五十八話 エクヒリッチ隊
南南東 ヌチーカウニ―帝国城壁外。
エクヒリッチ隊が旧町工場で戦闘を開始してから、既に20分が経過しようとしていた。
五万人いる帝国軍を3000人弱で正面からぶつかり合い、善戦している。
さらに、エクヒリッチ隊の勢いは留まるところを知らない。
帝国城まで3kmはあった最初の戦闘場所から、いつのまにやら城壁間近にまで敵を後退させていたのだ。
帝国兵を半分まで殺し尽した一方、エクヒリッチらは深手こそ負っている仲間もいるのの、誰一人として倒れている者はいない。
彼らにとって腕が動かなくなろうが、腹に穴が開き血反吐を吐こうが、そんなものはどうでもいいのだ。
死ぬ直前まで戦える喜び。
それこそが彼らにとって至高の考えだった。
所持している即効性の麻酔や止血剤を打ち込み、再び嬉々として戦場へと戻る。
性格に難はあるものの、近接・中遠距離全てにおいてエキスパートの揃った、サセッタ随一の戦闘力を誇るエクヒリッチ隊。
もはや、一人一人が軍相当の戦闘力を有していると言っても過言ではない。
それほどまでに人数差をものともしない驚異的な力で帝国軍をねじ伏せていた。
そしてついに、交戦しながら城壁の裏門に侵入する。
すると先ほどまでは聞こえていなかった、自分たち以外の戦闘音が周囲に響いていることに気付く。
帝国城の影になって見えないが、その向こう側では正面門から突破したサセッタ本部隊がすでに帝国軍と戦っていた。
「オイオイオイ! んだよ、もうおっぱじめてんじゃねェか!!」
エクヒリッチがスピア状に変形させた腕を、人造人間兵の喉に突き刺しながら叫ぶ。
「てめーらァ! こんな雑魚共片付けて、さっさと向こうに合流するぞォ! おいしい獲物が取られちまうぜェ!!」
隊長の声に応えるように隊員から猛々しく声が上がる。
猪突猛進とでもいうのだろうか。
眼に入った敵を片っ端から殺していき、さらに敵陣奥に進んでは手当たり次第に屠っていく。散らばっていたエクヒリッチ隊が一同に介するかのように、自然と中央へと戦力が集まっていく。
本能のみが生死をかぎ分け、状況有利を作り上げる。
敵は陣形が崩壊しつつあり、人数こそ多いものの連携が取れなければ個の力で勝るサセッタに後れを取るばかりだ。
じわりじわりとサセッタが敵陣を蝕んでいき、それがさらなる帝国軍の後退を招き寄せる。
エクヒリッチが高笑いしながら小型スピアを飛ばし爆破させ、一方ではギンガが人造人間兵の胸に素手で穴をあけ、導電が絡みつく核を強引に抜きちぎる。
いよいよ混戦を極め、帝国城が目と鼻の先にまで迫ってきた時だった。
「総員、回避!!」
帝国指揮官の言葉が戦場を駆け巡る。
それに呼応するかのように、ヌチーカウニー帝国兵が待っていたと言わんばかりに勢いよく左右に捌けていく。
中央に集中していたエクヒリッチ隊は、目の前の敵兵が霧散していく様にポカンと口を開ける。
戦闘のクライマックスで、背を向け逃げることに対して理解が追い付かなかった。
戦いにおいて敗走はない。
ましてや戦闘中に背を向けるなど言語道断。
一度拳を交えたら死ぬまで続ける。
そこに守るべきものなど無く、あるのはただ己の自己顕示欲のみ。
彼らはそういった光に集う蛾である。光があれば寄らずにはいられない。
それこそがエクヒリッチ隊なのだ。
そんな彼らが勢いよく逃げていく敵を見た時に、感じる感情はどんなものだろうか。
喜び。
悲しみ。
驚き。
感動。
興奮。
安心。
否。
否。
否。
否。
否。
否。
そのどれでもない。
憤怒。
ただそれだけである。
怒りが爆発し、大地が絶叫したかのような怒号が帝国を揺らしたその時だった。
「高圧エネルギー砲、充填完了!! 出力確認に問題なし、射程圏内確保!! ―――発射!!」
刹那、天が雷鳴でも轟かしたかのような波動がエクヒリッチ隊を襲う。
その場の隊員全員が、衝撃源を思わず振り返る。
その正体はすぐに分かった。
ヌチーカウニ―帝国城の屋上に一つ、40階付近の東館と西館、中央館に直線状になるように1つずつ、―――10mにもなる黒々とした球体が花開くようにして内側から覗かせていたのは、歪な形をした砲口にも似たものだった。
