八十三話 今際の際の戦い
「……何してんすか、アイネ」
ブロガントが研究室の奥にいるアイネを睨みつけ、暗い声で言った。
彼女の手からは、激しい稲妻音を巻きたてる雷剣が十数メートルにわたり伸びて、その切っ先はブロガントとノイアの間に入り込んでいた。
「“何してる”はこっちのセリフですよ。今、ノイアを殺そうとしましたよね!?」
アイネは脂汗を額に滲ませ、苦悶の表情を浮かべながら言った。
体調が万全でない状況下であっても、その瞳には煌々と怒りと困惑が滲んでいた。
つい数秒前まで寸分の狂いなく、ノイアの首を飛ばそうとしていたブロガントの大鎌は、アイネの雷剣によって切り落とされていた。
コンマ数秒でも遅れていたら、間違いなくノイアは死んでいただろう。
攻撃を防いだアイネには分かった。
さっきのは冗談の類ではない。
ブロガントは本気で仲間を殺そうとしていたのだ。
「殺そうとしていた? 違うっすよ。殺す気で止めに入ったんすよ。というか、そもそも仲間を殺そうとしていたのは、ノイアの方じゃないすか」
「仲間……?」
「そうっすよ。バーキロンを今攻撃しようとしてたのを、俺は見逃さなかったすよ」
「ブロガントさん、アナタいったい何を……」
どこまでも致命的に会話が噛み合わないことに、アイネは戸惑う。
いつものおふざけではない。
話す感じ、サセッタを裏切ったというわけでもなさそうで、至って真面目な調子だ。
アイネとブロガントが話している隙に、ノイアは距離を取って息を整える。
「やれやれ。バーキロン、どうするっすか。なんか二人の様子がおかしいすよ」
ブロガントはそう言いながら、喉元の形印を濃くする。
黒い模様が少し広がると、アイネに切られた大鎌が切り口から綺麗に復元する。
「そうだな。とりあえず、お前はそっちの白髪の奴を殺せ。俺はこっちをやる」
バーキロンは親指でノイアを指し、視線をアイネに向ける。
「いや、殺すのはやりすぎっすよ。さっき先輩としての喝を入れたし、そろそろ本部隊に合流し────」
「僕の言うことは絶対だ、いいな?」
バーキロンが一瞥したその瞬間、ブロガントの瞳孔が大きく開く。
そして、自我を奪われたかのような、気力のない目つきになったかと思うと
「…………了解っす」
と虚ろに呟き、ノイアの方に向き直り戦闘態勢を整える。
「なんで……!! ブロガントさん!!」
全く状況が呑み込めないアイネが、叫びを背中に投げかける。
しかし、ブロガントは振り返ることなく、そのままノイアに向かって歩み始める。
「ノイア……!!」
アイネは足を引きずるようにして、ノイアの元に行こうとするが、
「行かせると思うか? お前の相手は僕だと言ったはずだ」
電子剣が一閃。
アイネの頬を引き裂く。
正面に立ちはだかったのは、言うまでもなくバーキロンだった。
「……あなた、ブロガントさんに何したの」
アイネは頬から流れる血をぬぐいながら、バーキロンを睨みつける。
「────≪人類の叡智≫。かつて六戦鬼の一人だったコバルトから奪い取った代物だ。それを使って、催眠の支配下に置いた。奴は今、完全に俺の言いなりだ。お前たちの声など聞こえはしない」
「サーモルシティーでサセッタが回収できなかった≪人類の叡智≫ね……。まさか、あなたが奪い取っていたなんて」
「あの時言っただろう。理想を成すための算段は付けてあると。“これ”を奪うことも計画の内だ。まあ最も、お前たちがコバルトを殺したから、立てていた計画よりも早すぎる入手ではあったが」
そう言って、透き通った青色の瞳を、真っすぐアイネに向ける。
「さて、おしゃべりはここまでだ。殺す前にもう一度聞くぞ。───“ここで何をしていた”?」
「……」
「だんまりか。余程重要な作戦らしい。やはり、あの緑髪の言った通りだな」
アイネはバーキロンが言い放った、最後の一言が耳に残った。
緑髪で、かつこの作戦の重要性を知っているというワードで連想するのは、一人しかいなかった。
「……アスシランさんを知っているの?」
