五十九話 問いかけ
帝国城正面門前に広がる中央広場にて、ヌチーカウニ―の人造人間兵とサセッタ本部隊が激突する。
人造人間兵は未知なる新人類セリアンスロープと―――。
サセッタは人類の技術結晶によって生み出された人造人間と―――。
相まみえるは、どちらもHKVという致死率100%の殺人ウイルスが世界に蔓延したことによって、人間から分岐した異なる存在。
ヒトを装い、人を凌駕した力がぶつかり合い、帝国城を中心にして広がる広場は混沌と化す。
バザルトで固められた地面は欠けて剥がれゆく。
観葉樹や植樹帯は赤く染まり、炭へと変わる。
セリアンスロープは躰を異形の形へと変貌させ百人百様、千差万別の攻撃を。
人造人間兵は遠距離からレーザー銃を、近接戦闘では万物を切り裂く電子剣を。
夜空に映るは鮮血のしぶき。
地に落ちるは金属塊。
一進一退の攻防が生死の天秤を揺らす。
そして、徐々にその均衡が崩れ始める。
「くッ! マズいぞ!! 押され始めてる!」
羽をはばたかせながら上空を旋回するのは、ミラージ隊の副隊長コロンヌだ。
嘴を鋭くとがらせ、瞳は猛鳥類のそれと同じように爛々と光らせている。
コロンヌの他にも数百人の同志が上空を飛び回っている。
自らに向けられて放たれるレーザーを回避しながら、状況を見つつ劣勢の戦線があれば上空から援護射撃を行っていた。
だが、それも時間が経つにつれ焼け石に水。
一時的な足止めにはなるものの、やはり手数の多い帝国側が遅効性の毒のようにじわりじわりとサセッタの陣営を蝕んでいく。
「おいッ! タモト隊がヤバいぞ! 二班・五班は至急援護に回れ!」
援護射撃しつつ、全体の戦況を俯瞰して見ていたコロンヌが、叫ぶようにして指示を出す。
今の彼の視野に死角はない。
眼球を動かさずしてほぼ360度の視界を確保でき、セリアンスロープになることで常人を超えた情報を捉えているのだ。
コロンヌの指示によって、両端にいるアイリス隊とミラージ隊の上空援護に回っていた二つの班が中央に集中する。
崩れかけていた陣形が、崩壊一歩手前でなんとか踏みとどまる。
だが、そうすると今度は敵兵が中央から外側に広がっていき、手薄になった端の陣地に戦力が移動していく。
それを阻止しようと滑空しようにも、遠距離からの狙撃で狙い撃ちにされる。
「くっそ!! このままじゃマズいですよ、ミラージ隊長!! どうしますか!」
コロンヌが打つ手なし、と地上から放たれる光の雨を躱しながら隊長に問いかける。
その通信は地上にいるミラージのインカムに届く。
しかし、彼の目の前にはどうしよもないほどの帝国大軍の波が、今にもサセッタを飲み込もうとしていた。
「Oh gee、こっちもなかなかマズいよ~。敵が多すぎる」
ミラージが苦笑いを浮かべながら応答した。
「Shit、やはり上手くはいかないね~。Moment、行けると思ったんだけど」
事実、ミラージがそう思える程、少し前まではわずかだが優勢であったのだ。
正面の敵のレーザー銃が、身を隠している瓦礫を次々と撃ち抜いているところに、その隙を見て、隊員たちが手榴弾を帝国側に投げ込む。
黒煙と火の粉が天に舞うのと同時に、身体全体を硬化するセリアンスロープを筆頭に楔型陣形で突貫していく。
そこで超人的なパワーと未知の能力で帝国兵をなし崩しにしていた。
そこまではよかったのだ。だが、それも数分前の話だ。
人造人間兵の三分の一ほど殺し尽した辺りで、ミラージ隊の動きや能力が読まれ始め、今や防戦一方。
サセッタ相手に近接戦闘が不利と分かると、中・遠距離のレーザー小銃や狙撃銃を中心に戦い始めたのだ。
それに対して反撃するどころか陣形が崩れ始め、後ろへと引き下がらざるを得ない状況に陥っていた。
帝国兵は全体で二十万人、コールルイス隊が相手取っているだけでも五万人はいるだろう。
一万人程度の相手ならばどうとでもなっただろうが、単純に物量で競り負けているというのが最大の原因である。
幸い死者はまだ出ていないが、それも時間の問題である。