全体の砲口配置が二等辺三角形になるよう設計されているのは、莫大な電流を流し磁場を強制的に発現させる『界磁誘導砲』、弾丸本体を投射する『プラズマ集縮弾体砲』、そして弾丸速度を爆発的に昇華させる『電磁加速器砲』である。
東館・西館にある『界磁誘導砲』により照準方向を決定。
続く『電磁加速器砲』では屋上から特殊な波長による磁場干渉を起す。
その接点に『プラズマ集縮弾体砲』より投射された弾丸が触れた瞬間に閃耀となり、衝撃波を生み出し爆発音が生じる。
エクヒリッチ隊が感じた波動は、まさにそれであった。
電気により酸素は分解されオゾンへと化学反応を起こし、光をほのかに蒼く染める。
蒼い稲妻を纏いたる弾丸は常闇の大気を青白く染める。
目にも止まらぬ速さで駆け抜けていくそれは、天翔ける龍でも見ているかのような神々しさだ。
対国兵器とも呼ばれるヌチーカウニ―帝国の秘蔵の切り札。
小国一つを跡形もなく焼き尽くす高圧エネルギー砲―――技術的視点からいうと超電磁砲とも言われるそれは、中央に意図的に集められたサセッタに襲い掛かる。
さしものエクヒリッチ隊もこれに対抗するだけの手札は無い。
せめてもの抵抗として、セリアンスロープの基礎能力を最大値にまで上げ防御力を高める。
誰しもが歯を食いしばり衝撃に備えた。
そんな中、ただ一人。
迫りくる巨大な超電磁砲を前に、狂喜の形相を顔面に刻みつける男がいた。
閃光に照らされる銀鼠色の髪はどこまでも透きとおり。
肩に顕現させる形印を誰よりも濃くし。
顔や上半身にまでその影を伸ばす。
「ッハ! 上等じゃねえか!! 受けて立ってやるよ、それがテメエらの奥の手なんだろ!?」
歯茎をむき出しにしながらそう吠えたのは、ギンガであった。
最前線に飛び出したかと思うと地面を蹴りつけ宙に舞う。
そのまま迫りくる蒼い雷に向かって拳を振りかぶる。
「オオォォォォォォオオオオオオ!!!」
ギンガが獣じみた咆哮をあげる。
拳と砲弾が衝突した刹那、光が周囲の闇を呑み込む。
光速に遅れるようにして続けざまに起こったのは、冗談のような爆風と衝撃が建造物を分解していく光景だ。
何年とかけて積み上げてきたものが、一瞬にして無へと帰る不条理がここにはあった。
伏していた人造人間兵らは一度地面を離れたが最後、闇に吸い込まれるように彼方へと吹き飛ばされていく。
それはエクヒリッチ隊とて例外ではない。
衝撃に備えていた分、帝国兵よりかは被害が抑えられているが、それでも地面から剥がされ光の対極へと飲み込まれていく。
巨大な地響きにも似た大地の唸り声のあと、閃光が弾け飛び稲妻が周囲を駆け巡る。
粉塵が大気を覆い、視界を奪う。
余震がしばらく続き、やがてその鼓動が緩やかになる。
「い、一体何が起こったんだ」
僅かに生き残った人造人間兵たちが立ち上がり狼狽する。
上官から与えられた命令によれば、高圧エネルギー砲がサセッタを一掃し、その軌道は裏門から綺麗に抜けていくという算段だった。
こんな目の前で空爆のようなことが起こるなど寝耳に水だ。
ざわざわと不穏な空気が走る。
時を同じくしてエクヒリッチ隊も辺りを見渡す。
やがて砂塵が晴れ、月光が爆心地を照らしつける。
そこには巨大隕石でも落ちたかのような、巨大なクレーターがまるまると地面を削っていた。
その円の中央には一人の男が佇む。
夜風に銀色の髪をなびかせるは、エクヒリッチ隊副隊長にして百獣の王をその身に宿すギンガに他ならなかった。
右半身は焼け焦げ、血肉が裂け深紅の雫を滴らせている。
振り抜いた右腕はひしゃげて、だらしなく肩からぶら下がっていた。
人造人間兵は感情を忘れて、ただただ彼を見つめる。
何が起こったかは現場を見ればすぐわかるとは誰の言葉だっただろう。
国一つ吹き飛ばしかねない高圧エネルギー砲が爆発と共に消え去り、代わりに残っているのは一人の人間と巨大なクレーターだけ。
周囲にあった民家やオブジェは軒並み無くなり、バザルトで綺麗に固められた地面も剥がれ更地となっている。
この解だけを見せつけられて、いかような方程式が立てられようか。
帝国兵らが理解を拒んでいると、クレーターの中心にいる男の顔がゆっくりと傾く。
