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五十二話 小さな一歩




ヌチーカウニ―帝国城。

帝国の中央に位置し、全ての機関命令権を握る行政機関として機能している。

まさに中枢として存在し、帝国心臓部といっても過言ではない。


高層ビル60階相当、四つの城壁塔に挟まれるように連なる居館は、圧倒的存在感を放つ。


その不動の山を彷彿させる城の最上階では、帝国王が巨大な窓ぶちから、顔を覗かせていた。いつになく目を仰天させ、顎が外れるほど口をあんぐり開けている。


視線の先には、夜空を隔離するかのように帝国全土を覆うシェルターがあった。


「ほあ、ごおおおあお……!」


「王サマ、驚きすぎてホントに顎外れてるよ。……ほらよッ!」


「うごッ!! ホ、ホークゲン、きっさまぁ!! 朕の顎をアッパーで殴るとはどういう了見だ!」


帝国王は怒りをのせてホークゲンにボディーブローを入れる。

しかし、六戦鬼(セクスセイン)はどこ吹く風、殴り続ける帝国王を見ながら、


「いや、なんか苦しんでたからつい。でも、喋れるようになったから良かったでしょ」


「アホか!! 舌噛んだらどうする!!」


まあまあ、と暴れ馬を御するようになだめる。


「それより、何にそんな顎が外れる程驚いていたのよ」


「あ、そうだった! おい、ホークゲン!! シェルターが起動しとるぞ!」


「そりゃ、そうよ。さっき報告あったでしょ。サセッタが入り込んでるって」


「だが、さっきの一報以来、何も情報が来ないではないか。それに、生体反応があっただけでサセッタとは……」


帝国王が言いかけた時だった。

タイミングを見計らったかのように、再び勢いよく扉が開き、人造人間(レプリオン)兵が王座の間に入り込んでくる。


「申し上げます! 先ほど東西にある電力機能管理施設において、サセッタを発見! 現在、交戦中!」


その報告に、再び帝国王は驚く。

まさか、本当に地下50m以上も掘り進めて来るとは、露ほどにも思ってはいなかったのだ。


それがどうだろうか。

現に地下という侵入経路を使い、帝国の要塞の動力を止めにかかってきている。


慌てて助けを求めるように帝国守護者に目を向ける。

ホークゲンは眉をひそめながら、報告に上がった兵士に問いかける。


()()()……? 敵は何人?」


「東西に五人ずつ確認されています!」


「……300人の兵士じゃ足りなかったってことか。まったく、シェルターで帝国外部と通信断絶されててよかったよ。あんだけコケにしといて、この報告をバーキロン君に聞かれたら、笑い種だった」


謁見に伺っていたバーキロンは、シェルター起動と同時に通信が乱れ、立体映像(ホログラム)を維持できず姿を消していた。


ホークゲンは各所に点在する警備兵や、城内で待機している者たちに、交戦場所に向かうよう無線で指示を出す。

やがて、一通りの命令を出し終えた彼は、伝達者に向け


「すぐに増援を向かわせるから、それまで押しとどめといて。無理に攻めなくていい」


人造人間(レプリオン)兵はそれを受け取ると、「承知いたしました」とだけ言い残し、王座の間から去った。


冷静に対処し、部下の前では動揺ひとつ見せずにいる六戦鬼(セクスセイン)


だが、さすがのホークゲンとしても、この展開は想定外だった。

バーキロンから知らされた内通者による情報は、『少数精鋭で電力機能管理施設の制圧』。


バーキロンからは十数名で行われると聞いていたが、その時点ではにわかに信じられなかった。

用心深い彼は、侵入者の数を報告の10倍と想定し、それのさらに上回る300という兵士を警備に付けていた。


万全に万全を重ねた対応だったが、しかし、現状は交戦中。

それも、片方の施設に十数人ではなく、東西端にある施設に侵入した合計で十人。


万が一、報告を真に受け十人に対しての警備を発令していたら、と考えると背筋が凍る思いだ。



「敵さんもなかなかやるね……」


ホークゲンは帝国王に向き直り肩に手を置く。

相変わらず肝っ玉が小さいようで、全身を激しく振るわせているのが伝わってきた。


「そんな怖がらなくても安心しなよ、王サマ。シェルターが作動している以上、敵さんは増えないよ。俺らの援軍が着いたら勝ちも同然だ」


気さくな言葉とは裏腹に、いまや彼の瞳孔は空間を切り裂くように鋭くなっている。その瞳は油断なく、窓から見える下界を見定めていた。






動力炉を停止したことによって、シェルター表層に超高圧電流の供給は途絶えた。本来の脅威はやや影を潜めたものの、だがその帝国全土を覆うように屹立する分厚い壁は、未だに健在だ。


