四十七話 夢のかけら
ドセロイン帝国南部郊外。
シルクのような透明感ある金髪を弾ませ、男は勾配のある山道を登る。
うっそうと生い茂る青々とした木々を抜けると、自然には不釣り合いな人工建造物が見えてきた。アートチックな外観がより一層、風景とのミスマッチを生んでいる。
男は呼び鈴を押す。中から出てきたのは、マリモのような白髪を頭に乗せた初老の老人だった。
「おぉ、コーサネリウスの息子か。確か……、名はバーキロンだったか。よく来たな、さあ入っておくれ」
「失礼します」
バーキロンは軽く会釈をする。
促されるままに来客用のソファーに腰掛ける。だだっ広い空間に、ちょこんとした一人掛けのソファーに座るのは何とも落ち着かなかった。
出された紅茶を啜りながら、さっそく本題に入ることにした。
「ロッキーさん、今日はお願いがあってきたんです」
「おぉ、まあそうでなければ、こんな辺鄙なところには来んじゃろ。何の用じゃ」
ロッキーとは十数年来の付き合いだ。バーキロンの父親との付き合いも含めれば、三十余年にも及ぶ。まさに家族ぐるみの付き合いといってもいいだろう。
彼は人造人間のメカニズムに精通しており、数年前まで定期的にコーサネリウス家に訪れ、メンテナンスを行ってくれていた。
一方では、ノータルスター研究所の研究員で、人造人間製造に一役買っていた人物でもある。今回バーキロンは、彼の知識と技術力を頼りに足を運んだ次第であった。
「実は、これを僕の体に組み込んでほしいんです」
懐から取り出したのは、手のひらに乗るほどの小さな包みだった。
「……これは?」
「中に≪人類の叡智≫が入ってます。これを僕が使えるようにしてほしいです」
「ふむ……」
ロッキーは包みを縛っている紐をほどく。中から姿を現したのは、エメラルド色に輝く延べ棒のようなものだった。僅かに内部構造が透けて見え、半導体が複雑に絡み合っているのが分かる。
「これはコバルト君に組み込んであったものと、ワシは記憶しておるが」
怪訝なまなざしがバーキロンに向けられる。
「……そうです。コバルトさんがレジスタンスに倒されたので、奪われる前に回収してきたんです」
「報告はしたのか?」
「しました」
バーキロンはそう答えたものの、実際は少し事実と異なる。コバルトが倒されたことだけ報告して、≪人類の叡智≫のことは黙秘していた。
しかし、そんな思惑を見て取ったかのように、ロッキーはかぶりを振る。
「≪人類の叡智≫のこともちゃんと報告したのか? 君の手元にあると、上層部は知っているのかね?」
「それは……」
言葉に詰まるバーキロンを見て、やれやれとばかりにため息を大きくつく。
「何を企んどるか知らんが、これは君には過ぎた代物じゃ。≪人類の叡智≫は評議会によって搭載適任者が決められておる。コバルト君がこれを扱えたのは独自の演算装置を自身にプログラミングしておったからで、誰にでも扱えるというものではないんじゃ。一人の人間を支配下に置く場合でも、相当の情報量が送られてくるのだぞ」
「……ッ、そこをなんとか。そのためにアナタを訪ねてきたんだ」
「ワシには断る理由もないが、引き受ける理由もない。……帰ってくれ」
ぶっきらぼうにそう言うと、包みを結びなおしバーキロンに投げ返す。
しかし、このままバーキロンもおめおめと引き下がるわけにはいかない。
自室に引き下がろうとするロッキーの前に立ちふさがる。
「お願いします! アナタにしか頼めないことなんだ!」
バーキロンがここまで彼にこだわるのは、ひとえに昔なじみの男だからというだけでない。組織の技術者では組み込むとなれば、時間もかかり精度も落ちる。また、≪人類の叡智≫を秘密裏に持って帰ってきたことを密告でもされた日には、軍からお役御免となることは間違いない。それが自分に内蔵しようと企んでいるのであればなおさらだろう。
だから、バーキロンは彼に頼るしかなかった。現在のロッキーは研究の第一線から離れ、悠々自適に誰ともかかわることなく山奥でひっそりと暮らしている。
それに、昔からの馴染みであるバーキロンは彼の性分をよく知っていた。一度約束をすれば絶対に破るようなことはしない堅気の人間である。一方では、その真面目さが頑固者であると言われるが。
故に。バーキロンが信頼のおける技術者は彼しかいなかった。
そんなロッキーだからこそ、バーキロンがどんな人間であるかもよく知っている。
隠し事をしながら話せば、一発で看破してしまうほどに。
最初から口先八丁手八丁で丸め込もうとせずに、真摯に依頼すればまた違った返事が返ってきたかもしれない。バーキロンの中で後悔がじわりじわりと広がっていく。
「僕には何としても実現させたい夢があるんです。母国を正常に戻したいんだ。命を平等に扱わないのは間違っている……。富のため、権力のため、立場のため、それらによって左右される歪んだ価値観を―――国を正したいんです!」
「……」
「そのためなら、命だって惜しくない。お願いします! どうか僕に力を貸してください!!」
土下座をする勢いで頭を下げる。
沈黙の後、やがてロッキーは口を開く。
「……歳を取ってから思うんじゃ。今までワシのやってきたことは、果たして正しかったのか。正しいかどうかは後になってからわかるとはよく言うが、十数年たった今でもワシは正解を見つけられとらん」