ギンガの切れ長の瞳孔と目が合った。
その瞬間に忘れていた感覚が噴き出してくる。
思わず後ずさる者、恐怖に腰を抜かす者、逃げ出す者、様々だ。
彼らの感情が最終的に行きつく先は同じである。
ギンガに対する畏怖である。
「な……なんだよ。なんなんだよ、お前は!!!」
誰か一人が叫んだ。
ギンガはくつくつと笑いを堪えるかのように肩を揺らした後、やがて我慢できなくなったのか盛大に笑い声をあげる。
狂ったかのように豹変する男を前に、人造人間は思わず気圧される。
ありえない。
何故、立っていられる。
何故、笑っていられる。
山をも貫通させることのできる砲弾を、ただの右手一つで粉砕させることなど出来るはずがない。
シェルターと高エネルギー膜を突破されたときに、敵を一掃するために用意されたこの帝国の最先端技術の結晶にして最後の砦なのだ。
破れるはずがない。
これは何かの間違いだ。
エネルギーの充填や射程領域に誤差があったに違いない。
でなければ、この目の前の男が倒れていない理由に説明がつかない。
乾いた表情を浮かべる帝国兵を、ギンガは見透かしたかのように嘲り笑う。
「俺は倒れねえ。どんなことがあっても倒れねえ。分かってんだろ? テメエらの切り札はたった今、この俺の手によって終わったんだ」
そのまま、砂利となった地面を音を立てて一歩踏み出す。
その音に人造人間兵は敏感に反応し、身をすくませる。
「どうした? こっちは片手一本潰れてんだ。今なら楽に殺せるぜ」
だが―――動かない。
ギンガのセリアンスロープによる金縛り。
ギンガに対する恐怖が最高潮に達したことによって、これまでにないほど能力は十全の力を発揮していた。
「ッハ! 動けねえのか!! つまらねえにも程があんだろ。……しかたねえ、能力を解いてやるよ。俺を滾らせてくれ、俺を湧かせてくれ。俺が最強だということを証明させろ」
一番手前にいた人造人間兵に近づく。
二人の距離は十センチも離れていない。
ギンガの呼吸が、人造人間兵の駆動音が互いの鼓膜を揺らす。
「能力はもう解けてるはずだぜ。いつまで突っ立ってんだ?」
「ひッ……!」
帝国兵の体が震える。
まるで飢えた痩せ犬のように。
震えが手足に伝導し、地面に向けられたままの銃身の先が振動する。
眼には大粒の雫を溜めこんでいた。
「ッハ! 機械でも涙は流すんだな。てっきりオイルかと思ったぜ」
無情な言葉と共に、ギンガの左腕が兵士の体に風穴を開けた。
ずるりと核を取り出して握りつぶす。
糸の切れた人形のように人造人間は膝から崩れ落ちる。
ギンガはそれを粗大ごみでも扱うように投げ飛ばす。
骸は残った帝国兵らの目の前に無残に打ち捨てられた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
屍となった仲間を見て、帝国兵は次々とギンガに背を向け逃げ出す。
すでに彼らに戦う精神的余力は残されていなかった。
数で勝っていようがじわりじわりと遅効性の毒のように攻め込まれ、砦である高圧エネルギー砲も一人の男によって潰された。
もう一度照射しようにも、再装填には少なくとも一時間はかかる。
衝撃と爆風の影響で唯一のアドバンテージだった人数も減り、これでどうして勝てようか。
このままここにいたら殺される。
確実にそう思わせるだけの材料は既にそろっていた。
彼ら人造人間と言えども生への執着はある。
人造人間兵だからと言って、一概にデータベースに保存されている記憶を再び別の体にインプットできるわけではないのだ。
莫大な費用や時間、そしてコネクションが必要となる。とても一般的な人造人間が賄えるものではない。
表では誰もが利用できることになってはいるが、その実、こういったシステムを利用できるのは軍で役職を持っている者、或いは貴族と呼ばれるカースト上位に組する者たちだけという暗黙の了解がある。
そも、先程まで闘っていた兵士の八割は半ば強制徴兵されている者たちだ。
ヌチーカウニ―はHKVという殺人ウイルスから逃れるために集まってきた、帝国外の小さな国や町の人たちを奴隷同然の条件で使役している。
