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八十話 企み




ドセロイン帝国城の北側、すなわち裏口が設けられている場所は、正門と違い自然が豊かで様々な種類の木が生えそろっている。

地面は庭師によって切りそろえられた芝生が生えそろい、さながら青い絨毯でも敷いてあるかのようである。

普段であれば小鳥たちがさえずり、貴族が気分転換にと散歩する穏やかな空間だ。


しかし、今は違う。

まるで見る影もない。


レーザー弾が地上と上空に飛び交い、手榴弾による爆破が地面をえぐり取る。

出来上がったクレーターには、人造人間(レプリオン)兵だったものがバラバラになって転がる。


そこで行われているのは、まさしくサセッタ 先兵特化部隊とドセロイン帝国兵の戦闘だ。

正門付近で行われている本部隊との戦い程ではないが、こちらも人数比の割には激しくぶつかり合っている。


ドセロイン帝国兵50人弱に対し、サセッタ側はたったの三人。

シオン、ランプ、ルナである。


ルナは上空で直径二メートルはある大きな羽を背中から生やし、自在に宙を舞う。

滑空する際の速さは、時速200kmをも凌駕し、地上から放たれるレーザーを華麗に躱していく。

加えて、そのスピードを保ちつつ、懐から小型時限式爆弾を折り曲げ、下に向けてばら撒いていき地上を攪乱する。


そうやって人造人間(レプリオン)兵の行動パターンを絞っていき、行きつく先に待ち構えているのはランプである。

モグラのセリアンスロープとなって地下から穴を掘り、ある程度の重さが加わると、底が抜けるように仕掛けを施す。

その罠に掛かれば地下10mの暗闇の底へと消えていく。


人造人間(レプリオン)といえども、そこから10mを飛び越えてくることは不可能である。



そして──。

その罠に掛からず、運よく二段階の連続攻撃を逃れた人造人間(レプリオン)兵には


「──二重加速(ジ・アクト)