「ふん、やはりそうか」
アイネの反応を見て、バーキロンの反応が一気に確信に変わる。
それはアイネも同じだった。
カマをかけられたことに気付き、内心でやられたと顔色を変える。
「何をしていたかは知らんが、何かを持ち出そうとしていたことぐらいは分かる。お前を殺した後、ゆっくりと探させてもらうとしよう」
そう言うと、グッと体を沈めたかと思うと、全身の駆動力を全開にして一気にアイネとの距離を縮める。
「……ッ!!」
アイネは全身に浮かんでいる形印をより濃くし、とっさに右手に雷剣を創り出す。
次の瞬間、電子剣と雷剣が衝突する。
光が闇を呑み込む。
それと同時に、激しい稲妻音が研究室全体に巻き散った。
「……以前に言った通りになったな」
電子剣を押し当てながら、バーキロンが静かに言う。
「『理想を追う限り、いずれ僕は君の夢に立ちはだかる』と。そしてお前も分かっているだろう。互いに理想を諦める気はさらさらない。なら取るべき最善の手段はただ一つ。相手の掲げた理想もろとも────殺すことだ」
「相変わらず……、殻に閉じこもって可能性を信じようとしないのね」
セリアンスロープの能力を使ったせいか、アイネの口から血が滴る。
だが、それでも退くそぶりを見せない。
むしろその瞳には、さっきまで宿っていなかった執念の炎が、焚きついているようにさえ見える。
「言ったでしょ。私の理想はみんなが笑って過ごせる世界だって。だから、私はあなたを殺さない。苦しんでいるあなたも救って見せる」
例え体がボロボロであっても、立つことさえままならなくても、彼女の心までは死んでいない。
だから───退くわけにはいかない。
退くわけにはいかないのだ。
「例え可能性が低くてもいい。だって……、この理想は“悪い賭けじゃない”んだから!!」
今まで背中を押してくれた言葉で理想を紡ぐことで、不思議と死にかかっていた体に力がみなぎってくる。
例えこの場にいなくても、ケンカして口をきいてなくても、“彼”が傍にいて力をくれているようだった。
「それが……、その甘ったれた言葉が、耳障りだって言ってんだよ!!」
バーキロンが吠える。
握っている電子剣で、押し当てていた雷剣をぶった切る。
アイネは攻撃を躱す。
バーキロンはすかさず追いかける。
そして。
二度目の光が研究室を再び呑み込んだ。
「アイネ……」
ノイアは心配そうに呟く。
アイネの身体は何かに蝕まれ、人の形をしていないのだ。
あの体でどこまでもつか分からない。
立っていることさえ奇跡のようなものなのに、能力行使した上に戦うなんてもってのほかだ。
今すぐにでも加勢に加わりたいところだが
「よそ見とは舐められたモノっすねー。一応俺のが先輩なんすけど」
向こうで戦っている二人の姿を、ノイアの視線から遮るようにして、ブロガントが立ちはだかる。
「ブロガントさん……」
「なーにしょぼくれた顔してるんすか。そんな顔するんなら、最初っから裏切らなければいい話じゃないすか」
「さっきから何の話をしてるんですか……。今日のブロガントさんおかしいですよ!」
「ここまで来てしらばっくれるなんて。こりゃあ、本当に救いようが無さそうすね」
ブロガントはそういって、“カマキリ”のセリアンスロープ最大の特徴である『鎌』をノイアに向けた。
バーキロンの持つ≪人類の叡智≫は、催眠下に置いた人間を意のままに操ることが出来る。
行動を操ることはもちろん、幻覚を見せることや、認識を操作することすらいともたやすく行う。
そして、最も厄介なのが、それらをあたかも自分の意志で判断したかのように錯覚させることだ。
そのため、行動には意志が宿り、意志には行動原理が伴い、行動原理には自信がつく。
すなわち、今のブロガントは自らの正義の元、ノイアへの断罪を行おうとしているのだ。
「俺たちレジスタンスは運命共同体じゃなきゃあ、やってらんないんすよ。だから、足並みをそろえない裏切者が居たら、見つけ次第即排除がセオリー。コールルイスも今回の第二帝国戦内に殺されるし、裏切者の一斉在庫処分といくっすかね」