皮肉にも機械の体に疲労が蓄積することはない。
エネルギー供給と定期的なメンテナンスをしさえすれば、24時間働かすことだって可能なのだ。
不服を申し立てればエネルギー供給は許されず、監禁され事切れるのをただ待つのみ。
そしてその機体は姿かたちを変え、抽選で選ばれた新たな人格が入り込む。
要は帝国側にとって都合のいい使い捨ての駒なのだ。
いくらでも代えはきく。
故に、核を潰されれば再び自らの記憶の元で動く保証などどこにもない。
次にこの体を動かしているのは、自分ではないかもしれないのだ。
ともなれば、死に対する価値観は生身の人間と何も変わらない。
怯えて逃げる背中には、プライドも誇りもなかった。
もっとも、最初から持っていたものかどうか怪しいものであるが。
だからだろう。
ギンガはただそれを退屈そうに見つめるだけで、追うことはしなかった。
「チィ……、つまんねえ幕引きだぜ」
独り言を吐き捨てる。
そこに接続音のあとインカムに通信が入る。
『こちらローシュタイン、かなり大きな衝撃を感知したが無事かい?』
それに答えたのはエクヒリッチだった。
「あァ、ギンガのおかげでなァ。今のがなけりゃここら一体、焼死体の山だったろうなァ。あいつァ大物になるぜェ」
凄まじい潜在能力を見せつけられ嫉妬に駆られているかと思いきや、エクヒリッチは興奮冷めやらぬ口調で言った。
今まで見てきた敵の中で、おそらく最高に強い。
手合わせした時に、この真価を発揮されていたらと考えるだけでも血が滾る。
十代半ばの若さで既に、エクヒリッチら隊長クラスの実力を誇っていると言っても過言ではない。
だが裏を返せば、若さゆえに極限まで追い詰められなければ、その力の解放はできないともいえる。
潜在能力であるがゆえに、無意識の中でしか使えないのだ。
「……熟れるのが楽しみだぜェ」
『ん? なんか言ったかい?』
「いんや、なんでもねェ。そんでなんか用か、ローシュタイン。お前がわざわざヒトの心配するためだけに、通信を寄越す柄じゃねェってのは分かってんだァ。用件をとっとと言いやがれェ」
インカム越しにローシュタインの軽くため息をつく音が聞こえた。
『報告もあるが我々は家族だよ、エクヒリッチ。心配するに決まっているだろう』
「どうだかねェ」
エクヒリッチはぶっきらぼうに言った。
「で、用件はァ」と切り返す。
『ん、先行して統括管制室に向かっていた、タモトの部下からの通信が途絶えた。君たちは本部隊に合流せずそっちに向かってほしい。クラッキング用のCDCカードは持っているね』
「あァ? なんでそんなつまんねェこと俺がやらねェとダメなんだァ? 俺は戦いに行くぜェ。六戦鬼と殺り合えるっつうから、サセッタに入ってるようなもんだからなァ」
エクヒリッチは鼻を鳴らしながらそう言った。
彼にとって戦うことこそ生きる糧。
闘いこそが己が生きる場所。
より強い相手と死合うことが極上の喜びなのだ。
史上最強と呼び名が高い六戦鬼を前に、惹きつけられないはずがない。
故に、彼にとってこの思考は至って普通のモノであった。
だが、ローシュタインもそれを理解している。
エクヒリッチが拒否した後に、間を置かずに言う。
『六戦鬼は今、タモトとコールルイスが戦っている』
「……どこでだァ? 教えろォ」
『さて、どうしたものか。君たちの場所から最短距離で言うと、どうしても統括管制室のある隠し通路の前を通らねばならないんだ』
ローシュタインは言葉の裏に隠した本音を、透かすようにして言う。
ここまで露骨に言われては、馬鹿でも気づく。
教えてほしければ、まずは統括管制室でクラッキングを行え、と。
そう言っているのだ。
エクヒリッチは悪態を込めた舌打ちをする。
手のひらで転がされるのは気に食わないが、あてもなくうろついたところで六戦鬼のいる場所にたどり着けるか分からない。
それどころか、どうでもいい雑魚共の戦いに巻き込まれる可能性の方が高いのだ。
「いいぜェ、行ってやるよ。だが、そこに行くのは隊員だけだァ。俺は六戦鬼のとこに行かせてもらうぜェ」
