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七十九話 何者




ドセロイン帝国 帝国城 王座────。

そこでは王と幹部らがノイローゼ気味になりながら、事の収拾を図ろうとしていた。


発端となったのは、20分前に起こったサセッタ襲来。

本拠地に攻め込まれているはずのレジスタンスの一団が津波の様に押し寄せ、不意をつかれたドセロイン帝国の指揮系統は、いまや機能していなかった。


まともな組織であれば、帝国王を筆頭に応戦するなどの対策を立てるのが普通である。

ドセロイン帝国という、実質的世界ナンバー2の軍備をそろえていれば、不法侵入者を撃退することぐらい訳ないだろう。


しかしながら、この帝国はまともでない。

六戦鬼(セクスセイン) ボリスという傍若無人な男に全ての権力を集め、政治から軍事まで任せきりだったのだ。

正確には、ボリスが勝手に権限を奪い、好き放題やっていたという方が正しいが。


さらに付け加えると、想像以上にボリスはそれらを上手くこなしていたので、甘い蜜だけ吸えると見た上層部は、あえて口を出さなかった。


だが、それも行き過ぎた。

現在のような非常事態に一切対応できない始末である。

長い年月ボリスに任せていたことによって、あらゆる組織が知らぬ間に改革され、どこがどの機能を果たしているか把握できていないのだ。


「おい!! 正面口はどこの隊が行ってるんだ!? 裏口にもレジスタンスが来てる、回せ!!」


「申し訳ございません! それが分隊長との連絡が取れず、どこの隊がどう動いているかも曖昧でして……」


「ええぃ!! ならばボリスに連絡しろ!! 今すぐ敵本拠地から戻って来いとな!!」


「そ、それも何度か試したんですが、繋がらなくて……」


「あのアホが! 肝心な時に役に立たんじゃないか、普段は偉そうに居座っているくせに!!」


癇癪だけが飛び交い、事態は何も収拾しないまま時間だけが過ぎていく。

普段から胡坐をかいて座っていたツケが、回ってきているようだった。







天空に樹木の枝のように広がる高速道路──すなわちロードホールから周囲の乗用車など一切眼中に入れず、風を裂くようにして飛び降りるバイクが一台。

ズンッ! という鈍い着地音がしたかと思うと、それはドセロイン帝国に向けて一直線に進む。


時速は200kmを超え、景色を全て置き去りにしながらエンジンを唸らせる。

正門のセキュリティーを強引にくぐりぬけ、帝国内に侵入する。

ヘルメットの奥にある透き通った青色の瞳は、普段の街並みにはない異変にすぐに気が付いた。


人が居ない。

まだ昼過ぎだというのに、往来を行きかう人々の姿が一切見られない。

この時間であれば家族連れや貴族らが、店に入り浸っているのが常だ。


そしてなにより、帝国内に響き渡る銃声と飛び交う怒号。

その音の大元はドセロイン帝国敷地内中央に位置する帝国城からだ。


しかしバイクを走らせる彼のいる場所から帝国城までは、まだかなりの距離がある。

耳を覆う風の音すらも突き抜けて、音が聞こえてくることも踏まえ考えると、戦いはピークに差し掛かろうとしているようだった。


「……クッソ!」



青年は悪態をつき、スロットルをフル稼働させる。

風を追い越すスピードをより一層極め、道なき道を走り抜けショートカットしていく。

視界が開けてくると、今度は高台を足場にバイクと共に宙を舞い、建物の屋根に着地する。

エンジンを唸らせ、そのままタイヤを走らせる。


