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七十三話 サセッタ本拠地




オーシャン帝国内最南端に位置するマーオト区。有名な活火山がいくつもある場所で、一般人の立ち入りは禁止されている。


ここにマセライ帝国を中心とした三帝国の連合軍が大型ハイジェットで近くまで乗り付け、落ち葉を踏みしめ大移動を行っている。


そのあまりの多さに、足音だけでもやまびこが返ってくるほどだ。進軍している人造人間兵は総勢50万。その大軍が木の間を縫って移動し、通った後には土がめくれ上がり自然の成り立ちを破壊し尽くしていた。


やがて大軍が五つに分かれ、そこからさらに小隊と大部隊に分かれる。大部隊の筆頭には六戦鬼(セクスセイン)の面々が立ち並ぶ。


元ヌチーカウニ―帝国守護者 ホークゲン。

ロンザイム帝国守護者 バッハノース。

マセライ帝国守護者 キキョウ。

同じくマセライ帝国守護者 ゼノ。

そしてドセロイン帝国守護者 ボリス。


彼らが目指す先は言うまでもなくサセッタの本拠地。


分隊したのは本拠地の入り口が一つではないためだ。脱出経路や出陣経路を含めると全部で10以上ある。立体映像(ホログラム)で見た巨木を中心に半径五メートル圏内にそれらは点在する。


それら全てを押え逃げ場を無くして、セリアンスロープを全滅させる。それが本遠征の目的である。


ここに至るまでの三日間は24時間体制で監視を続け、広範囲を索敵し続けた。地表だけでなく上空や地下深くにも届く包囲網をはり、一歩でもアジトから出れば、直ぐに探知できるようになっていた。


であればもはや問答は無用。

地中深くの木の根に住みついている寄生虫を一掃するのみ。


人造人間兵らが足を止める。

その先頭では、総指揮を帝国統王より承ったボリスが、サセッタ本拠地につながる木を睨みつける。



「侵入しろ!」



ボリスの号令の元、各侵入経路についた人造人間(レプリオン)兵が突撃していく。大軍隊の無数の足音が地をふみ鳴らし、それが緊張感を生み出して決戦が近づいていると闘争心を駆り立てる。


部隊は勢いを止めない。


セリアンスロープの力によって作り出された木に溶け込んでいき、そのまま階段を下っていく。進む先にある固く閉ざされた分厚い金属の扉には、電子剣(エターナルサーベル)で焼き切りこじ開ける。