厚さ5mという規格外の鋼鉄。あらゆる物理的攻撃を傷ひとつ付けることなく凌ぎきるそれは、まさに絶対防御の要塞と呼ぶにふさわしい。


デヒダイトらが地上を目指している間、センサーと連動することで巨大な地響きにも似た音と共に、その要塞が空間を断絶する。

その壮大なカラクリ仕掛けは、帝国内部にいた生き物ならば誰しもが気付いただろう。


だが皮肉にも、地下を駆け抜けていた先兵特化部隊の三班は、分厚い地層が緩衝材となり、異変に勘付くことが出来なかった。



そして現在。

動力炉のクラッキングは完了したものの、シオン、デヒダイトが覗く窓越しには、青天の霹靂ごとき鉄壁が顕在している。


デヒダイトの顔に脂汗が滲む。


―――あれのせいでローシュタインと通信が取れなかったのか……!! 迂闊なッ! だが、いったいいつ……。


侵入から戦闘、クラッキングまでを思い起こしても、それらしい節は存在しない。

もっとも、管理室制圧までの時間は、五分にも満たない。


完全展開をするまでに5分以上かかるとされているシェルター。仮にその隔離壁が展開していたとしても、長針が五回、時を刻む間に帝国領域全てを覆うことは不可能だ。


―――考えられるとすれば、俺たちが侵入した時には既にシェルターは起動していたということだけだ。……だが、何故? 


そこまで考えが行きついたとこで、デヒダイトはかぶりを振る。


今考えるべきはシェルター起動の考察ではない。この後に控えている、本部隊の突入のためにいかにして絶望的状況をひっくり返す一手を打つかである。

神経インパルスがシナプスを跳躍し、思考と共にデヒダイトの脳細胞を駆け巡る。


その時だった。

デヒダイトのインカムにB班のブロガントから連絡が入る。

クラッキングは成功したものの、クロテオードが一人で囮を務めているとの旨だった。

どうやら、時を同じくして似たり寄ったりの結末にたどり着いたらしい。


傍らにいたシオンが窓硝子を冷たく見据えながら、


「デヒダイト隊長、俺を帝国城内の防衛システム室に行かせてください」


一瞬の静寂。

デヒダイトは発言の真意を図りかねているようだった。


「俺を敵の懐に潜り込ませてください。俺が城内に忍び込んで、シェルターを管理しているデータをクラッキングして開城させます。それしか手はない」


現在シオンたちがいる場所はあくまでも、シェルターに流れる高圧電流と起動にかかる電力を供給している場所にすぎない。


起動そのものを管理している場所は、帝国城内にある防衛システム室にある。


つまり、シオンは単身で城内に乗り込み、防衛システム室を制圧・クラッキングを行ったのち、シェルターを降ろすと言うのだ。



「馬鹿なことを言うな。そんな無茶苦茶……」


「時間がない! このままじゃ―――」


『アイネとノイアが殺される』

喉まで出かかった言葉は、しかし空気を振動させることなく飲み込まれる。

戦いの最中(さなか)に私情を表に出すのは、言語道断だ。その言葉を口に出してしまえば、一階で敵の波を食い止めている仲間に対する侮辱にも等しい。


それを口に出した瞬間に、この場で拘束されるかもしれない。


「―――全滅します。ジョンさんとカルーノさんだって、いつまでも持ちこたえられるわけじゃない」


代わりの言葉を見つけ、それらしい理由を述べる。

まさに、理屈と膏薬はどこへでもつくといったところだろう。


だが、シオンは口では仲間を心配しつつ、その実、残された家族である二人以外の生存など眼中になかった。


といっても、普段からそのような態度を出しているわけではない。

もちろんシオンとて、サセッタの同僚たるデヒダイト隊全ての先輩隊員を尊敬しているし、敬ってもいる。

戦いの最中(さなか)で命を助けられることもあれば、助けることもある。危機に瀕ずれば駆け付け身を挺して守ることもあるだろう。



だがそれ以上に、シオンにとって、孤児院から共に生きてきた二人の家族の命が重いというだけのこと。

二人の命が掛かっていれば、時として最善と判断すれば仲間すらも見捨てることをいとわない。

いわば掛け値なしの存在だ。



それはあの日、川辺で命を救われ以来、“守る”と決めた家族のため。

生きる活力を再び与えてくれた彼女との“誓い”のため。



例え、今この場で隊長の許可が下りなかったとしても、シオンは強行する所存だった。


デヒダイトがシオンに物申そうと口を開きかけた瞬間だった。

右耳に付けている彼のインカムに通信が入った。


「こちらA班、どうした」


『……やっと繋がった!! こちらC班、ガルネゼーア! 上空にシェルター起動を確認! いったい何があったのさ!? まさか、失敗した!?』


「クラッキングには成功しておる。だが、どういうわけかシェルターが展開中だ。外から見て何か違和感は無かったか?」


『私たちが侵入した時には、もうシェルターが帝国全体を覆ってたって。報告入れても、全然繋がんないし』


「悪い、想定以上に敵がいたもんでな。気が付かなかった」


と、通信を聞いていたシオンは、ある違和感に目を眇める。


インカムの向こうから、必要最低限の音しか聞こえてこないのである。

ガルネゼーアの会話、他ノイアとアスシラン二人の足音、それ以外の音がない。


シオンたちが侵入してから数十秒後に現れた、過剰なまでの人造人間(レプリオン)兵。現に、今も銃声や爆発音、怒号が一階から建物全体を揺るがすように聞こえてきている。B班からも一向に連絡が入らないところを見ると、同じような有様だと想像に難くない。


どう考えても、行動が読まれていたとしか考えられない状況だった。


にもかかわらず、C班からの通信は交戦音が聞こえないどころか、息すら上がっていないように感じる。



―――C班だけは動きを読まれいない……?