何を思いながらその言葉が出てきたか、バーキロンには皆目見当もつかなかった。
「バーキロン。おぬしの今の考えは素晴らしいものであると、胸を張って言えるかね。絶対に正しいと、そう言えるのかね?」
その問いかけに、バーキロンは頭を上げ「もちろんです」と答える。
ゆるぎない自信が伝わってくるのが分かった。
ロッキーは諦めともとれる取れるため息をつく。
「お前も父に似て向こう見ずじゃな。まぁ、そういうところでワシと気が合ったのだが。……わかった、≪人類の叡智≫の件はどうにかしてやろう」
バーキロンの表情が一気に明るくなる。
「ありがとうございます!」
再び勢いよく頭を下げる。
「これはジジイの戯言として聞いてほしいんじゃが―――」
ロッキーはバーキロンのつむじを見ながら、
「人生長く生きてきたが、意外にも命を懸ける程、大切なものなんてありはせんものじゃ。あまりのめりこみ過ぎると、自分を見失うどころか、すべてを失いかけんからの」
そう、自身が経験したことを思い出すように語り掛けた。
☆
客間から離れ、奥にある研究室に案内される。中は少年時代を彷彿させる秘密基地のような雰囲気だった。レトロチックなベニヤ板で囲まれた空間は、どこか冒険心をくすぐられる。
決して広いとは言えないが、各所にある最新鋭の設備は、他の研究員たちが喉から手が出る程欲しがる一品だらけだ。第一線から退いても、趣味として研究は続けているらしい。
恍惚とした表情を浮かべるバーキロンを手前の機械台に案内する。
「≪人類の叡智≫を扱うには、さっきも言ったように特殊な演算装置が必要じゃ」
ロッキーは大型犬一匹がすっぽりと入りそうな、楕円状の装置に手を置く。
「こいつは物理分野の中でも、素粒子物理学と言われる高エネルギーにおける演算装置じゃ。従来のものと異なり、AIを搭載してより正確な結果が出るようになっておる。データは全てマセライ帝国管轄のアカシックレコードに集約され、より最適化を図っておる。こいつを少しいじくって、おぬしの≪人類の叡智≫に適応させようと思う」
それを聞いたバーキロンは目を丸くする。
「こんな重そうなのを僕に搭載するんですか? 昔の宇宙服みたいな感じになるんじゃ……」
「阿呆。誰がこれ事お前に付けるといった。とりあえずの応急処置として、遠隔操作できるようにするんじゃ。できるだけ早く使いたいんじゃろう?」
方眉を上げながらニヒルな笑顔を浮かべる。
その拍子にマリモ頭がシャボン玉のように弾むのを見て、バーキロンは思わず吹き出しそうになる。
「遠隔システム化するのはそう難しいことではない。そうさな、二日三日あればできる。その後は、ワシ独自の演算システムを作って脳に搭載できるようにする。ただ、まあコバルト君のように無制限にコントロールするのは難しいじゃろう。……彼はノータルスター研究所で二番目に賢かったからのぉ」
世界トップレベルの頭脳の持ち主が集うノータルスター研究所。世界最難関といわれる試験をしのぎ削り合って、ようやく配属されることが許される。その倍率は1000倍を超えると言われている。そこで二番目に頭脳明晰となれば、常人では計り知れないほどの境地だろう。
その彼が作り上げたプログラミングコードを、ゼロから似たようなものに創り上げるのはほぼ不可能に近かった。プロトコールがあったとしても、再現できるか怪しいほどである。そのため、質が下がるのは仕方のないことであった。
「最大何人まで支配できそうですか」
「完成してみんことには分からんが、遠隔の場合だとアカシックレコードを経由するから1000人から2000人かの。核付近に埋め込むと50人程度に落ち込むとみていいじゃろう。それ以外―――例えば腕や頭部に移すと、さらに人数は少なくなる」
「ごじゅッ……、少なすぎる! それなら遠隔の方がマシじゃないですか」
「じゃが遠隔の場合、大きくラグが生じたり、万が一催眠の管理アクセスを乗っ取られたり、通信環境が乱れたりしたら統括できなくなる。そうなると、1000人規模の支配されていた者たちがどうなるかは未知数じゃの。それを恐れたからこそ、コバルト君は他の六戦鬼と同じく体内に入れたのじゃろう」
「……」
「どうする。支配人数を取るか、より確実にコントロールできる方を取るか。おぬしに任せる」
バーキロンは今一度自らの内に問いかける。
彼の野望は戦争で部下を統括して勝つことではない。ドセロイン帝国の上層部―――すなわちボリスが牛耳る現体制を変えることだ。
奴隷として働かせている敗戦国の人間や、自国民からの搾取。貧困格差は戦争前と比べてはるかにひどくなっている。
すなわち、今のドセロイン帝国の富は、一人の人造人間の元に収束されるようになっているのだ。
しかし―――裏を返せば、その元凶たる一人さえ押さえてしまえば、バーキロンは夢に大きく前進することは間違いないだろう。
考えた末、バーキロンは毅然とした表情をロッキーに向ける。
「……埋め込んでください。遠隔は僕の目指すものには合わない」
「了解じゃ。できるだけ早く仕上げよう」
元ノータルスター研究所技術士としてのプライドが刺激されたのか、その眼は熱中するモノを見つけた子供のように輝いていた。