そこから一気に駆け下りると視界が開けると、根の中とは思えない光景が飛び込んできた。


まず感じたのは外界と何ら変わらぬ光。


閉鎖された空間とは思えぬほどの光量だ。見上げれば、サセッタの特殊な技術で創り上げられた投影装置によって大空が映し出され、白い雲がゆっくりと漂っている。


その次に目に飛び込んできたのは建築物。全て木造ではあるが、セリアンスロープが住んでいるであろう建物が一定の間隔で並んでいる。


根全体が環状扇形になるように形造られ、その中心の弧にあたる場所には歪な形をした黒い塔が見えた。


木造住宅が立ち並ぶ中でひときわ大きく、ひときわ異質な存在を放つ。何とも言えない不気味さがひしひしと伝わってくるようだった。


「ほぉ~、立派なもんだな」


部隊の先頭に立ち、サセッタ本拠地の全てを見渡しながら六戦鬼(セクスセイン)のボリスは言った。


「さて……」


ボリスは自身の内部に搭載されている通信を、別の場所から侵入している六戦鬼(セクスセイン)たちに繋げる。


「お前ら経過はどうだ。……特にホークゲン、ビビッて逃げ出してねーな?」


『心配には及ばないさ、今しがた侵入したところだ』


ホークゲンは挑発に冷静に返事をする。今だに自らの帝国を見捨てて逃げてきたことは、六戦鬼(セクスセイン)の中でも小馬鹿にされる対象だった。

動揺もせずにそう言われたことに、ボリスは内心面白くないと舌打ちした。


続いてキキョウ、バッハノースからも通信が入る。


『わっちらも侵入した。いつでもかかれる』


『拙者も同じく』


後は残り一人、ゼノからの報告待ちだったが


「ボリスさん。あ、あれは何でしょうか……」


人造人間(レプリオン)兵の一人が前方を指さす。ボリスは言われるまでもなく気付いていた。


ボリス達のいる出入り口のゲートから見えたのは、五つの場所から信号弾が撃ちあがっている様子だ。


さらに息をつく間もなく続けて5発、同じ場所から撃ちあがる。同じ場所からは6弾、総計で30弾の信号がサセッタ本拠地の空気を色鮮やかに染める。


赤色、中央黒塔。

青色、11番街。

黄色、8番街。

緑色、6番街。

黒色、3番街。


これらから撃ちあがる6本の信号弾を見て、ボリスは眉根にしわを寄せ顔を歪める。そこに残り一人のゼノから報告が入る。


『おー、ボリスよぉ。あのミミズみてえな花火なんだと思うよ』


「明らかに挑発だろう。同じ場所から同色の信号弾が6回、それが5か所。俺ら六戦鬼(セクスセイン)を誘ってんだよ」


ボリスは冷静に分析する。ゼノもそれが分かっていたように小さく笑う。


『ア゛ー、だろうなあ。事もあろうに人類最強の俺ら六戦鬼(セクスセイン)に向かって挑発とは、良い度胸してるぜ』


「逆だ。俺らを警戒しているからこそ、挑発に乗せて単独行動させようとしてるんだろうよ」


『ア゛? なんだその言い草は、テメエ売られたケンカを買わねえ気か? 六戦鬼(セクスセイン)の名が泣くぜ』


「ククッ、冗談よせ。金は腐るほど持ってる、買えないものはない。だた俺が買うのは挑発だけじゃない、その愚かな命もついでに頂く、そうだろ?」


挑発には死をもって罰する。これはボリスがドセロイン帝国で敷いていた絶対的なルールでもあった。

どれだけの力を持っていようと、このボリスという男の前では全てが無力。


あらゆる力──すなわち支配力・財力・戦闘力など、およそ頂点に立つ人物にふさわしいものをこの男は全て兼ね備えていた。


故にボリスに盾突こう者など現れるはずもない。現れたとしても芽が出る前に摘まれる。数日前のバーキロンがそうだったように、この悪魔のような男の前では逆らうことは許されないのだ。


ボリスは再び六戦鬼(セクスセイン)に呼びかける。


「おう、お前ら。サセッタがパーティーに参加して欲しそうだ、招待に預かるとしようか。身だしなみはしっかり整えていけよ。さぞかし豪華絢爛なお出迎えをしてくれるだろうからなあ」