シオンはふと、作戦直前に班の数や班員の分け方から何から何まで、ローシュタインによって編成されたのを思い出す。

本来はA班とB班のみであったのを急遽変更したのだ。


追加されたC班は帝国中央に身をひそめ、東西にある電力機能管理施設を外部より監視し、援軍が来るなどの異変を報告する役割だった。


その時は何か特別な意味があるなど考えてもいなかった。むしろ、当然の訂正だとさえシオンは思ってた。


しかし、現状を踏まえた上で、C班のメンバーを思い出したところで、ハッとする。


C班。

圧倒的戦闘力を誇る『承十陽拳』を体得しているガルネゼーア。

侵入するのにうってつけな『カメレオンのセリアンスロープの能力』を持つノイア。

そして、セリアンスロープの能力とは別に、『第六感(シックスセンス)』を持つアスシラン。


普通であれば、三人とも動力炉クラッキングにおいて、確実に編成しておかねばならない人物ばかりだ。

加えて、電力機能管理施設の帝国内位置。


ここまで状況が整ってようやく、シオンはローシュタインの班編成の意図を理解した。


「―――そういうことか」


だが、それはあまりに不安要素が多く、大博打にもほどがあるものだ。


「どうした、シオン」


「……隊長、さっき言った内容ですけど、撤回します。俺一人で城内に忍び込むんじゃなくて、C班と一緒に行かせてください」


それを聞いたデヒダイトの眉根のシワが、より一層深く刻まれる。

恐ろしいまでのスピードで、あらゆる打算を打っているのだろう。


だがシオンは答えを聞くことなく、窓ぶちに手をかけると、2階の窓から飛び降りる。

デヒダイトが気が付いた時には、シオンの姿は彼方まで疾走していた。


「あんの、馬鹿もんが!! くそ、考えている暇はないか。おい、ガルネゼーア、聞こえているか!? 新たに指示を出す!」


『なに?』


「シオンと合流して、城内の防衛システム室に潜入・クラッキングを行い、シェルターを再び地下に収納しろ。場所は城内見取り図に書いてあったはずだ」


『了解!』


そこに廊下から、ラウンの声が響き渡る。


「隊長! これ以上は一人では抑えきれない!! 3階にいたのはあの二人だけじゃなかった!!」


一刻を争う状況に、デヒダイトはインカムに、


「A班、B班は限界まで動力室を防衛せよ!! C班は城内に潜入のちシェルターを取っ払え! ここが踏ん張りどころだ!!」


口早にそう告げると、部屋を飛び出しラウンの加勢に向かった。








視界の端に映る街並みが、疾駆の速度が上がるとともに時空の彼方へと引き伸ばされる。

シオンは脇目も振らず、市街地を三倍のスピードで駆け抜ける。

目指す先は、帝国中央にそびえ立つ高層ビル60階相当の帝国城。日輪のように煌々とした光が、目を眇めさせる。


その光につられるように、深夜になってもなお、街には人造人間(レプリオン)が闊歩していた。

昼時よりは少ないとはいえ、睡眠を必要としない体には、暇をもてあそぶ時間だ。


加えて、生活区域から隔離されている東西にある電力機能管理施設からは、爆発音や銃声が今もなお続いている。

野次馬根性で外に出ている人造人間(レプリオン)もいることだろう。


シオンは走りながらも、しかし、インカムの通信を開始する。


『どうしたのよ、シオン。何かあったの』


繋がった先の相手はアイネだった。


「無事か?」


『えぇ、クラッキングが終わって隊長の指示通り防衛してるわ。今から、一階のクロさんを助けに行こうとしてるんだけど―――』


「無茶せず管理室にいろ、いいな!?」


シオンはアイネの言葉を最後まで聞くことなく通信を切る。

もとより、アイネの無事を確認できれば良かっただけだ。通信に出なければ、真っ先に帝国反対側の西電力機能管理施設に向かっていただろう。


すぐさまシオンはチャンネルをノイアにつなげる。


「大丈夫か、ノイア」


『あ、シオン! 僕は平気。ちょうど今、連絡しようと思ってたんだよ!』


「俺に?」


『うん、さっき隊長から合流して防衛システム室をクラッキングして、シェルターを下ろすように指示があったんだ。今どこにいるの?』


「東の動力管理室から飛び出して、もうそろそろ中央広場が見えてくる。落ち合う場所は、東居館にある非常階段付近で頼む」


『分かった! ガルネゼーアさんに伝えておくよ』



帝国敷地中央に近づくにつれ、人造人間(レプリオン)の密度が濃くなっていくのが分かった。深夜にこれだけ多くの人が、暇つぶしで外出することなど、人造人間(レプリオン)技術が普及する前では考えられない光景だ。


そして―――一般大衆よりもはるかに多い騎士の格好をした兵士が巡回している。何百人という兵士が奥の細道や、大通り、店前、そこかしこで目を光らせている。

厳戒態勢が敷かれているため、非戦闘民に家へ戻るように注意を促していた。


シオンは勢いそのままで、塀を足場に跳躍する。屋根に飛び移ると、体勢を低くしさらに加速する。


「―――四重加速(テトラ・アクト)


