五十四話 正面突破
シェルターが開き、閉ざされていた空間が世界とつながる。
ローシュタインの合図と共にサセッタ総戦力が、弾丸のように駆け抜ける。
このまま誰の目にも留まることなく、城壁を乗り越えられれば文句のつけようのない展開だ。
しかし、常に理想通りに現実で実行されることなどそうない。
迷彩装置とプロアルゴリズムの保護領域から抜け出したことで、大量の偵察ドローンが瞬く間に一団を包囲する。
警報アラームが帝国各所に通達されると同時に、機体側面に搭載されている中近距離マシンガンが照準を定める。
「あらあら、まあまあ。おいたはいけませんよ」
サセッタの集団から、そう言いながら飛び出してきたのは、軍隊長のアイリスだった。
優しく笑いながらも、太ももに形印を浮かばせる。
次の瞬間に、彼女の体は人間のそれとはかけ離れたものへと変貌していく。
五本の指は消失。
代わりに両腕は鞭のように細くしなる。艶やかで白みを帯びた肌は、緑へと色を移し、不規則に棘のようなものが無数に出現する。
足も同様にして弦のように細長い形状へと変形する。
“バラ”のセリアンスロープ。
セリアンスロープがモデル生物の特徴を使えるのは、なにも動物だけでない。
生物に分類されるもの全てであり、それは植物とて例外ではない。
アイリスは五十を超える無人ドローンに向け、花軸となった腕を盛大に振る。
それは瞬く間に伸長していき、アイリスを幹とした一つの巨木となる。
花軸は空中で何重にも枝分かれし、サセッタ全軍を覆うように、鋭く突出する棘が波打つ。
「ふふふ、いきますよ」
ドローンがマシンガンを起動しようとした刹那、アイリスの両腕から伸びる花軸がさらに分岐する。
一瞬のうちに、滑らかなツタが互いに巻きつき同化していく。そこからさらに、通常の五倍はある棘が出現する。
生身の人間がそれを喰らえば、切っ先が触れただけで肉がえぐられ、内臓をかき出ださせるだろう。
殺人的な棘を無数に纏いながら、花軸は鞭のようにしなり風を切り裂く。
地上10~20m付近に集まっていた無人ドローンは、的確に貫かれ機能を停止する。
僅か三秒間で全ての偵察無人ドローンが壊滅した。
レジスタンスの正面には正門が迫っている。
そこに警報を受け取った人造人間兵が左右から挟むようにして駆け付けてくる。
五か所に分散していた最も近い二分隊が、集まってきていたのだ。
レーザー銃を構え射出する。
プラズマ圧縮エネルギー弾は、サセッタを覆う花軸を貫く。
一番外側にいたレジスタンスは急所に打ち込まれ、絶命する。
アイリスがさらに自らの腕を分化させ、数多の人造人間兵の核を貫く。
しかし、片側だけで五万を超える軍勢に、アイリスの腕から伸びる花軸の分離が間に合わない。
無限に来るのではないかと錯覚してしまうほどの光の弾に、アイリスの張った壁は打ち破られていく。
個人で対応する者もいれば、成す術も無くやられていく者もいる。
開城しきった正門を目の前に控え、少しずつ絶望が広がっていこうとしたその時だった。
『衝撃に備えよ!!』
インカムを通して聞こえてきたのはローシュタインの声だった。
次の瞬間、サセッタのはるか後方―――すなわち第一帝国戦作戦本部がある場所から、対戦車用ミサイルが発射される。
ミサイルは夜空を駆け、木々を超え、わらわらと餌を求め集まってきた人造人間兵の軍隊に直撃する。
爆風が火球を煽り、辺りは一瞬にして地響きと共に粉塵が舞い散る。
カーボン浮遊道には巨大なクレーターができ、人造人間兵の半数以上が一瞬のうちに消失する。
『脇目を振るな!! 死を乗り越えよ!! 我々の勝利まで折れてはならない! 突き進むのだ!!』
戦意を取り戻したレジスタンスは、雄たけびをあげる。
生き残った人造人間兵は、再び正門へと突き進むサセッタに向けて銃口を向ける。
しかし、再び先程のミサイルが飛んでくるのではないかという恐怖感にとらわれ、大半の兵たちは夜空に意識を向けてしまう。
その一瞬の隙をつき、アイリスが人造人間兵を破壊する。
「何をやっている! 撃て!! 撃てぇぇぇぇえええ!!」
ヌチーカウニ―の指揮官の声も、鋭利な棘が貫通すると同時に、むなしく闇へと消えていく。
レジスタンスの一団は、勢いそのままに正門をくぐる。
『要塞』と呼ばれたヌチーカウニ―帝国を、正面切って突入していった。