ボリスは不敵に嗤う。

おそらくこの信号弾の元には、あらゆる罠や仕掛けが張り巡らされているだろう。


周囲の建物に何百人と潜んでいることも考えられる。サセッタの力を総動員して六戦鬼(セクスセイン)を潰しにかかってくるはずだ。


この方法ならば確実に討ち取れると希望を抱いている。


だからこそボリスはあえて挑発に乗るのだ。決して届かぬ相手がいるということを、相手の用意した舞台でその希望ごと打ち砕くつもりなのだ。


懸命に考えた作戦ごと沈んでいくレジスタンスの涙は、さぞかし甘い味がするだろう。

どれほどの甘さなのか、考えただけでボリスの嗤いは止まらなかった。


あらゆる罠・仕掛け、ただのセリアンスロープを集めたところで、六戦鬼(セクスセイン)相手には有象無象も同然だ。


数を増やしたところで優位に立てるわけではない。≪人類の叡智(カルタシス)≫を有する六戦鬼(セクスセイン)を相手にするということはそういうことだ。


「行くぞ」


ボリスは通信越しの六戦鬼(セクスセイン)にそう言うと、重力を操り宙に浮く。刹那、ポケットに手を突っ込んだまま、凄まじいスピードで風を裂き一直線に飛んでいく。


それを合図に他の六戦鬼(セクスセイン)もそれぞれの≪人類の叡智(カルタシス)≫や独自の身体能力を使い、近くのパーティー会場に赴く。


『ぼ、ボリスさん。我々は……』


取り残された人造人間(レプリオン)兵から通信が入る。

風を感じながら、ボリスは明らかな不快感を示した舌打ちをする。


「お前たちは指示がないと何もできないのか? レジスタンスは一匹たりとも残すなと予め言ってあるよな?」


『は、はい。申し訳ございません……』


「街に火を放ってあぶりだせ、よく燃えるだろうよ。セリアンスロープは皆殺しにしろ」


強制的に通信を切断し回線をブロックする。

短いやり取りだったが、ボリスの気を苛立たせるには十分だった。


さらに移動スピードを上げ高級スーツが激しくはためく。気が付けばサセッタの打ち上げた信号弾の目と鼻の先にまで来ていた。


ボリスから最も近かったのは赤い煙が打ちあがっている場所。サセッタ本拠地で異彩を放つ黒塔だ。この敷地内で唯一木造ではなく、カーボンを取り込んだ特別製の建物だった。


その最上階と思わしき場所から誘いの赤い煙幕が上がる。窓は全て閉じられ、頑丈な塔の壁がボリスの行く手を阻む。


「……ちょこざいな」


急停止したかと思うと、片手を壁に向ける。そのまま≪人類の叡智(カルタシス)≫──無天繚乱を起動させると、一瞬にしてカーボン製の壁が建物の内側へと吹き飛ぶ。


重力を操り、その応用で引力と斥力を巧みに使い分けることで宙を飛ぶことができる。そして出力調整によっては破壊兵器になることすら可能である。


無天繚乱と二つ名がつくそれを駆使して、遠目からでも分かる大穴を開けたボリスは、ホコリひとつ身に付けずに建物内へと足を下ろした。


さてどのような仕掛けを施したのか。どれだけのセリアンスロープが潜んでいるのだろうか。そんなことを思いながら、ボリスは余裕たっぷりの表情で周囲を見渡す。


しかしそこにいたのは、無数の罠でも、大人数のレジスタンスでもなかった。

ただ一人、吹き飛んできた瓦礫の上に立っている男がいた。サセッタの白いコートを羽織り、黒い髪の毛を後ろで結ぶそいつはサセッタにいる隊長の一人


「Cool、君は確か六戦鬼(セクスセイン) ボリスだったよね~。Surpurising、思ったより厳つい顔しているんだね~」


黒い形印(コントラー)を浮かばせていたのは、サセッタ隊長 ミラージその人だった。








六戦鬼(セクスセイン)のホークゲンが≪人類の叡智(カルタシス)可異転生(デミウルゴス)で空気に干渉し、それを足場として水素爆発を起こさせ加速して移動する。


一気に青色の信号弾が打ちあがっている場所にまで宙を駆け抜ける。


「……なんだい、どこかで見た顔じゃないか」


地面に着地したと同時にホークゲンは正面の敵を見て言った。

青色の信号弾が打ちあがるその場所──11番街の小さな公園で待ち構えていたのはサセッタ隊長、コェヴィアンだった。

特徴的な能面のような顔からは相変わらず感情を読み取れない。


「お姉さん一人で何してるのさ。それともどこかに味方を潜ませてるのかな」


口調こそ砕けているが、その眼は油断なく周囲を警戒している。ホークゲンはボリス程、六戦鬼(セクスセイン)という異名に妙なプライドを持っていない。相手が誰であろうと慢心することはありえない。常に本質を突く曇りなき慧眼をもって相手と接する。その点で言えばこのホークゲンという男は六戦鬼(セクスセイン)の中で一番厄介な性格をしているかもしれない。


