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六十九話 ホークゲンとキキョウ




サセッタの本拠地を壊滅させる。

マセライ帝国統王(キング・オブ・キング)から下った指示だった。

この命令は瞬く間に属国である、ドセロイン帝国とロンザイム帝国に届いた。


三日後の明朝の日の出と共に攻撃を仕掛ける。

編成する軍の人総勢は50万超。一国の人口と比べても遜色ない人数だ。

内訳としてはマセライ帝国が七割、ドセロイン帝国が二割、ロンザイム帝国が一割となっている。


もちろんどの帝国も自国に存在する、全ての兵士を遠征に出すわけではない。

一部に過ぎないが、それゆえにマセライ帝国との差が瞭然だ。

国の力は民の数。

いかに強大な力を有しているか物語っている。


と同時に、帝国統王(キング・オブ・キング)のなみなみならぬ覚悟が伝わってくるようだった。


ここで反逆分子を潰す、と。


そのため各属国は六戦鬼(セクスセイン)を筆頭に指揮を執り、その準備に追われていた。



そしてここにも一人、慌ただしく動くマセライ帝国内で筆頭に立つべき人造人間(レプリオン)がいた。

六戦鬼(セクスセイン)──ホークゲン。

守護対象であったヌチーカウニ―帝国を失った彼は、現在元の所属先であるマセライ帝国に従事していた。

帝国統王(キング・オブ・キング)の指示の元、人数の調整やそれに合わせた各メンテナンス、編成などを任されていた。


そのホークゲンはマセライ帝国内にある人造人間(レプリオン)集査所に来ていた。

機材だけの殺風景な通路を見て回る。


それはまるで巨大な工場だった。

何千人という人造人間(レプリオン)が入れ代わり立ち代わり、巨大な機械を扱う。

蒸気の音や高周波が周囲の鉄骨に反響する。


ホークゲンの歩く両脇には、人造人間(レプリオン)一機が入れるカプセルが並んでいた。

列を目でなぞっていっても先が見えないほどだ。

そこにいくつもの管が絡み合い、カプセルの後ろに接続されている。

このカプセル内で人造人間(レプリオン)のメンテナンスや、核のエネルギー補充を行っているのだ。


しかし、ホークゲンはそれらには見向きもせず、何かを探すようにして周囲を見渡す。


「……あそこか」


何かを見つけたのか、カプセルの間を縫って向かう。


「こんなところにいたのか」


「誰かと思えばホークゲンか。わっちに何か用か」


工場全体を見渡せる高台にいたのは、ホークゲンと同じくして六戦鬼(セクスセイン)のキキョウだった。

燃えるように赤い着物には春の花柄が刺繍され、そのあまりに色鮮やかさに誰しもが一度は目を奪われる。


「いやあ、むさくるしい六戦鬼(セクスセイン)の唯一の清涼剤、紅一点のキキョウちゃんと世間話をしたいなーと思って」


「わっちは軽薄な男は嫌いだが、嘘つきはもっと嫌いでありんす」


刺し殺すようにホークゲンを一瞥する。


「おぉ、怖い怖い……。そんな恐ろしい顔しなくてもいいでしょうよ」


「それで何の用でありんすか。天牙楼城(キング・オブ・キャッスル)から、とんと離れたこんな片田舎にわざわざ」


「相変わらずつれないねえ。久しぶりに会ったんだし、もっとこうハグ的なの欲し──」


その瞬間、キキョウの纏う雰囲気が変わる。

明らかにホークゲンに対して黒い殺気を向けてる。

彼女が半身を向けただけで、一歩退いてしまいそうな圧がかかる。


「じょ、冗談冗談! ちょっとしたジョークでしょ?」


「……フン」


「お前さん、今の結構本気じゃなかった? 仮にも俺たち仲間でしょうよ」


「わっちに仲間などありんせん。(ぬし)が勝手にそう思いこんでいるだけでござんしょう」


妖艶に微笑みながら、ホークゲンを値踏みするようにねめまわす。

サセッタと戦った時から着替えていないためか、服は薄汚れ腹のところに大きく穴が開いている。

人造人間(レプリオン)であるため異臭は放っていないが、見ていて心地のいいものではない。


「ホークゲン。主、着替えてきなんし」


「前衛的なファッションなんだよ、これ」


「ふぁっしょん……」


「そ、だから好みじゃないからと言って、排他的になるのはよくないよ。少しの間だけ我慢して欲しいねえ」


キキョウは深くため息をついた。

いっそのことこの減らず口の男を、殺してしまったほうがいいのではと思う。


「……で、話というのは」


しかし、そこは六戦鬼(セクスセイン)といえども理性は併せ持っている。

諦め口調でキキョウは話を促す。


「聞きたいことがあってねえ、あの少女についてだ」


「アーカーシャのことでありんすか」


キキョウがその名を口にした。


アーカーシャ。

第一帝国戦(ファーストエディション)の際、ヌチーカウニー帝国統括管制室で眠っていた少女。

黒髪おかっぱの彼女の存在は、帝国守護者であるにもかかわらず、ホークゲンは知らなかった。


帝国から逃走してから、ヌチーカウニー帝国王に様々なことを問いただしたが、唯一口を割らなかったのが彼女のことだった。

その関連なのだろう、ホークゲンの記憶が無くなっていることについても、帝国王が話すことはなかった。


自分の記憶に何らかの形で、あの少女──アーカーシャが関与している。

ホークゲンはそう睨んだ。


「そう、彼女のことを聞きたいんだ。さっきの評議会にも出席してたし、彼女は何者なんだ?」


「ああ、そうか。そういえば、主は記憶を消されていたな。通りで会議中もたわけた顔をしていたはずよ」


