五十六話 連携
『本部隊突入確認した。A班・B班はすみやかに電力機能管理施設から撤退し、本部隊に合流。なお、接近してくる帝国軍が見て取れるため、迂回してなるべく戦闘は避けよ』
デヒダイトからそう指示があったのは、何人の人造人間兵を屠った後だっただろう。
ルナやランプ、アイネ、ブロガンドらを逃がすために一人殿を務めたクロテオード。
壁に背を預けた背水の陣から、砲煙弾雨のレーザー弾が飛んでくる。
一直線の廊下ともなれば是非もなし。
避ける隙間もなければ、隠れるスペースもない。
否、殿という立場である以上、彼にその選択肢はなかった。
ただひたすら己に放たれる無数のレーザーを、太刀一つで切り裂き続ける。
形印を顕現させ、超低周波を自身を中心に展開し、瞬時にレーザーの軌道を予測。
致命傷となる箇所以外は全て無視し、体の可動に支障が出ない様に神経をとがらせる。
閃光が頬をかすめ、肩をかすめ、ふくらはぎをかすめる。
このままいけばジリ貧になると考えたクロテオードは、いよいよ二本目の脇差を目にも止まらぬ速さで抜刀する。
それは反撃の狼煙でもあった。
力強く草鞋を履いた右足を一歩踏み出す。
その足で地面を蹴ると、壁まで一瞬で飛び移る。
人造人間兵たちが、壁に飛んだクロテオードに照準を合わせた時には、既に彼はそこにいない。
三角飛びの要領で壁を蹴り上げ、宙で体を捻り天井に両足をつけたかと思いきや、次の瞬間には敵陣に飛び込み、刹那に10個の核を貫いていた。
核を失った人造人間兵は次々に崩れ落ちる。
さながら、充電の切れたロボットのように受け身も取ることなく、ただの鉄塊と化す。
なおも襲い来る至近距離からのレーザー弾を脇差で防ぎ、太刀で腕をそぎ落とし無力化していく。
「回り込め!! 死角から襲え!」
あまりにも一方的な状況に、付近の兵士たちは銃での戦闘を放棄し電子剣を取り出す。
クロテオードは正面の敵に応戦しつつ、回り込もうとする敵の核を一撃のもと沈める。
なおも接近戦を仕掛け、敵陣先頭の懐に飛び込み、下段から太刀を振り抜くと、轟音と共に一気に五人吹き飛ばす。
刀に流している音波を瞬間的に増幅させ、ソニックブームにも似た衝撃波を巻き起こしていた。
太刀の最大瞬間速度は秒速300mにも到達し、空気の流れ・刃の向き・力加減など、あらゆる条件を熟知した剣の達人にしかできない芸当だ。
なおも襲い来る敵の攻撃を紙一重で躱し続け、核を的確に潰していく。
クロテオードの怪物の如き怒涛の攻めに、200人以上いた人造人間兵は、既に半分以下にまで減っていた。
このまま攻め続ければ、十分すぎる程の殿の役を果たせる。
10分―――否、それ以上の時が経とうとし、勝ちの光明が見え始めた時だった。
後方にいる何人かの兵士たちは両脇にある部屋に入り込むと、クロテオードの真横に位置取る。
狙いを定めると、窓やドアが閉まっているにも関わらず銃を放つ。
両サイドの窓ガラスや金属が砕け散り、炸裂弾のようにクロテオードを襲う。
さしものクロテオードも、正面の近接戦闘とレーザー銃を警戒しながら安全を確保することは不可能。
たまらず後方に飛んで距離をとり、難を逃れようとする。
だが、それが意図せずして思わぬ結果となる。
クロテオードが感知機能として展開していた超低周波の音波に、細かく砕けたガラスや鉄の塊が全て引っかかり、本命の攻撃を感知できなくなる。
すなわち、これは瞬間的にではあるが、能力が無効化されたことを意味していた。
タイミングは完璧だった。
敵の狙いはクロテオードの視界を奪うこと。
それに合わせて広い角度からレーザー弾を打ち込み、勝敗を決する算段だった。
果たして、クロテオードの5m先には銃口が足並みそろえて向けられている。
その数50以上。
頼れるのは己の眼と勘のみ。
クロテオードの眉間にシワがより深く刻まれる。
その時だった。
「クロちゃん! 地面、やったの!!」
背後からランプの声が聞こえた。
何故外に出たはずのランプが、ここに戻ってきたのかは知る由もない。
今はそれを考える時間もない。
刹那にクロテオードが思考をまわしたのは、彼女の言葉である。
瞬時に理解し、刀を逆手に持ち替えるが早いか、人造人間兵たちが引き金を引くよりも早く切っ先を地面に突き刺す。
廊下に亀裂が入ったかと思うと、そのまま、すさまじい速さで正面の敵陣に向かっていく。
「撃てぇぇぇぇええ!!」