ダンッ! と地面を蹴りとばし、一気にノイアに迫る。
ノイアも服の下で腹に形印を顕現させると、そのまま戦えるように承十陽拳の型をとる。
≪人類の叡智≫のことを全く知らないノイアからすれば、今のブロガントは錯乱状態に見えていることだろう。
落ち着いて話せば、何らかの原因が分かるかもしれなかったが、しかし、状況が状況なだけに、このまま戦うしか選べる手段がなかった。
──ブロガントさんを気絶させるしか……。
ノイアは意を決する。
ブロガントは高く跳び、全体重を乗せて大鎌を振り下ろす。
ノイアも右ひじを引き、業を繰り出す。
「ハァッ!!」
「一陽 絶波!!」
☆
「ごぼっ……」
シオンの口から大量の血が漏れ出す。
水風船でも割ったかのように、紅い塊が地面に打ち広がった。
喉には無残にも電子剣が貫通し、電動熱が肉を焼き尽くす。
「ハッハ~! ざまあみろ!! 痛いだろう、痛いだろう? 泣きたくなってるんじゃないのか、ええ? ほら、泣き叫んでみろよ。あの孤児院の子供たちみたいに、『助けて、シスター』っつって」
カースはせせら笑いながら、電子剣を引き抜く。
シオンはよろめき、そのまま力なく前のめりになるが
「おっと、倒れるなよクソガキ」
極悪の人相を浮かべながら、カースはシオンの腹に電子剣をブッ刺して支えにする。
「核を潰したはずなのに、何で俺が動けているか不思議か? まあ、お前みたいな鼻たれ小僧が、俺の仕掛けたトリックを見抜ける訳もないか」
カースは右の腹に刺さった黒のダガ―ナイフを抜き取り、窓の外に投げ捨てる。
シオンはわずかに残っていた意識の中で、その傷口を見て悟る。
「逆なんだよ、馬鹿が。俺の体はバーキロン対策に特注で造らせた鏡面機体だ。アホみたいな大金をつぎ込んで、内部構造を全て逆にしてもらった。餌に掛かったのがバーキロンではなかったにしろ、まさかこうも簡単に引っかかってくれるとはなあ」
ねっとりとした喋りで意地汚く笑う。
仕込んだネタをお披露目できて満足したのか、カースは高笑いを終えると、落ち着きを取り戻すように息を深く吐き出す。
「まっ、とりあえずこれでアダルット地区での借りはチャラにしてやろう」
そう言って、今度こそ電子剣を体から引き抜く。
シオンはぐらりと体を揺らすと、膝から崩れ落ちうつ伏せに倒れた。
その様子を見下すようにして、カースはほくそ笑む。
「あの時もこうだったよなあ。お前がイモムシのように這いつくばって、俺がトドメを刺そうとしている。今度こそこの手で、お前をあの世に送ってやろうじゃないか」
電子剣を両手で握りしめ、地面に打ち付すシオンに突き立てようとした、まさにその時。
「シオン君、“ペン”を使え!」
カースの背後、薄暗い廊下の向こうから声が響く。
思わずカースは振り返る。
しかし、誰の姿も見えない。
「誰だ~、出て来いよ。隠れてないでさァ」
ゆらりゆらりと体を揺らし、不気味に目をギョロつかせる。
今度こそシオンを確実に仕留めるために、不安要素は徹底的に排除する。
背後から攻撃されるという、前回と同じ轍を踏まないように、声のした方に歩みを進める。
だが、それはあまりに迂闊だった。
声のする方に体を向けるという事は、シオンに背を向けるという事。
油断だった。
あと数秒もすれば、衰弱して勝手に死んでいくのは間違いない。
しかし、まだ彼は死んではいない。
弱々しくはあるが、まだ心臓は動いているのだ。
シオンは歯を食いしばり、目を血走らせる。
喉は穴が開いている上に、肉が焼かれ気道はふさがっているため息は出来ない。
腹からも熱いモノが溢れているのが感覚で分かる。
だが、死ぬわけにはいかない。
また守るものを守れずに、終わるわけにはいかないのだ。
アイネが、ノイアが危機に瀕している。
もう大切な人を失いたくない。
母の時と同じような過ちを犯すことだけは、絶対に避けなければ。
──守るって誓ったんだ。だから……動け。……動け、動け!!