次から次へと家々を飛び越えていき、スピードを全く落とさずに一直線で帝国城を目指す。

傾斜の屋根、激しい振動がハンドルを狂わせる。

だが、そんなものではこの青年の意志は止められない。

さらに加速していき、バイクの通った跡には焦げ臭い匂いとタイヤ痕のみが残る。


何十回目かのジャンプをしたところで、気が付けば目の前には10mを超える城壁が屹立している場所にまで来ていた。

中からは銃声が轟き、レジスタンスとの交戦が激化していることを告げていた。


このまま城内に入るには、屋根から降り城壁に沿って大きく回り込んで、正門から入るのが一番の最短距離だ。

むしろそれ以外の選択肢はないと考えるのが普通だ。


だが青年は大きく息を吐きだし、覚悟を決めたように瞳に力を込める。

そびえ立つ城壁から、最も近い家の屋根に着地する。


そして、次の瞬間───。


「ハァッ!!」


曲芸のような大ジャンプと共に空中でバイクごと一回転させ、正面の城壁に向け飛んだ。

城壁の上面にヘルメットの頭頂部か擦れる。

ほんの数ミリの差だったが、それでも完全に乗り越え、そのまま重力に従い落下していく。


だが、バイクは長時間限界を超えたスピードで稼働させ、道でない場所を通ったダメージが蓄積し、あらゆる部分にガタが来ている。

とてもではないが、10m上空からの自由落下の衝撃に耐えられる状態ではない。


しかし、青年もそのことは理解していた。

最初(ハナ)からバイクを使える状態にしておこうなどと考えていない。

帰還するだけの片道切符、使い捨て覚悟でここまで来ているのだ。


彼にそこまでの不動の意志を刻ませるのは、右腕に巻きつけた紅い誓いの布だった。


見ず知らずの孤児院の幼子(おさなご)に刃を向け、殺したことを。

その犠牲は自分の力不足で起こった悲劇だったということを。


決して忘れぬよう────。


そして今後、その悲劇を繰り返さないために、自らの母国──ドセロイン帝国の価値観を元に戻すと強く誓ったのだ。


その愛してやまない母国が、今、改革を前にレジスタンス如きに陥落しようとしている。

バイク一つ壊れたところで、彼の夢も壊れるわけではないのだ。

どうして歩みを止めることが出来よう。



青年はバイクが地面に着く数十メートル手前で、座席に両足を乗せるが早いか、そのまま足場として活用し、大空へ飛び出す。

空中で一回転すると、五接地転回着地で衝撃を分散し、着地を決めた。


一方でバイクはその脇で地面に激突し、火花が散らし煙を巻きながら滑るようにして前方に転がっていった。


「……ふぅ」


青年は急いで立ち上がろうと、膝に片手をついたその時


「やあ、待っていたよ」


不意に前方から声が聞こえた。

どこか遠いところで聞いたような口調に、記憶を探りながら目を向けると


「……あんたは」


「会うのはこれで二回目かな、バーキロン君」


そこには一人の男が佇んでいた。

後ろ髪の跳ねた寝癖はそのままに、サセッタのコートをはためかせながら微笑む。


まさしく、アスシランそのひとだった。


バーキロンは記憶を呼び覚まし、存在を一致させる。

そしてこの状況が『普通ではない』といち早く察した。



二人は以前に一度、顔を合わせたことがあった。

それは現在、バーキロンが保有する≪人類の叡智(カルタシス)≫が関係している。


話は少し遡るが、彼が≪人類の叡智(カルタシス)≫を所持するようになったいきさつは、サーモルシティーでサセッタに打ち倒された六戦鬼(セクスセイン)の一人──コバルトから奪い取ったことがそもそもの始まりである。