形印(コントラー)は今や首元に留まらず、鎖骨や左目尻にまで広がっていた。


初期は通常の二倍速がシオンの体の限界だったが、今の彼はそのさらに倍にまで能力を活用できるまでになっていた。

時速120kmを超えるスピードは、人型の残像のみを残し屋根の上を駆け抜ける。


子供という小さい体型も相まって、巡回する人造人間(レプリオン)兵は誰一人としてシオンに気付くことはない。


しかし、超常的なまでの速筋・反射神経速度・伝達速度の強化、及び増幅の永続的な使用には限界がある。


シオンの額から汗が噴き出る。全身の筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋むのが分かった。


踏ん張るようにして、最後に屋根を思いっきり蹴り飛ばし宙を舞った。

果たして着陸地点は、帝国城を囲む塀を超えた先にある植樹帯だ。


しゃがめば身を隠せるほどの植樹帯の手前で受け身を取り、そのまま身をひそめる。


セリアンスロープの能力を解除すると、負荷をかけた反動が一気にシオンを襲う。

息は乱れ、手足が震えるのが分かった。



―――くそ、やっぱり四倍速は30秒が限界か……。


シオンが把握している自身の能力臨界点は四重加速(テトラ・アクト)

それを30秒行以上行使し続けると、血肉が裂け、神経をやすりで削られ続けているような状態になることは必至。

ともなれば、満身創痍で戦いに臨まなければならない。

不測の事態が起こる戦いの場で、それは致命的ともいえるだろう。


故に、現在帝国城に攻め入るろうとしているシオンは、四重加速(テトラ・アクト)の場合において30秒という制約を確実に守らなければならなかった。


セリアンスロープの能力を過剰に使用する自傷行為は、しかし、同時に常人をはるかに上回る自然治癒が傷を癒す。


アダルット地区で怪我を負ったシオンが、目まぐるしい回復で三日もかからずして日常生活がおくれるようになったのもこれのおかげだ。


セリアンスロープ特有の回復力の速さ。

テロメアーゼ活性を極限サイクルで行い、脳や心臓の破壊といった致命傷に至らない限りは、一週間もすれば殆どの傷が完治してしまう。

個人によって差はあるものの、中には銃弾で受けた傷さえ即時再生してしまうものもいる。


シオンはそこまで大げさな治癒力を持っているわけではないが、しかし、回復力は一般常識を大きく上回っている。

すでに、一分もかからずして呼吸を整え、手足に力が入ることを確認していた。



―――最初は30秒ほど休憩すれば大丈夫だが、能力を使えば使うほどインターバルは長くなる。……できるだけ三重加速(トリ・アクト)に留めておかないと。



そう思った矢先、物音を聞き付けた人造人間(レプリオン)兵が近づいてくる。

植物の隙間から、シオンは敵兵位置と全体図の座標を頭に展開させる。


植樹帯は帝国城を囲う塀を挟むように生い茂っている。

四つの城壁塔を繋ぐ三居館には絢爛たる観音開きの扉がそれぞれ出迎え、そのどれもに五人以上の門兵が待機している。


近寄ってきている兵士もそのうちの一人だ。


シオンが身を隠しているのは、帝国城の東側面に位置する場所。門兵からは建物が死角となり視認しづらくなっている絶妙な位置だ。

建物の陰から出ると、正面に広がるのはコンクリート路地。そこを駆け抜けると、60m先右手には東居館入り口がある。


その途中には非常階段があり、格子が溶接されているものの、少しよじ登れば簡単に侵入できるようになっていた。


シオンが征くは東居館10階にある防衛システム室だ。


しかし、植物樹の枝の隙間から門兵の一人が徐々に近づいてくるのが分かる。

何かの様子見という軽い気持ちではなく、明らかに戦闘態勢に入っている。



人造人間(レプリオン)兵の武装―――オーソドックスな口径5.56mmフルオートレーザー小銃および、ハンドガン。鋼で設えられた騎士風の鎧。腰には万物を切り裂く電子剣(エターナルサーベル)の柄。催涙弾一つ。発煙弾三種。


対してシオンの武装―――ダガ―ナイフ二本。銃身長200mm・口径9mm短機関銃および、予備の装填済み弾倉三つ。粘着性小型時限式爆弾二つ。手榴弾一つ。



シオンは一旦、植樹帯に身を隠しながら城で死角になる場所まで後退する。

素早く緑壁を飛び越え、城壁塔に背をつける。


敵の足音が大きくなり、地面に映し出された影が見えてくる。



だが―――そこまでだった。


敵もシオンの動きに気付いたのか、曲がり角手前で制止する。

構えていた5.56mm銃を捨て、電子剣(エターナルサーベル)に持ち替える。


時の狭間が切り取られ、電子剣(エターナルサーベル)の機械的な起動音のみが鼓膜を揺らす。


目に見えぬ殺気のせめぎ合い。


どちらが先手を取るか。

どちらが先に仕掛けるか。



地面を蹴りつけ、角を先に飛び出したのは―――シオンだった。

猪突猛進するように真正面から仕掛ける。その手にはダガ―ナイフが握られている。

だが、敵もそれを予想してたかのように、既に天から電子剣(エターナルサーベル)を振り下ろしていた。


普通の人間相手ならば、この時点で人造人間(レプリオン)側に軍配が上がっていただろう。万物を切り裂く電子剣(エターナルサーベル)は脳天から二つに引き裂き、息もつく間もなくただ一撃で幕が下りる。