その想いに応えるように、シオンは今にも糸が途切れそうに震えている指先で、腰に付けている小型ポーチを開ける。
その音にカースが気付く。
振り向くとシオンの手に、ボールペンのようなものが握られているのが見える。
「ふん、最後の悪あがきか。手紙でも書くつもりか」
カースは周囲に誰もいないことを確認し、再び倒れているシオンの元に戻ってくる。
足音が近づいてくるのが、生暖かい地面を通して伝わってくる。
シオンは最後の気力を振り絞って、自らの首元にペン先をつけ、ノックキャップをカチッと鳴らした。
それと同時にカースが電子剣を唸らせながら、シオンの元に戻ってくる。
「何してるのかしらんが、これで終わりだ。じゃあな、クソガキ!!」
今度こそ、カースは電子剣を横たわっているシオンに向け振り下ろした。
その切っ先は心臓を貫く────はずだった。
「───二重加速!」
刹那に紡いだ言葉がシオンを加速させる。
横に転がり電子剣を躱すが早いか、そのままのスピードですぐさま起き上がる。
カースは驚愕し目を見開く。
シオンは使い捨ての『回復ペン』を投げ捨て、所持している最後のナイフを腰から抜き取る。
「このガキッ……!!」
理由など知る由もない。
死の際にいた人間が、突然復活する話なぞ聞いたこともない。
それでも、さすがは元ドセロイン帝国隊長を務めていた男。
不測の事態であろうと、動きを止めることはしない。
すぐさま電子剣を構える。
「三重加速!!」
それはシオンも同じことだった。
追い打ちをかけるなら今しかない。
距離を取るな。考える暇など与えるな。
今の自分が出せる瞬間最高速度を出し、今度こそ核にナイフを突き立てようとする。
「ヌオオオオッ!!」
「ハァアアアッ!!」
カースにはシオンの動きは見えていなかった。
だが、攻撃の来る場所は分かっている。
軌道上に電子剣さえ置いておけば、潰されることはない。
その考えが果たして功を奏し、突っ込んできたシオンのダガ―ナイフを切断した。
ナイフの刃が地面に空虚な音を立てて落ちる。
互いにそのまま体を交錯させ、位置が入れ替わる。
カースは左足を軸にし、すぐさま振り返りシオンの姿を捉える。
──勝った……!!
勝利を確信する。
シオンはまだ振り返っていない。
手に武器は握られていない。
装備もない。
おそらく、さっきのナイフが最後の武器だったのだろう。
全てがカースにとって有利な方向に条件がそろっていた。
邪悪な笑みを浮かべて、渾身の一撃を振り下ろす。
だが、それより早くシオンは背を向けたまま、前方に頭から飛び込む。
電子剣はコートを切り裂くだけに終わる。
「チィ……!!」
カースは舌打ちをしつつも、すぐさま追い打ちをかけるためにシオンに迫ろうとする。
しかし、それよりも早くシオンが片膝をついたまま振り向く。
三重加速をした影響だろうか。
表情は苦悶に満ち、息苦しそうに左手で胸のあたりを押さえつけている。
だが、カースはそれを好機とは捉えなかった。
見るとシオンの右手には、ハンドガンが握られていた。
最初の攻撃の時に彼が投げ捨てていたモノだ。
このまま突っ込めば格好の餌食だ。
リボルバーにはまだ一弾残っている。
「くッ……!!」
カースはたまらず電子剣を核の前にかざし、盾にする。
核さえ潰されなければ、人造人間は動くことが出来る。
この攻撃さえ防げば、あとはどうとでもなるのだ。
そして────シオンは引き金をひいた。
乾いた音が、廊下に反響する。
しかし、その瞬間の銃口は、カースを標的にしたとは思えない程大きく上に外れていた。
「は……ははは! 馬鹿めが、せっかくのチャンスを逃したな!!」
カースは安堵の色をにじませながら電子剣を下ろす。
対するシオンは両膝両手を地面につけ、息絶え絶えになりながら睨みつける。
カースはその姿を見てにんまりと笑い、トドメを刺そうと一歩踏み出そうとする。
だが、次の瞬間。
カースの体が不自然に揺れる。
「…………あ?」
その異変に気が付くのに、数秒を要した。
視線を下げ自分の体を見る。
左の脇腹近く。そこに一センチほどの孔が開いていた。
そう。
まさにそこはカースの心臓ともいうべき、“核”が内蔵されている場所に他ならなかった。
「何故だ!? 俺は確実に電子剣で核を守ったはず……。なのに何故だ!!」
銃弾如きでは電子剣の超振動を貫通することはできない。