両手に漆黒のダガ―ナイフを握ったシオンが、目にも止まらぬ速さで迫り、一人目の核を貫く。

矢継ぎ早に左手に持っていたナイフを逆手に持ち替える。

そのまま一人目の人造人間(レプリオン)の体を影にして、続く二人目が飛び出してきた瞬間に、裏拳の要領で核を再び貫いた。


「こ、こいつッ!!」


同じように、二段トラップを回避していた近くの人造人間(レプリオン)が、シオンに向け銃を構える。


「……ッ!!」


シオンは振り向きざまに、その存在を確認する。

距離は10m程。

攻撃を見切るために、セリアンスロープの能力の一つである“眼”を括目する。

そしてカウンターのために、再び加速しようと足に力を入れた。


しかし──。

ガクンと膝から崩れ落ちるように力が抜けていく。

第一帝国戦で負った、肺の傷の影響だ。


瞬間的な加速であれば、『二重加速(ジ・アクト)』はそれほど体に負荷が掛からない。

だが二人の人造人間(レプリオン)に接近した時のように、二秒以上加速し続けると、『二重加速(ジ・アクト)』であっても酸欠状態となり体の自由が効かなくなる。


数分前にも同じような状態に陥って、危うく命を落としかけたことが脳裏をよぎる。

その時はランプとルナに助けてもらったが、二人は今シオンを助けられる状態にない。


シオンは歯を食いしばる。

ここで死ぬわけにはいかない。

少しきついくらいがなんだ。動かなければならない理由があるだろう。


一刻も早く周辺の敵兵を片付けて、アイネたちの元に向かわなければ。

嫌な胸騒ぎは、まだ止まっていないのだから──。


二重加速(ジ・アクト)ォ!!」


シオンは鬼のような形相で、自身の限界を振り切る。

射出されるレーザー弾を躱し、一気に距離を詰める。


「な……!!」


人造人間(レプリオン)は目を丸くする。

まさかこの距離で、レーザーが躱されるとは思いもしなかったのだろう。

慌てて迫るシオンに照準を合わせようとする。


だが、シオンはそのまま敵の懐に入るが早いか、逆手に持ったナイフで銃口を切断し、残る右手で核を貫いた。


「ハアッ……、ハアッ……!!」


人造人間(レプリオン)の体から何とかナイフを抜き取り、息絶え絶えになりながら片膝を地面につく。

大量の汗が頬をつたい、青々とした地面に落ちる。


体中から力がそぎ落とされるようだったが、しかし、数分前とは違い意識が遠のくことは無かった。


「シオン!! 大丈夫なの!?」


遠くからランプが叫ぶのが聞こえた。

見ると地面から顔だけひょっこりと出して、シオンを心配そうに見ている。

顔中に土をつけ、その姿はまるで本物のモグラのようだ。


「はあ、はあ……。な、なんとかな……」


シオンは苦し気にそう返し、懐から小型ボンベを取り出す。

第二帝国戦(セカンドエディション)が始まる前に、アスシランより託された秘密道具(アイテム)の一つだ。

特殊な医療用気体の入ったボンベの、付属のマスクに口を当て二回深く吸い込むと、たちまち体全体に活気が戻ってくる。


眉間に寄っていたシワは薄れていき、呼吸も整ってくる。


「……よし」


マスクを口から外し折りたたんで、懐に戻し立ち上がる。


──少しずつだけど、体が今の体調に慣れ始めてるな。『二重加速(ジ・アクト)』の使える時間が、数秒伸びてる。


シオンは右手のダガ―ナイフをホルダーに収める。

代わりに腰に付けていた拳銃を手中に収め、再び戦闘態勢を整える。


丁度その時、上空にいるルナからの空爆によって土が巻き上がるのが見えた。

人造人間(レプリオン)兵らも必死に回避し、レーザー銃を構え応戦する。


無数に飛び交う閃光の一つが、高速で移動するルナの羽をかすめる。

それが原因だろう。

彼女が明らかに体勢を崩すのが、地上からでも分かった。


そのまま回転しながら落下していく。

どうにか持ち直そうとしているところに、再び閃光が雨の様に打ちあがり、ルナに追い打ちをかける。

体勢は崩れながらも、必至に羽ばたき躱していくが、どうにも腕のいい射撃主がいるのか何度も体をかすめる。


「ルナさん!」


シオンは形印(コントラー)を顕現させ、音速すらも見切る“眼”で人造人間(レプリオン)兵を観察する。


「……見つけた!」


銃を構えると、土埃の舞う中にいる一団の一人に向かって引き金を引く。

果たしてその弾丸は、数居る人造人間(レプリオン)の群れを掻い潜り、最も高い射撃精度を誇る男の右手に直撃する。


『あ、ありがとう。シオンくん……』


無線でルナから謝辞が入る。

見上げると、いつの間にか体勢を立て直して、小さく手を振っているのが分かった。

シオンも手を振り返して


「俺も助けてもらいましたから、おあいこです」


『う、うん!』


視線を戻し、さらに援軍が来て増えた人造人間(レプリオン)兵の塊を見る。

総勢100人にはなるだろうか。

上空・地上・地下の三層から自在に攻め立ててきたが、敵は減るどこか増えるばかりである。


だがここで退くわけにはいかない。

城の中にはクロテオード班とガルネゼーア班が、統括管制室に向かっているとの連絡が入っている。

本命がそれである以上、交戦状態にある今は、敵をこの場にとどめておくのがセオリーだ。

なおかつ、少人数で多く人造人間(レプリオン)を足止め出来るなら、それに越したことはない。


だが、デヒダイト隊が担っている任務は、統括管制室のクラッキングだけではない。

同時並行で行われているミッションがもう一つある。


HKVのデータを抜き取るという、アスシラン主導の極秘任務だ。


何としてでもその二つに加勢されないようにするには、ここが踏ん張りどころだった。


しかし──。

シオンだけはその枠組みにとらわれない例外だった。


「……アイネ、ノイア」


そう。

シオンにとっては残された二人の家族が、何よりも大切なもの。

守りたいものなのだ。


──二人の身に何かあれば……。いや、そうなる予兆が少しでも見られたら、その時は……。


シオンは両手の武器を強く握りしめ、二人が居るであろう八階建て南館に目を向ける。

現在地から真反対に存在する場所だ。

今すぐにでも駆け付けたい気持ちをグッと抑える。


アイネたちはその場所で今、HKVのデータを回収している。

そうなったのは、言うまでもなくアスシランが決めたことだった。

今回の第二帝国戦(セカンドエディション)、班編成から侵入経路まで全て彼が一任しているからだ。