キキョウの一言にホークゲンの目の色が変わる。


「やはり消されていたのか」


「ほー、薄々気づいていたか。聡明な男よ。まあ、それがために消されたようなものではあるが」


キキョウは背を向けて高台から降りていく。

場所を変えるつもりなのだと、ホークゲンは察した。


「なぜ、俺の記憶だけ」


キキョウの後を歩きながら、ホークゲンが言った。


「ふむ、まあ簡潔に言うと、『主は裏切ろうと裏で画策していた』といったところでありんすか」


「……誰を。ヌチーカウニー帝国の王サマか? 言っちゃあ悪いけど、王サマとはゲームも一緒にしている仲で──」


帝国統王(キング・オブ・キング)、ドン・サウゼハス」


その言葉を聞き、ホークゲンの足が止まる。

鉛のようなその言葉の意味を理解するまで、しばらくの時間を要した。


キキョウも足を止めて振り返る。


「わっちも話にしか聞いておらんが、どうやら主はヌチーカウニーの王と組んで、マセライ帝国に反逆するつもりだったらしい」


「…………なぜ俺はそんなことを」


「わっちに聞かれても困りんす。ただ、その時に主の記憶は消され、抑止力としてアーカーシャを統括管理に設置したと聞いておる。なにせあの雌は普通の人造人間(レプリオン)と違うからな」


ホークゲンは訝し気な表情を浮かべる。

六戦鬼(セクスセイン)の抑止力という言葉に不穏な影を感じ取った。


仮にもホークゲンは世界最強の六人といわれる≪人類の叡智(カルタシス)≫をもつ人造人間(レプリオン)の一人だ。

その彼を抑え込むことができるという力に、疑いたくなる気持ちは当然出てくる。


キキョウもそれを感じ取ったのか、補完するようにして説明を付け加える。


「あの雌は元となる人間もいなければ、肉の体を持ったことすらありんせん。アカシックレコードを媒体として人格を形成した機械、いわば本物の人造人間(レプリオン)でありんす」


「……なるほどな。それなら抑止力ってのも納得だ」


ホークゲンは神妙に頷いた。


アカシックレコードを媒体にしているというのであれば、おそらく六戦鬼(セクスセイン)とも互角に戦うことさえできるだろう。


そもそもアカシックレコードというのは、あらゆる人造人間(レプリオン)から極秘で徴収したデータを大量に蓄積させているものである。

集められた情報は、将来的に帝国統王(キング・オブ・キング)が目指す桃源郷(ユートピア)をより快適かつ現実的にするために使用される。

それ故に、アカシックレコードの存在は表には知られていない。

一切の秘匿のもとに各人造人間(レプリオン)から全ての情報を抜き取っているのだ。


どこで、どのような行動をとったか。その行動に対し、どういう反応を見せるか。

すなわち人間としておよそ考えつく限りの行動パターン、思考パターンがすべて詰め込まれているのだ。


今では集まったデータのすべてを解析し尽くし、『人間とは』という命題の答えをはじき出せるまでになっている。


もっといえば人間の行動パターンだけでなく、世界各国の研究内容や天才たちの頭脳がそのまますべて詰まっていると言っても過言ではない。

いわば世界中の頭脳が集まっている場所ともいえる。


であれば、世界中の情報を処理するだけの演算機に、六戦鬼(セクスセイン)の行動パターン、癖、能力の欠点なども当然含まれている。

多少の誤算は出るだろうが、戦えば戦うほどそのズレは修正されていき、果ては動きは読まれ、能力のタイミングすらも見切られるだろう。

人間の領域を出ない頭脳と高速演算機が熾烈を極めれば、どうなるかなど結果は目に見えている。



「やっかいだねえ」


ホークゲンがぽつりと呟いた。


「満足したか? わっちも暇じゃない。ここいらで話は打ち止めにしたいんだが」


「ああ、すまんね。時間取ってもらって。でもいいのかい? 聞いといてなんだけど、俺にこんな喋って」


「白々しい。わっちなら喋ると踏んでわざわざ足を運んだくせに」


キキョウはどこか愉快気に笑いながらそう言った。

ホークゲンも痛いところを突かれたのか、乾いた笑いを浮かべる。


「まあお前さん、六戦鬼(セクスセイン)の中じゃ一番忠誠心なさそうだし。そりゃあ一番に探りを入れるでしょうよ」


「否定はせんよ。わっちの目的はただ一つでありんす。六戦鬼(セクスセイン)はそれを果たすに丁度いい場所だったというだけよ」


手をひらひらと振りながらキキョウは踵を返した。

ホークゲンをその場に残して立ち去ろうとした時だった。


「へえ、その目的ってのはお前さんが二百人の弟子たちを殺した事に、何か関係があるのかな」


背後のホークゲンから不意に飛び出したその台詞にはたと足が止まる。


「噂じゃあ、一人だけ弟子を殺し損ねたって聞いたけど」


その途端、工場全体に響いていた音が遠ざかる。

まるで空間そのものがキキョウを中心に引き離されていくような、そんな感覚があった。

それは能力でも何でもない。

ただ彼女の琴線に触れただけのこと。


「わっちは軽薄な男は嫌いだが、嘘つきはもっと嫌いでありんす。だが、一番嫌いなのは人の過去にズケズケと入り込んでくるやつよ」


何気ない言葉にプライドを逆なでられたのか、今までに見せたことのない剣幕で振り返っる。

だが、すでにそこにホークゲンの姿はなかった。


「逃げ足と勘だけは一級品か」


キキョウは誰もいないその場所をから目を離し、再び歩き始めた。




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