五話 ドセロイン帝国の襲撃 [前編]
アイネ、シオン、ノイアの三人は例の廃墟の前にきていた。
シオンとノイアはその建物を見て、なるほど、確か周りと比べて不自然だと思った。
建物のいたるところに傷やほころびが出来てはいるもののどれも致命的ではなかった。
アイネの言った通りであった。
さらに言えば中から人の気配どころか声まで聞こえてくるのが分かった。
そして、その建物は想像していたよりも大きく、HKVが流布する前に通っていた小学校を連想させた。
恐る恐る三人は扉を開けた。
外観と反して室内は清潔感が保たれており、病院特有の匂いがした。
照明はもちろんだが空調も効いており、外からは予想もできないほど居心地が良かった。
設備もしっかりしており天井には熱感知器や監視カメラなどが設置されていた。
入口正面には開放的な空間が広がっており人が何十人と集まっている様子だった。
おそらくセリアンスロープになるために訪れた人たちだった。
そこにいる人たちは他愛もない会話をしたり、サセッタ関係者であろう白い軍服を着た人と話をしていたりしていた。
室内に番号を読み上げるアナウンスが流れる。
待合室の椅子に座っていた数人はその番号を聞くと立ち上がり、奥の部屋へと消えていった。
三人が中に入ると視線が集まるが、すぐに興味がなくなったのか、すぐにざわざわと会話が部屋全体にこだました。
三人の元に白い軍服を着た若い男が近づいてきた。
「君たちもセリアンスロープになりに来たのかい」
ノイアは肯定した。シオンとアイネもそれに合わせてうなずく。
男は三人をじっと見た後、「うん、嘘は言ってないね」といった。
どうやら敵対勢力かを見極めたらしかったが、どういった基準で決めたのかノイアにはわからなかった。
「あそこの診断計測器でどれぐらい適合率があるか測ってきてくれ」
若い男はそう言って指をさす。
壁に一列に寄せられた机の上には手のひらに乗るくらいの大きさのキューブ状の機械があった。
よく見るとそのキューブには穴が開いている。
男は言った。
「ここに指を入れれば目の前のモニターにパーセンテージが表示される。
そのあと画面下にナンバー発行の表示が出るから、それを押すんだ。
番号を呼ばれたら奥の部屋に行ってくれ。そこでいよいよセリアンスロープになれるんだ。
大体の人は適合率80~90%だからそんなに気負わなくても大丈夫。
セリアンスロープになった後はレジスタンスサセッタに入るなり、家に帰るなり自由にすればいいさ」
早口でまくし立て、男はウインクをする。
そして質問の余地を与えることなく新しく来た来訪者の元にすっ飛んでいった。
「よく喋る人ね」
アイネが困惑気味に言った。
「それにしてもなんで僕たちが嘘言ってないってわかったのかな」
ノイアは首をかしげる。
「見た目じゃないの? 私たち、見るからに貧相な恰好してるし」
「そっかぁ」
ノイアは腕を組んでうなずきシオンを見る。アイネも期待顔でシオンを見た。
こういう場合は最終的にシオンに話を振るのが常だった。
シオンはいつも通り自分の考えをいう。
「セリアンスロープっていろんな生き物の生態能力が使えるようになるんだろ。
さっきの若い兄ちゃんは軍服来てたってことはサセッタの一員、つまりはセリアンスロープってことだろ。
だから何かの生き物の力使って見分けたんだろ、例えば匂いとかで」
ノイアとアイネはなるほど、と腑に落ちた顔をした。
「そんじゃあ、検査早く済まそう」
シオンは言った。
三人はキューブに指を入れた。
中で指を圧迫しているのがわかった。機械が微振動し、そして数秒後止まった。
目の前の小型のモニターの画面が切り替わり適合率が表示された。
ノイアのモニターには97%と表示されていた。左のシオンをのぞき込むと95の数字が見えた。
みんなそんなものか、と思いながら右のアイネをのぞき込んだ。
67%。
ノイアは目を疑った。
シオンもその数字を見た。
「そーいや、さっきのお兄さんセリアンスロープの適合できなかった時のこと説明してなかったな」
シオンが遠くにいる若い男をにらむ。
「僕聞いてくるよ」
ノイアは青ざめ慌てて聞きに行った。
入り口付近で男と喋ってるノイアを見ながらシオンは言う。
「『神雫』ってのは要は薬かなんかだろ。だったら考えられる最悪の副作用は“死”だな」
アイネはその言葉にうなずく。
「ええ、そうね。でも私が選んだ道だもの。悔いはない」
わずかだが、アイネの声が死という恐怖を意識していることがうかがえた。
アイネが里親のところに行っている期間を除いて五年、彼女とずっと一緒にいたシオンだからこそわかるものだった。
アイネが不安になるのは当然だ、とシオンは思った。
他の二人は95%以上の適合率で自分だけが平均の80%を大幅に下回っているのだ。
下手をしたら、自分だけが死んでしまう。
いくら意志が強いといっても、たかだか12歳の少女が恐怖心を抱かないほうが不思議なくらいだった。
それを見かねたシオンは言った。
「まあ、なんだ。やめるのも選択肢の一つではあるんだ、無理する必要はない。
ただ、適合率67%とはいえ半分以上は適合できる可能性があるわけだろ、悪い賭けじゃねえよ。
それにお前みたいな我の強い女が死ぬわけないだろ」
「なによそれ、ばかみたい」
そう言ったアイネの顔には少しだけ笑顔が浮かんでいた。
「賭けるもんは同じ命なんだ。適合率95%といえども残りの5%は死ぬんだ。
決して低い数値じゃない。怖いのは俺も、ノイアも一緒だ」
二人の間に沈黙が流れた。
「『悪い賭けじゃない』……ね」
アイネがつぶやいた。
あまりにも小さすぎる声にシオンは彼女が何と言ったか聞き取れなかった。
しかし、一つだけシオンは感じ取ることができた。
アイネのその眼は、数分前とは一変して死を恐れてはいなかった。
彼女の中で意志が固まったことが感じ取れた。
男との話し合いを終えて、ノイアは暗い顔で戻ってきた。
その顔を見てシオンとアイネは予想が正しかったと確信した。
「あのね、……あのね、言いづらいんだけど、アイネ……」
ノイアの声が上ずる。見ると目には涙が浮かんでいた。
アイネはゆっくりと包み込むようにノイアを抱きしめる。
「大丈夫、私は死なない。絶対に適合して見せるから」
毅然とした姿勢を見せる。
その言葉には怯えも恐怖も微塵として混じってはいなかった。
震える声でノイアは言った。
「で、でももし失敗したら」
「その時は後悔しないわ。だってこれが私が生き残る唯一の方法だもの。
それに電波ジャックの時に画面に映った男はこう言ってたわ。
『生への執着のあるものは来い』。
私の今の望みはまた三人で、そして孤児院のみんなで死におびえることなく暮らすことなの。
そのためには生きなきゃいけない。だから、大丈夫。私を信じて」
ノイアは涙をぬぐう。
「ほら二人とも、ナンバー発行しましょう」
そう言いナンバーを発行するアイネの態度は毅然としていた。
二人はアイネにならうように発行ボタンを押した。