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八十四話 苛斂誅求


「あらかた、全員倒したか」



デヒダイト隊副隊長 クロテオードが刀を鞘に納めながら振り返る。

床には魂の抜けた無数の人造人間(レプリオン)が無造作に倒れている。

腹部には刀傷があり、全て核を一突きで貫かれていた。


「こっちも大丈夫ンゴ」


カルーノが額の汗をぬぐいながら、人造人間(レプリオン)の抜け殻を投げ捨てた。

見渡す限り人造人間(レプリオン)の機体が床に敷き詰められている。

さながら人型の模様を刻んだ絨毯のようだ。

二人合わせて、百体のドセロイン帝国兵を屠ったことは間違いないだろう。


クロテオードはざっとその光景を見渡し


「確かにこの人数と遭遇していれば、お前とアスシランだけでは厳しかっただろうな」


「そうンゴねぇ……。さすが第六感(シックスセンス)、頼りになるンゴ」


「やる時はやる男だ。今もルナとシオンとランプを上手く逃がしているだろう」


踵を返して、統括管制室に向けて再び足を進める。

カルーノもそれに続くように、後ろから追いかける。


「カルーノ、ガルネゼーアに連絡をしておけ。『あと数分もすれば、クラッキングは完了する。お前たちは外に出て本部隊の援護をしろ』と」


「りょ!」







外はまだ昼過ぎだというのに、この暗さは何だ。

走る息遣い、急ぐ足音、全てが闇に呑まれていく。


窓が無いというわけではない。

しっかりと雲間からの薄明が差し込み、城内を照らしている。


だが、それでも暗い。


これが感覚的なものなのか、それとも実際にそうなのか、俺には分からない。

こんなことはいつ以来だろう。

母さんとドセロイン帝国に避難しようとした時ぐらいか。


ああ、なるほど。

そうか。

今俺は、気が動転しているのか。


それもそうだ。

現在のアイネとノイアの状況が全く分からないんだ。

通信もつながらない。返信もない。


最後に聞こえた言葉は『バーキロン』という、悪魔のような人名。

最強最悪の敵。

理想を求めるあまり、盲目になり、およそ人が択ばないような手段を平然とやってのけるような男だ。

かつて父さんが俺を鍛え上げるために、母さんを殺そうとしたように。

奴もまた理想のためなら、どんな無垢な人間であっても、その時の“最適”と判断したなら、手段として殺すこともいとわないだろう。


そういう人間は危険すぎる。

まるで自らが神になったかのように、命を天秤にかけ、都合のいいように選択する。

そんなものは人間のやることではない。


そうやって理想のために動けば動く程、自らの首を絞めていく。

息が出来なくなる程、苦しくなっていく。

そして───理想が成せなかった時。

喉に手を当てているのは、一体だれの手なのか分からないまま、きっと奴は崩壊していくだろう。


父さんも同じ人種だったから、そうに違いない。


だが、それはまだ先の話。

今、奴は理想の道半ばだ。


その道が現在、俺たちサセッタによって絶たれようとしているのなら、間違いなく手段を選ばず邪魔をしてくるだろう。

そして奴は二人の元にいる。

俺が考えうる限り、最悪のシチュエーションだ。



「……急がねえと」


息の合間に口から洩れた言葉は、泡沫のように闇へと溶けていく。

その時、


『シオン、二人の正確な位置が割り出せました』


左耳に付けていたインカムから、ファントムの声が聞こえてきた。

そう言えばさっき、頼んでおいたんだっけか。


「出来たら、部屋の様子も見せてくれ」


『承知いたしました。アイネとノイア、二人の付けているPhantom-ereaMと同期して、座標と共に周囲の静止画像も展開します』


たまに心底腹立たしく煽ってくるときもあるが、こういう緊迫した場面では中々どうして優秀である。

機械の癖に空気を読む。

下手な人間よりもうまいかもしれない。

と言っても、インカムから常に心拍数や脳波を分析しているのだから、空気というよりは俺のデータを読み込んでいると言った方が正しいのか。


そんなことを頭の片隅で考えていると、その数秒後


『同期、完了』


というファントムの機械音が聞こえ、目の前に光化学映像が浮き出る。


足を止めて見る。

それは一見して薄暗い部屋であった。

研究室らしき器具がちらほらとあることを確認しながら、目を滑らせていく。


そして────。


見た。


アイネの前に立ちはだかる人影を。

その風貌を。


その青年は、太陽のような明るい髪の毛をしていた。

蒼い瞳を宝石のように輝かせ、飽くなき理想を抱いている。

ドセロイン帝国のグレー調の軍服に身を包み、その手には人造人間(レプリオン)の象徴である電子剣(エターナルサーベル)が握られていた。



「…………」



一目でわかった。


かつて、サーモルシティーで瓦礫の下にアイネと共に居た男なのだと。

その時、俺は顔を見ることさえなかった。

その時、俺は言葉を交わすことさえなかった。


だが、それでも今、確信している。


最強最悪の人造人間(レプリオン)