「So、敵陣を突破できたのは誰だったっけ?」
ミラージは大理石でできたオブジェに身を隠し、攻撃をやり過ごしながらコロンヌに聞く。
『突破できたのはタモト隊長とコールルイス隊長、他10名の隊員のみです』
「I see、隊長格が二人いればクラッキングは何とかなりそうだね~。コロンヌ、上空から見て僕たちはあとどれくらい持ちそうかな?」
『……おそらく15分、長くても20分程度かと。それ以上の時間が経つと、城壁外にいた帝国兵が戻ってきて挟まれます』
「Well、well。まだ六戦鬼も出てきてないのに先が思いやられる。とりあえず天艇小隊は、そのまま上空より援護射撃でこれ以上攻め込まれない様にたのむよ~」
『承知いたしました』
通信を終え、ミラージは長い前髪をかき上げる。
今のやり取りで、サセッタの状況が想像していたよりもはるかに逼迫していることが分かった。
一刻も早く統括管制室に行き、クラッキングをする必要がある。
だが、そのためには無限に飛んでくるレーザーをかいくぐって、さらには敵陣も突破しなければならない。
しかし、ミラージのセリアンスロープの能力ではそれは不向きだ。
今、隊長の自分にできるのはこの戦線を維持すること。
タモトとコールルイスが上手くやってくれることを信じるしかない。
手に持っていた小銃の弾倉を入れ替える。
その時、全体通信がインカムに入った。
総隊長ローシュタインからだ。
『現在の戦況を知らせる。―――タモトとコールルイスが六戦鬼との戦闘を開始、統括管制室クラッキングには四名のタモト隊が向かったが全滅した。現在、エクヒリッチ隊が代わりに向かっている。そちらはどうだ、ミラージ、アイリス』
「Not good、結構ギリギリの戦いだよ~。死者はまだ出てないけど、傷を負って戦線離脱者が増え続けている。If that happens、このままいけば間違いなく全滅するよ~」
ミラージの報告に続くように、アイリスも言う。
『こちらも同じくですわ、敵兵が多すぎます。正直、どれだけやっても終わりが見えません』
インカムの向こうから耳をつんざく爆発音が響く。
どうやら、東に展開しているアイリス隊の方は、かなりの激戦を繰り広げているようだ。
その状況の中でもローシュタインは、落ち着き払った声で
『あと五分もすれば、今駆け付けているデヒダイト隊も戦線に加わることができる。それまで耐えてもらいたい』
と現状維持の指示を出す。
ミラージが応答しようとしたとき、第三者が通信に割って入ってくる。
『おー、俺だァ、エクヒリッチだァ。残念ながらデヒダイトの出番はないぜェ。俺らが統括管制室とやらに、既にたどり着いちまったからなァ。本当なら俺は六戦鬼のところに行きてェとこなんだが、面白そうな匂いが奥の通路からするもんでなァ。俺はまずこっちに行くぜェ。そのついでにクラッキングしてやらァ』
意外な人物からの通信に、ミラージとアイリスは驚く。
あのエクヒリッチが自ら通信をしてくることなど、今まで一度たりともなかった。
常に強者との闘いを追い求め、それ以外のことには無関心な男だ。
故に、連携の期待できない隊だと考えていたが、存外本番になると協力的なのかもしれない。
エクヒリッチはそれだけを言い残すと、返事を待たずして通信を切った。
『あらあら、まあまあ。あのエクヒリッチさんが私たちに協力してくれるなんて……。やっと仲良くなってきた、ということですね!』
アイリスが呑気な言葉を並べる。
普段ほとんど話してくれないエクヒリッチからの連絡が、よほどうれしかったのだろう。
通話越しでも彼女の笑顔が分かる。
『アイリス、気持ちは分かるが、今はそのようなことを言っている時ではない。一分一秒でも長く敵を引きつけろ。エクヒリッチがクラッキングするまでの間、なんとか戦線を保て』
ローシュタインの喝に、ピリッとした緊張感が走る。
まだ戦いは終わっていない。
一瞬でも気を抜けば、次に気が付いた時には死んでいるかもしれないのだ。
