六十八話 帝国統王
「ほう、貴様は彼奴らの根城を特定したと、今そう言ったな」
マセライ帝国の象徴ともいえる、天に伸びる『天牙楼城』の中心に位置する“謁見の間”にて重低音の声が反響した。
声の主はマセライ帝国の帝国王であるドン・サウゼハス。
白髪の入り混じった長髪が地面にまで広がり、どことなく仙人のような印象を与える。
窪んだ目からは衰えぬ眼光を放ち、世界を統べる王───King of King の威厳を現していた。
王座に深く腰掛けながら、ドン・サウゼハスが見下ろすその先には、一人の青年がいた。
薄暗い空間の中でも太陽のように明るいその髪の毛。
バーキロンだった。
ドン・サウゼハスの言葉1つ1つから押しつぶされそうな程の威圧がこめられていた。
それだけでも緊張の糸がはち切れんばかりだというのに、帝国王とバーキロンの間には六戦鬼の面々が左右に並んでいた。
左前には手前からキキョウ、ボリス、ゼノ。
一本の細い通路を挟んだところには、バッハノース、ホークゲンが立ってる。
かつてコバルトの立っていた場所──すなわちホークゲンの隣には、藍色の着物で身を包んだおかっぱの少女が佇んでいた。
バーキロンからしたら、見たこともない新顔が六戦鬼と並び立っているのに違和感を覚えた。
しかしながら、今はそれについて言及している余裕などない。
重々しい空気の中、ドン・サウゼハスの問いかけに答える。
「はい、証拠もこちらに用意しております」
バーキロンが手元で操作をすると、中央に立体映像が投影される。
画面にはどこかの森の中を歩いている、サセッタの集団が映っていた。
第三者目線からの盗撮ではなく、集団に入り込んでのものだった。
画面は一定のリズムで揺れ、誰かの目線から撮影されていることが伺えた。
「この映像はどこで取られたモノだ」
「オーシャン帝国内最南端に位置するマーオト区です。有名な活火山がいくつもある場所で、一般人の立ち入りは禁止されております」
「ふむ、それで?」
「これはヌチーカウニー帝国を陥落したあとに、内通者から送られてきた映像です。このすぐ後に、サセッタのアジト入り口が姿を現わします」
「……姿を現わす?」
帝国王は懐疑的な眼差しを向ける。
今流れている映像は、サセッタがただひたすら森を歩いているだけのもの。
枯れ落ち葉を踏み鳴らし、ひたすら前へ。
まだ夜が開けぬという薄暗さが、自然の不気味さをひときわ大きくしていた。
森林によくある光景、変哲も無いこの景観に本当にサセッタの本拠地があるのだろうか。
帝国王とて、今までただ指をくわえて王座に鎮座していたわけでは無い。
人工衛星を用いて包囲網を張り巡らせ、常に世界を監視していた。
サセッタが姿を確認すればすぐさま兵士を向かわせ、時には交戦になったこともあった。
しかしながら、捕虜にする寸前でわずかな隙を突かれ、煙のように消え失せるのだ。
後を追っても痕跡一つすら残らず、上空から確認しても一人の姿も、足跡一つすら見つからなかった。
その矢先のヌチーカウニー帝国の陥落。
さらに奪還に向け兵を編成していた時には、すでにシェルターが作動しており、即席の戦力では対応できないと知らされた。
さて、どうしてやろうかと考えあぐねていたところに、バーキロンからの謁見が申請されたのだ。
内容は先程から聞いての通り、『サセッタの本拠地特定』である。
全権限を持っても特定できなかった、サセッタの本拠地。
それをこの青二才が発見したというのか。
にわかには信じられなかった。
だが───
「ここです。ここがサセッタの本拠地です」
バーキロンのその言葉に、一同が立体映像に注目する。
すると鬱蒼と生い茂る木々の間に、一際大きな巨木が姿を現わす。
太さ10メートル以上はあるだろうか。
その幹の中に次々と、サセッタの隊員が巨木に溶け込んでいくように姿を消していく。
「立体映像をより実体に近づけているのか?」
六戦鬼の一人、ゼノが唸るような声をあげる。
大柄な体躯から発せられることも相まって、体の芯にまで響いてくる。
「いやあ、でも立体映像ごときでは衛星監視網を逃れられないんじゃない? あれにはサーモグラフィーカメラや透過感知センサーもついてるし。セリアンスロープの能力が関与しているって考えた方が妥当かな」
そう答えたのは、ヌチーカウニー帝国守護者ホークゲンだった。
一度サセッタと矛を交えたこの男は、セリアンスロープの潜在的可能性を全身で体感していた。
それはこの巨木の質感や監視網を掻い潜った理由を、セリアンスロープの能力と断定するには十分だった。
そのホークゲンの発言を受け、一人の男が嗤う。
ドセロイン帝国守護者、ボリスだった。
高級なスーツに身を包み上品な雰囲気を出し、髪型は中央を金色に染めたGIカットを全面的に押し出している。
一言で言えば洒落たアウトロー的な存在だった。
