四十九話 開幕の狼煙
太陽が沈んでから時間が経つごとに、宵闇がより一層空を漆黒へと染める。光の粒が不規則に散らばり、燦然と輝く月にかき消されまいと必死に煌めいている。
時刻は深夜一時。周囲は昼間と比べると驚くほど静寂に満ちている。
「そろそろ突入時刻ですね」
シオンは息を白く染めながら、前方にそびえ立つ城門に目を向ける。そのさらに奥には月明かりに照らし出された城が山のように屹立しているのが分かる。
四つの城壁塔が線上に並び、独立したそれらを繋げるように何層にも分かれた回廊が一つの城をかたどっている。
薄明光線のように、城内からは闇に向け幾重もの漏光が周囲を照らす。そのあまりの明るさに、城壁の内側だけが昼間の時間に取り残されたかのようだった。
「そうだな、いよいよだ」
デヒダイトは踵をかえし、隊員全員に鋭い眼差しを向ける。
現在、彼らがいる場所は、ヌチーカウニ―帝国を囲む城壁から少し外れにある町陰だ。閑散とした建物は、既に人ひとり存在しない。事前の調査で、ここの住人はHKVで息絶えている。
また、数少ない生き残った人間たちは、人造人間になるべくヌチーカウニ―帝国や、マセライ帝国傘下に収まる国に移住していったのだ。
そのため、建物の手入れはされておらず雑草が生い茂り、光物は余すとこなくさび付いていた。
「十分後に侵入開始する。三手に分かれそれぞれのポイントに向かえ。通信の感度を確認後、俺の指示で作戦開始だ」
張り詰めた雰囲気の中、デヒダイトの声に全員が頷く。それぞれのチームで目配せを行った後、デヒダイトやシオンを始めとする13人は闇へと溶け込んでいった。
☆
五時間前。
サセッタ本部の中央棟正面口前。本来は会議や事務仕事を主に行っているが、今日は誰一人として机についている者はいない。
第一帝国戦を目前に備え、正面入り口の広場に戦闘員が全員集結しているのだ。
七人の軍隊長―――コールルイス、タモト、エクヒリッチ、アイリス、ミラージ、コェヴィアン、デヒダイト―――彼らが率いる隊員総勢一万五千人。さらに総隊長であるローシュタイン直属の隊が千人。全て合わせると、およそ一万六千人にもおよぶレジスタンス集団だ。
「雄志たちよ、よくぞ命がけの戦いに集まってくれた。まずは、この場を借りて礼を言わせてもらう」
戦闘前で気が立っている雰囲気を、落ち着き払った声で収める男がいた。総隊長ローシュタインである。悠然と壇上に佇むその姿は、歳の衰えを感じさせず活気に満ち溢れている。全員が喋るのをやめ、彼に視線を集める。
「HKVが流布し出してから10年の月日が流れた。その間に人造人間技術を巡って双極帝国戦争という人類史上最大にして最悪の、血で血を洗う争いが繰り広げられ多くの命が失われた。結果は皆が知っている通りマセライ帝国連合軍に軍配が上がった」
誰もが知る歴史的戦争を、改めてなぞらえる。
彼は続けて「しかしだ」、と声をひときわ大きくさせる。
「HKVが流行し出してから、人造人間技術の確立があまりにも早すぎることに疑問を持った我々は、マセライ帝国のカトロッカにある帝国バンクから一つの情報を入手した。それがC.C.レポートだ。
全人類を対象にした完全人造人間化計画―――対抗策のない未知のウィルス、HKVを世界各所に散布し、生命が脅かされる恐怖がピークになる瞬間を狙って、唯一の救済の道として、マセライは人造人間を売り出した。そして水面下では比較的競争力のない、ヌチーカウニ―帝国、ロンザイム帝国、人間主義者が多く存在するクォンタム帝国、古くから同盟を結んでいたドセロイン帝国に傘下に加わるよう事前に交渉を進めていた。もちろんHKVのことは伏せてだ」
結局その中で、交渉に応じなかったのはクォンタム帝国のみであった。
かの帝国は双極帝国戦争時には、マセライ帝国と敵対する形でオーシャン帝国についた。しかし、最終的にはオーシャン帝国との同盟も断ち切って、人造人間になる道を自ら消し、人として生き、死ぬことを選んだという稀有な帝国である。
「その結果、傘下に入らず敗戦国となったオーシャン帝国を始めとする各帝国は、植民地として各地域を支配した。奴隷のように扱われ貧困格差はますます拡大するようになっていったのは、諸君らが肌で体感しているだろう」
そう問われた聴衆は、各々がマセライ帝国や属国にされてきた非道な仕打ちを思い返す。
労働のために我が子を白昼堂々かっさらい、抵抗しようものならばその場で惨殺されたり、一方では、人造人間にしてやるという誘い文句を信じやってきた人間を見世物にしたり、人体実験の材料にするなど、倫理のかけらもない行為を平然とやっていた。
もはや、人造人間こそ人類ヒエラルキーの頂点であり、その他は有象無象の沙石扱いに等しいという概念が確立されているようだった。
さらに悪いことに、こういった“遊び”の対象にされるのは、敗戦帝国の人間だけではなかった。帝国内における所得の低い庶民は、人造人間になるための条件として徴兵されなければならないことが義務付けられていた。そこに男女の性別による扱いに違いはない。
そのような徴兵された人造人間は、睡眠を必要としないのをいいことに、エネルギー補充日まで馬車馬の如く働かされる現実がある。
「彼らにとって人間は玩具でしかない。奴隷から巻き上げた財や創り出した富を独占し、あぐらをかいたまま搾取する。計画的に人類を陥れ、挙句、富のある人造人間以外は雑魚の集まりとして、飽きたら捨てるという対象でしかないのだ。―――しかし、それも今日で終わりだ。我々、サセッタが奴らの桃源郷に終焉の狼煙を挙げる時が来たのだ!」
