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七十一話 承十陽拳




サセッタ本部 三番街『コーラル』。

かつてサセッタに入るための選抜試験が行われた場所だ。

訓練が行われていない日は、白い空間がどこまでも広がっているだけである。あまりの純白さにちょっとした錯覚が起こり、地面に立つだけで徐々に平衡感覚が乱れてていき、自分を見失うこともあるという。


しかし、そんな場所も投影・投身機を用いて、ステージ選択をすれば目の前は瞬間的に変貌を遂げる。選抜試験の時であれば住宅街、訓練の時であれば森林や荒野など、実に百種類の空間を実物さながらに投影できる。


そして今日もここコーラルで、草原を舞台に設定して訓練を行う隊員たちがいた。


「承十陽拳──三陽 独歩!」


ノイアが五メートル先にいるガルネゼーアとの距離を、滑るようにして一瞬で間を詰める。一切の足さばきも行わず、次に繰り出す拳を構え重心を低くした体勢のまま懐に入った。


「一陽 絶波!」


体中の筋肉のねじれを掌底に集中させ放つ絶技。

承十陽拳の基礎にして最大威力を誇るこの技を、ノイアは完全に会得していた。


「やるじゃん、ノイア。でも……、二陽 旋華!」


ノイアの技が炸裂する刹那。

ガルネゼーアは腕全体をきりもみ状に穿ち、瞬間的に竜巻にも似た突風を巻き起こす。

強烈な風の壁にノイアの腕が絡めとられ、掌底は明後日の方向へと向けられる。


「くッ……!」


「くっ、とかカッコつけてる暇ないよ、ノイア! 攻撃が躱されたらすぐに相手の重心を見る!」


ガルネゼーアがその場で素早く回転すると、その慣性を利用して蹴り飛ばす。

ノイアは勢いよく宙を舞い地面に転がる。

しかし、そのまま直ぐに立ち上がり


「……ッはい!」


「いい返事じゃない。じゃあ、今度はこっちから行かせてもらうよ!」


予備動作を一切見せず滑るようにして距離を詰める歩法──三陽 独歩を用いて迫る師匠の攻撃に対応する。


ガルネゼーアが掌底を繰り出し、業を放つ。


「一陽 絶波!」


対するノイアは拳を軽く握って


「八陽 反虚!!」


全ての反作用に働く力を操り、自身の一陽 絶波に上乗せして放つ妙技を繰り出す。

二人の攻撃が交わった瞬間、すさまじい衝撃音が草原に響き渡った。





「いやー、ノイア~。アンタ随分強くなったね」


黒色のノースリーブを着て、褐色の肌を惜しみなくさらけ出す。

ガルネゼーアは爽やかに笑いながら、青々とした草の上に寝ころぶノイアに飲み物を投げ渡した。

投げられたボトルは、ノイアの手をすっぽ抜け顔面に直撃する。


「あぃったー!」


「……結構音したけど大丈夫?」


「な、なんとか」


ノイアは鼻をさすりながら上半身を起こした。

どこまでも緑に広がる地平線と、青く染まっている空の境目を見つめる。

とても機械で作り出された光景とは思えない程きれいだった。


「僕は……本当に強くなったんですか? 最後だってガルネゼーアさんの攻撃を弾き返せなかったし……」


「なあに言ってんの。年季が違うんだからそんな落ち込むことはないじゃんか。むしろよく短期間でここまで成長したって。最後のも結構追い込まれて本気だったし」


「……へへへ、そ、そうですかね。あんまり人から褒められたことないから、そう言われるとこそばゆいなあ」


ノイアは嬉しそうに膝を抱えて体を揺らす。

その横にガルネゼーアは腰を下ろして、手に持っていた清涼飲料水を一口飲む。


「ぷはぁ、やっぱ訓練後の炭酸は旨いね!」


「体に悪いですよ~?」


「そんな堅いこと言うなって。ほら、ノイアも飲む?」


「……っえ、でも間接……」


「ぷ、あははははは! 子供か! と思ったら子供だったね! いやー、突然だったからびっくりしたわー。あー、久々に笑ったぁ……」


「べ、別に笑わなくても!」


ノイアは耳を真っ赤にしながらそっぽを向く。

ガルネゼーアは笑いすぎて目尻に溜まった涙をぬぐう。


「ごめんごめん。アンタがあまりにも可愛い反応するもんだから」


「……まだ馬鹿にしてるし」


「まーまー、いいじゃん。最後の訓練くらい」


「えっ……?」


ノイアが振り向く。


「ど、どういうことですか、最後って」


「言葉通りさ、今日で私はアンタの師匠としての役目を終えるってこと。教えられることは全て教えた。ノイア、アンタはもう十分強くなったんだ。なら後は自分で業を磨くだけさね」