敵の怒号が飛んだまさにその瞬間、回廊が崩落し奈落への道が開ける。
人造人間兵は闇に引き寄せられるように、突如として現れた底の見えぬ穴に落ちていく。
クロテオードと人造人間が戦闘中、ランプは音を頼りに敵のいる場所のみ穴を掘っていたのだ。
廊下との接触面をミリ単位で残し、過剰な衝撃が来たときに決壊するように。
深さはおよそ20m。
自由落下による衝撃は、人造人間の骨格を破壊し行動不能とする。たとえ運よく行動に支障をきたさなかった場合でも、這い上がることは不可能である。
人造人間の強化された身体能力でも、10m弱の跳躍が限度だからだ。
ともなれば、足場を無くした彼らに成すすべはない。
絶望に染まった声が闇に反響し、やがて鈍い音と共に消失した。
部屋の中にいた人造人間兵たちは言葉を無くす。
クロテオードの一メートルより先の廊下が全て崩れ落ちたのだ。
衝撃的な光景である。
がらんどうとなった廊下には、地面の下から湿った空気が押し出されていた。
あっけに取られていると、その隙を縫って部屋に入ってきたクロテオードによって、瞬く間に六人の起動装置を破壊される。
反対側の部屋ではランプが鋭く伸びた爪で一人目の核を貫く。
残り六人。
小柄な体型を活かし、敵の攻撃をひらりとかわし死角から攻撃していく。
「へっへーん、当たらないも~ん」
華麗なステップを踏み、ちょこまかと部屋を駆け回り敵の隙をうかがう。
レーザー銃から放たれた閃光がランプの後を追う。
物陰に隠れたかと思うと、次の瞬間には地面を割り、敵の足元のから飛び出し股を裂く。そして、勢いそのままに核を握りつぶす。
「こ、このガキ!!」
銃口を向けるが既にそこにランプの姿はない。
すぐさま背後から音がしたかと思うと、セリアンスロープの爪が胸を貫いていた。
「後ろなの」
だが、人造人間は口角を上げ、自身の体を貫通した腕をつかむ。
「そこは核じゃねぇよ、ガキが!!」
本来の位置とは少し上に攻撃してしまっていた。
ランプが慌てて引き抜こうとするも、がっちりと握られた両手から逃れることはできない。
残った二人の人造人間兵が電子剣を輝かせ、ランプの背後で振りかぶる。
しかし、パチンと何かがぶつかり合う小さな音がしたと思うと、二人同時に膝から崩れ落ちる。
鉛でも地面に落ちたかのような鈍い音が部屋に響くと、物音一つなくなる。
「お、おいどうした!? 何が……!」
背後の不穏な音に焦りを覚えたが、すぐにその音の正体が判明した。
気付けば目の前には、クロテオードが抜刀した姿で佇んでいた。
ゆっくりと刀を鞘に戻していき、金属の鍔と皮革である鞘が接触し、“パチン”と音を立てる。
「あー、そういうこと……」
そこまで言ったところで、人造人間は64等分に切り裂かれ原形をとどめることなく、地面に散らばっていった。
「あー、びっくりしたの。やられたかと思ったの」
硬くなった声音で言いながら、ランプは腕を引き抜く。
見渡すと、部屋には無残に倒れた帝国兵の亡骸が散らばっている。
ランプが仕留めていなかった兵士たちは、既にクロテオードの手によってガラクタと化していた。
「油断をするなといつも言っているだろう」
死闘を繰り広げた後だというのに、息ひとつ乱さずにクロテオードは言った。
ランプは頬を膨らませながらしかめっ面を浮かべる。
「別に油断したわけじゃないの。ちょっと焦ってただけなの」
「まったく……。だが、あの落とし穴は助かった。礼を言う」
その言葉を聞き、ランプは顔を明るくさせる。
「ふふ~ん! 礼には及ばないの。でも、クロちゃんがどうしてもって言うなら、今度わたあめ食べさせてくれればいいの!」
「……考えておこう」
「やった!」
ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて、喜びを表す。
丁度そこに、インカムにブロガントから通信が入った。
『副隊長、おかげさまでクラッキングは完了したっすよ。そっちはどんな感じっすか』
「ちょうど今、倒し尽したところだ」
『はぁ!? いくらなんでも……。え? マジッすか? あそこにいた敵全部?』
「全員ではないがな。ランプの手助けもあってだ」
『……そ、そっすか』
衝撃の事実を知りブロガントはもはや言葉を無くす。
想像以上のクロテオードの実力に戦慄するほかなかった。
「さあ、デヒダイトから通信のあった通り、迂回して本部隊に合流するぞ」