しかし、現実の相手はセリアンスロープ。

中でもシオンの能力は近接戦闘において、考えうる限り最高の掛け合わせだ。


まず、シオンの有する“眼”―――音速とされる340m/sの速さをも見切り、さらに能力の限界まで精度を上げると、その五倍すらも認識することができる。

使用し続けると脳に負荷が掛かるものの、そのデメリットは一度としてシオンを襲ったことはない。


一度攻撃を見切れば、その後は二つ目の能力―――チーターをモデル生物にした“重加速”で一瞬にして距離を詰め、心臓部の破壊を可能にするためだ。


例外中の例外たる、マルチタイプだからこそ成しえる御業である。



故に。

近接戦闘に持ち込んだ時点で、シオンの勝ちは確定していたようなものだった。


振り下ろされた電子剣(エターナルサーベル)を完全に見切り、僅かに体を軌道からズラす。

そのまま右手に持ったダガ―ナイフを、鎧の隙間ができる関節部―――すなわち右肘に狙いを定め振り上げた。


研ぎ澄まされた漆黒の刃は、はたして人造人間(レプリオン)の表層・回路・骨格筋を全て断ち切る。

切り取られた腕が地面に落下する刹那、シオンは「―――二重加速(ジ・アクト)」という言葉を紡ぎ、重心を真反対に振り切る。


矢継ぎ早に狙いをつけたのは、同じくして関節部たる左肘。

シオンは迷いなく黒いダガ―ナイフを振り抜く。


鈍い切断音が立て続けに二度、虚空に響く。

その音に遅れるようにして、両腕が地面に無造作に打ち捨てられた。

供給が途絶えた電子剣(エターナルサーベル)は眩い光を消し、虚しい音を立てると、冷たいコンクリートの上を転がっていく。


「ぬ、お……ぉぉぉぉおおお!!」


数秒遅れて痛みがやってきたのか、雄たけびにも似た呻き声を上げる。

生身の人間と異なり出血こそないものの、その顔は比類なき苦悶に歪められていた。


だが、シオンは攻撃の手を休めない。

左足を軸にし、鳩尾に足蹴を入れる。


人造人間(レプリオン)兵は口を閉じることを忘れ、膝から崩れ落ちた。


倒れこむ寸前で、シオンは敵兵の髪の毛を掴むと、左手に握っていたモノを口に押し込んだ。


掴んでいた髪の毛を離すと、ナイフの切っ先を向けたままじりじりと後退する。

やがて、シオンは敵兵に背を向けると塀を登り姿を消していった。



残された人造人間(レプリオン)兵はしばらくせき込んだ後、苦痛に顔を歪める。


一刻も早く、レジスタンスと交戦した事実を知らせなければならない。

だが、両腕は切り取られているため、通信連絡という手段が取れない。


痛みをこらえ立ち上がると、仲間のところに急いで戻る。

侵入したサセッタは、未だ電力機能管理施設だけにいるものと全体が認識している。

この事実を知らせ、城周辺にも警戒態勢をひかなければならい。


シオンに腕を切り取られた人造人間(レプリオン)兵は、東居館入り口の同僚の元にたどり着く。


「お、おい! お前その腕どうした!?」


「や、奴らが……、奴らがここまで来ている!」



そのやり取りを遠目から見つめている者がいた。


シオンだ。獰猛な飢えた野生動物のような眼光を放っている。

塀を飛び越え、一度去ったものと思わせ、今再び植樹帯に身を潜めていた。

そうしなければならない理由が彼にはあった。



「……3」


シオンは呟く。

視線の向こうでは、東居館入り口前で事態を聞き付けた人造人間(レプリオン)兵が集まってきている。


「……2」


一人の責任者らしい騎士の男が大手を振って指示を出す。


「……1」


人造人間(レプリオン)兵たちが、指令のもと動き出そうとしたまさにその時だった。


「0」


爆音と爆風が火球を煽り、粉塵が天高く舞う。

集まっていた人造人間(レプリオン)兵10人余りが木っ端みじんに吹き飛ぶ。


シオンが狙っていたのはまさにこの絵図だった。


先程の人造人間(レプリオン)兵の口に押し込んだのは、粘着性小型時限式爆弾。

チューインガムのように細長く、その表面はいかなる場所でも吸着するようになっている。


また、爆弾の折り込みを入れる場所によって、10秒、30秒、1分、3分と全四パターンに起爆時間を分けることができる。

手榴弾のように扱うことも、予めセットしておいて扱うこともできる、戦術性に長けた武器だ。


小さいながらもその威力は折り紙付きで、人造人間(レプリオン)10人程度ならば跡形もなく消し飛ばす。


その爆発を見届けたのと同時に、聞きなれた声が空から降ってくる。


「シオン、何があったの!?」


着地しながらそう言ったのは、ノイアだった。

続いて、ガルネゼーア、アスシランが傍に降り立つ。


「時限爆弾を仕掛けただけだ。……動くなら今しかない。非常階段から侵入しよう」


シオンの言葉に、しかし、アスシランがかぶりを振る。


「いや、爆破させた以上、誰かが正面入り口で敵を引き付けたほうがいいよ。敵の意識を防衛システム室に向けさせないためにも」


