出来き、大爆発と共に大量の土と芝生が天高く舞ったということだけ。
土気色の雨の中に、ランプの肉片ともとれる体の一部が、至る所に混ざっているのが分かった。
それは上空高くで羽ばたいていたルナにも見て取れた。
呼吸が荒くなる。
鼓動が早くなる。
「あ……ぁ……」
言葉にならない言葉が口から洩れる。
信じられない光景に目をそむけたくなる。
ついさっきまで話していた仲間は、今はもう喋らないただの肉。
僅かな跡形しか残っていない。
「あぁ……!!」
涙が滲む。
歯を軋ませる。
もう二度とあの笑顔で、あの元気な声で語り掛けてくることはないのだ。
「ウァァァアアァァアーーーーー!!!!!」
ルナは、生まれて初めて吠えた。
怒りに身を任せ。
悲しみに身を包み。
絶望に身を焦がし。
抱いた感情を───爆発させた。
翼を大きく煽り、一気に滑空していく。
狙いはランプを爆死させた人造人間一団。
鋭い鉤爪を光らせる。
しかし─────。
それはこの場において最悪の選択肢であった。
ランプが死んだ今、人造人間が標的とするレジスタンスはルナただ一人。
その場にいる全てのドセロイン帝国兵から、集中攻撃を受けることは火を見るよりも明らか。
そこに自ら突っ込んでいくのは自殺行為にも等しい。
故に。
高速で滑空していくルナに、避けきれないほどの無数の光の雨が、地上から放たれるのは当然のことであった。
光が頬を削る。
腿を撃ち抜く。
羽を貫通する。
だが、ルナはそれでも突き進む。
せめて───せめて、一矢報いてやらねば、気が収まらなかった。
例えこの身朽ち果てようとも、仲間のために───。
細い光の隙間を縫って、躱し続け迫る。
敵まで
10m。
──あと少し……。
5m。
──もう少し……!
3m。
──ランプちゃんの、かt……
突如、目の前が──光に覆われた。
そこに痛みはなかった。
そこに驚きはなかった。
あったのは、悔しさだけだった。
ルナの鉤爪が人造人間の核を貫くよりも1秒早く、レーザー銃から放たれた光が、彼女の頭部を吹き飛ばしていた。