その現場に丁度、居合わせていたのがアスシランだった。

サセッタ側の立場である彼は、本来≪人類の叡智(カルタシス)≫を敵側に渡さぬようにするのが、行動として自然なものである。


だが彼はバーキロンと戦うことなく、意味深な言葉を残して、その場から姿を消した。

それが初めて二人が顔を合わせた出来事だった。



何かを企む人間の思惑が、全く読めないモノほど怖いものは無い。

その不詳の塊のような男が、まるで自分がこの場所に来ることを知っていたかのように待ち構えていたのだ。

これが異常でなくて、なんだというのだ。


バーキロンは警戒しながら立ち上がり、腰に付けている電子剣(エターナルサーベル)の柄に手を伸ばす。


「……俺に何か用でも?」


「まあね。君が早く到着するから、()()()()()()()()()()()()()()。その間、少し世間話でもしようと思ってね」


アスシランは飄々として言った。


だが、一刻も早くドセロイン帝国の加勢をしたいバーキロンは、眩く光る電子剣(エターナルサーベル)の刀身を出現させ


「断ると言ったら?」


「それは───戦うしかないね」


微笑みを浮かべ続けるアスシランに襲い掛かる。


バーキロンは片腕に電子剣(エターナルサーベル)を持ち、喉元めがけて突く。

半身にしながら腕をしならせることで、距離感を惑わしリーチを大きくとる。

バーキロンが得意とする剣技の一つで、一対一の場面で獲物を逃したことはない。

まさに意表をつく一撃必殺だ。


しかし──。


「ほらよっ……と!」


アスシランはまるでそこに切っ先が来るのを知っていたかのように、体を左にずらし、必要最小限の行動で回避する。


矢継ぎ早にコートの下からハンドガンを二丁取り出し、銃口をバーキロンに向ける。

1つは頭に。

もう1つは足に照準を合わせる。


状況が一転。

一撃必殺の右手の突きから、完全に死角に回られたバーキロンだったが、しかし



──カルジェストエンジン 起動



360度に視界を展開、さらに二秒後の未来を掌握する“切り札”を発動する。


果たして硝煙と共に放たれた弾丸は、一つは顔面に直撃する前に電子剣(エターナルサーベル)で焼き切られ、残る一つは片足を上げて躱される。


普通ならば確実に今の二発で、勝敗に旗が上がっていたはずだった。

それを難なくいなされたとあれば、多少は隙が生じるというものだ。


しかしアスシランは違った。

口角を上げると、再度照準を定め


「やるじゃないか、十分使いこなしているね」


言うが早いか、怯むことなくトリガーを立て続けに引く。


砲煙弾雨の如く、二丁拳銃から放たれた鉛の波が襲い掛かる。

だがカルジェストエンジンのアシストで、動きを“視ていた”バーキロンは既にバックステップを踏み、距離を取っていた。

その数メートル開いた空間は、飛来する弾丸を焼き切り、躱すには十分だった。


初撃を躱したアスシランと同じく、バーキロンも必要最小限の動きで電子剣(エターナルサーベル)を操り、次々と鉛丸を焼き落としていく。


鉛が頬をかすめる。

鉛が軍服を巻き込んで貫いていく。


緩む隙も無い。

瞬きすら許されない。

気を抜けばただの一撃で致命傷になる。

人造人間(レプリオン)の動きを止めるには、どういう攻撃をすればいいか熟知している手だ。

そういう意地の悪い箇所ばかりに弾丸が飛んでくる。


しかしバーキロンは人外じみた集中力を発揮し、その一切寄せ付けなかった。


そして──ついにアスシランの握るハンドガンの引き金が空を切る。

最後に放たれた弾丸を、バーキロンは油断することなく電子剣(エターナルサーベル)で焼き切った。


「すごいな、全部打ち落とされるとは思わなかったよ」


アスシランは硝煙の上がる銃口を向けながら、演技がかった驚きの表情を浮かべる。


「今ので分かっただろう、あんたの攻撃は俺に通用しない。殺されたくなかったら、そこをどくことだ」


バーキロンは電子剣(エターナルサーベル)を構えながら言った。


「そうかな? さすがにそれは言い過ぎだと思うけどなあ」


「……もう一度言う、そこをどけ」


強い口調でハッキリとそう言った。

だが、アスシランも微笑むだけで、攻撃を仕掛けてくる様子はない。


互いが様子を探るように目を合わせる。


バーキロンは電子剣(エターナルサーベル)の柄を握りしめる。

表には出さないようにしているが、彼には一つの不安要素があった。


それは最初に繰り出した“突き”の一撃。

ものの見事に躱されたが、対人戦であの攻撃が(かす)りもしなかったのは初めてのことだった。


剣を極めた相手ならば、躱されるのも頷ける。


だが、目の前で軽薄な笑顔を浮かべる男は、どうにもそういった経験はないように見える。

かといって偶然の出来事だったかと言われれば、それは感覚的に違うと言わざるを得ない。


明らかに剣の軌道から外れるようにして、意識的に体をズラしていた。

さらに正確なことを言えば、バーキロンが切っ先を向けた瞬間、既にアスシランは動いているようにも見えた。

そこに電子剣(エターナルサーベル)が来ると、予め分かっていないとできないような体捌きである


「不思議そうな顔をしているね」


アスシランが心を読み解くように言った。


「……なんのことだ」


「ほら、最初の君の攻撃さ。あれを躱した相手は、僕が初めてなんじゃないかい?」


「……」


バーキロンの背筋に悪寒が走る。

全てを見通したような言いぐさ。全てを見通したような瞳。

先程まで感じていた異常の流動体が、徐々に形となってバーキロンの心に滑り込んでくるようだった。


バーキロンの浮かべた表情をみると、アスシランはくつくつと笑い


「なんてことはないさ。ただ僕も君と同じように、少し先の未来が視えるだけだよ」


「なに?」


「まあ、僕の第六感(シックスセンス)は過去・現在・未来の全てを視ることが出来るから、バーキロン君の数秒先を予測するカルジェストエンジンとは、少し種類が違うかもだけど」


軽い口調でそう言った。

アスシランの口から出てくるはずのない固有名詞に、バーキロンは耳を疑う。


──なぜこいつがカルジェストエンジンのことを知っている!?