「さすがはホークゲン。守護帝国を切り捨ててきてまで、貴重な情報を持ち帰ってくるとはな。俺にはできない芸当だ」
「何が言いたいのかな、ボリス」
「いやなに。六戦鬼の一角が、たかだか数万のレジスタンス相手に後れを取った挙句、国を奪われるなんて器用な芸当はお前にしかできないだろうな、と言いたかっただけだ」
ホークゲンは肩をすくめる。
「これでも追い込んだ方さ、敵さんの最強戦力を全滅させたみたいだしね」
「それはアーカーシャがやったことだろう」
ボリスの言葉におかっぱの少女は、うんうんと小さな頭を揺らす。
ホークゲンは隣に立つ少女──アーカーシャを見下ろす。
六戦鬼にはあらゆる情報が入ってくる。
軍事や民事にとどまらず、各帝国の幹部しか知らないような極秘事項も検閲することができる、いわばマセライ帝国王とほぼ同等の権限を有している。
だが、ホークゲンは六戦鬼であるにもかかわらず、つい先日までこの少女のことを知らなかった。
アーカーシャがサセッタ最強戦力を全滅させたことも、帝国を脱出した後に聞かされた。
しかしホークゲン以外の六戦鬼は、さもアーカーシャという存在が予めヌチーカウニ―帝国にいたことを知っていたように口を利く。
何かが抜け落ちている。
知れば知る程、記憶がないことに気が付く。
ホークゲンの中で、虚無感だけが日に日に大きくなっていくようだった。
「もうよい。ボリス、そこまでにしておけ」
ドン・サウゼハスの声が暗闇に轟いた。
ボリスはまだ何か言い足りない不満げな顔を浮かべた。
ホークゲンは黙ってうつむく。
マセライ帝国王は浅くため息をつき
「それで、バーキロンとかいったか。敵の戦力がどんなものか分かっておるのか」
話を本題に戻す。
ホークゲンからもサセッタの戦力に関する報告は聞いていたものの、本拠地を突き止めたこの青年ならば、より新しい情報が出てくる可能性がある。
そう考えた。
バーキロンは傅いたまま答える。
「はい、敵の元々の総戦力数は現在一万人弱ほど。それらを率いる七人の隊長と総隊長で構成されておりました。しかしながら先のヌチーカウニ―帝国の戦いで一個隊が全滅。サセッタは現在八千人弱にまで人数を減らしております」
「なるほど。ならば最強戦力を失ったその中で、最も注意すべきことは何だと考える」
闇の中に瞳を光らせながら問う。
バーキロンはすぐさま脳裏に浮かんだ男がいた。
──シオン。
この少年こそ今回のヌチーカウニ―帝国の戦いの陰の功労者。
盤石だった帝国の防御にひびを入れる一手を打った。
見えないところのわずかなヒビだったが、これが無ければ戦いがどうなっていたか分からなかっただろう。
しかし、バーキロンはシオンの名を口にすることを辞めた。
求められている回答はそれではない。
もっともらしく求められる答え──帝国が足並みをそろえて狙える大魚でなければならない。
決して猛毒を持った小魚を教えろと言っているのではないのだ。
ここで帝国統王に気に入られれば、後々のドセロイン帝国での立ち回りに何かと都合がいい。
さらに欲を言えば、謁見する機会が増え帝国統王自体を催眠下に入れる可能性も視野に入れることができる。
右腕に巻いた紅い布。
かつて殺した孤児院の少年の血を吸ったこの布に彼は誓ったのだ。
命を平等に扱うことのない母国──ドセロイン帝国を正常に戻すこと。
そのためには回答ひとつであっても大切にしなければならない。
いかに望んでいるものを応えられるか。
個人の考えでなく、組織に最適した答えを用意できるか。
「……やはり生き残っている六人の隊長格でしょうか。サセッタ内では六戦鬼と同等の位置づけにしているようです」
バーキロンのその言葉に突然、六戦鬼の一人──ゼノが横から口を挟む。
「あぁ!? 俺らと同等だぁ? 随分と舐められたもんだな」
それを聞いたボリスは愉快に嗤う。
「まあ、実際にホークゲンが足止めされてんだから、あながち間違ってはいないだろ」
下目で見下ろすように正面に立つホークゲンを見る。
しかし、ホークゲンはボリスの皮肉を無視しながら、帝国王に向かって進言する。
「バーキロン君の意見に付け足す感じになるけど。──総隊長のローシュタイン、こいつが一番危険だ。数秒だけ戦ったけど、戦闘力は群を抜いている。逃げられたのは運が良かった」
ホークゲンは最上階で戦った出来事を思い出しながら言う。
「間違いなく六戦鬼よりも実力は上だ。単騎でかかれば間違いなく殺される。油断は禁物だ」
いつもはどことなく、気が抜けているような喋りをするホークゲンが力を込めて言う。
そのせいか場の空気がいつも以上に凍り付く。
その理由は明白だった。
六戦鬼とは人類史上最悪の双極帝国戦争に、終結をもたらした六人の猛者たちのことを指す。
人類で最も強い六人と言い換えても差しさわりない。