俺が最も関わりたくない人物。

そして、俺たちとは究極に相容れない存在。


画面越しでも伝わってくる。

そうか。

この青年こそ



「───バーキロン」



俺は、そう直感した。


やはり聞き間違いなどではなかった。

奴は今、アイネとノイアの元にいる。


一刻の猶予もないことに焦りを覚え、さらに暗くなった廊下を走りだそうとした時だった。


「まて……。なぜノイアとブロガントさんが戦っている」


画面の右端。

アイネとバーキロンから離れた場所で、二人が拳を交えている。


『≪人類の叡智(カルタシス)≫です、シオン。金髪の青年がブロガントさんをマインドコントロールしているようです』


「馬鹿な……! なんで奴が≪人類の叡智(カルタシス)≫を……!!」


くそっ、情報量が多すぎる。

落ち着け、冷静になれ。

徹底的に不必要な情報を切り捨てろ。


そうだ。

どういう因果が巡って、奴に≪人類の叡智(カルタシス)≫が行き渡ったか推測しても、そんなものは今この場でなんの利益にもならない。


最悪の人間に、最悪の武器が渡ったという、最悪の結果だけを知っていればそれでいい。

その事実だけで、十分だ。


ここから先は、時間だけの問題を考えろ。

小型ボンベの中身はまだ半分以上残っている上、三重加速(トリ・アクト)をしても、一瞬であれば意識を失うようなことはない。


なら──


二重加速(ジ・アクト)!」


──これは悪い賭けじゃねえ。


戦いの中で繰り返し行った加速で、徐々に体が適応してきている。

インターバルを挟めば、かなりの時間短縮ができるはずだ。


「頼む、二人とも。俺が行くまで何とか────」


肺の機能低下により息切れなのか、それともまた別の原因なのか。

そこから先の言葉は、やはり闇の中に呑まれていった。


俺はふと、置き去りにした二人のことを思い出していた。







「ルナ! シオンが居ないの!!」


ランプは目の前の人造人間(レプリオン)を屠りながら叫ぶ。

額には大粒の汗がいくつも玉となって浮かび、動くごとに雫となって宙に散る。

そろそろ体力的に限界なのだろう。

いつにもなく、肩で息をし、冷静さを欠いているように見えた。


『え……、なんで……』


上空で旋回し、攻撃を躱し続けているルナの動揺した声が、インカムを通して聞こえてくる。

彼女も同じくして、息継ぎの合間に声を絞り出したようだった。


「知らないの!! 三人でもギリギリなのに、信じられないの!!」


『通信は……』


「繋がらない!」


ランプは怒るようにして言い放った。


シオンの姿が見えない。

戦況が逼迫(ひっぱく)している今、その事実は二人の心にズンと重くのしかかった。


たった一人欠けただけ、と思うかもしれない。

しかし、三人で百人近くの人造人間(レプリオン)と戦い続け、何とか均衡を保ってきていた局面で、その事実は形勢を一気に傾けるには充分すぎた。


もはや退路はない。

その上、津波のように襲い掛かるレーザー。

倒しても倒しても後から湧いてくる人造人間(レプリオン)