「私も同じ意見ね。十階に行っても敵がわんさかいたんじゃ、クラッキングどころじゃないし」


「その役回りにうってつけの人がいるんだけど、言ってもいいかな?」


半笑いで見つめてくるアスシランに、ガルネゼーアは舌打ちをしながら「さっさと言いな」と吐き捨てる。


「もちろんガルネゼーア、そしてシオン君だ。僕の第六感がそう言っている」


アスシランの第六感―――制約こそあるものの、過去・現在・未来、その全ての時系列を見通すことができ、その事象は悉く的中する。


サセッタ全体でも彼のみが有す特殊能力。

本来のセリアンスロープの能力とはまた別のスキルである。


「はぁ、分かった。アンタがそう言うんなら、間違いないんでしょ。まあ、ある程度破壊力無いと印象残らないし、妥当じゃね」


そう言って立ち上がると、気合を入れるように短く息を吐き出す。


「行くよ、シオン!」


シオンは一瞬ためらった。

ここでノイアが城内に侵入して、無事でいる保証はない。


だが、アスシランの第六感が導き出した解が今の言葉だとするなら、それに従う他はない。

少なくとも死ぬようなことはないだろう。


ならば、後は彼らに任せて、今は自分のすべきことを成すだけだ。


「―――了解!」


一足早く向かうガルネゼーアの背を追いかけるように、シオンも植樹帯から飛び出した。


爆発を聞き付け、城内や周辺に居た人造人間(レプリオン)兵が湧いて出てくる。

シオンたちは脇目も振らず、破壊された東の居館入り口を通り過ぎ、正反対にある西居館の扉めがけて走る。


背後から「いたぞーー! 西居館に向かっている!」と怒号が飛び、無数のレーザーが二人を襲う。

200mほど疾走し中館に差し掛かった頃、正面からも軍勢が姿を現す。


完全に挟まれ、まさに袋のネズミ。


その状況下でも、ガルネゼーアは不敵に笑う。

足を止めると、右にある巨大な帝国城に向かって構え、


「一陽・絶波!!」


手掌が鉄骨に触れた瞬間、まるで巨大なハンマーでも振りぬかれたように、見事な大穴を開ける。


「さぁて、本部隊突入までの間、派手に暴れようじゃんか!」


飛び交うレーザーを躱しながら、二人は西居館に入り込んでいった。





シオンとガルネゼーアが城一階部を破壊し、城内に入り込んだことで、駆け付けていたほとんどの兵士がそちらに気を取られる。


「行くよ、ノイア君!」


「はい!」


アスシランの掛け声とともに、二人は非常階段を駆け上がる。


申し訳程度の柵と手すりが腰まであるだけの簡素な造りで、もたれ掛かっただけですぐに落下してしまう予感がある。


こんなところで敵と遭遇すれば、間違いなく殺される。

ノイアは祈りながら、先を行くアスシランの背中を追いかける。


螺旋状に永遠と続く段差を次々と飛び越えるにつれ、地上との距離はみるみる離れていく。

周りの景色を見ると、いつのまにか隠れていた植樹帯は遥か彼方へと置き去りにし、代わりに帝国の全容が見えてくる。

比例するように恐怖心が煽られ、足がすくんでいくのが分かった。



「ノイア君、大丈夫かい?」


振り向きながらアスシランが聞く。

ノイアは一瞬言葉が詰まる。


今からたったの二人で敵の本丸に乗り込もうとしているのだ。

待ち受ける敵は未知数。

どんな不測の状況に陥るか分からない。


これで、恐怖を感じない方がどうかしている。


だが、ノイアは恐怖を払しょくするように息を深く吐く。


二人と肩を並べられるようになるには、まずは弱い己に打ち勝たなければならない。

場所は違えど、シオンも、アイネも、強大な敵を前にして戦っているのだから。


自分だけが臆病風に吹かれていいはずがない。


共に戦うと決めた以上、逃げるわけにはいかないのだ。



「―――大丈夫です、僕は大丈夫です!」


毅然とした張りのある声で、そう答えた。

それを聞き、アスシランも満足げな表情を浮かべる。


「さあ、そろそろ10階にたどり着くよ」


気が付けば地上30m付近の高さまで到達していた。

見下ろすもの全てがジオラマのようだ。


やがて数秒もしないうちにアスシランは足を止める。


10Fという電子文字が、カーボン特有の黒光りする壁に刻まれている。

その下にあるドアには電子ロックが掛かっている。


アスシランは懐からクラッキング用の白いカード―――“CDCカード”を取り出し、認証機にかざす。

瞬く間にロックは解除され、城内へと続く経路が出現する。


「……いくよ」


アスシランが大腿部に装着していた短機関銃を構え、入り込む。

ノイアも同様にして、銃を握りしめる。


細い道がしばらく続いたかと思うと、やがて幅10mはある開けた通りにでる。

廊下はいくつもの大きな交差点があり、迷路のように入り組んでいるのが分かる。


そのいくつもの細い道から中廊下に向けて出てくると、幾人もの人造人間(レプリオン)兵が足早に駆け去っていく。