『申し訳ないですわ、うれしくなってつい……』
『では、頼んだ。ミラージもよろしく頼む。ここが踏ん張り時だ』
通信が終わり、ミラージはオブジェに背を預けながら敵の様子をうかがう。
無尽蔵にあるのではないかというレーザーが、先ほどから途切れることなく飛んでくる。
ローシュタインはああ言っていたものの、ここからどうやって戦線を保つべきか。
ミラージは頭を悩ませる。
近づけない以上、こちらも遠距離からの銃撃戦を行う他はない。
だが、それはセリアンスロープとしての能力が制限されることを意味する。
タモトのような中遠距離からでも、強力なセリアンスロープの能力を持っている隊員がいれば話は別だが、しかし、そこまで力を扱える者はここにはいない。
それとミラージの頭の中には、もう一つ引っかかることがあった。
―――Anyhow、先に統括管制室に行ってたタモト隊の全滅が気になるね~。And、そこに、エクヒリッチが六戦鬼を差し置いてまで、興味を示すものがあるというのも。
うすら寒い木枯らしがミラージの肌をなでる。
「嫌な予感がするね~」
小さくうなずきながら夜空を見上げる。戦いの最中だというのに、やけに月が綺麗に見えた。
ミラージは軽くため息をつく。
「あぁ、美しい……。どこまでも透き通る月光は、まるでラウンの肌そのものだ」
瞳を閉じて、デヒダイト隊に所属する女性の姿を思い浮かべる。
愛しのラウンは今どこにいるのだろう。
先程のローシュタインの指示が本当なら、今頃こちらに向かってきているはずだ。
ならば、真珠のような美しい汗を額に浮かばせながら、走っているのだろうか。
そう考えただけで、ミラージの興奮は止まらない。
だが、とここで我に返る。
最前線で戦うこの本部隊に来るということは、体に傷つく可能性がさらに高まるということ。
触れただけでも傷ついてしまいそうな、彼女の肌が穢されるところなど見たくない。
「Despair、それだけは許されないッ!! 将来の夫を名乗る者として断じてそれは阻止する」
ミラージは喉元に形印を顕現させる。その影は肩を通り腕まで延びていく。
より濃く。より長く。
セリアンスロープの能力を最大に発揮するつもりだ。
ノイアのもう一人の師であるミラージのモデル生物は、言わずもがなカメレオン。
光を操り、時に幻惑を魅せるその力は、あらゆる現実を歪ませる。
ついに、彼はその真髄を解放する。
「Entirely、頼むよ~エクヒリッチ。この能力はそう長くはもたないから、速めにクラッキングをしてくれたまえ」
☆
「シオン、聞いてる!? 右手から敵迫ってるって!」
帝国城内のホールにガルネゼーアの声が響く。
シオンはその言葉にハッと現実世界に引き戻される。
気が付けば、電子剣を構えた二人の人造人間兵が目の前まで迫ってきていた。
「二重加速!」
言葉を紡ぎゼロスピードからトップギアを入れる。
風を巻くように加速した小柄な体躯は、敵兵の股下を滑り抜ける。
その刹那に一人のひざ裏の接合部を、漆黒のダガ―ナイフで切断する。
「ぐあッ!」
一人が倒れ込み、残ったもう一人が振り返る。
しかし、既にシオンはいない。
「こっちだ!!」
上空から声が聞こえたかと思うと、一閃。
シオンは頭上からナイフを振り抜き、人造人間を真っ二つに裂いた。
「ひ、ひいぃぃ……」
足の支えを無くした男は這いつくばって逃げようとする。
だが、シオンはそのままマウンティングを取り、核を一突きに貫いた。
「シオン~、あんた気ぃ緩んでんじゃない? ここ、敵の本拠地の中だってこと忘れないで」
前方にいた別の敵を倒してから、ガルネゼーアは振り返る。
「……すみません」
暗い表情を浮かべながらシオンは言った。
二人は現在、帝国城内三階にある娯楽施設の一角―――収容人数200人超のコンサートホールにいた。
一階から囮役として侵入し、戦闘しているうちに気が付けばこの場所まで来ていた。
「まっ、無事だったみたいだし、結果オーライね」