自他ともにそう呼ぶだけの逸話があり、そう呼ばれるだけの武勇がある。
それに六戦鬼は誇りを持っていたし、呼び名にふさわしい立ち振る舞いをしてきた。
しかし、ホークゲンはその彼らに対し“単騎で挑めば死ぬ”と断言したのだ。
さらにいえば、ホークゲンも同じく六戦鬼。
この意見によって対立が可視化され、三つ勢力が出来上がった。
1つはホークゲンに対し、プライドのない腰抜けというレッテルを貼る者たち。
すなわちマセライ帝国守護者 ゼノと、ドセロイン帝国守護者 ボリス。
1つは親切に注意をしているホークゲン。
最後の1つは我関せずといった、無関心タイプ。
ロンザイム帝国守護者 バッハノースと、マセライ帝国守護者 キキョウだった。
この三つ巴──否、実質二組の無言の対立に、雰囲気が険悪な方向に圧縮されているのだ。
争いを起こされては困ると、慌ててバーキロンは話題をサセッタの本拠地へと変える。
「戦力の報告は以上です。本拠地の話の続きをさせていただきます。この映像にはまだ続きがあるのです、それがこちら──」
手元に浮かび上がる光学結晶のキーボードを操作し、投影されていた立体映像を切り替える。
映像は巨木に溶け込んでいくサセッタの軍団から一転、広大な敷地に造られた住宅街の数々が目に飛び込む。
敷地全容は環状扇形になっており、大きく12の区画に割られている。
建物は一部を除き全て木造。
中心角には黒くそびえ立つ巨塔が異彩を放っていた。
「なんだ……これは……!?」
ドン・サウゼハスが目を見開き言葉を失う。
そこで暮らすセリアンスロープは、地上と何ら変わらない生活を行っていた。
人々が行きかい、知り合いがいれば立ち話をし、公園のある場所では子供たちが無邪気に遊んでいる。
「どこにこんな人がいたというのだ! 土地があるというのだ! 我が帝国が敷いている監視網は、例え地下に潜んでいたとしても逃しはせん」
「木の根です、帝国統王。奴らは地中深くに張り巡らせた、巨大な木の根の中に潜んでいたのです。根の全体には特殊な迷彩塗料が含まれているため、衛星監視網からでは観測できなかったのです」
「馬鹿な。我が帝国の誇るノータルスター研究所が、総力を挙げて作り上げたのだぞ。それを欺くなど……」
そこでドン・サウゼハスはいきなり言葉を止める。
何かを思い出したかのように目を見開いて、瞳を揺らす。
仙人のように蓄えた髭の中で独り言をつぶやく。
そして何かを確認するため
「おい、いつかの電波ジャックの映像を映せ」
「は、はい」
しきりに映像を眺め、一つの結論にたどり着いた。
「……生きていたとはな、アルベルト」
ドン・サウゼハスは眉間にシワを寄せ、憎悪をむき出しにした。
映像に映っている男。
姿かたちだけでなく、声、喋り方、何から何まで変わっている。
故に初見では見破れなかった。
しかし、今のこの状況を並べて吟味すると、隠し切れないかつての独特な雰囲気がこの男から漂っていた。
そして一人の人間にたどり着く。
彼には分かった。
かつてはサウゼハスもノータルスター研究所に勤めていた。
研究で功績をあげる一方で、裏ではずいぶんと汚いことをして現在の地位に昇りつめた。
その彼が研究所に在籍している間、唯一叶わなかった研究者がいた。
まさしく研究所始まって以来の神童だった。
10歳で天才達の巣窟に入所し、誰にもない発想で次々と成果を上げていった。
記憶抽出や人造人間技術の元となる案を考えたのも彼だった。
そして最大の功績として、現存する六つの≪人類の叡智≫のうち五つが彼の手によってもたらされた。
何度妬んだか分からない。
何度目障りだと思ったか知れない。
何度殺そうと思ったことか測れない。
その男が今、レジスタンスを率いて自分に牙を向いている。
「……ホークゲン」
帝国統王は尋ねる。
「お前が戦ったのはこの男で間違いないか」
そう言って電波ジャックの映像に映っている男を見せる。
「間違いないですよ、帝国統王。さっきも言いましたけど、奴さんは明らかに他の隊長格と違いましたからねえ。十全な戦力で行くことをお勧めしますよ」
先程の力のこもっていた喋りとは打って変わって、ぶっきらぼうなものだった。
だがサウゼハスはその変化に気が付かない。
否、全ての思考回路をフル回転させているため、そちらに気を回す余力がない。
そこにバーキロンが情報を付け加える。
「先ほどサセッタの戦力は八千と言いましたが、基地内にいる非戦闘民を含めると全体で三万人程と思われます」
その言葉を聞いていたのかは分からない。
ただ、帝国統王は厳かに
「全ての兵を帰還させ、六戦鬼を含む最大戦力で三日後にサセッタ本拠地に強襲をかける。最優先抹殺対象は総隊長ローシュタイン。次に隊長格だ。分かっているとは思うが、他のセリアンスロープも一人として生かすな」
そう言った。