方向からして、ガルネゼーアたちが侵入した西館に向かっているようだった。


タイミングを見計らい、人気が無くなったことを確認する。

二人は中廊下に飛び出し対面の細道に入り込んだ。



そのまま足早に防衛システム室に向かう。

数え切れないほどの十字路を不規則に曲がり、何度も巨大な中廊下にたどり着くたびに、気配を殺しタイミングを見計らって横断する。

何度も見つかりそうになるたびに、アスシランの第六感で窮地を脱する。


そして―――ようやく最後の細い十字路角を曲がれば目的地というところで、アスシランが足を止める。

壁に背を預けのぞき込むと、二人の騎士がこちらに向かってくるのが分かった。


恐らくは西館に行くために主廊下を使うつもりなのだろう。

だが、その廊下は今まさに二人が一瞬の隙をついて横切ってきた場所だ。このままでは、鉢合わせするのも時間の問題だ。


後退して身をひそめようにも、後ろはもちろん視界の開けた廊下。

加えて、敵の走る足音が聞こえ始めている。


今度ばかりは第六感を以てしても、身を隠す場所を見つけることは不可能だった。


「……ノイア君、これを」


そういって渡されたのは、純白の“CDCカード”。

あらゆるセキュリティーを解除し、権限全てを書き換えることのできるサセッタ秘蔵の切り札。


防衛システム室を前にして、彼はカードをノイアに譲渡した。

この行為が意味することは、すなわち―――



「君がシェルターを開くんだ、ノイア君」


いつになく真面目な声だった。


「僕が威嚇射撃で敵を引き連れて、ここを通って中廊下に出る。ノイア君ならセリアンスロープの能力で姿を消してれば気付かれないさ」


「でも、そんなことしたら……」


「心配には及ばないよ。僕はまだ死なないからね」


白い歯を見せて屈託のない笑顔を向ける。


「それじゃ、頼んだよ。……大丈夫、ノイア君なら成功する。君はもう弱虫なんかじゃないんだから」


そう言うと勢いよく交差路に飛び出した。


ノイアの目が見開かれる。

まるでデジャヴのような映像だ。


アダルット地区で一人囮になって、カースに立ち向かっていったシオンを思い出す。

彼が囮になると言う前に、アイネと共に逃げ出そうとした自分の卑劣さを思い出す。




弱虫じゃない? 

未だ己の罪に向き合わず、シオンに謝罪すらしてない僕が?

仲間を見捨て、自己保身のことばかり考えていた僕が?




突如として鳴り響く威嚇射撃の音で、ノイアはハッとする。

形印(コントラー)を浮かばせ、光を操り姿を消す。

同化などというレベルではない。完全に体を反射する光を後方に受け流し、存在そのものを視認できなくしている。


もはや、仮想空間でギンガと戦った時とは別次元の能力へと昇華していた。

まさしく、もう一人の師である軍隊長ミラージの指導の賜物だった。


アスシランが威嚇射撃を終え、ノイアの目の前を走り去る。

続くようにして、騎士が小銃を構え追いかける。


背後の中廊下からは敵兵の怒号が飛び交い、銃声が交錯する。


ノイアは透明のまま足早に十字路をまがり、誰もいない廊下を走り抜け防衛システム室の前にたどり着く。

認証機にCDCカードを置くと、固く閉じていた鉄の壁が左右にはける。



しかし―――


「おい、なんでいきなり開いた? 誰か押したか?」


中から声が聞こえる。

ノイアを待ち受けていたのは、三人の騎士兵。

手には光り輝く電子剣(エターナルサーベル)が握られている。


「誤作動だろ、閉めるぞ」


人ひとりいない廊下を確認したのち、三人のうちの誰かが言った。

ノイアは慌てて中に滑り込む。


12畳ほどの空間に敵兵が三人。

対してノイアは一人。

退路は絶たれ、計り知れない恐怖がノイアを襲う。


短機関銃を握る手が震え、息が荒くなる。

心臓が太鼓のように脈打ち、足に力が入らない。


僅かに残っている理性で何とか形印(コントラー)を発動し続ける。

一瞬でも気を抜けば、たちまち能力は解除され、敵の前に姿をさらけ出すだろう。


それでなくても、習得したばかりの力は神経を極限まで張り詰めて使っているのだ。


胃から何かがこみ上げてくるのを必死になって抑え込む。




ほら、やっぱり弱虫じゃないか。

いざ、戦おうとすればすぐにこれだ。

逃げることだけしか、見つからないことだけしか考えない。


血反吐を吐く程ガルネゼーアさんに鍛えられても。

死ぬほど神経をすり減らして、ようやく体得したセリアンスロープの能力も。


なにも……結局、なにもできてないじゃないか!!!


敵を目の前にして怖気づいて、何も変わらない! 何もできない! 


あの日から僕だけが前に進んでないんだ。

二人はどんどん遠くに行ってしまう。追いかけているはずの背中が、どんどん離れていってしまう。


なんでだよ……、なんでだよ!!!  

ふざけるな!!!


どうして僕は二人のようになれない!?