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ローシュタインとの通話を終えエクヒリッチらは、ヌチーカウニ―帝国城の裏口から入る。
派手な大理石で埋め尽くされた回廊に、天から吊り下げられる煌びやかなシャンデリア。
壁には巨大な絵画が並び、それらは全てサファイアやエメラルドと言った宝石がはめられた額縁に綺麗に収まっている。
お手本のような巨万の富で成された内装である。
正面口でサセッタに総力をぶつけ合っているためか、城内には人ひとり見当たらない。
家が一つ建つのではないかというがらんとした廊下を、エクヒリッチ隊が走る。
先頭をエクヒリッチが、その後にギンガが続く。
現在、彼らの人数は第一帝国戦開幕当初からほとんどと減っていない。
3000人弱である。
しかし、戦いの最中でだましだまし止血していた傷口が開いたり、腕や足が欠損していたりと万全とはいえない状態であった。
内臓に損傷を負い、今にも倒れそうな者もいた。
だが、そんなことに誰一人として気に掛ける者はいない。
死ぬのならばそいつがただ弱かっただけのこと。
情けを掛ける必要も、手を貸す必要もない。
それがエクヒリッチ隊であり、それが故にサセッタ随一の戦闘力を誇っているのだ。
強いものしか生き残らない。
弱いものは勝手に死んでいく。
まさに弱肉強食のピラミッドの頂点そのものである。
「ここだなァ」
エクヒリッチがそう言って止まる。
そこは何の変哲もないただの一直線状の通路であった。
今まで通ってきた道と何も変わらない。とても今が夜とは思えないほど、明るい光に包まれている。
研磨されて反射する廊下に、何かの芸術作品を思わせる彫刻が掘られた壁。
はめ込まれた宝石は、シャンデリアの輝きを受け一層深みを増していた。
その彫刻作品の間には、ひときわ大きな絵画が存在を放っている。
薄汚れた半裸の男が、女神に一輪の花を渡していた。
エクヒリッチはその絵画に手を伸ばし、花びらが描かれている場所を強く押し込む。
するとパズルのピースのようなつなぎ目が、絵画全体に出現する。
機械的にピースが高速で動いていき、気が付くと目の前におどろおどろしいタッチで描かれた門の絵画が現れていた。
描かれていた絵の組み合わせが全て変わり、もう一つの姿をみせたのだ。
一見して油絵で描かれたような門であるが、しかし実態は統括管制室に繋がる隠し通路のモノであった。
エクヒリッチが触れてみると、なるほど、確かに表層は油絵特有の手触りだが、奥には金属の存在が確認できる。
側に描かれた認証機に純白のCDCカードをかざすと、アーチ状に門が開いていき薄暗い通路が姿を現す。
間違いなく目的地に続く道であった。
「お前ら、行ってこい」
エクヒリッチは投げやりな言葉を後方にいた隊員たちに向ける。
最後尾にいる彼らは、いわば消耗しきっている死に体の状態の者達ばかり。
すなわち、弱肉強食であるエクヒリッチ隊で現在、最も弱者な存在なのだ。
「テメエらみたいな雑魚でも、カードをかざすことぐらいはできんだろォ?」
エクヒリッチの冷ややかな言葉に、周囲の隊員たちはにやにやと笑う。
後ろにいた十余名の隊員らは視線を浴びながら、重い体を引きずって隠し通路に向かう。
しかし――。
その時だった。
薄暗い通路から得体のしれない何かが勢いよく飛んでくる。
門の前にいたエクヒリッチはそれをとっさに躱す。
それはそのまま反対側の壁に激突し、ビシャリと紅い飛沫をまき散らす。
「なんだ、今何が飛んできた?」
隊員の一人が言った。
みるとそこには見覚えのあるマントを着た男が転がっていた。
通信が途絶えていたタモト隊である。
先行して向かっていたタモト隊の男が、先にいるのは何ら不思議なことではない。
問題は別にある。
飛んできた男は上半身だけだったのだ。
下半身は見事になくなり、臓物がむき出しになっている。
痙攣するかのように息をするところを見ると、今しがたやられたのだろう。
「バ、バケモノが……い……る」
最後にそう言い残すと、タモト隊の男の眼は虚ろなものへとなっていった。
「ホゥ……。面白そうじゃねェか」
エクヒリッチは闇に包まれた先の見えない通路を見ながら笑った。