ガルネゼーアはかぶりを振りながらそう言った。
しかし、シオンの顔は晴れなかった。
彼が表情を険しくさせているのは、決して注意されたからではない。
先ほどの全体通信―――ローシュタインのセリフを聞いてからだ。
『デヒダイト隊を向かわせる』。
これが何を意味しているか、考えただけでも気が気ではない。
アイネがこっちに向かってきている。
最も過激かつ無差別な命の賭し合いの場に、彼女が足を踏み入れようとしているのだ。
これでどうして不規則な鼓動を鳴らさずにいられようか。
あと五分もたたずして彼女が来る。
着いた瞬間に撃たれるかもしれない。
着いた瞬間に切られるかもしれない。
いや、その前に遠方から狙撃でもされたら。
不安が不安を煽り、最悪なイメージが鮮明に脳内で再生される。
「おっ、シオン、またぞろぞろ来たよ。今度はしゃんとしな」
どこか遠くでガルネゼーアがそう言っているのが聞こえた。
だが、シオンがそれに応えることはなかった。
いまやるべきはガルネゼーアさんと共に戦うことか。
―――違う。
本部隊に合流して加勢することか。
―――違う。
そう、すでにシオンの心の中で成すべきことは決まっていた。
アイネを護る。
あの日、命を助けてもらったときに―――否、それ以上のものを救ってもらった時に、そう誓ったのだ。
ならば今するべきことはただ一つのみ。
シオンはガルネゼーアに背を向け、非常出口に向けて走り出した。
だが、そこにレーザー銃を構えた五人の人造人間兵が立ちふさがる。
「そこを……どけぇぇぇえ!!!」
シオンは吠えると同時に四倍のスピードに加速する。
瞬く間に全員の核を貫いた。
シオンは倒した敵を確認することなく、勢いそのままでホールから出ていこうとする。
「ちょっ、シオン待ちなって!!」
しかし、ガルネゼーアの声が届くことはなかった。
シオンは敵と相対するガルネゼーアをただ一人残して、その場から姿を消した。
☆
空気が破裂するような音がした。
それと同時に、錬成された鉄針が風を裂きながらタモトに迫ってくる。
「パッ!!」
口から弾けさせるようにして空気大車輪を放出させ、勢いを相殺させる。
鉄針は乾いた音を立てて、大理石でできた床に転がる。
「やるねぇ! だったらこいつはどうだい!?」
六戦鬼のホークゲンがその場で地面を強く踏みつける。
すると、大理石でできた床が膨れ上がり、巨大な鉄のランスが創造される。
様子をうかがっていると、その瞬間、すさまじい勢いでスピアーヘッドが伸びてくる。
タモトは肺を極限まで膨らませ、体内にため込んでいる酸素・二酸化炭素を放出し、再度空気大車輪を放つ。
だが―――
「うっそでしょ!?」
技を放った瞬間にタモトが目にしたのは、伸びてきたランスの切っ先から盾のようなものが出現する光景だった。
その盾は空気大車輪が当たると、使い捨てのガラクタのようにいとも簡単に壊れる。
しかし、その影からは勢いを殺すことなくランスが伸びてくる。
鋭く光る切っ先が容赦なくタモトを狙う。
「くっ!!」
たまらず足から空圧波を噴出し、宙に逃れる。
それを見て、ホークゲンはにやりと笑う。
ランスが鞭のようにしなり、まるで意志でも持っているかのように上空のタモトめがけて伸びてくる。
それを視界の隅で捉えたタモトは、再び空気を放出して対応しようとするが
「やっば! 貯蔵空気ほとんど無くなってる!!」
彼女のセリアンスロープの能力は、体内にため込んだ膨大な空気を使用してのものだ。
そこから放たれる技は絶大な威力を誇る反面、貯蔵していた酸素や二酸化端が尽きてしまえば技は打ち止めとなる。
それゆえに、大技の空気大車輪や空圧波を連発して使っていれば、ガス欠になるのは自明の理であった。
しかし、温存しながら戦える相手でもないことも事実であり、この運命はいつか訪れるもので、不運にも今がその瞬間だった。
迫りくるランスを前に防御態勢をとる。
その瞬間、鮮血が舞った。
だが、痛みはタモトにはない。