ノイアは屈辱と恐怖のあまり膝から崩れ落ちそうになる。


だが、その時敵の会話が耳に入る。


「おい、そういえばさっき電力機能管理施設に2000人くらい派遣されたらしいぜ。なんでも、レジスタンスを全員生け捕りにする腹らしい」


「まじでか。……まあ、そらそうか。だって生身のままでHKVが効かないどころか、羽とか生えるんだろ? 被検体は多い方がいいもんなぁ」


「動力室は占領されたらしいけど、そこに押しとどめたままらしい。シェルターさえ破られなければ、これ以上攻め込まれないしな。安心して増援を送り込めるな」


ノイアの鼓動がより一層高鳴る。

発せられた不穏なワードが頭を駆け巡る。


敵は確実に仕留めにかかってきている。

一刻の猶予もない。

ここで自分が動かなければ、全てが終わる。




このままだったらアイネが死んじゃう。

アイネだけじゃない、シオンも、ガルネゼーアさんも、全員が殺される!


それだけは……、それだけは嫌だ!!

もう二度と、仲間を見捨てるなんてそんなことは御免だ!!




短機関銃を握りしめる手が震える。

唇がわなわなと振動する。

全身から嫌な汗が噴き出すのが分かった。




戦え! 闘え!! たたかうんだ!!

逃げずに立ち向かえ!!!

皆が命を懸けて僕をここまで連れてきてくれたんだ!!

なら今度は、僕が命を懸ける番だ!!

必ず成し遂げて見せる!!




短機関銃の銃口を敵に向ける。

その瞬間、意識を騎士兵に集中してしまったことで、セリアンスロープの能力が解除される。


三人の人造人間(レプリオン)兵が、突如として密室に現れたレジスタンスに気付いた時には、すでに遅かった。

ノイアは既に引き金を引き、銃口からは9×19mm弾が雨のように降り注ぐ。


電子剣(エターナルサーベル)で対応しようとするが、銃弾など見切れるはずもない。

弾倉の弾丸全てを使い切った頃には、人造人間(レプリオン)兵は地面に力なく横たわっていた。


しかし―――


「どっから湧いて出やがった、てめぇ!!」


手前の二人は銃弾で核を貫通したことで、完全に起動停止している。

叫んだのは、当て損ねた残りの一人だった。


電子剣(エターナルサーベル)の超振動刀身を出現させ、ノイアに襲い来る。


手に持っている短機関銃の弾倉を入れ替えている暇はない。

投げ捨てると、素手でそのまま立ち向かう。


騎士が薙ぐように電子剣(エターナルサーベル)を振り抜く。


ノイアが繰り出したのは、腕全体をきりもみ状に穿ち、瞬間的に竜巻にも似た旋風を巻き起こす


承十陽拳・二陽―――


「旋華!」


電子剣(エターナルサーベル)が風の壁で弾かれる―――はずであった。


しかし、実戦ならではの充満する殺気と独特の緊張感が、ノイアの呼吸とタイミングをずらす。

その結果、電子剣(エターナルサーベル)はわずかに起動が逸れ、繰り出したノイアの左前腕筋の肉をえぐり取ることとなった。


紅い飛沫が宙を染め上げ、お互いが再び攻撃を仕掛ける。


騎士兵は上段から振り下し。

ノイアは右腕を繰り出す。


―――負けられない! 絶対に負けられないんだ! 腕がちぎれても構わない!! ここで死んでも構わない!! 全てを出し切れ!! これで決めるんだ!!!


極限の中ノイアが敵に向けた技は。

全身の筋肉をねじり、その反動を全て手掌に集約することで放たれる絶技―――



「一陽・絶波!!」



まさに紙一重。

電子剣(エターナルサーベル)がノイアの脳天を直撃するコンマ数秒の差。


掌底が騎士兵のどてっ腹に突き刺さる。

その瞬間に、腹の鎧が砕け散り、きりもみ状に吹き飛ぶ。


そのまま壁に激突すると、重力に引っ張られるようにして地面に打ち付けられる。

敵は起き上がってくることなく、完全に起動を停止した。



今この時、雌雄は決した。

ノイアは肩で息をしながら、小さく拳を握りしめた。

瞳には大粒の涙であふれかえっている。


彼の人生で初めて己の弱さに打ち勝ち、そして死に物狂いで掴んだ勝利だった。


「やった……、やったよ、二人とも……」


だが、勝利の余韻を味わっている暇はない。


彼にはやらなければならないことが残っている。

おぼつかない足取りで、シェルターを管理しているパソコンの側まで行く。

左腕は糸が切れたように、血を滴らせながらぶら下がっていた。


アスシランから預けられたCDCカードを取り出し、映し出されている電子盤に置く。

セキュリティーコードを解除し、操作をする。


そして―――


「見つけた、これだ!!」



シェルターの関する要項がびっしりと書き連ねている中に、【収納】という文字が見えた。

ノイアは迷わずタップする。


「頼む……、上手くいってくれ」



一瞬の静寂。

監視カメラの中継から電子盤に映るシェルターは、動きを見せない。

ノイアの心にじわじわと絶望の色が広がっていく、まさにその時だった。


帝国中に響く轟音と共に、要塞と化していたシェルターが剥がされていく。

外界と断絶していた空間がつながり、月明かりが差し込む。


その一筋の光は、帝国城を照らし、やがて帝国全土を覆うだろう。


先兵特化部隊・デヒダイト隊が侵入してから15分。

遂にその固く閉ざされた無敵の要塞を攻略したのだった。






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