シオンの超スピードに対応するべく、作ってもらったシステムエンジン。

現在そのことを知りえたるのは二人のみ。


開発者であるロッキーとバーキロンだけだ。


唯一、第三者が知っている可能性を挙げるなら、それはカルジェストエンジンを搭載した日に、暴漢どもを差し向けて、戦闘を観察していたボリスぐらいであろう。

だが、仮にそこでボリスが勘付いたとしても、サセッタの人間であるアスシランが知っていることに繋がらない。


バーキロンが点と点を結べないでいると


「そんなに難しいことじゃあないよ。さっきも言ったろ、僕には第六感(シックスセンス)がある。君がシオン君の対策に、カルジェストエンジンを搭載するのは三年前から“視て”いた。ただそれだけさ」


アスシランはこともなげにそう言った。


その瞬間にバーキロンの体が凍り付く。

それは不気味さを通り越して、得体の知れない未知の生命体と邂逅しているようだった。

固有名詞どころか、動機まで正確に言い当てられるのは、もはや恐怖以外の何物でもないだろう。


「アンタ……、何者だ」


思わず口をついて言葉が出る。

そして、その問いすらも知っていたかのように、


「──ただの臆病者だよ」


アスシランは微笑んだ。







ドセロイン帝国城内。

三階にある薄暗い廊下を二つの足音が走り抜ける。響く音の大きさからして、子供だろう。


二人の行く先は、この一本道の先に続く“とある部屋”。

いや、“研究室”と言った方が正確か。

その“研究室”には原因不明、致死率100%のウイルス──HKVのデータが存在しているという。


アスシラン曰く、それさえ手に入れればワクチンを作れ、牽いては世界を変えうる大きな『切り札』になるという。

まさに混沌に陥っている、世界の救世主になりえるカードだ。


故にこのミッションは極秘。

アスシランを筆頭にして、知っているのはデヒダイト隊の一部のみ。

総隊長であるローシュタインすら知らないという、徹底っぷりである。


その任務に就いたのがデヒダイト隊の三人。

アイネ、ノイア、ブロガントである。


そして先程から無機質な廊下を走っている二人が、言わずもがなアイネとノイアである。

二人がひた走る道は、人ひとりがやっと通れるほどの幅だ。

普段は何かの運搬に使われていたのか、壁には一定の高さで塗装が剥がれており、無機質な空間により一層の哀愁を漂わせている。


サセッタの白いコートをはためかせ、少女と少年が走る。

前を走るアイネは尋常でないほどの汗をかき、時折苦悶に顔を歪める。

足元がおぼつかず、体勢が崩れそうになるたびに後ろを走るノイアがそれを支える。


「アイネ……、大丈夫?」


「大丈夫よッ……! 大丈夫だから」


アイネは左腕に巻いた紅い“誓いの布”を握りしめながら自分に言い聞かせ、再び走り始める。


第一帝国戦の最中に起こった体調不良。

黒い形印(コントラー)が体中に張り巡り、セリアンスロープの能力が暴走した(くだん)の出来事。


精密検査を受けたが結局原因は分からず、その後も『異常なし』だったため、こうして第二帝国戦(セカンドエディション)にも参戦していたのだが、様子を見るにどうにも再発しているようだ。


今もアイネの影を踏むように走っているノイアからは、彼女の首筋に形印(コントラー)が伸びているのが見える。

恐らく服の下にも広がっているに違いない。


苦しいのは表情を視なくても分かる。

いつも見ている背中が、こんなにも小さく見えたことは初めてだった。


ノイアは神妙な表情を浮かべ、後ろを振り返る。

そこには二人を先に行かせるために、殿(しんがり)として残ったブロガントが、形印(コントラー)を顕現させ手を鎌に変形していくのが見えた。


ノイアはグッと目をつむり、再びアイネの背中に視線を戻す。


──ブロガントさん、どうかご無事で……。


そして二人は足を止める。

目の前にはZの形で固く閉ざされた扉が見えてくる。

右上のプレートに『コバルト・B・ムカホンゴーチ』と刻まれている。


間違いなく目的の六戦鬼(セクスセイン) コバルトの研究室である。


アイネが懐から取り出した“CDCカード”を使ってロックを解除し──。

遂に二人はそこに足を踏み入れた。






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