ガルネゼーアは満天の青空を見上げながら微笑んだ。

草原に吹き抜ける心地よい風が、汗を星屑に変える。


「そんな……、だってまだ完璧じゃないんですよ? 出来るようになっただけで、ガルネゼーアさんと比べると天と地ほどの差が……」


「それは甘えじゃん、ノイア。いつまでも頼ってたら、それこそ本当の強さは手に入らないって」


ちくりとノイアの心が痛んだ。

そっけなく言っているように聞こえるが、しかし彼女にはまるっきり悪気はない。通常運転だ。長いこと一緒にいるノイアもそれは分かった。


しかし、ガルネゼーアの歯に衣着せぬ物言いは、時として鋭い刃物になることがある。弟子として過ごしてきた半月でだいぶん慣れてきたと思っていたが、しかし今回の獅子は我が子を千尋の谷に落とすともいわんばかりの言葉は、ノイアには堪えた。


「……でも、まだ教えてもらってないことが一つだけあります」


それでもノイアは食い下がるように言う。


「承十陽拳の最後の業──“十陽”です」


「……」


「九陽の“断覚”までは教えてもらいました。でもまだ十陽は……」


ガルネゼーアはノイアの頭の上に、そっと優しく手をのせる。


「私も昔師匠に同じことを言ったら、『この拳法には絶対に護らねばならん決まり事がある』っていわれてさ──」


そう言って、どこか悲しげな顔を浮かべながら代々伝わる文言を教える。



承十陽拳の本質は己の在処を問うものなり。

その真意は陰に捕らわれぬ九つの陽を承り、承けたまわざる十を以て導き出さん。

されば継承者は唯一無二となり、伝承者は其の者に陽を返還す。



「──ってな感じ。要は九陽までは型があるけど、残りの一つは継承者が自分で見つけ出すのさ。師匠に“恩返し”するために」


「……“恩返し”?」


「そっ、弟子が師匠を超えることをそう呼ぶんだ」


「じゃあ、ガルネゼーアさんはもう恩返しを?」


ガルネゼーアはゴロンと青々とした自然の絨毯に寝転がった。

白い雲がゆっくりと大空を漂っているのを遠い目で見つめる。


「……まだ出来てない。というより、私はまだ師匠に正式に後継者って認めてもらえてないのさ」


そよ風がほほを撫で、草が自然の息吹と一緒に音を奏でる。

ノイアはガルネゼーアの言った言葉が理解できなった。


「私のほかにも弟子はたくさんいてね、二百人くらいだったかな。伝承者がそれほど多くの弟子をとることは滅多にないんだけど……。んなもんだから、私も何とか滑り込みで弟子になれたのさ」


そう言いながらガルネゼーアは笑って見せた。

そこでの思い出話や、他の弟子たちとの様子を懐かし気に語った。

厳しい修行だったが、隣には常に仲間がいた。その旅に励ましあい、勇気づけ、笑いあった。修行だけでなくプライベートでも夜中こっそり抜け出して冒険したり、お菓子をつまみ食いなどして遊んでいた。


あまりに楽しそうに話すため、聞いているノイアも次第に聞き入っていった。


「──だけどある日、あの事件が起きた」


そう言うと、それまでの楽しげな様子から一変して、ガルネゼーアは険しい表情をうかべる。


「事件?」


ノイアは不穏な空気を感じる。



「──師匠が、弟子を全員殺したんだ。白昼堂々とね」



一堂に集めた弟子たちに対し、たった一言『生き延びて見せよ』という言葉を投げかけ、その悲劇は起こった。

二百人の継承者と一人の伝承者が殺しあったのだ。


「そして私はただ一人生き延びた、正確には逃げ出しただけなんだけどね。……だから私は“恩返し”をしてない。というか理由もわからずいきなり殺されかけたら、もうしようとも思わないさね」


「……そんな、酷い」


「まあよくわからない人だったよ、あまり自分のことを語らない人だから。だから次会ったら、今度はこっちが半殺しにして聞き出してやるつもりさ。なぜあんなことをしたのかってね!」


仰向けの体勢から、勢いよく跳ね上がり大地に足をつける。

小気味よい風にあおられ、ガルネゼーアの金髪が河川のようになびく。


「次会ったらって……。生きてるんですか、その人。HKVとかで死んじゃってるんじゃあ……」


「ああ、それは大丈夫さ。師匠は超有名な人造人間(レプリオン)だから」


「……?」


ノイアは小首をかしげる。思い当たる節がなかった。

ガルネゼーアは瞑想でもするかのようにしばらく目を閉じた後、


「私の師匠の名は──」


振り返って澄んだ藍色の瞳をノイアに向ける。


そしてその名を口にした。



「──六戦鬼(セクスセイン) キキョウ」




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