「ルイスっち!!」
下から突き上げるように伸びてきていたランスと、宙に飛んだタモトの間にコールルイスが入り込み、自ら盾となってタモトを守っていた。
ランスがコールルイスの腹を貫く。
「がはっ!!」
内臓が破裂して口から血を吐き出す。
しかし、次の瞬間には致命傷となった腹の傷口から、別のコールルイスが分裂する。
そのまま巨大なランスの上に跳び乗ると、その上を走り六戦鬼に向かっていく。
ホークゲンは不敵に笑いながら、空気を掻きあげるように腕を振るう。
刹那―――巨大ランスの上を走っているコールルイスの足元から押し上げるように、突如として支柱が出現する。
「くそっ!」
上に伸び続ける支柱の上で体勢を崩す。
重力に逆らい続け上へ上へと伸びていき、次の瞬間、三十階相当の高さにある天井にそのまま支柱が激突する。
砂埃を巻き上げ、瓦礫が天から地へと隕石のように降り注ぐ。
ホークゲンは天井を見上げて目を眇める。
その岩々の影になるようにしてコールルイスがいるのを見つけた。
彼の両手の指の間には、ホークゲンが錬成した鉄針が挟まれている。
それを渾身の力で振りぬく。
鈍色に輝く先端はホークゲンに向けて放たれる。
ホークゲンは手をポケットに突っこんだまま動こうとしない。
鉄針はそのまま六戦鬼を屠るかと思われたが、しかし、肌に触れた瞬間それは一抹の星となり風に運ばれ消えていく。
「ごほっ、ごほっ。……なるほど」
それを見たコールルイスは、何かに納得したかのように呟いた。
しかし、そのコールルイスが次に待ち受けるは、三十階相当の高さからの自由落下。
そのまま地面に落下すれば間違いなく死が待っている。
例え能力で復活したとしても、その間に六戦鬼が何をしでかすか分かったものではない。
となれば、コールルイスのすべきことは、この自由落下を万全の状態で切り抜けること。
装備していたナイフを取り出し自らの腕を切り取る。
その腕の断面からもう一人のコールルイスが再生する。
それを三度繰り返し、四人の同一人物が瞬く間に現れる。
三人が重なるようにして位置を取り、その上に残りの一人が回り込む。
セリアンスロープの基礎能力を最大限にまで上げ、下の三人をマット代わりにすることで生き残る寸法だった。
しかし―――
「いやだ!! 死にたくない、死にたくない!! 助けて!」
重なっていた三人のうち一人が突如として暴れ始める。
それを強制的に残りの二人が押さえつけて動きを封じる。
次の瞬間には地面に激突し、一番上にいたコールルイスは無事に地面に着地した。
一部始終を見ていたホークゲンは口笛を鳴らす。
「いやぁ、さすがに今のは可哀そうなんじゃない? 嫌がってたように見えたけど」
「ごほっ、ごほっ。……たまに発生するイレギュラーですよ。突然変異みたいなもんですかね」
コールルイスはさも当たり前といったように言う。
「……へぇ、そうかい。そいつは勉強になるよ」
ホークゲンはおどけたように眉を上げた。
戦闘が始まってからすでに10分が経過しようとしていた。
一見して戦闘は拮抗しているようだが、その実、タモトとコールルイスは決定的な打撃を与えるどころか、半径5m圏内にすら近寄れていなかった。
すでに二人はスタミナも半分以上消費しているのに対し、ホークゲンは戦闘が始まって以降一歩たりとも動いていない。
―――うーん、こりゃまずいぞー。
敗北という二文字がタモトの脳裏をよぎる。
そこにコールルイスが近寄ってくる。
「タモトさん」とホークゲンには聞こえない程度の声量で耳打ちする。
「どったの、なんか思いついた?」
「はい。実は―――」
ひそひそと話す二人を見て、ホークゲンは顎を撫でる。二人を観察するようにじっくりと見つめる。
やがて、小さく頷くと「聞きたいことがある」といった。
「どうしてそこまで戦おうとする? ここまで実力差を見せつけられたなら、勝てないって理解しているでしょうよ。信じて戦った先にあるモノは、その命を捧げても惜しくないものなのか」