だが、この孔は間違いなく弾痕であった。
「クソガキがァ!! 何しやがった!!」
カースは吠える。
だが、その返答はシオンからさらに奥の通路から返ってきた。
「跳弾だよ。ほら、君のその腹の孔、外側に装甲がめくれているだろう? それは銃弾が後ろから貫通した証拠さ」
その声は先ほど聞いたものと同じだった。
どこまでも軽薄な言葉使い。
どこまでも軽い声。
サセッタの白いコートをはためかせ、通路の奥から姿を現したのは、アスシランだった。
「誰だァ、テメエ……」
「うーん、エネルギー供給が完全に止まって浮ないところを見ると、核のど真ん中に弾が当たったわけじゃなさそうだ。『三重加速』をして狙いがズレたみたいだね、シオン君」
アスシランは側に来てしゃがみ込むと、小型ボンベをシオンの口にあてがう。
「アス……シラン、さん……? どうしてここに。クロテオードさんと……クラッキング、しに行ったはずじゃ……」
だが、アスシランはウインクをするだけで、特に何かを応えるわけでもなかった。
「おいよー、誰だって聞いてんだろ? そのコートを着てるってことは、サセッタなのか」
カースがしびれを切らし、苛立った口調で言った。
「まっ、そういうことになるね」
アスシランはそう言うと、シオンの頭をポンと叩いて立ち上がる。
「ところでさっき僕が言った“跳弾”の意味、分かったかい?」
「あんだと?」
カースは訝し気に眉根を寄せる。
その顔はまさしくブルドッグそのものだった。
アスシランは少し笑いながら、天井を指さす。
「ほら、そこに銃弾が擦れた場所があるだろう。そして、そこの壁と床にもひとつずつ。計三回の計算されつくされた跳弾で、君の後ろから核を潰そうとしたのさ」
確かにアスシランの言う通り、その全てに似たような削れた跡がある。
「まあ、結果は完全に潰すまでには至らなかったけど、それでもあと数分もすれば、エネルギー供給が追い付かなくなる。さて、以上を踏まえて、君はどうする? 逃げれば見逃してあげるけど、戦うっていうなら、ここからは僕が相手になるよ」
アスシランは腰から銀色に光る短剣を抜き取り、左手に拳銃を持つ。
「ぐッ……!!」
カースは顔を歪める。
確かに緑髪の男の言う通り、徐々に体の動きが鈍くなっているように感じる。
間違いなく“核”に何らかの損傷を負っている。
このまま戦えば敗北は確実。
あまりにも分が悪い勝負だった。
一歩、また一歩とカースは後ろに下がる。
アスシランはそれを追おうとはしない。
ただ笑顔を浮かべ、その様子を見つめる。
その顔がカースにとって、この上なく屈辱だった。
「くっっっっそがァ!! テメエ覚えてろよ!! そこのクソガキもなァ!! いつか必ず殺してやるからな!!」
そう叫ぶと、二人に背を向け、シオンが入り込んできた窓から飛び降りて姿を消した。
「負け犬のお手本のような捨てセリフだね……。あそこまでいくと、逆にすがすがしいものを感じるよ」
アスシランはそう呟いて、シオンを見下ろす。
「どうだい、シオン君。もうそろそろ落ち着いたかな」
「……はい」
シオンはゆっくりと立ち上がって答えた。
そしてヘラッとした笑い顔を浮かべるアスシランを一瞥する。
「いろいろと聞きたいことはあります。でも今は───」
「ノイア君とアイネちゃんを助けに行きたい、かな?」
まるで心を見透かしたように、シオンの言葉を代弁した。
「大丈夫さ、止めやしないよ。もうじきクロさんたちが、クラッキングを終えるからね。囮役はもう必要ない。好きなように動くといいよ」
アスシランは手に持っていた銀色の短剣をシオンに差し出す。
「…………ほら、持っていきな。今の戦いで全部壊れちゃっただろう?」
「……」
シオンは何も言わずに受け取り、そのまま背を向ける。
今のアスシランはどこか信用できない。
これ以上、話したくもなかったし、顔も見たくなかった。
目線を合わせない様に下を向いたまま、横を通り過ぎる。
アスシランもシオンの心情を察したのか、一言も言葉をかけることはない。
だが、やはり何かを言いたかったのだろう。
シオンが通り過ぎた数秒後にアスシランは振り返る。
「まっ…………」
しかし、口から出かかった言葉をギリギリでせき止める。
下唇を強く噛みしめたせいで、血が滲んでいた。
シオンが廊下の闇に消えていくのを、悲し気に見つめる。
アスシランの右手は、行き場のない感情を握りつぶしていた。