それが体感で五倍にもなったかのような、地獄のような状況である。


当然手も足も出ない。

反撃どころか、身を護ることすらままならないのだ。

気を抜けばたちどころに体と魂を分離させられる。

偶然と幸運が立て続けに起こっていなければ、確実に死んでいた場面だって幾度となく在った。


そうやって何とかここまで耐えてきた。

誰かが助けに来てくれることを信じて───。


しかし


「……ッ! 結構やばいの……!」


ランプは血相を変えて周囲を見渡す。

完全に囲まれた。

地上にいる以上、どうしても上空のルナと比べ人造人間(レプリオン)から標的にされやすくなる。

機動力の劣るランプを、数の力で集中的に狙い、排除しようとする流れになるのは避けられないことだった。


『ランプちゃん……、後ろ……!』


その声にランプは振り返る。

電子剣(エターナルサーベル)を持った人造人間(レプリオン)が、目と鼻の先まで迫っていた。


振り下ろされた電子剣(エターナルサーベル)をランプはかろうじて躱すが、その切っ先はサセッタのコートを引き裂く。

だが、胸をなでおろす暇もない。

続けて左右から複数の人造人間(レプリオン)が迫る。


「あー、もう!! なんでどんどん来るの!」


ランプが穴を掘って地中に逃れ、体勢を立て直そうとしたようとしたその時。



一閃。



腹部に生暖かい感覚がジワリと広がる。

見ると、紅蓮の華がつぼみを広げるかのように、血のりがコートに染み込んできていた。


「……ぅ……ぐ」


ランプは呻く。

反射的に傷口を触れると、べっとりとした液体が手に着く。

どうやら背後の人造人間(レプリオン)らが放ったレーザーの一つが、脇腹を貫通したらしかった。


『ラ……ランプちゃん……!!』


ルナの声でハッとする。

両サイドから迫ってきていた人造人間(レプリオン)が、すでに攻撃範囲内にランプを捉えていた。


「死ね!」

「おらァ!」


両方から横薙ぎに、挟まれるようにして電子剣(エターナルサーベル)が迫りくる。

ジャンプで躱す余裕もない。

かといって横に逃れるスペースもない。


「……ッ!!」


ランプは脱力するようにして勢いよく地面に伏せる。

電子剣(エターナルサーベル)が頭上をかすめるのが分かった。

その拍子に宙に残った髪の毛が焼き切られる。


ランプはそのままモグラのセリアンスロープらしく、鋭い爪を地面に突き立て、穴を掘って地中に逃げていく。

数ある選択肢の中で、間違いなく最も生存率の高い手段だった。


だが、それはどうしようもなく悪手で、最も高い生存確率であるがゆえに、もはや彼女が“その”運命に行きつくのは避けられない結末であった。



「今だ! 投げ入れろ!!」


ランプが穴に姿を消した瞬間、人造人間(レプリオン)兵が叫ぶ。

数十人もの兵士が手榴弾のピンを抜き、一気に放り投げる。


1つや2つの手榴弾であれば、地中で方向転換するだけで難なく回避することができただろう。

だが、地面の中に入ってきた手榴弾の総数は22個。

地中という、しかもランプの体一つ分しかない極細のスペースで、その攻撃は必中の一撃必殺となり、人間の肉などいともたやすく焼き剥がす破壊力を秘めている。



「あっ─────」


言葉が漏れる。

ランプがその事実を認識したのかどうかは、誰も知る由が無い。

神と本人のみぞ知ることだ。


事実としてあるのはランプが潜った穴を中心に、半径10mの巨大な間欠泉とも見間違う大穴が出来き、大爆発と共に大量の土と芝生が天高く舞ったということだけ。


土気色の雨の中に、ランプの肉片ともとれる体の一部が、至る所に混ざっているのが分かった。


それは上空高くで羽ばたいていたルナにも見て取れた。


呼吸が荒くなる。

鼓動が早くなる。


「あ……ぁ……」


言葉にならない言葉が口から洩れる。


信じられない光景に目をそむけたくなる。

ついさっきまで話していた仲間は、今はもう喋らないただの肉。

僅かな跡形しか残っていない。

「あぁ……!!」


涙が滲む。

歯を軋ませる。

もう二度とあの笑顔で、あの元気な声で語り掛けてくることはないのだ。


「ウァァァアアァァアーーーーー!!!!!」


ルナは、生まれて初めて吠えた。

怒りに身を任せ。

悲しみに身を包み。

絶望に身を焦がし。


抱いた感情を───爆発させた。


翼を大きく煽り、一気に滑空していく。

狙いはランプを爆死させた人造人間(レプリオン)一団。

鋭い鉤爪を光らせる。




しかし─────。

それはこの場において最悪の選択肢であった。




ランプが死んだ今、人造人間(レプリオン)が標的とするレジスタンスはルナただ一人。

その場にいる全てのドセロイン帝国兵から、集中攻撃を受けることは火を見るよりも明らか。

そこに自ら突っ込んでいくのは自殺行為にも等しい。


故に。

高速で滑空していくルナに、避けきれないほどの無数の光の雨が、地上から放たれるのは当然のことであった。


光が頬を削る。

腿を撃ち抜く。

羽を貫通する。


だが、ルナはそれでも突き進む。

せめて───せめて、一矢報いてやらねば、気が収まらなかった。

例えこの身朽ち果てようとも、仲間のために───。

細い光の隙間を縫って、躱し続け迫る。


敵まで


10m。


──あと少し……。



5m。


──もう少し……!



3m。


──ランプちゃんの、かt……



突如、目の前が──光に覆われた。


そこに痛みはなかった。

そこに驚きはなかった。


あったのは、悔しさだけだった。



ルナの鉤爪が人造人間(レプリオン)の核を貫くよりも1秒早く、レーザー銃から放たれた光が、彼女の頭部を吹き飛ばしていた。





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