ローシュタインの檄に一万六千人の雄たけびが上がる。骨の髄にまで響き渡る声は、周囲の建物を震撼させる。その凄まじい熱量は、マセライ帝国に今まで抑圧されてきた鬱憤や恨みに他ならない。
険しい顔つきながらも満足げな表情を含ませ、片手をあげ興奮を抑えるようにジェスチャーを入れる。それに倣うように聴衆たるレジスタンスは再びローシュタインに注目する。
「しかし、圧倒的な戦力差であることには変わりはない。そのまま頭から突っ込んでいっても返り討ちに合うのがオチだ。では、どうするか。各軍隊長から聞いているとは思うが、改めて言わせてもらおう」
ここで言葉を切り、眼前で傾聴する隊員たちの顔色を見る。誰も彼も強壮な闘志あふれる表情を浮かべているのが分かった。
「一年前に私が世界規模で電波ジャックしたのを、諸君らは覚えているだろうか。中にはあの映像を見てサセッタの存在を知り入った者もいるだろう」
その言葉にアイネが強く拳を握った。三人の中で唯一、電波ジャックの放送を見たのは彼女だけだった。里親と共に見ていた内容を鮮明に思い出す。
「その時の、まさに演説の終盤に差し掛かった際に、電波が乱れた瞬間があったと思う。内容は六年前に起こしたカトロッカ爆破時に目撃した面白い現象の話だったな。一年前は邪魔が入ったが、今度こそ言わせてもらおう」
ローシュタインの話はサセッタが今よりもまだ大きくなかった頃に遡る。
マセライ帝国の首都カトロッカ、帝国バンクがある旧ノータルスター研究所を爆破した際、周囲の建物にも誘爆し、見渡す限り火の海となっている中、人造人間たちの不自然な動きを見たというのだ。
災害にも似た状況の中で、先刻まで慌てふためいていたにもかかわらず、唐突に彼らは一言も発することなく無機質なまでに機械的な動きをしだしたのだ。
「その様子は、まさしく―――人造人間(レプリオン)の本人意識の反映しない、完全制御下における支配そのものだった」
コバルトの≪人類の叡智≫における催眠支配とは類が異なる。≪人類の叡智≫は命令されたことを、あたかも自らの意志で判断したと錯覚させることが最大の脅威であり、人造人間やセリアンスロープ、人間といったどのような生命体にも通用する。
しかし、ローシュタインらが見たものは意志すら介入しない。もともとは喋ったり笑ったりしていた人が、ただの殺戮兵器と化した人造人間という名のロボットに成り下がったというものだった。
「私はその時から、マセライ帝国は非常手段として、個体の動きを完全制御できる仕組みをコードしているのではないかと疑った。当然、各帝国の人造人間もそのようになっていると思い、三年の歳月をかけて我々は調査し、遂に制御装置があることを突き止めたのだ」
胸の前で強く拳を握り、言葉に熱がこもる。苦節苦難を乗り越えた成果だというのがひしひしと伝わってくるようだった。
もちろん、この事実はマセライ帝国や属国の一部の幹部しか知らない。万が一、このことが公になれば数少ない人民の信頼を失い、くすぶっている火種が爆発し、暴動が起こる可能性がある。下手をすれば、レジスタンスに寝返る輩が出る懸念もあるのだ。
「いいか、諸君!」ローシュタインの声がより一層大きくなる。
その声は、電波ジャックの時と同じように、聞くもの全ての魂に訴えかける力強さを持っていた。
「人数差で圧倒的に劣る我々の勝機は、この制御装置を管理している各帝国に存在する統括管制室の占領をおいて他にない! 援軍がたどり着く前に何としても攻略せねばならない! 今日の第一帝国戦の成功が、今後の我々の運命を握っているといっても過言ではない!! だが、諸君ら一人のミスが、作戦全体を白紙にしてしまう可能性が大いにある!! 失敗は死に直結すると思うがいい!」
―――失敗は許されない。
常々言われ続けてきたことではあるが、こうして第一帝国戦を数時間後に控えた場では、やはり重みが違う。ローシュタインの言葉が鉛のように胃に落ちてくる感覚がした。
だが、それ以上に彼の言葉には希望があり、駆り立てられるものがあった。我もまた一兵卒たらんと勇み足を踏むませる雄勁が存在した。
「感覚を研ぎ澄まし、死ぬことを恐れるな! 諸君らは人類の救世主たる勇猛果敢な英雄である! 躊躇いは英雄にふさわしくない! 時には仲間を失うこともあるだろう、時には失墜の底に落ち込むこともあるだろう! だが、諸君らは前に進まねばならない! 決して歩みを止めてはならない!! 明光たる未来を取り戻すべく、その身を紅蓮に染めて、不屈の闘志を燃やし執念を駆り立てよ!」
煽動的に紡がれた言葉は、戦士たちの紅く染まる鼓動をいっそう早くさせる。
「我々は家族である、乗り越えられぬものなどない!! ―――さあ、いざ益荒男達よ。必ず勝鬨を上げようぞ!!」
その瞬間、天変地異でも起こったかのような莫大なエネルギーがサセッタ本部に響き渡る。
この振動、この音、この衝撃が人の声の集合体だと誰が予想できようか。否、恐らく誰一人として理解できる者はいまい。
ローシュタインの演説により、傾聴していたレジスタンスの最高潮にまで高まったボルテージが爆発した瞬間だった。ある者は雄たけびをあげ、ある者は演説に心打たれ涙を流しながら声を上げる。
この瞬間を以てして、遂に、第一帝国戦の火蓋は切って落とされた。