その性質を雰囲気で察したのか、コェヴィアンは形印(コントラー)を顕現させ戦闘態勢を整える。


「ローシュタイン総隊長の(めい)により、六戦鬼(セクスセイン)を排除スル。そのタメに貴様をここに呼び寄せタ」


「わざわざ挑発に乗ってあげたんだから、そんな怖い顔しないでよ。ホントは全軍率いてきても良かったのよ」


ホークゲンは眉を上げながらおどける。しかし、六戦鬼(セクスセイン)の冗談にコェヴィアンは眉一つ動かさない。


「……つれないねえ。赤の他人をそこまで掛け値なしで信頼しているのかい。羨ましいねえ、信じられるものがあって。俺なんか知らない間に記憶を消されて、皆から知らぬ存ぜぬ顔で接されていたのに」


ホークゲンは寂し気な表情を浮かべる。

記憶を消されているという事実が疑惑から確信に変わった今、彼の心の在処は定まっていなかった。今まで信じていた対象に裏工作を行われ、それを行った後も何食わぬ顔で接してこられていたのだ。不審感を抱くのはもっともだ。


例えその原因がクーデターを企んでいたことにあるとしてもだ。


だが、ホークゲンという男はなんの気なしに大仰なことをする性格ではない。沈着冷静、できるだけ事を大きくせず丸く収めようとする気質にある。それはホークゲン自身が一番よく分かっていた。


──この俺がクーデター……か。まったく、一体全体記憶を消される前の俺は、何考えてたんだろうねえ。


自嘲気味に笑いながら、目の前に相対するコェヴィアンを見る。

細い切れ目から真っすぐな澄んだ瞳。かつて何も疑うことなく帝国守護者としての使命を全うしていた自分を思い出す。


「……まったく、ほんと羨ましいね。純粋に誰かを信じられるってのは」






「さて、予想通り六戦鬼(セクスセイン)は挑発に乗って単騎で仕掛けてきたか」


ボリスが乗り込んできた黒塔の一階部分。モニターがハエの眼のように所せましと並び、画面の光のみが部屋を照らす。モニターには各信号弾が上がった場所や、出入り口のゲート、13箇所の番街地にある定点カメラから映されている。


その機械的な光に照らされ、独り言のように呟いた男の名はローシュタイン。サセッタ総隊長にして最高指揮官、まさにレジスタンスを束ねる唯一無二の男と言っても過言ではない。


そのローシュタインの背後には隊長の一人、コールルイスが無表情で同じように画面を見つめていた。目の下にクマができ、時折体調の悪そうにせき込む様子がみられる。一見して病弱な印象を持つが、体調を崩しているわけではない。いつものことだ。一種の癖のようなものである。


「こほっ、こほっ……。六戦鬼(セクスセイン)が各隊長の元に行ったんですか?」


「ああ、そうだ。君はさっき帰ってきたところだから、今回の作戦を知らなかったね」


ローシュタインは踵を返して言った。用が済んだのかモニターの部屋を後にし、その後ろからコールルイスも続く。

そもそもコールルイス隊は第一帝国戦(ファーストエディション)を終えた後、本拠地に戻らず三日ほど救援活動を行っていたのだ。隊長であるコールルイスはもちろん同伴していなければならないため、ここ数日で行われていた隊長会議に参加していなかった。


モニタールームで大まかな内容は読み取ったが、ローシュタインは作戦について何一つ教えなかった。コールルイスがそのことについて触れようとすると、意図的に話題を反らすのだ。


「こほっ、こほっ……。僕は今からどうすればいいですか」


もう一度尋ねたが、前を歩くローシュタインは一切答えない。しばらく無言の空間が続き、気が付くと普段会議で使っている多目的ホールに足を踏み入れていた。


コールルイスが部屋に入った瞬間に全方位の扉に自動でロックが掛かる。予想外の出来事に思わず扉に振り返る。じわりと嫌な汗が頬を伝った。


「…………僕も外に出て参戦します。あまり戦闘向きでないコェヴィアンさんのフォローに──」


「いや、それには及ばない」


背を向けたまま最高指揮官は告げた。その一言で背筋が凍る。

そしてゆっくりと振り返りコールルイスを見つめる。その瞳はどこまでも暗く、どこまでも冷たい。普段の優し気な瞳とはあまりにも乖離し過ぎていた。


そして告げる。


「君が内通者だね、コールルイス」





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