それ故に、シオンには嫌な予感があった。


アスシランの第六感(シックスセンス)はほとんど未来予知に等しい。

それはシオンだけでなく、デヒダイト隊の誰もが知ることだ。


だからこそ、なぜこの班編成にしたのか。

何を“視て”この経路にシオンを配置したのか。

まるで意図的に二人と引き離したような采配である。


狙いが分からなかった。



モヤッとした気持ちでいると、戦場の状況が目まぐるしく変わっていく。

気が付くと目の前では、援軍に加わってきた人造人間(レプリオン)兵が、シオンに銃口を向けているところだった。


シオンは形印(コントラー)を首元に浮かばせる。

初期段階では左の首元だけだった黒い形印(コントラー)は、今や喉元・肩に伸びていた。


そして──。

シオンは片耳に付けているインカムを起動する。



「ファントム、アイネに繋いでくれ」







電子剣(エターナルサーベル)の機械音が静かに空気を揺らす。それに呼応するように、爽やかな昼風が二人の間を走り抜けた。

しかし、その爽やかな風に乗って運ばれてくるのは、物騒な爆発音や叫び声という、水と油のような組み合わせだ。


十中八九、正面口で衝突しているドセロイン帝国兵と、サセッタ本部隊の戦闘音だろう。

納屋と東南館を挟んでいても、なお耳が痛くなる程響き渡っている。


だが、対峙する二人はそれで集中が切れることはない。

全く耳に入っていない。

むしろ、集中力を高める丁度いい雑音程度の起爆剤だ。


二人が居るのは、帝国城正門から少し外れた南口にある、普段は誰も使わないような裏道のような場所。

黒曜石を極限まで研磨して造られた地面がどこまでも続いている。

少し離れた場所では、バイクが無造作に地面に打ち捨てられ、煙を噴き出していた。


「どうだい、さっきの啖呵は言い過ぎだっただろ?」


まるで子供を諭すように、緑髪の男───アスシランが言う。

その姿を電子剣(エターナルサーベル)を構えながら、バーキロンが睨みつける。


「君が二秒先を“視る”カルジェストエンジンで攻撃を仕掛けて来るなら、僕はそのさらに先──2.1秒後の未来を第六感(シックスセンス)で“視れば”いいだけなんだよ」


闘い始めて二分が経過しようとしていた。

無限の中の刹那ではあるが、命のやり取りをするには十分すぎる程の時間である。

その中で二人は、動きを読み合い、何十回も矛を交えた。


しかし、ついに決着はつかず、現在のような均衡状態に陥っていた。

その理由は明白だ。


バーキロンには抜群のセンスを誇る剣技がある。

だが、未来予測で負けるためその攻撃は当たらない。


一方で。


アスシランには過去・現在・未来を見通す第六感(シックスセンス)がある。

だが、戦闘が得意でない彼は、致命的なダメージを与えるに至っていない。


互いの強みと弱みが噛み合っているのだ。

それによって、どうしよもない負のジレンマが二人を取り巻いていた。


──くそ、早くコイツどうにかしないと。


バーキロンは内心で焦りを隠せずにいた。

こうして相手をしている間にも、母国のドセロイン帝国は敵の手に渡ってしまうかもしれないのだ。


──何かいい方法はないか……。何か……。


バーキロンが高速で演算思考を行う。


すると突然、アスシランが片耳に付けているインカムに手をのばす。

誰かと通話しているようだ。


「もしもーし、ブロガントかい? うん……、うん……。了解、コバルトの研究室に二人が向かったんだね。何としても成功させないとね、今後のレジスタンスに関わってくるから。……うん、それじゃ、頼んだよ」


そういって、満足げな表情を浮かべ通話を終える。

一言一句漏らさず聞いていたバーキロンは殺意を顔に滲ませる。


「おい、アンタ。何をしようとしている」


「何も? ただ、もう君をここで足止めしている意味はなくなった」


アスシランは踵を返し、その場から去ろうとする。

サーモルシティーの時と状況が全く同じだ。

何かを企みながらバーキロンと接触し、事が済んだらすぐさま煙のように消え失せる。


ここまでくると、『利用されていかもしれない』という疑いではなく、『利用されている』という確信に変わらざるを得ない。

そして、『何に』利用されているかが全く見えてこない。


それがたまらなく気持ち悪かった。


「おい、待てッ!!」


「もう会うことはないけど、君ならこの世界を変えられる。……後は頼んだよ」


そう言うが早いか、両手に握る拳銃を無差別に打ち鳴らす。

地面に、虚空に、足元に。

およそ無駄打ちと思えるそれは、バーキロンの気を逸らすためのもの。


たまに飛んでくる銃弾をバーキロンが処理している隙に、アスシランは懐から小型時限式爆弾を取り出し、放り投げる。


「しまっ──!!」


バーキロンが気付いた時には遅かった。

果たしてその爆発は、二人の中間地点で盛大に起こる。

光が走ったかと思うと、衝撃波と共に黒い煙が立ち込める。


「くそッ!!」


バーキロンが苛立ちを隠さずに叫びながら、黒煙から姿を現す。

すぐさまアスシランの姿を探すが、既に彼の姿はどこにもない。


「アイツ……、どこ行きやがった」


あてもなく走ってみるが、しかし見つかるはずもなかった。

その時、ふとアスシランが何者かと通信していた言葉を思い出す。


「確かコバルトの研究室がどうとか言っていたな。レジスタンスに関わるとも……」


バーキロンはしばらく思案する。

緑髪の男が何を企んでいるかは分からない。

しかし、そこにサセッタの仲間が向かっているという事は、何かしらのヒントが隠されているはずだ。


そしてそれは、今後のレジスタンスに大きく関わってくるもの。

邪魔されたくないが故に、ここで足止めをしたのだろう。


ならば、バーキロンのすることはただ一つだった。

正面口の本部隊に加勢して団体で戦っても、焼け石に水。

今でこそ押されているが、時間が経つごとに人数で勝つドセロイン帝国が盛り返してくるだろう。


であれば、“個”で動き、サセッタが欲しているモノを防げば、よほど効率的だ。

それは敵にとって、大きな負債を負うことを意味すると同時に、ドセロイン帝国を守ることにも繋がる。


バーキロンは決意を固めたかのように、右腕に巻いている“紅い布”に触れる。

そしてその足は、南館三階にあるコバルトの研究室に向け、歩みを進めていた。



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